●リプレイ本文
──連絡を絶った芦屋基地周辺地域。
誰もが、いつもよりちょっとハード偵察だと思っていた。
それ故それが惨劇の予兆である事を誰も予感しなかった──
否、この惨劇の予兆を感じていたのは、偵察に志願したメンバーだけかもしれない。
「いきなり連絡切れちゃったって話だけど、どうなったんだろうね?」とM2。
「芦屋に門司ですか‥バグアの連中は、本州からの兵站を断った上で、九州に残る人類側の拠点を潰していく腹積もりでしょうか?」と修司が言う。
門司は今でも本州と九州を繋ぐ陸の拠点である。
「偵察と陽動、併せて30名。数が多いっす、大規模攻勢は間違いないっすね」と雄二。
「実際、住民や基地の人間は無事なのか心配ですね。敵に利用されていなければいいのですが‥」
ソードが暗い顔をして言う。
「暗いですよ、ソードさん。スマイル、スマイラー、スマイレージ!」
ワザとおどけてみせる礼二。
「意趣返しのつもりかな? いい加減自重して引っ込んでろってーの、全くもう!」と拓那。
「こんな派手な作戦が最初だなんて結構悪運というべきかな‥‥」
じゃじゃ馬と名高いハヤブサだけど何とか頑張ってみます。とトクムが言う。
「グリーンランドでの戦いが、やっと終わった直後だって言うのに‥‥バグアはこのタイミングを狙っていたというのでしょうか‥‥?」
落ち着かなげに雫が言う。
「嫌な予感か‥こういう予感こそ当たって欲しくないものじゃが‥」
そう呟く藍紗。
「‥‥考えたく無いけど、九州全土放棄なんて悪夢は避けたい」
あやこの郷里は大分である。
心の拠り所を失えば刃を向ける気力も萎える──それは北九州市民とて同じだろう。
強行偵察小隊を指揮するあやこは、この任務にかける思いは人一倍である。つい強い口調になる。
「確かにこの時期に襲撃を敢行とは‥‥余程敵は何らかを備えて居るかもしれない。それが途轍もなく悲惨で犠牲を強いるものであろうとも現状を把握する為には決して慟哭せずに対処すべきであろうね」と長郎が言う。
「大丈夫。俺が岩龍とウーフーは、きっちり守ります!」と隼瀬が言う。
それぞれある種の予感を抱え乍ら新日原を出発した──
●The report concerning scout of district around Ashiya Air Base
【参加総人数】30名の内、偵察班15名(α)、陽動班15名(β)
【種別】UTL傭兵
【偵察班参加者名:UTL登録順】
藤田あやこ(
ga0204)
榊兵衛(
ga0388)
新条 拓那(
ga1294)
アルヴァイム(
ga5051)
藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)
ソード(
ga6675)
菱美 雫(
ga7479)
飯島 修司(
ga7951)
M2(
ga8024)
錦織・長郎(
ga8268)
ヒューイ・焔(
ga8434)
三枝 雄二(
ga9107)
須磨井 礼二(
gb2034)
依神 隼瀬(
gb2747)
トクム・カーン(
gb4270)
【作戦概要】
本件偵察実動部隊。各5名3班構成とす。
新日原航空基地<RJFN>をβより後行出発。
諏訪灘上空にて空中補給を実施。
門司上空にて待機。
β作戦開始を確認後、若戸大橋上空で第1班は響灘/国道495号線に沿う形で進行。
第2班、3班は洞海湾を西下、折尾上空を通過後、第2班は上空より、第3班は遠賀川に沿う形で進行。
敵攪乱の為、3班はほぼ同時に芦屋基地に侵入し、情報を収集。
収集完了/離脱後、玄界灘沖島付近停泊中のUPC九州海軍空母にて補給。
