●リプレイ本文
「‥‥なんか見た顔が揃ったね」
空閑 ハバキ(
ga5172)が部屋に入るとミハイル・チーグルスキ(
ga4629)、雪村・さつき(
ga5400)、シーヴ・フェルセン(
ga5638)、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)等、以前バンドの追っ掛け少女の捜索依頼で顔を会わせた傭兵らが多く混じっていた。
「Impeachmentの一件からが上海が気に掛かってね。皆も?」
「シーヴもです。此処に来ると気になりやがって、ユリア、どうしてやがるのか‥‥元気ならと願うです」
「あのままでは目覚めが悪いですからね」
「護衛対象について詮索するな、か‥‥今回も如何にも胡散臭いわね」
「人としての常識が通用しない魔都上海、か‥‥もうあんなヘマはしねぇ」
アンドレアスが言う。
多くの者がリベンジである。
●敵だらけ
上海から武漢までおよそ920km。定期連絡船では46時間掛かるというが、大人が用意するといったボート(大人によれば、海賊からカードで巻き上げた鬼改造ボート)をアテに敵の裏をかく目的でキメラや河賊がウヨウヨ出て来るという長江を上がるルートを選んだ護衛達。
「蜂の巣ってそういうことなのね」とさつきが溜息を吐く。
「河賊やキメラがいると言う事は、堂々と武装してもお咎めなしですね」と喜ぶ古河 甚五郎(
ga6412)に対し、
「河賊ですか、なんともアナログというか‥‥彼等は川に放り込むだけでいいですかね?」とミハイル。
「そうね‥‥運が良ければ死なないし、運が無ければキメラやワニ、ナマズの餌ネ」
(「殺さずに済むと思ったが‥‥どうやらそうもいかないらしい」)
中国の現状にヤレヤレと思うミハイルだった。
追っ手を誤魔化す為の偽装工作を大人に手配して貰う間、少し時間ができる。
「護衛対象の人に挨拶したいんだけど?」
「そうね。一応、彼女にも荷物の『護衛』のふりをして貰う訳だから、あたしも会っておきたいわ」
「それ位はいいでしょう?」
護衛達が通された部屋の中で待つ護衛対象の女は、顔の半分が隠れるサングラスをかけていた。
(「中々セクシーな唇をしていますが、これでは顔が判らないですね」)
異口同音、口々に女の名前を問う護衛達。
「‥‥『夜』でいいわ。じゃなかったら、そこの彼が言う『奥様』でも」
甚五郎が素顔見ようとメイクセットを差し出せばと「使うメーカーを決めているの」と取り合わず、他の質問ものらりくらりとはぐらかして行く。
ずっとやり取りを黙って聞いていた優(
ga8480)が尋ねる。
「1つだけ答えてください。貴女は、敵は不明と言いながらバグアに組する者を主に挙げている。それは本当ですか?」
「‥‥今の中国で親バグアのいない土地なんて無いわよ。それこそ塀の中でもね」
女は、笑った。
「判りました。バグアに組する者が襲ってくるなら私の敵でもあるので全力で護衛します」
部屋を出た一同は溜息を吐く。
「一筋縄じゃいきそうにないな‥‥」
「詮索無用っつー話でも、心配は別でありやがるです。知らずに無理、させたくねぇです」
「でもやっぱり年の功って言うか‥‥ミハイルさん、協力してくれてもいいのに」
一番年上で脚本家なんだから上手く聞き出してくれれば良いのに。という事らしい。
「そう言われても依頼の注意事項に詮索無用とあったからね。私としては依頼主の意志を尊重させてもらうよ」
「もう、クールなんだから」
「どうした?」
いつまでも部屋から離れようとしないハバキに皆が振り返る。
「ん‥‥何か、さわさわする‥‥先月、目の前に居た人に大切な家族を残しての死を選ばせてしまったんだ。‥彼はスパイだった‥‥彼と似た感じがする。彼女、大丈夫かな?」
