●リプレイ本文
●管理事務所
「ポスターの差し換えは、全て完了したわ」
コンサートの準備期間中、ほぼ球場内で寝泊まりをしていたアンジェラ・ディック(
gb3967)がパナ・パストゥージャ(gz0072)に声をかける。
「なるべく綺麗に剥がしたつもりだけど‥‥大丈夫かしら?」
球場の周辺警戒に出ると言うアンジェラに頼んで差し換えてもらったのだ。
コンサートの告知用ポスターとアンジェラが貼って来たポスターは異なる。
ギリギリ迄出演が不明だったアーティスト達の写真が盛り込まれ、アンジェラがローリング作戦で作成した周辺詳細地図(案内係のボランティア達に「判り易い」と大好評である)を元に作られた案内図が載っている。
告知ポスターは、コンサートの休憩時間内で行われるオークションのコーナーで出演アーティスト全員のサインが入れられ出品されるのだという。
「ワタシが貼って来たポスターは、どうなるの?」
「アレも回収後ネットオークションにかける予定ですね」
1枚づつ異なる現在位置が赤くマークされているという。
「だから『どこそこには、どのポスター』って決っていたのね」
「そうです」
日付けの入った啓示許可スタンプとシリアルナンバー、地図でレア価値をあげていると言う。
(「せこい‥‥」)
そう思わなくも無いが、運営事務所のケチケチしている節約行為は1cでも多くの支援を産む為の行為と知っているので大人のアンジェラは「そう」とだけ答える。
アンジェラとて「破格値」の報酬で動いている1人である。
報酬の殆どは、美味な紅茶と言って良いだろう。
この後のアンジェラの仕事は、管理事務所の手伝いである。
電話器をソファーの側に置くとアンジェラは、仮眠の為に寝転んだ。
●楽屋
「パナ、映画以来久しぶりね」
セーラ服がデフォルトな藤田あやこ(
ga0204)がパナを見つけて声をかける。
「こちらこそ、お久しぶりですね」
「またステージに立てるなんて夢の様」
あやこはサンタ風のセーラー服に真っ赤なフリルショーツでロックを披露する予定である。
「にゅふ♪ たくさん人が来てるにゃー。テンションあがってきたのにゃ〜♪」
セットの隙間から客席を覗いてきた西村・千佳(
ga4714)が、わくわくした様子で言う。
「今夜は派手にぶちかますよ!」
「そうにゃ♪ 私も負けないのにゃ!」
舞台構成は三部。
一部は傭兵らを始めとするボランティアと新人のアーティストが、POPやロックを中心に若者世代向きの歌やダンスを披露する。
二部は、春露を始めとする中堅以上のアーティストらが、童謡からJAZZ、フュージョン、タンゴ。あらゆる国とジャンルの歌を披露する。
そしてラストの三部は、クラシック。
日本人が良く好み年末近くになると上演される事で有名なスメタナの交響曲から第二曲とヴェートーベンの交響曲から第4楽章の各々を主題がフルオーケストラの下、合唱される。
(入場者らにはスメタナとベートーヴェンの歌詞カードが配られ、自由に参加ができる形式である)
「燃えるわね」と不敵に笑うのは、智久 百合歌(
ga4980)である。
傭兵とプロ両立出来る程器用じゃないと現役は退いてはいるが、音楽を捨てる事は出来ず、日々楽器を続けていた。
『奏でる音が、少しでも人々の心を癒せますように』
そう思い、チャリティコンサートに参加する事を決めてからは、楽器の練習量を増やして本日望んでる。
「久々にステージで思い切り演奏出来るのが、とても嬉しいわ」
楽器激愛な百合歌は扱える楽器の種類が多いので今回は第一部と第二部はベースでバックバンド。
第三部は愛用のヴァイオリンでフルオケに参加する。
親バグア派の妨害行為が心配だが、自分のできるコンサート成功という目標に集中していた。
ふと、動かした視線の先に春露に張りつくように立つユリア・ブライアント(gz0180)がいた。
ロックやPOPのみならずクラシックまで扱う奏者として幅広い活動をしていた百合歌は、ユリアがV系ロックバンドのメンバーとして日本で活動していた時に共演した事がある数が少ない者でもあった。