<RJFN>に帰投。
第1班(空牽制) ソード・三枝・トクム・ヒューイ・飯島
第2班(陸牽制) アルヴァイム・藍紗・新条・榊・藤田
第3班(偵察本隊) 錦織・M2・菱美・須磨井・依神
詳細については、別紙へ。
<別紙>
「RJFN,【pastor】,α1 Passing 5rd waypoint,proceed next waypoint」
陽動班βが遠賀川周辺の敵を宗像市へ引き連れているとはいえ、途中小倉北で5機のHWとの接触はあったが、すんなり偵察班のKVを受け入れた町は無気味な迄静かだった。
北九州市でも製鉄所の並ぶ地域は多少の爆撃や攻撃跡があったが、周辺民家への爆撃跡は殆ど見られなかった。
「隠密潜行は得意といっても、機体を使ってはバレバレじゃがの‥‥」
「外出禁止令とか出ているんでしょうか?」
ぽつぽつと軍や警察の車輌に混じり一般車輌も道路に出ているが、乗り捨てられたように全く動かない。
カメラには敵の影どころか人っ子一人写らない。
「芦屋基地が持ちこたえていれば良いのですが‥」
希望的観測と判っていながらつい口に出る。
「何か嫌な予感がしますね。俺も予期せぬ攻撃には注意しようと思いますよ」とソード。
「ALL,【pastor】,α1 CAP(戦闘空中哨戒)」
「錦織さんの方には何か見えますか?」
雫がウーフーのカメラを再調整しながら長郎に尋ねる。
「こちらも特に目立った変化はありませんね」
長郎は静か過ぎる景色に気を張り乍らボイスレコーダーに状況を吹き込んでいく。
陽動が上手く行き、敵がいないというのだろうか?
「いずれにせよ、陽動班が稼いでくれた貴重な時間を無駄にする訳にはいかないな。速やかに偵察任務を果たす事としよう」と兵衛が言う。
KVからの呼び掛けに芦屋基地は沈黙したままである。
「基地上空まで2分で到達だよ」
M2が折尾に到達したと声をかける。
第1班も千畳敷に到達した旨連絡が入る。
「青葉台も人の気配がしない」
前方スクリーンに写し出される芦屋基地。
KVの無線に突如割込みが入った。
『この空域は我らバグア占領域であり、汝らの行為は領空侵犯である。
汝らの目的がUTLよりの離反、当軍門への投降を目的とする場合は攻撃を行わないが、
それ以外の行為は我が人民の守る自衛権を発動し、汝らに攻撃を与えるものとする。
だが我らとて悪戯に戦火を拡大する事を望まず。
速やかに汝らの目的を明かすか、空域からの撤退を命じる』
「これって返電した方がいいんですか?」
「無視でいいわよ」
HW5機が基地の付近から同時に上がって来た。
「どうやら敵はお待ちかねのようだな」
第2班、3班と反対から芦屋に接近する第1班がHWを押さえるべく進路を変えるのが見える。
「無理はするな! 偵察終了までの時間を稼げれば俺達の勝ちだ」と拓那が声をかける。
油断をすればKV同士で接触しかねない半径5kmという狭い空域でのファイトである。
第2班と第3班は更に高度を下げる。
高度を下げたKVらの側を赤い光の束と砲弾が突き抜けて行く。
タートルワームの高粒子プロトンとVADSや高射砲といった対空砲である。
見れば競艇場の駐車場にタートルワーム、前の道路にゴーレム5機がいる。
「対空砲は基地から飛んで来た、の?」
不安がつい口に出る。
「敵機発見! というか、対空仕様のカメ、なんだかおかしくない?」
「亀の足元に人がいるな。敵の歩兵か、それとも人質か‥」
砲火をくぐり抜けタートルワームの上を通り過ぎる。
「どうやら人質で間違いなさそうだが‥‥どうします?」
ヒューイが困ったように言う。