スパイという言葉に護衛達の足が止まる。
「キース、潜入否定しやがらなかったですし‥‥ユリア、シーヴ達助けてくれたです」
「スパイ‥それならば納得が行く部分もありますが、下手をすると軍とバグア派の両方を相手にする事になるかもしれませんね」
●強襲
ボートは町に近付いたと言う事もあり、目立たぬようにスピードを20ノットまで落とす。
今は深夜と言うのもあるが、山間部の港には人の気配が殆どない。
「ここには帰港しないの?」
「ここは南京や上海に比べれば小さいが、地形の関係で脛に傷を持つ者が隠れ易いってのもあってな。まあ、簡単言うと隠れた要所みたいなもんだ。おかげでこの辺は憲兵も多いがキメラ、親バグアも多い」
ボートと一緒にカードで巻き上げられた元海賊の船長が答える。
黒い水面をサーチライトと月だけが明るく照らす。
船尾のミハイルは揺れる水面に写る月は風情があると喜んでいたが、暗い水面は不安を掻き立てる。
ボートが鉄橋の下をくぐり抜けた所でひょいとそいつは舳先に飛び乗って来た。
子供のような小さな体をしたキメラは、ヌメヌメとした体と背中に甲羅、水掻きを持っていた。
「カッパ?」
甚五郎が獣突でキメラを川へと弾き飛ばすが、何事もなかったように這い上がって来ると口から水の塊を甚五郎に向かって吐き出す。騒ぎを聞き付けた船尾のメンバーが駆け付けて来る。その隙を突いて他の1匹がボートに取り付くこうとするのをハバキがアルファルで必死に撃ち落とす。
「先には、行かせないっ」
ゾロゾロとキメラがボートに取り付いて行く。
「無粋だね、君達‥‥」
ミハイルがキメラの目を狙って指を鳴らし真音獣斬を放つ。
ボードはこれ以上キメラが乗り込まないようにとスピードを上げる。
「気をつけて! こいつら体がヌルヌルしているから攻撃が届き難いよ!」
「なら、パワーで押すだけよ!」
アラスカ454を抜くさつき。
「なるほど‥‥嫌いじゃありませんね。そういうの」
優が国士無双を振う。
「また、上(デッキ)が騒がしいな」
アンドレアスとシーヴは、船底の部屋に女と大人と一緒にいた。
「気になるなら上に詰めていて良いアルよ?」
「おいおい、護衛が持ち場を離れてどうするよ」
「ワタシも適当に言っている訳じゃないアルね。この先、九江ネ。人が多くなるヨ。親バグアが来るならそのま‥‥お、お、お‥‥」
大人の言葉が終わらないうちにボートが大きくコースを変え、遠心力で体が持って行かれる。
シーヴが女を支える。
「お客さん、萬来ネ」
親バグア派の連中はボートに向かって9mmの自動小銃を容赦なく撃ち込んで来る。
「何あれ?! 反則よ!!」
「中国軍からの流失品とかじゃないんですか?!」
敵も相手が能力者と判っている為か、軍が来る前に一気にカタをつけるつもりのようである。
「弾倉交換時狙いますか?」
揺れるボート上から敵の弾を避け乍ら手足を狙うのは、ベテランのスナイパーでなければかなり難しい。
敵と言えども相手は人間と言うのもあって無闇に殺したくはないのが大半であるが、好みをいっている場合ではない。
「兎も角、相手のボートを停めちゃえば良いのよ!」
「なにやってんだよ?! 状況は?」
船底からアンドレアスが上がって来た。
「「「「あ!」」」
アンドレアスの超機械αに全員の視線が行く。
「なんだよ?」
超機械αならボートに強力な電磁波を浴びせる事により回線がショートするかも知れない。
「ったく、しっかり援護しろよ!」
相手のボートがコントロールを失い、崖にぶつかって爆発、炎上する。
「乗っていた奴らは、逃げたか?」
