●リプレイ本文
●あつまるもの
夜桜見物の誘いは伝言ゲームのように広まっていき、参加する者も1人だったり、グループだったり様々である。
「花見の定番ってーと‥何があったかな‥?」
鷹代 朋(
ga1602)は一緒に過ごす恋人の田中 アヤ(
gb3437)の顔を思い出し乍ら弁当を詰めた1人である。
野菜や肴の煮物と彩られた華やかなちらし寿司。
どんな顔をしてくれるのだろうと想像するだけで顔が綻ぶ。
一方のアヤも二人で過ごす花見を楽しみにしていた。
「こういうのって準備段階からわくわくするのってあたしだけかな‥」
何を買うか指を折り乍らスーパーの中を歩いて行く。
「っと、お酒お酒っと‥後はジュースを‥っと」
アヤは楽しそうに買い物籠にカンを放り込んでいった。
場所が判るものは現地集合だが、道の判らない(個別移動が面倒な)者は北熊本に集合である。
「この時期だからこそ夜桜見物は却って粋というものだね」
つまみを現地で受け取るためビール缶を2ダースのみを下げた錦織・長郎(
ga8268)が言う。
「風情あります。たまには、こんな風も良いでしょう‥」
そういって酒瓶と弁当を抱えて参加したのは榊 紫苑(
ga8258)である。
「酒は、のんびりと飲むのがいい‥‥そうだろう?」
そう笑うのは、いつもと変わらぬダンディズム、ロイヤルブラックのフロックコートに三つ揃い、鍔広のボルサリーノ‥‥とイタリア伊達男を具象化したようなUNKNOWN(
ga4276)。
集合場所が北熊本と知った時、流石に長郎とUNKNOWNは一瞬(北熊本本部もまた隠れた名所である。実際、新人軍人らの入隊式典の後に実施される家族親睦会は北熊本本部のグラウンドで、花見をし乍ら実施されるのが伝統である)怪訝そうにしたが、山崎 進が
「大丈夫、ちゃんとした場所だから」と答えた為に一安心ある。
●けりたおされるもの
今回の会場は、個人所有の山である。
地主さんが桜の時期になると山に明かりを灯し、ご近所さんが花見が出来るというガイドブックには一切紹介されていない超隠れスポットである。
但し、その地主さんを紹介してくれたのが『軍のお偉いさん』なので事前通達した禁止事項についていかなる理由に関わらず守れなかった場合(最近、偶然を装う悪質なケースが増えている為に)初犯だった場合は多少情状される事もあるが、犯罪が立件・送検されれば、場合によっては能力者を辞めなければならなくなる。という事だ。
戦って能力者ではなくなるならばまだしも、犯罪者になって能力者を辞めざるおえない状況はかなり恥ずかしい。
「だから全裸は禁止なのか?」
俺は桜の美しさの前で、自分のすべてをさらけ出したいだけなのにサー。と言った雑賀 幸輔(
ga6073)の尻に容赦ない蹴りをくれる進。
「阿呆、公共の場でまっぱ(全裸)と未成年者の飲酒喫煙は、どんなイデオロギーがあろうと迷惑条例(軽犯罪法)違反だろうが」
特に未成年者の飲酒は、同伴している責任者の責任問題が出てくる。
つまり小隊なら小隊で、本人はクビ、同席者も罰金という処分もありえるのである。
「犯罪者になりたければ手前ぇ一人でやれよ。他人を巻き込むんじゃねぇ」と進が言う。
世の中、宴席だろうと何だろうと、傭兵、一般人に関わらず、やってはいけない事は、やっていけないのだ。
●たのしむもの
「お久しぶりです‥‥ハロウィン以来ですね‥‥」と進を見つけ微笑むのは終夜・無月(
ga3084)。
「お元気でしたか?‥」
「まあ、まあ。って所。そっち‥ラブラブか」
無月の後ろに立つ如月・由梨(
ga1805)を見て言う進。
ぺこりと由梨が頭を下げる。
「夜桜‥ですか、こういうのも風流で良いですね」
提灯に照らし出される桜を見て鳴神 伊織(
ga0421)が、ぽつりと言う。
手の風呂敷包みの中身は花見弁当である。