「非道いことを‥バグアは俺らの事を野蛮って言うけど、じゃあ! 今手前ぇらがやってる事は何なんだよ!」
「地上の惨状は想像するな、それは情報分析官の仕事だ」
拓那に非情に努めるあやこが声をかける。
『私は人でも資源でも有効活用が好きですから』
テープと思われていた男の声が傭兵らに話し掛けた。
『君達が上手く芦屋基地を守る兵らを倒せたら、そこにいる彼等を家に返して差し上げても良いですよ。もっともこの辺一帯はバグアの管理下ですので状況的には余り変わり有りませんけどね』
ウォンと名乗った男は楽しそうに言う。
「あそこにいる人達は本当に家に帰れるのかの? 実は嘘で危害が加えられないじゃろうか?」
心配そうに藍紗が言う。
それはないだろう。と兵衛が言う。
「同感だ。単なる弾避けなら奴が俺達に接触する必要は無いだろう」
タートルワームと人質の距離は100mも離れていない為、ちょっとした不注意で彼等を傷つける事になる。
「亀が暴れたら一蹴りで何人か死ぬだろう」
奴らが怪我人を手当てするとは考え難い。
「なら奴の言うように見せ物になれってか?」
「奴が約束を守る保証は無い。こういう人非を行う輩は人質の腹に爆弾を巻いて自爆をさせかねん」
アルヴァイムが露骨な嫌悪を浮かべて言う。
「奴の手の上で踊らされるのは癪だし、胸くそが悪い。だが奴のやり方や芦屋の現状を記録する事は出来る」
「僕達の任務は、一分一秒長く芦屋の現状を撮影して新日原に無事に帰投する事で奴の茶番に最後まで本気で付き合う必要はないでしょう」
ウォンも本気で傭兵らがこの場で勝つ事を望んでいるとは思えない。と長郎が言う。
「まあ‥‥この辺は永年の勘でしかないんですがね」
「元内閣調査室職員の勘‥‥か。だが一里あるな」
「適当な所でお茶を濁して全員が全速離脱だな」
「たしかにな。何か仕掛けて来るかな?」
「今さら何が出て来ても驚きようがない気がするがな。だが皆、気を抜くなよ?」
『ふふ‥‥話は決った様ですね』
楽しそうにウォンが言う。
『君達の敵はHW5機とタートルワーム1、ゴーレム5機とUPC兵士「有志」の皆さんと言う事で』
傭兵らが勝った場合は芦屋町の住民1000人の解放とUPC軍芦屋基地司令の返還を行おうと言うウォン。
第3班を攻撃しているのは、基地防衛に当っていたUPC軍の高射砲や戦車である。
『芦屋基地の皆さんは根性だけは君達の上を行くでしょう。何しろ彼等の肩には君達の10倍、1万人の命が掛かっていますからね。兵力は低くても攻撃に手抜きはないですから油断するとKVでも墜ちますよ?』
「貴様のような奴に目をつけられた芦屋の連中は不幸だな」
(「茶番の為に人の命を弄ぶ‥‥そんな奴に負けない勇気をくれ!」)
拓那が彼女から貰った手縫いのお守りを握りしめる。
兵衛のヘビーガトリングがゴーレムに降り注ぐ。
藍紗のスパークワイヤーがタートルワームの足に絡み付き、動きを封じたところで拓那がヒートディフェンダーで斬りつけ、あやことアルヴァイムのD−02が火を噴いた。
「この一撃は復讐の前払いだ」
「フレイア、お前の力を見せてやれ」
隙を見せれば下に向かおうとするHWをソードのD−02が足留めし、ヒューイのロケット弾ランチャーがトドメを刺す。
トクムはHWの間を縫うように飛び囮に徹する。
修司のバルカンに追い立てられたHWが雄二の正面に来る。
「lock on FOX2!」
放ったAAMがHWを追い掛ける。
「そのままそのまま‥‥‥ビンゴ! 命中!」
隼瀬がスナイパーライフルをポイントし乍らも躊躇する。
戦車や高射砲、VADSは構造上、被弾すれば操者が100%死んでしまう。
被弾知らせるアラームが狂ったように鳴り続ける。
