タイトル:罪人の歌 Wフェイスマスター:有天

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/13 09:07

●オープニング本文


「夜来香が逃げた?」
「ああ‥‥李が言っていた」
 競合地区魔都『上海』
 激戦区である長江河口に位置し、表面的にはバグア侵攻前の美しい町並みを保ち乍らも水面下で激しい親バグアと反バグアが戦う魔都である。
 反バグア組織Criminalのメンバーで構成されたロックバンド「Impeachment」。
 そのメンバーが集まるライブハウスの楽屋である。
 李というのは上海で親バグアの有力者である。
「Impeachment」のリーダーであるキースが李のお稚児趣味に付け込み深い関係に至っていた。

「1人で逃げたのか?」
「取り敢えず、そうみたいだ」
 嘘であった。
 キースは『複数の人物が関わっている可能性があり』とCriminalと李から聞いていた。
 そして同時にCriminalから『メンバーの中にも協力者がいる可能性がある』と指摘されていた。

 敵は、バグア。
 それを心に乍ら集まったCriminalだが、長くリーダーが不在状況で肥大してしまった組織にほころびをキースは感じていた。
 其れ故、同じバンドのメンバー達とも一線を引き、深い付き合いをしていない。
 その代表的な出来事は(メンバーの中に激しい能力者アレルギーがいるのも要因ではあるが)キースは己が能力者である事をバンドメンバーに隠していた。

 トイレに行くと楽屋を出るキースが、従妹であるユリアに目配せする。

 暫くして不自由な脚を庇い乍らユリアがトイレにやって来た。
「‥‥困った事になった。誰かの助けで病院を抜け出した夜来香が上海に向かっている」
「それは‥‥キースを‥‥殺しに‥来る為ですか?」
 キースは、夜来香の邪魔をし、夜来香を憲兵に逮捕させた本人である。

 キースとしては己の信じる事をした正しい行いだと思っているが、夜来香が恨んでいてもしょうがない。とも思っていた。
「そうかもしれないが、狙いはユリアかも知れない」
 キースの言葉にハッとするユリア。
「俺を殺すよりも‥‥俺を怒らせ、苦しませる為にお前を殺す。か‥それよりもっと酷い事をするかも知れない」
 服を通しても判るユリア残る古い傷痕を指でゆっくりと撫でる。
「俺だけならなんとかなるかもしれない‥‥だけどユリア。夜来香が完全にバグアに寝返ったとしたら‥俺1人でお前を助けられるか判らない‥‥今回、Criminalからは助けが来ない‥‥‥トリプランタカに言われたんだ。俺が『ナタラージュ』の候補に上がった。と‥‥‥‥」
 ユリアの瞳が大きく広がる。
「『舞踏の王』‥‥キース‥‥それは‥‥‥」
 Criminalのメンバーに取って名を与えられる事は特別な存在を意味する。
 特に『ナタラージュ』という名は特別であった。

 キースがユリアを強く抱き締める。
「ラスト・ホープでも他の国でも良い‥‥逃げろ‥‥」
 己の瞳と同じ色をしたピアスをユリアのピアスと交換し、己の装身具をユリアに着けて行く。タンクに隠した油紙で包んだ塊を渡すキース。
「売れば闇ルートでも250万cにはなるはずだから‥‥」
 ユリアの手を引き、表通りでタクシーを止める。
「生きていれば、なんとかなる。何年掛かっても必ず迎えに行くから‥‥ユリアは生きろ!」

 ***

「最近何処かでこれに似た体験をしたアルよ」
 南京の飯店の個室で蟹のあんかけ炒飯を食べていた呉大人が溜息を吐く。
 中国全土、どこにでもお届けを誇る呉運送の代表である。
 時には軍や親バグア、荒っぽい奴らとの駆け引きには慣れっこである。が、どうも女性に銃口を向けられるのは気持ちがよろしくない。特に、今回は食事中である。
「銃口は簡単に人に向けてはいけないアルよ」
 酷く顔色の悪い赤毛の少女に言う大人。
「それより貴女、とても疲れてお腹が好いた顔をしているね」
 ハラハラと見ている個室係にメニューを持って来させる大人。
「‥‥お腹は‥‥空いて‥いません。ユリアは‥‥獅子に‥インドに行って会わないと‥」
 そう、強がりを言う少女のお腹が、くぅと良い音を立てる。
「ここの点心、最高ね」
 ゆらゆらと銃口が揺れてかなり体調も悪そうである。
「コーンスープだけでも飲んでみないアルか?」
 机に置かれたスープの腕を示す。
 数秒の迷いの後、スープの腕を受け取ろうと少女が手を伸ばすが──
 グラリ‥‥
 少女の体がグラリと大きく揺れそのまま床に倒れ込んだ。
「しっかりするアルよ!」
 血の気のない唇が小さく動く。
「お願い‥キースを‥‥‥‥‥助けて‥‥」

