●リプレイ本文
夜来香の写真が能力者達に配られる。
「現在、現在逃亡中のこの女もまた親バグア派の歌手としても名高い女である。済南党の会計・動向、構成員名簿及び我々が追っているバグアによる大量難民殺虐殺について記録していると目される『岱の手帳』を所有、逃亡している可能性が高い。君らには夜来香の身柄確保と共に手帳の入手に協力して貰う事になる」と江班長はLHから派遣されて来た能力者達を見回して言う。
「重要な手帳ですね。間違っても、バグアの手に手帳は渡せませんね‥‥」と夏 炎西(
ga4178)が緊張した面持ちで言う隣で、
「‥‥はっちー、けんぺーのおじちゃんが言っている言葉が難しくて愛紗にはよく判らないよー」と 愛紗・ブランネル(
ga1001)が困った顔をする。
「えっと‥‥簡単に言うと逃げている夜来香さんと夜来香さんが持っている大事な手帳を探してくださいってことですネ」と赤霧・連(
ga0668)。
「ねぇねぇ、大事な手帳なら悪い人が一杯狙っているんだよね? ダミーの手帳を用意していこうかな。本物と区別が付きやすいよう、隅っこにぱんだマークをつければわかりやすいよね」と愛紗が言う。
「それは良いアイデアだな」
UNKNOWN(
ga4276)に誉められてにこぱーと笑う愛紗。
「でも、夜来香さんは歌手さんなのですネ。ほむ、依頼が成功したら夜来香さんとディエットするのです!」
現役音大生の連にとってはプロに接する大事な機会である。
「このおばちゃんも歌が好きなの? 愛紗はピアノ演奏が好きー」
にこーっと愛紗が笑う。
「それはちょっ難しいんじゃないか? 親バグアだよ?」
「ほむ、音楽を愛する人に悪い人はいないですよ」と力説する連。
「人を疑わないのが赤霧さんの良い所だからな。‥‥だが、音楽性に当人の性格が出るのは確かだろう」
江班長に頼んで夜来香のデータをメディアに落として貰ったホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)。
ボリビア生まれのホアキンにとって馴染み深いタンゴのリズムがプレイヤーから再生される。
(「‥‥月夜に咲く白い花か‥‥」)
夜来香の写真をじーっと見つめる炎西。
「どうした?」
「10年くらい前にブレイクした姉妹デュオのお姉さん、威・雛林に似ているような気がします‥‥」
「ちょっと待ってくれ。威姉妹の妹、威・春露は、有名な反バグアの活動家だぞ。もし、この夜来香が威・雛林だとすると敵味方に分かれていた事になるぞ?」
「春露の為に岱に取り入ったとも考えられますよ?」
「シュンロおばちゃんのお姉さん? じゃあ頑固なのかなぁ‥‥?」
春露の護衛をした事がある愛紗が言う。
「困った時は親族に頼る可能性が高いですが‥春露は今何処に?」とレールズ(
ga5293)。
「確か明日武漢でコンサートのはずだ。あたってみる価値はあるか‥‥」
能力者達が要望した検問の強化や憲兵への臨時指揮権の許可はその場ですぐに貰えたが、ヘリの使用は断られた。
「長江周辺は激選区でね。ヘリはどうしても移動スピードが遅く、装甲が薄い為にHWのカモだ。飛ばすのであればKVの護衛が必要になる訳だが‥‥今回の一件は外部に漏れたらパニックを引き起こす可能性がある為、軍内でも極少数しか知らん事項だ」
ホアキンが江班長に言う。
「この女性の身柄ですが、手帳を渡す事を条件に見のがす事は出来ませんか?」
「司法取り引きか‥‥難しい条件だな。彼女は殺人の第一容疑者だ。現状ではなんとも言えない状態だが、何にせよ手帳を手に入れてからの話だな」
ミーティングルームを出て行く能力者達。