「言われなくても当っているの位判るってんだよ!」
黙れとばかりにコンソールを叩く礼二。
偵察班の基本姿勢は自衛であるが、このまま被弾を続ければウォンのように墜ちてしまう。
「‥‥彼等も軍人です。少なくとも敵の手に墜ちた時点で死は覚悟しているでしょう」
長郎の対戦車砲が火を噴く。
非情のようだが、ここで自分達が墜ちてしまったら全てが無駄になる。
雫は心が張り裂けそうである。
「私達の役目は、現場の偵察、それを持ち帰ること‥‥誰かの家族を奪う為に戦う事じゃ無い。でもこれから先の反抗の為にも少しでも、多くの情報を持ち帰らないといけない‥‥私が殺す誰か、あなたの無念は私が晴らします」
震える指でセーフティを外す。
「そろそろ潮時じゃないっすか? 隊長、撤退を進言するっす!」
「もう充分だ、引くぞ!」
「覚えていろよ」
「一刻も早くこの情報を持ち帰るのじゃ!」
「必ず‥‥必ず‥‥助ける‥‥戻ってくる、からっ‥‥!」
ありったけの煙幕弾やラージフレア、幻霧を放出し、ブーストを噴かせて偵察班は離脱を敢行した。
●FOX EYE’s
──韓国軍とのランデブー前の玄界灘にて陽動班βが敵の待ち伏せに会い戦闘状況になったが、遅れて到達した偵察班には影響がなかった。
占拠後撮影が成功出来なかった地域の撮影成功や市や飯塚市の現状を知る事に成功した。
だが、どこまでも卑劣なウォンのやり方を目の当たりにしながらも、引く事しか出来なかった傭兵らの表情は、あるものは暗く、あるものは怒りに燃えていた。
救えなかったと嘆く事は何時でも出来るのだ──
「これから先はまた改めて考えよう。悔しいけどね」
***
──バグア春日基地司令室。
「どうだね、地球人と言う奴らは? 非常に楽しい生き物だろう?」
後ろを振り返らないままモニタを見つめるウォンの目が楽しげに歪む。
「このエリアは君に預ける訳だが‥‥くれぐれもやり過ぎんでくれよ? 私は無気力な木偶など──労働力にしかならんモノには興味がないからね」
その辺の匙加減を守ってくれ。と言う。
住民らに搬出されて行く遺体を一瞥した後、新しく任命されたバグア春日基地司令は短く質問する。
「統治官は、この後どうなされる御予定ですか?」
「そうだね。暫くは物見遊山でここに居るのも楽しいかもしれないな」
まあ、君の邪魔はしないつもりだがね。
そう狐目の男は笑った。
***
──UPC東アジア軍総司令室。
「芦屋及び飯塚は墜ちたか‥‥」
報告書を読み終えた男は、厳しい表情を見せる。
現在確認作業が完了していない南部を除いた福岡県の約7割が敵の手に墜ちた事になる。
傷つき乍らも作戦を敢行した傭兵らから上がって来たデータによれば軍の施設を含めた兵力が鹵獲された事も同時に確認されている。
男は報告書に添付されたバグアが放送した映像を再生する。
『コレ』を見せられた市民らはどう思ったのだろう?
バグアに対する怒りや恐怖?
それとも助けてくれなかった傭兵らやUPC軍への怒りや絶望なのか?
影響は測り知れない。
統治官と名乗るウォンはバークレーに北京攻撃を指示した人物とされ、情報部が所在を長く探していた人物である。目をつけられた都市は少しずつ静かに身体に溜る毒のような恐怖と狂気という鞭で、自ら狂う迄生殺しにされるのだ。
実際、インドの奥地ではウォンが煽動し暴徒化した市民にミサイル基地が襲われ、襲った市民共々基地が壊滅している。
「状況によっては築城基地の放棄を余儀無くされるかもしれないか‥‥だが、こちらには佐世保や大村、新日原もある。奴らの好きにはさせん」
斯くして九州全域に非常事態宣言が発令されたのであった──。