伊織の弁当は、おにぎりに出し巻き卵焼き、鰆の塩焼き、季節の野菜の焚きあわせとシンプルである。
「見た目よりも材料に拘ってみようと‥‥」
普段は忙しくてこういう時では作れないと、きちんと出汁を取る所から始めたのだと言う。
「あと‥‥桜餅やお茶も持ってきましたけど‥‥」
「そういえば去年の花見ん時も持ってこなかったけ?」
桜餅好きなの? と尋ねられ、
「そうでしたか? 何だか食べ物ばかりですね‥私は」
苦笑する伊織。
山の入り口で適当に分かれて花見である。
カップルらが手に手を取って見晴らしのいい場所を探しにいくのに対して、野郎4人(UNKNOWN、長郎、紫苑、進)と紅一点の伊織のグループは、適当に拾い場所を見つけて持ってきたダンボールの上にブルーシートを敷く。
「こうすっと尻が痛くないし、冷えないんだよ」
食べ物と飲み物が適当に屋台などで買い足され、シートの上に並ぶ。
進が乾杯の音頭を取り、お花見開始である。
平均年齢を底上げしているスーツ2人に伊織が酌をしている。
一人飲んでいるのは紫苑。
女性アレルギーがある為にシートの端っこである。
「しーちゃん、ちゃんと飲んでる〜?」
酒を勧める進に頷く紫苑。
「何、考えていたの?」
──そういえば、昔、妹が生まれる前だが家族で花見に来た事があった、という事を思い出した。と紫苑。
「‥桜の木の下には、死体が‥という小説もありましたか‥」
「ああ、昔の人は想像力が豊かだよね」
リアルに埋めると土中の燐が多くなって桜が咲かなくなるけど、と言う進。
リアリストの進の手に掛かると夜の風情も身も蓋もなくなるようである。
「桜は、綺麗ですが、散る時が、血のように見える時もあるんです。‥‥ふぅ──」
紫苑がいつも首から提げているペンダントを外した。
「くくくっ‥‥久しぶりに外したな。俺自身、表は、何年ぶりだな?」
「えーーーーっと、どちら様で?」
「紫苑が疲れているのでな、物凄く。この俺に、交代するとは‥‥」
「ああ、黒シーちゃんですか。では2名分、会費2倍徴収という事で♪」
剣呑な雰囲気を漂わせる紫苑がいなければ、
『‥‥会費ってありましたか?』と一斉に突っ込みたいところである。
だが、進の一言はブラック紫苑の気が削いだようである。
「ケチな男だな。俺と奴でも体は1つだろうが」
「じゃあ次の時は、2倍って事で」
今回は特別ですよ〜。と進。
「明日は、何が起こるか? 誰にもわからないよな‥ククク」
「それ故、今を一番楽しむのがいいだろう」
「同感だな。こういう時は飲むに限る」
ザル3名の胃袋にハイスピードで消えていく酒を見て、会費制(割り勘)でなくて良かった。とつくづく喜ぶ進だった。
●はたらくもの
「子狐屋出張版ここに出店ーーー!!」
矢神志紀(
gb3649)と矢神小雪(
gb3650)の義兄妹コンビが、兵舎で営業しているカフェ【子狐屋】の出張版と、屋台を切り盛りする。
「いらっしゃいませ〜」
「小雪ーっ焼きそば出来たぞ、熱いから気をつけろ」
メニューは酒からソフトドリンク、焼き鳥、焼きそば、おでん、おにぎり、サンドイッチと豊富なところにスーツにエプロンという強面(志紀)とフリルエプロンをつけた子狐(小雪)というミズマッチも受けたのか、大賑わいである。
「はい、おでんですね〜お待たせしました〜500cです〜」
お箸とからしは、置くの水の所にありますから〜。と小雪がレジを打つ。
「はい〜お待たせしました〜っ」
志紀が作ったオーダーを席に運んで行ったり、テイクアウト用プラスチック容器に詰めていく。
「兄ちゃん〜注文はいったよ〜ねぎま、タンタレ、つくね。それぞれ10本だってー」
「了解。ねぎま、タンタレ、つくね。10本づつ‥‥ねぎまは、塩でいいのか?」
オーダーを繰り返す志紀。
「そうだよ〜」
「忙しそうですね」
出発前に頼んでおいた焼き鳥を長郎が子狐屋に取りに来る。
「頼んでいた焼き鳥は出来ているますかね?