「確かに身の安全が保証されれば彼女も手帳を渡しやすいでしょうね」
今の中国の現状を考えると軍も憲兵もあまり信用ならないというカルマ・シュタット(
ga6302)。
「なんか良く判らなかったけど、夜来香は逃がしていいって事?」
「最悪手帳が手にはいれば良い。そういう事だろう。江班長とて色々立場があるようだからな。大っぴらに容疑者を逃がすとは言えないのだろう‥‥」
「一つハッキリしているのは、今の彼女は身の置き場もない。手帳を渡すよう説得したいね」
UNKNOWNが紫煙を吐き出した後、長くなった煙草の灰をアルミの灰皿に落とす。
「私の知人に1人、女好きで酒飲がいる。適当に力もある男なので彼女を逃がす手伝いをするかもしれない」
「誰です?」
「MSIのS・シャルベーシャ(gz0003)だ」
●愛紗&UNKNOWN
「ゆ、揺れる」
助手席に愛紗を乗せ、UNKNOWNのランオーバーが山道を走って行く。
出発前、UNKNOWNがMSIに電話をかけるとサルヴァは中国にいるという答えが帰って来た。
教えてもらった番号にかけるとサルヴァが出た。
「‥‥久しぶりだな。酒の約束はなかなか果たせんな‥‥」
『どうした、珍しく愚痴でも言いたくなったか?』
「いや、気分転換でもどうだ? と思っただけの事だ‥‥」
『‥‥ほぅ?』
「そうは言っても私も実の所忙しい──美人を送ろう。私の代わりにな」
電話の主は笑っているようである。
『裏がありそうだが‥‥まあ、よかろう。尤も俺の所に無事着ければ、だが』
「処でお前は今どこにいる?」
『今、重慶だ。くくっ‥‥良かったらお前も来るが良い。長江三峡は見ておいて損はないぞ』
長江三峡は武漢と重慶の丁度中間辺りにある西陵峡、巫峡、瞿塘峡の事である。
(「確か‥‥武漢からも重慶行きの観光船が出ていたな。偶然か?」)
幾ら考えた所でサルヴァの思惑等は測り知れない。
ダッシュボードから煙草を取り出し、火を着けるUNKNOWN。
●レールズ&カルマ
列車の出発時官を逆算して、南京迄新幹線で先回りしたレールズとカルマ。
夜行列車に乗り込むと1車輌ずつ車掌に協力して貰い乍らチェックをして行く。
「俺も親バグア派との追いかけっこはそれなりにやってますが‥‥」
「‥‥俺は国外に逃がしてあげたいな、その後は彼女の好きにさせてあげたいですね」
なるべく穏便に手帳を渡して欲しいと言うカルマ。
「俺も武器は使いたくないですね。‥‥シュタットさん、夜来香って花を知っていますか?」
「いいえ? どんな花なんですか?」
「一夜だけ咲いて翌朝散ってしまう花なんです」
停車駅で乗り込む客を1人づつ確認する2人であったが、夜来香は発見出来なかった。
●連&ホアキン
上海のフェリーターミナルを訪れた連とホアキン。
借りた分厚い乗船名簿を捲っている。
煙草をいつもの癖でひょいと銜えたホアキンを見て、慌てて連が注意する。
「ほむ、ホアキンさん、ここは禁煙なのですよ?」
連の指差す方に「禁煙」と掛れた文字がある。
「俺は中国語は読めないのだが‥‥禁煙なのか?」
コクコクと頭を上下させる連。
「次は、水鉄砲で攻撃です」
他のメンバーと連絡を取り乍ら巡視艇で西に向かう連とホアキン。
(「いい加減中国茶にも飽きたな‥‥珈琲やマテ茶が飲みたい」)
各港湾事務所に訪れる度に地元の名産だとホアキンと連には茶が薦められた。
決して茶は嫌いではないし、珍しい各地の珍しいお茶を薦めてくれる気持ちは嬉しいが、これでもか状況で薦められると流石に飽きて来る。
同行していた憲兵がホアキン達を呼ぶ。
「監督官によると未明にキメラに襲われたボートが1艇あるんですが、それが怪しいようです」
「どんな風に?」