百合歌の気持ちを知ってか知らずかユリアは百合歌に一度会釈をした後、ずっと目が会うの避けるように視線を外す。
百合歌の知るユリアの消息は、バグアに襲われアーティストや観客が多く命を落した難民救済コンサートで負った目と足の傷、そして家族同様であったバンドメンバーを失ったショックでステージに立てなくなったいう所で消えている。
(「こんな御時勢でなければ、もっと貴女達の音楽を聴けたでしょうね‥‥」)
でも音楽を捨てずにいてくれてよかったと百合歌は思う。
ユリアがステージに上がるのは第二部の春露が歌う間と第三部である。
僅かな共演時間ではあるが、音を聞けば音は正直である。
すぐにユリアが何を考えているのか判るだろう。
一方、頭をひねらすのはパナである。
美環 響(
gb2863)の演目は「八つ玉」である。
「不味かったですか?」
「200人ぐらいの客なら悪く無いんだけどね‥‥」
今回の動員数は当初事務局見込みで1万5千人を予定している。
その客を楽しませるのだ、当然ステージは大きい。
ステージは横に10m、幅が4mのメインステージ、一回り小さい中央ステージを通路が繋ぐ工型の代物である。メインステージで歌っている間も客を飽きさせないようにサブステージでダンサーが踊ったりする手の今田構成になっている。
不幸にも爆弾騒ぎやキメラの騒ぎが幸いして注目を集めているが、元々出演するアーティストの能力を120%引出す為に細かい演出が盛り込まれているのだ。
歌やダンスは、カメラでズームアップしたものをスクリーンに映し出せばそれなりに5階席の客でも楽しめるだろう。
だが、響の行うのはイリュージョンでは無く手先の器用さが重視されるマジックである。
複数のパフォーマーと一緒にステージに乗せて八つ玉を披露させる事も考えたが、折角の感動がステージでは殺されてしまうというのがパナの見解である。
「神出鬼没のストリートパフォーマ『響』よろしく!」
入場前の客や通路でトイレ待ちやら喫煙している相手に「八つ玉」を披露して来いと言うパナだった。
●開演
「ジュース、いかがですか?」
ジュースを売店で買って来ようとしたカップル客を見つけ、シーヴ・フェルセン(
ga5638)は紙コップを男の方に突き出す。
「おせんやキャラメルはねぇですが、ジュースならありやがるです」
自分出来る最高の営業スマイル(若干引きつりぎみ)をする。
「あ、えっと‥‥」
「いかが、ですか?」
LHの公用語は、英語である。
その為、第一外国語(もしくは母国語)=英語である国が増えたが、地方都市にくるとスウェーデン人であり、普段ちょっと癖のある喋り方をするシーヴ。
それとも照れがあるので接客語の発音を相手が聞き取れなかったのかとゆっくりと言葉を切って話す。
(「‥‥シーヴ、ミニとかあんまし着ねぇですから、これだとちぃと恥ずかしいです」)
長めのスカートを履く事が多いシーヴである。
売り子の制服は女子ソフトボールのユニフォームに似ていなくも無いが、太股迄ばっちり露出するミニのホットパンツの制服なのでどうも落ち着かない。
もしかしたら発音ではなく服装が可笑しいのか? と心配になってくる。
そんなシーヴが売り子のバイトをしている理由はただ一つ。
ユリアがImpeachment以外で生演奏する姿が見たいと言うそれだけである。
(「音が聴けてステージも見えるトコが良いっつー‥‥ちぃとばっか動機不純の罰でやがるですか?」)
上海のライブ会場で見たユリアはちっとも楽しそうにキーボードを弾いていなかった。
シーヴはピアノを嗜む程度でプロではなかったが楽器を弾く楽しさを知っている。
ましてやユリアは太っ腹な家主(S・シャルベーシャ(gz0003))の行為でインドの家にキーボードがある事を知っている。
ユリアが護衛半分だがコンサートに参加するとシーヴに電話をして来た時、すぐさま球場のアルバイト募集を探したのであった。