 ***

 集まった傭兵らを横目に大人が頭を掻く。
 見栄っ張りの大人にしては珍しい事である。
「皆に頼みたいのは2つ。1つは上海に行き、ロックバンド『Impeachment』のリーダー、キースを発見して保護する事。もう1つはインドに行き獅子と呼ばれる人物を探し、奥の部屋で寝ている少女の面会を取り付ける事ネ」
 ちらりと奥の部屋へと目線をやる。
「上海はワタシのネットワークで皆をサポートすれば見つけるのは、なんとかなるアルが、やっかいのはインドの『獅子』ネ。彼女、当初デリーに向かう予定だったらしいアル。でもデリー皆も知っている通り、バグア攻撃中ネ」
 グリグリと眉間を揉む。
「アグラで見かけた噂もアルがムンバイやハイデラバード、バンバガロール、コルタカでもあるアルよ」
 広い範囲である。
「どう、探すか‥‥それが問題アル」

●参加者一覧

エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

●呉運送在南京
「お茶ばかり飲んでいねぇでシーヴの頼んだ事は判ったでやがるですか」
 シーヴ・フェルセン(ga5638)がジロリと新聞を片手に茶を啜っている大人を睨む。
 大人に李の動向とキースの市内での目撃情報、バンドの現状を質問していたが、まだ回答がない。
「もしかしたらバンドのメンバーは死んでいるかもしれないアルね」
「なんでそんな事を言うんですか?」
 ネットでバンドの事を調べていたエレナ・クルック(ga4247)が目を丸くして言う。
「南浦大橋の袂で車に乗って心中したと思われるカップルがいるアル」
 記事を示す大人の手から新聞を思わず奪い取るエレナ。
「(上海語)‥‥よ、読めないです」
「男は不明アルが、死んだ女性は持ち物からベーシストのフィフィ説が有力アルね」
 心中に見せ掛けた殺しは、良くあるのだと言う。
 逆に見栄の為に検死官にお金積ませて心中を殺人にする家族もいる。と平然と言う大人。
「ようはお金次第って事ですか? なんか酷いですね‥‥」
 エレナが席に戻ると丁度待っていた資料が秘書によって届けられた。
 だが、予想より遥かに多い量である。
「随分、集まったものだな」とUNKNOWN(ga4276)。
 資料を捲っていたシーヴが残念そうに言う。
「夜来香の敵地である、李の下を利用してやがる可能性は高ぇかと思っていたですが‥‥」
 李の館にキースが出入りした形跡はない。
「なあ、獅子に関して他に情報は?」
 ツァディ・クラモト(ga6649)が大人に質問する。
「ワタシの知っている『インドの獅子』は1人ネ」
 だから余り参考にならないアル。と大人が答える。
「‥‥その『獅子』は有翼なのか?」
「有翼と言えば、有翼ね」
 MSIのS・シャルベーシャ(gz0003)だと言う大人。
 昔、親バグアと間違えられて殺されそうになった事があるのだと言う。
「固定観念で動くと大失敗に繋がる事がアルね」
 だからULTの傭兵を頼んだと言う。
「じゃあ、インドに詳しいお友達とか居る?」
「兄の知合いなら1人。UPC軍のアジド・アヌバ少尉ネ」
 再び意外な人物の名前が出る。
 だが確かにアヌバ一族ならば古いインドの名家である。聞いてみる価値はあるだろう。
「情報ど〜も。仕事終わったら点心でも奢るよ」