「改造ボートなのもそうですが、こちらに救援信号を出さずにキメラを振り切った様です」
「ほむ、キメラは親バグアを襲わないんじゃないでしょうか?」
「一概には言えないと‥仮にも党からも追われている人ですし‥勿論、決める付けるのは早いですが‥‥」
憲兵が声を潜める。
「入電! 安慶付近で船舶同士の銃撃戦。目撃情報が多数、各事務所に寄せられているそうです」
「船体番号は?!」
監督官が目撃された船体番号を告げる。
「ますます大当たりっぽいですね」
憲兵の男は楽しそうに言った。
●九江
『中国軍憲兵隊です。そのまま停船して下さい』
憲兵隊の旗を揚げた巡視艇で安慶付近で戦闘をしていたというボートに近付いて行く。
親バグアだけではなく河賊の可能性もあるので油断はならないと憲兵が教えてくれた。
「ほむ、山賊さんではなく河賊さんですか。凄いのが出るんですネ」
感心したように連が言う。
「出来れば河賊じゃなくて『当り』の方だといいがな」
現在迄、夜来香を確保もしくは手帳を入手したと言う連絡は、何処からも寄せられていない。
ボートは逃亡する様子もなくこちらの指示に従って停船している。
デッキに板を渡し、ボートへと移る。
「責任者の方はいますか?」
太った男が出て来る。
「呉運送の呉 大人アル。武漢まで急ぎのお届けアルよ」
大人と憲兵のやり取りを見ていたホアキンに警備にあたっていた男の1人が声をかける。
「なんでこんなトコに居るんだよッ!」
同じ小隊に属している友であった。
暫くホアキンは考え友に言う。
「‥‥‥ある女性を探している。とても重要な情報を握っている女性で親バグアから狙われている可能性がある。その情報が貰えれば、こちらとしては彼女の安全を保証する用意があるんだが知らないか?」
護衛の少女が入ってきたホアキンの喉に蛍火を突きつける。
「大丈夫だ、彼は俺の友達だ。ちょっと彼女と話したいそうだ‥‥話、聞いてやってくれねぇかな」
女がホアキンと連を見る。
「いいわよ‥」
ふっ‥と笑うと女は、顔の半分を覆い隠していたサングラスを取る。
暴漢に襲われた際に刻まれたという噂の傷が右目の目尻から頬骨に掛かる。
傷すら、この女の美しさを際立たせるアクセサリーに過ぎないのだろう。
「済南党の夜来香よ」
どうやら護衛達には何も知らされず、大人だけが正確な彼女の身元を知っていたのであろう。
親バグア派の党員と言う言葉に動揺が走る。
「党から追われているのよ。ある男を殺して‥‥手帳を奪ったのよ。一部の人には、とても価値がある手帳」
「ソレにはあなた以外に多くの命がかかっている。持っていてはあなたも殺される。渡してくれ。追われぬようこちらはあなたの足取りを消す事もできる」
「残念だけど‥‥信用出来ないわ。これは春露に渡す事になっているのよ」
ホアキン達に渡せぬと言う夜来香。
「春露‥‥あなたはやっぱり‥‥活動家の威・春露の姉の雛林なんだな」
「そこ迄調べたの。あの人だって私がスパイかも知れないって疑うだけだったけど」
夜来香が暗く笑う。
●闇より
武漢のホテルの一室──
南京からの便で武漢入りした江班長にくっついて来た炎西。
各地の憲兵隊から江班長の元に寄せられている情報の1つ1つを確認し、仲間に配信すると同時に江班長を監視する為でもある。
部屋がノックされ、ドアの外から声が掛かる。
「中国政府からの特使です。憲兵隊の江班長を御願いします」
ドアについたスコープの向う側で黒髪の少年が笑った。
ボートが武漢に到着し、他の傭兵達もやって来て説得を試みる。
カルマは入り口に立って、憲兵らを牽制する。
「私を説得しようとしても無駄よ」
「彼らは自分達の依頼に熱心なだけ、だ」