あるのは芸能関係と警備員と売り子である。
「営業スマイルは、シーヴ出来ねぇんですよね‥‥むぅ」
警備員は勿論場内もいるが、それ(ステージに背を向け、観客らを監視する)だとステージが見えないのである。
悩んだ挙げ句、選んだのは売り子であった。
だが、ジュースの売り子だと上演前、休憩中の間観客席を回るだけである。
待機室のモニタとスピーカーからコンサートの様子を見る事もできるし、騒がなければスタンド席に繋がる関係者専用通路でコンサートを楽しんでいいというお達しである。
不埒な輩を排除する為に雇い主と警備会社に身分を明かし、武器としてS−01と匕首をこっそり背負っているタンクの影に忍ばせているシーヴであった。
だが、今はコンサートが成功を収めるよう、1cでも多く売り上げ寄付に回るよう売り子の鬼であった。
バイト代は全部募金に回すつもりであった。
何百会と繰り返す内に慣れない営業スマイルと接客用語も板に着いて来た。
「おまたせしました。300cのお返しです。ありがとうございました♪」
***
ぼんやり立っている人や待ち合わせをしている人、カップルを見つけては八つ玉を披露する響。
手の中に何も無いのをまず見せた後、くるりと手首を返して白い玉を1つ取り出す。
白玉がピンク、赤、水色と次々に色を変えて行く。
かと思えば響の手の中で玉が増えたり、消えたりしていく。
それを不思議そうに子供が見る。
赤・青・白・黄・紫・緑・ピンク・水色。
響の広げた手や腕を8つの色の玉がまるで意思を持つ生き物のような滑らかな動きで動き回る。
子供騙しだろうと馬鹿にしていたカップルも今は真剣に響の手の動きを見ている。
指先で消えた玉が観客の襟元から出て来くる。
別の観客に両手を出させ、右手の平に玉を握らた後、左手は空の状態で握らせる。
トンと、1度響きが手に触れる。
両手を広げさせると玉が右手から左手へと移動している。
観客から受け取った玉をクルクルと操って行く響。
8つあった玉が7つになり、6、5‥‥‥最後に1つ。
白い玉が手の中で踊る。
ポン。と空中に投げあげると──白いスノードロップに変わっていた。
舞い落ちて来た花を玉の代りに操る響。
花は羽根があるかのようにクルクルと響の周りを回る。
白いハンカチを被せる響。
「スノードロップの花言葉は『希望、慰め、楽しい予告』です」
言葉が終わらないうちに色とりどりの花がこぼれ落ちて行く。
「すみませんが、誰かハンカチを退けてくれませんか?」
少女が響に促されてハンカチを退けると手には溢れんばかりの花が抱えられていた。
それを投げあげる響。
振るように舞い落ちる花の中、優雅に一例をする響。
「夢幻の時間をお楽しみください」
●第一部
照明が落ちた暗い球場内に静かに澄んだソプラノが響く。
ピンスポットに浮かぶのは、アカペラで歌う阿野次 のもじ(
ga5480)。
白いドレープを重ねたドレス──。
球場の中は、戦闘を忘れた非日常の楽園。
──人々を楽園へと導く精霊役である。
静かにピアノ、ヴァイオリン、ギターが重なり清らかな声が人々を魅了する──。
のもじの服が観客の見ている前で赤い服に早変わりする。
<肩に着いていた紐が引かれ、観客が驚く隙に球場の天井へと隠れただけであるが、
それと同時にメロディが転調しエレキやドラムらが加わり、一気にPOPロックナンバーと変わる>
くるくるとステージをターンするのもじ。
<ライトもビタミンカラーのカラフルに変わり、激しく動き回る>
<のもじを照らすスポットライトが一瞬消えた所で、アシスタントが駆け寄り、のもじの衣装を整え、アクセサリーを着けていく>
<ピンスポットが再びのもじを照らす。どことなくアニメっぽい服装であった>
<ドラムとエレキ、ベースが軽快なリズムを刻む>
タンタタンタタンタッタ♪
『世界で一番GOKKO』(天星突破VER)
♪〜
((一千! 一万! 一京! 一垓! 一正! 一極! GO☆ GO☆ KKO☆))
子供の頃 描いた落書きは(YES!)