●Julia
 傭兵らがユリアに面会出来たのは夕方近くであった。
「寝たままで構わねぇですから、ゆっくり、教えてくれです」
 体を起そうとするユリアをシーヴが制す。
「ユリアにゃ前、助けて貰ったです。今度は、シーヴがユリアの手伝いする番でありやがる、です」
「俺もな。それに夜来香の事も‥‥キースとユリアのおかげで彼女を妹殺しにせずに済んだ。ありがとう、な」と空閑 ハバキ(ga5172)。
「夜来香が一番執着してるのが『獅子』じゃないかって感じたんだよね。そしてキースは『獅子』を知ってる」
 赤崎羽矢子(gb2140)の『獅子』という言葉にベットから跳ね起きるユリア。
「ユ、ユリアは‥‥いかなきゃ‥‥」
 うわごとのようにインドと繰り返し、ドアに向かおうとする。
 それを皆で押しとどめる。
「ユリアの大切な家族、絶対探し出しやがるんで‥‥無理しやがらねぇように、です。ユリアが無理したら、シーヴ心配するです」
 ユリアの体を心配し、質問を絞る。


・バンドのメンバー達は、今回の件は知っているか
「‥‥多分、知らないと思います。ただ‥キースが‥言っていました。メンバーの‥中に‥スパイがいると‥‥」
 顔を見合わす傭兵らにハバキと羽矢子が夜来香の一味に正体不明の男がいると教えてくれた。
「多分、そいつが裏切り者ね」

・ キースを発見/保護しなければならない理由
「それは‥‥‥‥‥それは‥キースが‥‥『ナタラージュ』‥に選ばれた‥から‥‥」
 長い沈黙の後、ユリアが重く口を開く。
「ナタラージュは‥舞踏王。ユリア達にとって‥‥ずっと‥待ち望んでいた‥とても特別な存在‥なんです」
 何処迄話したらいいのだろうか? と、落ち着かなげに動く目。
「言いたくない事は、言わなくいい」
 助け舟を出されてほっとした表情を浮かべるユリア。

・ 何故デリーに向かうつもりだったか
「キースが‥‥前‥『獅子はインドに住んでいる』と‥言っていたから‥です」

・ 獅子の名前/性格/容姿/体格
・ ユリアやキース、夜来香にとって「獅子」はどういう人物か
「獅子は‥‥ユリア達の‥上の‥人達に‥‥とても影響力のある‥人です。‥‥ユリアは‥獅子と重慶で‥一度しか‥会った事が‥ありません‥‥獅子は‥40歳前後の男性‥です。軍人とか‥‥そういう人‥だと思います。とても‥‥恐い雰囲気を‥持った人です‥」
(「上海に‥‥重慶。それに夜来香か‥‥」)
 少し離れた所に佇み話を聞いていたUNKNOWNが静かに紫煙を吐き出す。
「でも‥キースは‥共感する所が‥あると‥‥‥夜来香とは‥昔‥恋人のような‥‥関係だった時も‥あったと‥‥‥絶望の闇に‥飲まれて‥そのまま死んで‥‥しまいたい‥そう思った時‥『復讐』という道を‥示してくれた‥と‥‥『夜来香』は‥獅子が‥着けてくれた‥名前‥だそうです‥」


「キースさんの向かいそうな場所に心当たりはないですか〜?」
 エレナに頼まれたキース宛の手紙を書いていたユリアの手が止まる。
「‥‥判らないです。でも‥キースなら‥‥きっと‥敵を倒しに‥行くはずです」
「逃げるんじゃなく?」
「ユリアが‥一番‥心配しているのは‥‥キースが‥王になる為に‥バンドのメンバーを‥‥殺して‥しまう事です」
 ユリアの言葉に驚く傭兵達。
 傭兵達の顔を暫く見回して悩んだユリアは覚悟を決めたように言葉を紡ぐ。
「ナタラージュは‥私達の‥長く不在だった‥リーダーです。私達の組織は‥‥‥幾つにも‥小さな組織が‥ネットワークで繋がれて‥‥その全ての頂点に‥立つのが‥舞踏の王と‥‥言われています」
 大きく息を吐くユリア。
「王になる者は‥‥家族や仲間‥大事なものを‥失う‥多くの‥試練を越えて‥王になる‥‥だから‥神でありながら‥修行者‥である‥シヴァの名、だと‥いう人‥もいます。生け贄の血は‥誰が‥流させても‥いいそうです‥‥だからキースは‥‥ユリアを‥‥‥」
「それって時代錯誤です!」
 哀しそうに笑って返すユリア。

「キースさんはユリアさんにとってどういう方なんですか?」
「ユリアが‥‥今‥生きている理由、全て‥です。皆が‥死んで‥‥‥ユリアが‥壊れそうに‥なった時‥ユリアを‥いるって‥言って‥くれました。だから‥ユリアは‥キースに‥‥いらないと‥‥言われたら‥‥」
 だから獅子にユリアからキースを取り上げないで欲しいと御願いするつもりだった。というユリア。
 エレナに指輪が、シーヴにロケットが預けられる。
「ユリアは‥‥キースが‥キースで‥なくなるのは嫌‥‥‥‥‥お願い‥‥キースを‥守って‥‥‥‥」
 傭兵達の手を握るユリアの目から涙が溢れた。