UNKNOWNが静かに言う。
「じゃあ、あなたは私の好きにさせてくれるの?」
「どうだろうな? 少なくとも手帳は君の保険だ‥‥人類と、君が思った者を守る為にもな」
「なら無理ね。あなたは私を知らないもの」
「確かに私は‥‥まだ君の香りを知らんからな。だが君が手帳を渡してくれればここから後はある男が君を引き受ける。美人好きな男だ」
「あなたの想い、あなたの命が詰まったその手帳‥‥俺達に託してくれませんか? 絶対に救って見せます‥‥あなたもね。一夜しか咲けないのはやはり寂しいです‥‥」
レールズが優しく微笑む。
「‥‥‥私を説得したいなら春露か、あの人をここに連れて来る事ね」
頑と首を縦に振らない夜来香。
「あの人?」
「私を地獄に引き込んでくれた悪魔よ。もっともそれが私の望みでもあったんだけど‥‥」
口を歪めて笑う夜来香の顔も悪魔のようであった。
●一夜の花
能力者達の言葉に夜来香は多少心を動かされたようであったが、最終的に手帳を渡す事をOKしなかった。
ならば少なくともちゃんと春露に手帳が手渡されるのを確認したいとその場への同席を要望し、嫌がる夜来香に無理矢理着いていく。
だが夜来香が約束した場所にいたのは、黒い服の少年と江班長、武装した憲兵隊だった。
「ここには『春露』は来ないよ」
「春露が来ないって‥‥どう言う事?」
夜来香が震える声で質問する。
「あんたの目的が、あんたを殺した殺人罪で逮捕させるだと言ったらここの場所を教えてくれたよ」
「それは本当なのか?」
夜来香が春露を逮捕させるのが目的だったと聞いて動揺が走る。
「会うだけなら手帳を持ち歩く必要無いからね」
少年が冷ややかに言う。
「でもなんでここにキースと憲兵隊がいるんだよ」
「俺らと夜来香のバックについては不問にする。そういう約束で手帳と夜来香を渡す事になった」
キースと呼ばれた少年と夜来香は同じ組織のスパイであった。
「俺達はあんたらの手の上で踊らされていたのか?」
「んー‥‥違うな。こっちは被害者だよ。夜来香は俺らを裏切って逃げたんで予定が変更になった」
おかげで俺も重慶でのデートがおジャンだ。と苦笑いをするキース。
「あんたが何をしようと関係ない。と言いたいだけど‥‥困った事にあんたはユリアやあの人を裏切った」
「彼が来ているの?」
夜来香が驚いたように目を見開く。
「いいや。俺らにとって名を受けるのが何れだけ特別なのかを忘れる程、あんたは嫉妬に狂って本当に普通の女になったんだなぁ」
キースの言葉にハッとする夜来香。
「俺はあんたを殺しちまおうかと思ったけど、そんな必要がなかったな」
キースは夜来香に近付くとブラウスのボタンを力任せに引きちぎる。
「血の匂いがすると思ったら‥‥超笑えるよ、あんた。つまらないプライドの為に春露と本気で心中するつもりだったんだ」
腹に撒かれたコルセットから血が滲んでいる。
「馬鹿野郎! 死ぬ為の護衛なんざ御免だね。寝覚めが悪いんだよ!」
護衛の1人がキースを突き飛ばし、夜来香を手当てする。
何事もなかったかのようにキースは落ちた手帳を拾うとそのまま江班長に手帳を投げ渡す。
「契約成立ってね」
「彼女はどうなる?」
「取り調べは傷が回復してからになる‥‥邪魔はしないでくれ、君らを公務執行妨害で逮捕したく無い」と渋い顔をする江班長。
江班長が夜来香に手錠をかけている間にキースは何処かへ消えていた。
夜来香が泣きそうな顔をした連と愛紗を見る。
「貴女達のように純粋に音楽を愛していた私は遠い昔に死んだのよ。期待を裏切ってゴメンなさいね‥‥」
中国に覆う闇は、深く暗く──
傭兵達の心に一つのシミを残して夜来香は逮捕された。