いつでも始まる冒険の始まり
ありったけのオヒサマすいこんだお布団に
飛び込みレーシングスカイ♪ そんなGOKKKOGOKKOでもいいでしょ
<百合歌のベースが、エレキやキーボードを支え、時に強くリードをする>
溢れてはじける 情熱をもっとドキドキさせよう。
何気ないひとこま
世界で一番、貴方の好きなこと♪ 勇気出して今日にチャレンジ♪
<メロディが止まる>
<台詞>
「夜空の煌き、星を掴むにはどうすればいいのか?
それは精一杯手を伸ばすこと
届かないかもしれない
それでも手を伸ばさなければ星には決して届かない
あきらめない
それが私たちの最高の武器だから」
今日も朝から不可思議エンドロール。はっぴエンドで収まらないエンドロール
明日への希望はーむりょーたいすー
(一億! 玉砕! 一兆! 一石! 一載! 無用 GO☆ KKO☆ FIGHT!!)
<コーラスに合わせて歌うのもじ。空に向かって腕を伸ばす>
<激しいドラムとベースがのもじの声を支える>
ジャーン!
<のもじの手が何かを強く掴むかのように握られる>
<曲の終了を知らせるシンバルの音がカットオフされる>
〜♪
のもじの持ち歌「もんきーまじっく」のリズムが流れる中、
「みんな元気してるかーい」
のもじが元気よくステージから観客席にマイクを向ける。
パラパラとした拍手と小さく「イェーイ!」という返事が帰って来る。
「元気が無いぞ、もう1回。みんな元気してるかーい!」
先程より多くの拍手と「イェーイ!!」という返事が帰って来る。
「まだまだ、足りない。もう1回! みんな元気してるかーい!!」
「「「イェーイ!!!」」」
多くの拍手が起る。
「ということで始りましたAACCC、のっけからテンションMAX☆
ぷりりあんと状態は何より。
さあて最初のトップバッターご紹介‥‥と、トップバッターは私か」
のもじのボケにどっと笑い声が上がり、会場が和む。
「なのでマズは自己紹介。
本日トップバッターと第一部司会を務めさせていただきます『戦場に咲く可憐な花』 阿野次 のもじと申します」
御辞儀をするのもじにパチパチと拍手と「のもじちゃ〜ん」と掛け声が起る。
「うむうむ、皆の集。乗って来たね〜☆」
「のもじちゃんはノリノリなのにゃ〜、僕も負けてられないのにゃ」
楽屋に取り付けられたモニタを見ていた千佳はしっぽをフリフリさせて言う。
「千佳さんの尻尾はフリフリねぇ」
可愛い尻尾だ。と非アルコールのグラスを片手にあやこが千佳のしっぽをツンツンする。
「覚醒しているの?」
千佳は覚醒すると漆黒の猫耳と尻尾が現れる。
「これは偽者なのにゃ」
ポンと猫耳のヘアバンドを外してみせる千佳。
***
「さてさて続きましての登場は」、ぷりてぃまじかる☆少女千佳。どんなに可愛くてもお持ち帰りは当然却下。目の裏にしっかり焼き付けていけ〜っ!!」
「こんばんは〜!」
赤い薔薇のコサージュ、赤のリボンと白いレースとフリルが可愛いドレスを纏った千佳が、バックダンサーを引き連れ元気よく飛び出して行く。
「魔法少女アイドル参上なのにゃ♪ 皆、元気に盛り上がって行こうにゃ♪」
♪〜
<シンバルの軽いカウントが始まった曲はアップテンポのPOP>
嫌な事に 目を背け
うつむき 耳を塞いでいた
<千佳の優しい声が押さえたメロディに乗って流れる>
他人のせいだと 逃げること
覚えて ずっと歩き出さずいた
<客席に語るように歌う千佳>
でも‥‥
<短い間>
君の瞳 君の笑顔
君の笑い声が 僕を強くする
<千佳の声と表情に合わせ転調し曲調が一気に華やぐ>
元気を出して♪
<千佳が走る度にゆらゆらと猫の尻尾が揺れる>
辛いことに 負けないで
<客席に手を降り返す千佳>
元気を出して♪