●Singh in INDIA
 以前教えて貰った電話番号は重慶のホテルの電話番号だった為に新たにMSIから教えて貰った電話を掛けるUNKNOWN。留守番電話にメッセージを残すと──直ぐにサルヴァから電話が掛かって来た。
「インドに行くが酒を飲まんかね? 尋ねたい事もある」
『‥‥また女絡みかね?』
「――そうだな、また女絡みかもしれん」
 電話の向うで複数の大きな笑い声が聞こえる。
『まあ、よかろう。会えるかは電話を盗聴している奴に聞いてくれ』
 途端にブツリと電話が切れる。
「相変わらず面倒な男だ‥‥」
 サルヴァのいそうな場所を考えるUNKNOWN。
(「さしずめMaha・Karaの詰め所と言った所か‥‥仕方がないデリーから南下するか」)
 情報料代りの煙草が数が足りれば良いがな。と薄く笑うUNKNOWN。

 モニタ越しにアジド・アヌバ(gz0030)を見るツァディ。
「時間がないので手短かに頼むよ」
『インドにおいて一番有名な獅子は旧通貨にも描かれているアショカ王の四獅子ですが、この獅子はアケメネス王朝の獅子をモチーフにしていると言われています。そして現在、これをエンブレムとして使っている人物はたった1人しかいません』
「誰だ?」
『MSIのS・シャルベーシャです』
 きっぱりと言うアジド。
『彼が自ら「獅子」と名乗っているかどうかは知りませんが、彼を隊のメンバーがそう呼んでいるのを聞いていますので、あなたが探す獅子が兵であるのならば、ほぼ間違いないでしょう』
「彼に会いたいんだけど?」
『‥‥多分、大ダルダと一緒にいるはずですから普通の方法では会えませんよ?』
「世の中ギブアンドテイクだ」
 金品を受け取れば贈収賄になるので貸しにしておくと言うアジドだった。

 UNKNOWNがありったけの煙草と引き換えに突き止めたサルヴァの居場所は、首相官邸並みの堅牢な建物だった。下手に忍び込めばサルヴァ会う前に天使に会いそうである。
(「流石にダルダ一族の長がいる場所だけあるか‥‥」)
 ツァディと合流するUNKNOWN。
 アジドが指定した場所にやって来たのは背の高いUPC軍の士官であった。
「君が『ツァディ・クラモト』か」
 ツァディは覚醒して左目の陰陽太極図を見せる。
「依頼人に頼まれたもんで。死ぬ前に『獅子』に一目会いたい、と‥‥」
「君が依頼人かね?」
 UNKNOWNを見るトリプランタカ。
「違うな、依頼人は別の安全な場所にいる」

 受付で止められる2人。
「この御時世、珍しいもんじゃない。これは、ただの日用品」
 そう言って誤魔化せる程警備兵も甘くない。
 だが、トリプランタカの口利きで武器は簡単な封印だけで通される事になった。
 つづら折りの廊下を幾つ曲っただろう、1つの部屋に案内される。
「本当に来るとはな」
 まあ、よかろう。と席を勧めるサルヴァ。
「‥‥約束は、生きているかね?」と酒瓶をコートから取り出すUNKNOWN。
 幾許かの琥珀の液体を飲み干した後、切り出す。
「お前が『獅子』ではないのか? 夜来香‥‥ユリア。キースという男もいたが、私にはお前の『匂い』を感じる‥‥どこか皆、刹那的だ」
 何も答えず楽しそうにUNKNOWNを見つめるサルヴァ。
「サルヴァ、一度逢い直した方がいい‥‥私は夜来香を、他の者を連れて来よう。奪ってでも、な」
「断ると言ったら?」
「なんなら自分が嫌でも借りを返そう」
 立ち上がり掛けるツァディをUNKNOWNが制す。
「判った‥‥じゃ、あとよろしく」
「啼く女は好みだが、泣く女は苦手で、な」
 サルヴァの出方をみるように言うUNKNOWN。
「‥‥アレに関して言えば最早、俺と会う事なぞ望んでいないだろう。今さら恋人ごっこをしたい訳でもあるまい」
 夜来香とアレと言うサルヴァ。
「――時は、止まらんからな‥‥」
 話は終わりだと立ちかけるサルヴァにユリアと会って欲しいと話すUNKNOWN。
「私は派閥など気にせん――生きて欲しいだけだ、よ」
 暫くUNKNOWNの顔を眺めた後、
「‥‥‥折角ここ迄来てくれた礼だ。ユリアに関しては後で人をやろう。もっとも王の名は俺が着けて歩いている訳ではないのでな。期待に沿えんかもしれんが」
 そう言って席を立つサルヴァ。