「はい♪」
屋台の置くからビニールの風呂敷に包まれた焼き鳥を取ってくる小雪。
耳がピコピコと動く。
客足がひと段落ついたところで、
「小雪も疲れただろう。休憩に行って来い」と言う志紀。
「まだ、小雪は平気だよ〜兄ちゃんこそ疲れていない?」
俺は大丈夫だと答える志紀。
「それより折角の桜だ」
くいっと顎で桜を示す。
見物に言って来い、と言う。
「危ないからな、遠くに行くんじゃないぞ」
「うん♪」
嬉しそうに駆けていく小雪の後姿を眺める志紀だった。
レティ・クリムゾン(
ga8679)と篠原 悠(
ga1826)の二人は、ピザ屋台の営業である。
周辺にまともな屋台が数件しかないというのもあるのだろう。
レティと悠のカフェ風屋台も大繁盛である。
「お花見のお供に美味しいピザはいかがですかー! 材料持ち込み大歓迎ですっ」
メニューは3種類のピザと客が持ち込む素材(弁当の残り)を使った即興ピザである。
オーダーが入ってから生地をクーラーボックスから出し、客の前で広げていく。
くるくるとレティが記事を回す姿に見ている子供たちが歓声を上げる。
焼きあがるのを待つ間、悠がアコギを片手に歌を披露し、待つのを飽きさせないのも人気の秘密である。
「お待たせしましたっ! お花見、楽しんでくださいねっ」
公私共に良いパートナーであるレティと悠。
悠が忙しそうにしている時はレティが呼び込みをする。
「美味しいピザだぞ。1つどうだ?」
「レティさん、悠ちゃん、おつかれー! んで差し入れー!」
「屋台やってるって聞いたもんで‥空いた時間にでもどうぞ、ってことで」
小隊『Titania 』の仲間、朋とアヤが弁当とスポーツドリンク持ってきた。
「ありがとう。気を使わせちゃって悪いね」
「あ、それと‥俺とアヤの分で‥ピザ、2、3枚ください」
「毎度あり」
鉄板の前で汗だくになりながらレティが笑う。
少し手が空いた隙に朋の差し入れを食べる二人。
もう一踏ん張り頑張りである。
●さわぐもの
「桜、か‥‥」
小隊『アーク・トゥルス』の宴会の場所取りをしている冥姫=虚鐘=黒呂亜守(
ga4859)とカララク(
gb1394)。
冥姫の上に積もっている花びらを、カララクは髪を梳き乍ら1つ1つ丁寧に取っていく。
「‥‥ふむ、しかし皆遅いな」
「ああ、そうだな‥‥」と口では言い乍らも心の中では、
(「‥‥皆、遅れて構わん」)
冥姫と二人だけで過ごせる貴重な時間を喜んでいた。
「悪い、渋滞にハマった!」
『遅くなってすみません』
宴会道具を担いだ武藤 煉(
gb1042)とスケッチブックをいつものように持った佐東 零(
gb2895)が、まずやってきた。
「ふむ‥初めての皆でのパーティであるな。こう言うのもよい物だ」
続いてやってきたのは煉の車に便乗してきたヴィンセント・ライザス(
gb2625)と、
「花見とは久しぶりですね‥‥」
桜が綺麗だ。と言う葬儀屋(
gb1766)である。
「もっとも‥‥桜が綺麗だと思えるようになったのも、余裕が出てきた証拠、だと思いたいところです」と薄く笑う。
レジャーシートが敷かれ、ヴィンセントがコンロと簡易キッチンを組み立てている間に、いそいそと葬儀屋がヴィンセントが作った豪華弁当と茶を配って歩く。
たっぷりとした量の飯、野菜炒め、鮭の塩焼き、小型ステーキ、卵焼き‥‥かなりの量である。
「先に弁当を食べていてください」
そうヴィンセントが声をかけると待っていましたとばかりに、
「「「『いただきまーすっ!!』」」」と言ってメンバー達が一斉に弁当を開ける。
最早誰も桜に目もくれず重箱サイズの弁当を黙々と食べている。
煉などは帰りの運転もある為に酒の代わりとばかりにガツガツとかっ込んでいく。
小柄の冥姫も胃袋と異次元がつながっているのかというように平然と弁当を平らげていく姿は見事である。
欠食児童も真っ青な光景だが、何時もの事なのだろう。
ヴィンセントは気にした様子もなく大き目の深鍋に水を入れ、切った海鮮類や肉、キノコ、野菜を入れていく。
片方のコンロにフライパンを掛け、目玉焼きやベーコンを焼いていく。
焼きあがった品物は次々に仲間の胃袋へと消えていく。
「がふっ!」
突然ゲホゲホと煉が飯を喉に詰まらせる。