嫌なことも 全て吹き飛ばそうよ♪
<千佳のフレーズに話せて、金色のクラッカーが弾けた>
〜♪
「皆ありがとうにゃ〜♪」
<両手を振り乍ら退場する千佳>
***
「次は、『魅惑のレディ』藤田あやこ〜っ! ノリノリのサウンドを皆にお届けだー!!!」
のもじのMCに合わせて唸るようなエレキが唸る。
スモークの間からエレキを担いだあやこがスカートを翻して飛び出して来る。
「恋人いない人はあたしん所へ来い!」
<あやこがマイクをバトン風に回し叩きつけてるタイミングに合わせ、ライトの花がど派手に咲く>
♪〜
「あたしも居ないけど無問題」
<屋内ならライトの点滅を星に見立てて、それを指差すあやこ>
「見なよ星空、なんとかなるさ」
<ダーンダダーンとWエレキの激しいリフが始まる>
『三倍速でぶっちぎれ』
<唸るエレキにハイキックをかました後、バック転をするあやこ。汗がライトに光る>
独身地獄(シングルヘル)の鈴の音響かせ赤いアイツがやって来る
<男性コーラス:ヘイヘイヘイヘイ!>
恋人と一泊しそびれ、もう幾つ不貞寝すりゃ正月
<男性コーラス:不貞寝de正月、不貞寝de正月!>
日進月歩三歩進んで二歩戻っても
細かいことは気にするな
<男性コーラス:YA!>
人生そんなのアリアリだぜ
挫折する暇、勿体無い
<男性コーラス:ヘイ!>
いくぜイェイヘイ
覚醒Youヘイ
イエス、ユーは傭兵だ
<男性コーラス:ホイ!>
ブースト滾らせ魂燃やして
三倍速で駆け抜けろ
三倍速でブッちぎれ
<激しいエレキのリフに負け時と百合歌のベースが熱く攻める>
<激しい早弾きの応酬をおるようなあやこのマイクパフォーマンスに一気に会場がヒートアップする>
聖夜の霹靂
深紅の流星
逆襲の使者が角出すぞ
使用前後でアイツに差をつけ
小僧だからと言わせるな♪
<あやこの力強い声が球場内に響き渡り、ベースドラムの力強いリズムで曲は終わった>
〜♪
***
休憩は長めの30分。
天井の照明が灯される。
ステージ上では、第一部に出た参加者らのアイテムがオークションに掛けられていく。
通路では有志が出て観客らと懇談している。
それらに混じってあやこは、頼まれなくてもサイン入り色紙を(イケメン限定で)半ば強引に押し付けて去っていく。
裏には「お仕事ちゃぶ台ね♪ はぁと」と書かれていただけでは無く、しっかり連絡先までが書かれていた為に、歌があやこの私生活丸写し故に大迫力だったと裏掲示板で囁かれたのは、後日の話であった。
●第二部
「はふぅ〜。ベテランさん達の歌は、参考になるのにゃ〜」
普段は聞かないようなジャンルの歌手もいるが、それはそれで勉強になる。
袖で聞いている千佳は、うっかりすると聞き入ってしまう。
「僕も早くこんな風になりたいのにゃ」
しっぽをフリフリ、言うのであった。
自分のコンサート先からの中継参加やビデオでの参加アーティストを織りまぜ構成された第に部のトリは、コンサートの発起人である春露の歌である。
「どうぞ、宜しくお願いしますね」
ソデで待機する百合歌が、春露とユリアに微笑む。
「こちらこそ、でも出ずっぱりなんて見かけに寄らず体力派なのね」
「ええ、それだけが取り柄ですから」
MCの春露を呼ぶ声に春露がステージに向かう。
春露がいなくなり、何処か落ち着かなげなユリアだったが小さく百合歌に「今日は‥‥よろしく‥御願いします」と言った。
「自分はユリアさんの歌を聞くのは初めてかな?」
舞台袖からユリアの演奏を見る為休憩時間をずらして貰ったクラーク・エアハルト(
ga4961)が声を掛ける。
目立たないよう私服姿で警備にあたっている。
「クラークさん‥ユリアは‥‥歌ではなく‥バックバンドで‥‥」
歌は下手なのです。と恐縮したように言う。