「判りません。でもあのまま死んだとしてもしても自業自得です」
小さくなっていく炎と黒煙を船尾から見る。
岩影にボートを寄せ、損傷具合を見る。
「やっぱり外の空気は美味しいわね」
シーヴに連れられ、船酔いをしたという女がデッキに空気を吸いに上がって来た。
手摺に身を預ける女の顔色は、昨夜より青白く額に汗を掻いていた。
ボコリ──。
大きな気泡が、女の目先で浮き上がる。
「?」
川を覗き込む女を突き飛ばすシーヴ。
「下がるです!」
黒い潜水服を着た人物が飛び出してきた。
女の頭のあった場所にファングが光を帯びて掠めて行く。
シーヴが鞘ごと突き出した蛍火に大きな爪痕を残し、その人物は再び川の流れに身を投じる。
「今のは、なんだ? キメラか?」
「‥‥能力者でやがるです。シーヴを見て、笑ったです」
●九江
『中国軍憲兵隊です。そのまま停船して下さい』
憲兵隊の旗を揚げた巡視艇が近付いて来る。
スピーカーから流れて来る言葉は優しいが、舳先には重機関砲がボートを狙っている。
「虎の子を使えば振り切れるかも知れないが‥‥」
船長の言葉に「SES搭載の重機関砲だったら一発で沈没ネ」と巡視艇を眺めた大人が言う。
「まあ、兎も角相手と御対面アルよ。相手が人ならこっちも負けないアル」
敵の偽装と言うのも考えられる為、緊張する傭兵達。
だが、そこに混じっている友人の顔を見つけ、素頓狂な声を上げるアンドレアス。
「なんでこんなトコに居るんだよッ!」
シーヴが入ってきた男の喉に蛍火を突きつける。
それを下ろすようにアンドレアスが言う。
「大丈夫だ、彼は俺の友達だ。ちょっと彼女と話したいそうだ。まあ、どうするかは彼女が決める事だが‥‥」
ちらりと奥に座る女を見るアンドレアス。
「‥‥話、聞いてやってくれねぇかな。信用する理由は‥‥『命を預け合った奴だから』じゃ、不足か?」
女がアンドレアスの連れて来た能力者達を見る。
「いいわよ‥」
ふっ‥と笑うと女は、顔の半分を覆い隠していたサングラスを取る。
右目の目尻から頬骨に掛かる傷すら、この女の美しさを際立たせるアクセサリーに過ぎないのだろう。
「済南党の夜来香よ」
「?」
「済南にある親バグア派閥、彼女はそこの関係者アル」
溜息を吐く大人。
「私は済南党から追われているのよ。ある男を殺して‥‥手帳を奪ったのよ。一部の人には、とても価値がある手帳」
「‥‥『岱の手帳』本当にあったんだな」
その言葉に夜来香を追っていた傭兵達が緊張する。
「ソレにはあなた以外に多くの命がかかっている。持っていては殺される。渡してくれ。追われぬようあなたの足取りを消す事もできる」
「残念だけど‥‥信用出来ないわ。これは春露に渡す事になっているのよ」
能力者達に渡せぬと言う夜来香。
「春露‥‥あなたはやっぱり‥‥活動家の威・春露の姉の雛林なんだな」
「そこ迄調べたの。あの人だって私がスパイかも知れないって疑うだけだったけど」
夜来香が暗く笑う。
「貴女はスパイなんですか?」
(「貴女は死ぬかも知れないのに手帳を届ける為に妹に会いに来たんですか‥‥?」)
姉妹と言う言葉に優の手が無意識にプロミスリングを探る。
ボートが武漢に到着し、他の能力者達もやって来て説得を試みるが、頑と首を縦に振らない夜来香。
「私を説得したいなら春露か、あの人をここに連れて来る事ね」
「あの人?」
「私を地獄に引き込んでくれた悪魔よ。もっともそれが私の望みでもあったんだけど‥‥」
口を歪めて笑う夜来香の顔も悪魔のようであった。
少なくともバグアではなく、ちゃんと春露に手帳が手渡されるのを確認したい(任務完了を言い渡され、解散を命じられた護衛達だったが、活動家である春露が万が一、夜来香を殺害する可能性を考慮して)と嫌がる夜来香に無理矢理着いていく。