●迷う心
 ライブ予定だった会場にやってきたエレナとシーヴ。
「キースさんって素敵ですよね〜」
 何も知らないでバンドのメンバー達を待つファンに話し掛けて行く。
「わたしキースさんの大ファンなんですけどキースさんお加減でも悪いのですか?」
 だが、ここ2、3日、キースだけではなく他のバンドメンバーの姿を誰も見た事がないと言う。
 会場を後にし、メンバー達の住んでいルマンションを調べ、更にキースのセーフハウスへと向かう。
 預かったカギを使ってキースの部屋に入った2人は、
「──ひっ!」
 グチャグチャに荒らされた部屋は大量の血だけが残されていた。
「殺されちゃったんでしょうか‥‥」
「ユリアは自分の体よりキースを心配しやがったです。‥‥シーヴにも大切な人、居やがるんで、キースにゃ無事でいて欲しいです」
 呻くようにシーヴが言った。

 羽矢子がキースを見つけたのは偶然であった。
 事前に写真を見ていなければキースと判らぬ姿であった。
 声を掛けた途端逃げられるかと思ったが、相手はジッとしていた。
「夜来香のこと教えてはもらえないかな?」
「もう、その名を持つスパイはいない。いるのは、生れ故郷で死にたかった、ただの哀れな女だ」
「それって‥‥夜来香に会ったの?」
 キースは問いに答えず、羽矢子に興味を失ったか立ち去ろうとする。
「ま、待って。あたしを信用しなくても夜来香一味を捕まえる事はキース自身の保身にもなるでしょう?」
「‥‥敵ならば倒せば良い。それが俺に課せられた試練ならな」
 慌てて持っている携帯電話でインドにいるUNKNOWNに国際電話を掛ける羽矢子。
「らいおんさん、王子と接触したよ。お姫様の声を聞かせてもらえないかな?」
 羽矢子が振り返った時、その場にキースの姿はもうなかった。

 キースの暗く深い蒼の瞳を思い出しぐしゃぐしゃと頭を掻きむしるハバキ。
(「あれこれ悩んだってしょーがないっての。俺は俺らしく行くしかないんだから」)
 会ったら言いたい事は山ほどあった。
 そんな中、黄浦公園へと向かうキースの目撃情報が齎された。
 一番近い場所にいるハバキが公園に向かう。
 公園を必死に探すハバキがキースを見つけた時、黄浦江を望むベンチにキースは座っていた。
 血と泥と埃だらけの動かないその姿に一瞬死んでいるのかとぎょっとしたが、眠っているのだと判り安堵する。口の端が切れて血が滲み、少女のような端正な顔に大きな痣が出来ている。
 ハバキが傷を確認しようと手を伸ばした瞬間、
「俺に触れるな!」
 目を覚ましたキースが唸るような声で言う。
 ハバキだと判ると「また、お前か」という表情を見せるとそのまま目を閉じる。
「何のようだ?」
「ユリアから聞いた‥‥ユリアのこと、守りたいんだよな?」
「‥‥お前には関係ない事だ」
「また、『関係ない』。キースが繰り返す度に1人で戦う言い訳みたいに酷く‥‥」
「お前に何が判る!」
「信頼しろなんて言わない。けど、キースは人を量る目はあるだろ? 俺は好きな人には尽くすタイプだから、キースはそれを利用すればいい」
 掴まれた手を優しく解き乍らハバキが言う。
「一緒に戻ろう‥?」
「‥‥‥無理だ」
 予想された行動であったハバキは、連絡先のメモを無理矢理キースに握らせる。 
 暫くそれを見つめたキースは薄汚れたコートのポケットに押込む。
「ユリアを頼む。あいつは俺に残った最後の‥‥」
 朝靄に溶け込むように消えていく後ろ姿と共に最後の方はハバキの耳に聞こえなかった。
 ただ、その消えて行く後ろ姿はどこか寂しそうだった──。