「そうなんですか?」
側にいた百合歌を見るクラーク。
フルフルと頭を振る百合歌。
言われてみればコーラスとしてハーモニーやユニゾンをしている所を見た事があるが、単独で歌った姿は覚えが無かった。
「なので‥‥第三幕の‥合唱は‥どうしようかと‥‥」
「大丈夫ですよ。きっと上手く歌えます」と頭を撫でるクラークだった。
簡単なトークを春露とMCがしている間にバックミュージシャンが入れ代わり、ユリアや百合歌がステージに上がる。
「ユリア、楽しそうでありやがるです‥‥」
バイトの待機所からは表情は見えないが、音には敏感なシーヴにはユリアの音は楽しそうである。
少なくともImpeachmentとしてライブに参加していた時よりも数段腕が上がっているだけでは無く音が生き生きとしてた。
このコンサート用に書き下ろされたという歌は、戦場に向かう兵士を歌う歌だった。
家族と別れて戦地に向かう自分はこのまま死んでしまうかも知れない。
でも僕らが戦場に向かうのは、家族が平和な世界に生きる事を願うから。
だから死んだ事を嘆かないで欲しい。
もしも死んだとしても魂となって家族や恋人を守っている。
憎しみも悲しみも無く愛しさだけを歌い、再び転生した時はお互い姿形が違っていても平和な世界で再び出会おうという歌であった。
「これが春露の歌‥‥夜来香が羨んだ妹の歌、でありやがるですか‥‥」
春露の姉、雛林こと夜来香が関わった依頼に参加した事があるシーヴ。
だからと言って夜来香の生歌を聞いた事がある訳では無いし、歌詞が日本語である為にシーヴには細かい意味が殆ど判らなかった。
だが音として捉えた時、意味が判らなくても歌に込められた思いがヒシヒシと伝わって来る。
「‥‥‥あれ?」
知らずに浮かんだ涙を手で拭うシーヴ。
自分が不幸だと嘆き事件を起した夜来香と先に進む事を望んだ春露の差なのかもしれない。
そう思うシーヴだった。
●第三部
「今生きている幸せを歌うように、音を奏でたいと思うわ」
そう言ってカクテルドレスに着替えた百合歌。
パナからは、オーケストラメンバーと合唱のボランティア以外は服装が自由だと言われたが、
「クラシックとロックでは、変更しないとね」と着替えている。
先に上演されるのは、スメタナである。
この「スメタナ」は元々歌詞がない楽曲である。
だが幾つもの日本語の歌詞をつけられてしまう程日本人には馴染みが深く、1度や2度は誰でもCMで使われているのを聞いた事がある有名な曲である。
「あ、この曲が学校の合唱で歌った事があるかも」と言ってしまえる程、ちょっと合唱に五月蝿い学校であれば練習曲に入っている程メジャーである。
偶然だがスメタナもベートーヴェンと同じように障害を持ち乍ら名作を残した作曲家である。
聴覚にトラブルを抱え、病に苦しめ乍らも故国の独立を夢見て書き上げたのがこの交響曲である。
他の楽章は、恋人に裏切られた女性が恋人に復讐する為に恋人の兵士達を策略にはめて皆殺しにしたという女傑の逸話や国の危機に死んだ英雄が復活し、敵を退け倒したりという伝承は、バグアとの戦争を思い出させるだろうと外され、今回の美しいモチーフ(川の流れの風景)を表現し、合唱ができる第2曲が選ばれたのだと言う。
そしてフィナーレを飾るのに選ばれたのはベートーヴェンである。
百合歌がクラシックが演目に入っていると聞いた時、すぐに思ったのは「ベートーヴェン」である。
9番の第4楽章が実際演奏されると聞いた時、思わず笑ってしまった位である。
クラシックを聞かない人でもベタベタと駅に貼られたポスターや繰り返される宣伝で名前だけはなんとなく聞き覚えがあるメジャー曲である。
シラーの詩を愛したベートーヴェンがシラーの詩を元にアン・ディー・フロイデが1803年に再発表した「歓喜に寄せて」を一部加筆を行い、交響曲に採用したという。