『バンダナ、ばっちい‥‥』
「違う! ワサビが‥‥!」
怪しげな笑顔を浮かべた葬儀屋と目があう。
「葬儀屋、手前っ!」
「アイタタタタタタ‥‥ゲフッ!」
ゲシゲシと葬儀屋を足蹴にする煉。
「‥‥フフッ、日に日に逞しくなっていきますね、武藤さん‥‥ガクッ」
『おバカ‥‥です』
冷ややかにスケッチブックに書く零。
飯で腹が膨れた所で、
「んじゃあ、かくし芸大会いくぞー!」
カララクは得意のガンスピンを、
ヴィンセントは、トランプカードで投げたリンゴを両断する。
「まぁ、元々は暗殺用のテクだったのだがな。紙の端と言うのは、意外と鋭いのだぞ?」
「次は私か‥‥無理はせぬように‥‥と言っておこう」
冥姫は、覚醒もせず手に持ったアルミ缶を1cm四方になるまで丁寧に畳んでいく。
(「パワフル‥‥」)
「? 何をそんなに不思議そうに」
何人かが決して冥姫を本気で怒らせないようにしなくては‥‥と思ったに違いない。
そして──
煉に散々促され、零が藤煉のアコギで宴席に相応しい軽快な曲をワンフレーズだけ歌う。
綺麗な透き通った声が夜に響く。
「上手い、上手い!」
仲間達の拍手に真っ赤になって煉の後ろに隠れてしまう零。
下戸である葬儀屋がいそいそとメンバーらの間を給仕に飛び回っていた。
「美味しい料理と共に見る花も、よい物だ」
この調子だとあっという間にスープもなくなりそうだ。と楽しげに笑うヴィンセント。
塞ぎこんでいる零を見かねて煉が連れ出して来たのだが、シートの隅でジュースを飲んでいる姿はそれなりに楽しそうにも見えなくない。
「こういうのもたまには悪くないだろう?」
煉がポンと零の頭に手を置いた。
●わかれるもの
「花見ー! 僕お花見って初めてー!」とはしゃぐのは風花 澪(
gb1573)。
「お花見と言えばお酒ですが未成年なので飲めませんね‥残念」と笑うのは、ルーシー・クリムゾン(
gb1439)。
「九州には最近キメラ退治の依頼で何度か行っていますけど‥‥確かに、桜、見頃のようですね」と遠倉 雨音(
gb0338)が桜を見回す。
「まだ長袖くらいがちょうどいいよね」
幾ら九州といえども夜は冷え込む。
ストールを直し乍ら淡雪(
ga9694)が身を震わせる。
「淡雪ちゃん、雨音さんからコーンポタージュを貰う?」
「うん‥‥まだ、大丈夫」
(「今日は深く考えないことにしましょう‥‥お世話になった方(藤村 瑠亥(
ga3862))を、見送る日、ですからね――」)
LHを離れる瑠亥と別れを惜しむための席である。
ただ暗くなって欲しくないという瑠亥の意向もあって、席は穏やかである。
「屋台が出ているみたいだけど3人(雨音、シェラ・シェーヴル(
gb2738)、淡雪)のお弁当は楽しみだなぁ。僕は食いしん坊だから」と楽しそうにいうのはティル・エーメスト(
gb0476)である。
シートの上に皿が並べられ、色とりどりの弁当が並ぶ。
春野菜の天婦羅、菜の花のお浸し、山菜の旨煮、筍飯、唐揚げ、玉子焼き、5種類のおにぎり、サンドイッチ、サラダに骨付き肉等が並んでいく。
「みんなで一生懸命作ったからきっととっても美味しいです♪」
スイーツサンドもありますよ。と勧める淡雪。
「味、どうかな‥‥?‥‥生焼けだったりしないと良いけど」
ナッツが入ったチョコブラウニーを作ってきた月島 瑞希(
gb1411)が少々不安げに言う。
「ねえねえ、藤村さんも最後なんだから笑おうよーっ」
澪曰くいつも仏頂面の瑠亥を笑わせようと頬を引っ張ったり、くすぐってみたりする。
「笑えー、笑えー、笑ってよーぅ」
「風花、お前は子供かっ!」
「子供だもん♪ ねーっ♪ 淡雪ちゃん、ルーシーさん♪」
いつものように淡雪とルーシーに抱きつく澪。
「んもう、可愛いんだから」
こちょこちょと澪をくすぐるシェラ。
「そうだね」
逆にちょっと上の空なのは淡雪。
(「‥楽しくお見送りしようと思ったけど、やっぱりさみしいものはさみしいよ」)
でもメソメソしないと決めたのだ。
皆に悟られないように桜を見上げて、
「私、歌を歌います!」と言った。
それなら私も。とルーシーが言う。
「ロシア民謡か何かを唄いましょうかね‥」
スプーンがマイク代わりになり、スプーンが手渡された相手が交代で歌を歌う。