●一夜の花
だが、約束の場所にいたのはキースと江班長、武装した憲兵隊だった。
「ここには『春露』は来ないよ」
「キース!」
「‥‥また、お前らか‥‥」
ハバキらの顔を見て、大きな溜息を吐くキース。
「春露が来ないって‥‥どう言う事?」
夜来香が震える声で質問する。
「あんたの目的が、あんたを殺した殺人罪で逮捕させるだと言ったらここの場所を教えてくれたよ。春露はとてもあんたの事を怒っていたよ。『生きている限り呪ってやる』ってさ」
「それは本当なのか?」
夜来香が春露を逮捕させるのが目的だったと聞いて動揺が走る。
「会うだけなら手帳を持ち歩く必要無いからね」
キースが冷ややかに言う。
「でもなんでここにキースと憲兵隊がいるんだよ」
「俺らと夜来香のバックについては不問にする。そういう約束で手帳と夜来香を渡す事になった」
「キース‥‥夜来香と同じ組織の人間でやがったですか」
「俺達はあんたらの手の上で踊らされていたのか?」
「んー‥‥違うな。こっちは被害者だよ。夜来香が予定通り手帳を渡してくれていたら、俺は今頃重慶でデートでもしているよ。──だけど夜来香は俺らを裏切って逃げたんで予定が変更になった」と苦笑いをするキースは、いつもの10代の少年っぽさが消え、年相応の顔を覗かせた。
「俺はなんであんたが手帳を持ってココに来る必要があったのかをずっと考えていた。そうしたらユリアにあんたが言った言葉を思い出したんだよ」
最後の大仕事をした後は、男の情人として『尽して』蔑まれて死ぬだけ‥‥
「夜来香‥‥あんたは岱に惚れちまったんだ」
「‥‥坊やに何が判るっていうのよ?」
夜来香が吐き捨てるように言う。
「別に判るつもりはないよ。俺には、あんたが誰を好きになろうと、誰を妬もうと、ヤケクソになって周りを巻き込む事も俺には関係ないね。だけど‥‥困った事にあんたはユリアやあの人を裏切った」
「彼が来ているの?」
夜来香が驚いたように目を見開く。
「いいや。あの人はあんたなんかにつなぎ止められる人じゃないのを、俺らにとって名を受けるのが何れだけ特別なのかを忘れる程、本当に普通の女になったんだなぁ」
キースの言葉にハッとする夜来香。
「あんたは幕引きを間違えた。裏切り者のあんたを誰かが殺すかも知れないけど‥‥まあ、それはしょうがないことさ。だけどユリアは、あんたを信じてあんたの命乞いをしにあの人の所に行った。‥‥だからこそ、俺はユリアに内緒であんたを殺しちゃおうかとも思ったけど、そんな必要がなかったな」
キースは夜来香に近付くとブラウスのボタンを力任せに引きちぎる。
「血の臭いがすると思ったら‥‥超笑えるよ、あんた。表舞台を歩く愛しい春露が妬ましくって‥‥本気で心中するつもりだったんだ」
腹に撒かれたコルセットから血が滲んでいる。
「馬鹿野郎! 死ぬ為の護衛なんざ御免だね。寝覚めが悪ぃんだよ!」
アンドレアスはキースを突き飛ばし、夜来香を手当てする。
何事もなかったかのようにキースは落ちた手帳を拾うとそのまま江班長に手帳を投げ渡す。
「契約成立ってね」
「彼女はどうなる‥‥」
「取り調べは傷が回復してからになるが‥‥少なくとも公安の顔も立つ」
邪魔はしないでくれ、君らを公務執行妨害で逮捕したく無い。と渋い顔をする江班長。
「あんたの名前は夜来香よりナタラージュが向いていたんじゃないか?」
そう言い残すと江班長が夜来香に手錠をかけている間にキースは何処かへ消えていた。
中国に覆う闇は、深く暗く──
こうして傭兵達の心に一つのシミを残して夜来香は逮捕された。