今では著作権問題でも揉めそうな話であるが、この大らかな対応が何百年も経っても愛され続けているこの曲を生み出したとも言えよう。
この曲を百合歌はこう評す、既に聴覚を失っていた中で作られたこの曲は、辛い日々の中に喜びを見出せる曲。
どちらの曲もAACCCを飾るのに相応しい曲かも知れない。
ステージ下に設けられたオーケストラボックスに入り切れないミュージシャンらは、ステージ上、思いを込め楽器を演奏し、歌う。
音楽に合わせて様々な模様や、時にはアーティストの顔を映していたステージを飾るバックモニタに、今は時刻が映し出されている。
ぴったりかっきり最終フレーズを1月1日午前0時に合わせ終了させるのは至難の技であるが、配られた歌詞カードを見乍ら観客達も一生懸命、声をあげる。
***
「──敵が狙うなら24時ジャストは最高の舞台ですね」
球場の外周を回っていたクラークが夜空を見上げてこう呟く。
アンジェラが作った詳細地図から敵が襲撃し易いポイントは把握している。
コンサートを失敗に終わらさせる方法は幾つかある。
数日前に起ったような春露の暗殺や爆弾騒ぎを起す方法もあるが、それらは過去の鐵を踏まえて万全な警備網が敷かれており、内部からの攻撃は考え難かった。
大型トレーラー等を球場に突っ込ませる方法もあるだろうが、道路はL字でガードレールを薙ぎ倒し乍らでなければ直接突っ込む事は出来ないだろう。
警備の配備はアンジェラとクラーク、ユリアがアドバイスをしている為に隙が無い。
控え室の巡回も細目に行っていた。
残るは空である。
TV中継の為に1機だけヘリコプターが飛んでいる。
教えられているスケジュールでは、この後球場の天井は開けられ、24時丁度に打ち上げられる花火が見えるようになっていると言う。
「アンジェラさん、この空域に撮影用ヘリ以外に飛行プランが出ているヘリがいるか確認してもらえませんか?」
事務所に詰めているアンジェラに連絡するクラーク。
『敵、ですか?』
「判りません。観光かもしれませんが‥‥1機、ヘリが飛んでいます」
『判りました、至急近くの管制塔に確認します』
暫くして──
『該当するヘリはありません。ただ1機30分前に近くの夜間飛行のヘリを扱う民間飛行場で襲撃事件が起っています。クラークさんの見ているヘリは、その際強奪された可能性がありますね』
「了解しました。パナさん、花火を中止にして天井を閉じる事は可能ですか」
『無理です。もう8割開いています』
閉じるのにも20分は掛かると言う。
(「頼りになるのは、おまえですね」)
ドローム製のSMGを撫でるクラーク。
「アンジェラさん、天井への最短距離の誘導願います」
最上部に繋がる鉄で出来たハシゴを上がるクラーク。
(「このままコンサートは何事もなく終らせて見せますとも」)
強い浜風が巻くように上空に吹いている為、慣れないパイロットであれば容易には近付く事は出来ない。
(「さて‥‥無粋な客には帰ってもらいますか」)
パナがTV局のヘリを退かし、上空からの映像をVTRに切り替えてもらう。
サプレッサーで消音している為に足元の客はヘリが突っ込まない限り気が着かないだろう。
先手必勝とばかりにSMGを撃ちまくるクラーク。
ひたすら相手が素人ではある事を祈る思いでトリガーを引く。
素人ならば映画やドラマでSMGに打ち落とされるヘリが落ちるシーンを見た事があるだろうが、ちゃんと知識のあるものならば、ヘリを小型銃で落とすには操縦者を狙うか、テールロータを壊す必要があるのだが、SMGは敵の接近を抑止する目的で作られているので迎撃には非常に向かない代物である。
だが、素人とて覚醒した能力者が使う兵器が対バグア兵器である以上並外れた火力を持つ事を理解している以上、適当に恐怖を煽ってお帰り願うのが一番である。
下手に球場にでも墜落されたり特攻された場合は何人使者が出るか不明である。
敵がやる気を無くして帰ってもらうのがベストだが、少なくともアンジェラとパナが連絡しているUPCや警察の増援が来る迄時間稼ぎが出来ればいい。
そう思って弾をばらまくクラーク。
カートリッジを交換に手間取るふりを、隙を作ってヘリの離脱を促す。
遠くに赤色灯が点滅し、パトカーが接近して来るのが見える。
クラークはシングルバーストに切り替え、逃げて行くヘリに狙撃眼を使いSMGを一発叩き込んだ。
***
ドオォオオオオン──
何時の間にか開けられていたドームの天井。
夜空を染めあげる大きな花火。
それを見た人々は歓声をあげ、新年を祝う。
願うのはただ一つ。
バグアとの戦争に勝利して平和な地球に戻る事であった──。
●宴の後
「お疲れ様でした!」
楽屋に戻って来た春露を迎えたのはのもじと響が用意した薬玉と花束だった。
「人々にはスノードロップの花が必要です。またお手伝いさせてくださいね」
スノードロップの花束を春露に渡す響。
赤い花束を渡し乍ら「思わず覚醒もサービスして七色オーラーをサービスしちゃおうかと思いました」と何処迄本気なのか判らないコメントをするのもじ。
「のもじさんは、MC向きね。傭兵を止めてタレントにならない?」
「いや〜っ、あっしなぞ。まだまだです」と満更では無い様子で言いつつも、
「折角能力者になったんだから私も自分ができる事しなきゃ」
でも機会があったら歌っちゃいます☆と春露にウィンクする。
「ユリア、かっこ良かったでありやがるです」
爆弾騒ぎで知合った警備員が丁度いたこともあり、楽屋にしっかり紛れ込んだシーヴ。
ユリアの手を掴みブンブンと振る。
感情が表に出難いシーヴだが、今日はコンサートの熱に浮かされているのかも知れない。
「シーヴ‥ありがとう‥」
照れくさそうに言う。
「お疲れ様でした。いいコンサートでしたよ?」
「‥‥私に‥」
クラークからの花束を受けとるユリア。
「嬉しい‥‥最後に‥貰ったの‥‥何時だろう‥‥‥」
愛おしげに花を見つめる。
花束一つでこれほど喜ぶのだろうか? という程喜ぶユリアに苦笑するクラーク。
「皆さん、疲れたでしょう。今、美味しい珈琲を淹れますから」
珈琲に自信があるクラーク。
ガタン──と大きな音が上がり、振り返ればユリアがシーヴに支えられている。
「‥‥大丈夫‥です‥‥‥ちょっと‥緊張感‥が‥‥‥」
連日、春露や球場の事で掛り切りだったユリアは腰が抜けたのだと言う。
「もっと体力をつけないといけませんね」
砂糖とミルクたっぷりの珈琲をユリアに渡すクラークだった。
「出演料は全部寄付しておくにゃー。僕は皆が元気に楽しそうに歌ってくれただけで満足なのにゃ♪」
そういうと千佳は受け取ったばかりの「出演料」と書かれた袋をそのまま控え室に置かれた募金箱に放り込む。
「それに関しては同感ですね。こんな事しか自分には出来ませんが」
支払われたばかりの報酬とさらに自分の財布から1万c取り出し入れるクラーク。
「さて、最後に記念撮影でも如何です?」
「賛成〜!」
「第1回目って貴重だわ」
「焼き回しして、サインを入れて募金してくれた人にプレゼントにでもしますかねぇ?」
「パナさん、ケチねぇ」
「資源の有効利用と言って下さい。募金やコンサート活動は、この後も続くんですから人の関心は正しくキープする必要があるんです」
グッズの企画もあるんですよ。とパナが言う。
どうやらまだまだコンサートは続きそうである。
尚、収益は、後日北京への支援物資輸送にあてられたという事であった。