色々な思い出を語るには短すぎる時間である──。
ルーシー、瑞希とは同じ依頼で一緒になってからの付き合いである。
「初めて会った時は、皆新米だったが成長したな」
「藤村さんは、いままでのありがとう」とルーシーが言う。
(「大丈夫‥‥少し寂しくなるだけ‥‥。何も変わらない‥‥何も壊れたりしない‥‥」)
瑠亥がいなくなる寂しさや不安もあるが、きっと変わらないはずだ。と己に言い聞かせるように無表情に瑞希は、言う。
「僕は、お別れは言いません」
瑠亥が2人と握手する。
「遠倉には、日昇館修復以後も世話になったな。色々感謝している」
「――さようならは言いません。行ってらっしゃい、です」
静かに微笑む雨音。
「そして、いつか藤村さんが此処に戻ってきた時に。お帰りなさい、を言える日を楽しみにしています、ね?」
「淡雪‥‥お前にも修復を最初から手伝ってもらって以後も色々と楽しい体験をさせてもらったよ」
「これ、瑠亥さんにプレゼントです」
LHに桜が咲いた時の様子が描かれている絵を瑠亥にて渡す淡雪。
「私達はいつでもここにいること、忘れないでいてほしいんです」
溢れそうになる涙を必死にこらえて言う。
「‥‥大事にするよ」
散々瑠亥に絡んでいた澪は、はしゃぎ疲れたのか何時の間にか眠ってしまっている。
「いつもー‥‥しかめっ面だけどー‥‥、藤村さんって優しいよねー‥‥♪ なんか僕には厳しい気がするけどー‥‥寂しいよー‥‥」
寝言にしてはハッキリしているが、面と向かっていえない事もある。
「イタズラばかりされてた気がする小悪魔が、今思えば楽しかった‥かもな」
起こさぬように静かに頭を撫でる瑠亥。
「瑠亥さんと日昇館の皆様からとても素敵な思い出を一杯貰いました」
そう言うのは、ティルである。
「‥‥お前は強い人物だから大丈夫だ」
「僕は瑠亥さんの事を、心から尊敬していました。このまま分かれてしまうのは、とても悲しいです。‥でも、これは仕方がないことなのですよね」
押さえ切れない感情が、涙となってあふれ出す。
「あらあら、あなたは男の子なんだから、そんな顔は似合わないわよ」
それを隠すように瑠亥に抱きつき、顔を上げないでティルが言う。
「瑠亥さん。がんばって、がんばってくださいね!」
「瑠亥さんには感謝しています。瑠亥さんのおかげで、私にもたくさんの友人が出来ました」
「行ってらっしゃい。あなたのケジメがついたら、また戻ってきてください」
私達はいつでも歓迎いたします。
「後は頼んだぞ」
そういうと硬く握手をする。
ティルの頭を撫でながら、静かにシェラが言う。
「笑顔で見送るって、そう約束したでしょ?」
(「あなたの居場所は、私が必ず守り通しますので‥‥」)
「あなたが笑わなかったら、瑠亥さんは安心して旅立てないのよ」
無理やり笑顔を作るティル。
旅立つ瑠亥は、満足そうに笑った──
●うかれるもの
喧騒から離れ、太い幹に体を預け、桜の枝に座る静かUNKOWN。
(「何歳だろうか、歳経て、こんなご時世でも‥‥力強い桜──」)
体を支える太い枝は己の知らぬ永い時を育んできた証拠である。
(「いや、桜にはバグアも人も関わりが無いことか‥‥」)
咽るように薫る芳香に目を閉じる。
ここまでは下(宴会場)の騒ぎも届かない──。
カラン──グラスの中で琥珀に浮かぶ氷が心地よい音を立て、
UNKNOWNは月にグラスを掲げ、
「――乾杯」
グラスを傾けた。
僕も趣向を凝らし、ひとつ雅にいってみましょうか。と悪戯っぽく微笑んだのは、美環 響(
gb2863)である。
金糸銀糸で縫い取られた衣装を纏い、狐の面を被り、カラーコンタクトに鬘までつけた念の入用である。
あちらこちらの席にふらりと妖狐(響)が立ち寄り、ちょっと古めかしくも役者が掛かった口上を述べる。
「拙者には不思議な竜神の力が宿っておるのでござる」
まず披露したのは和妻と呼ばれる日本伝統の奇術の1つである『胡蝶の舞』である。
紙の蝶がひらりひらりと扇に戯れ踊る。
ちょっとノスタルジックな雰囲気に和妻は似合うものである。
次に披露したのは、少々アレンジした『ヒヨコ』である。
ヒヨコというのは、丸めた紙を卵に見立て、それからヒヨコが生まれるという奇術である。響はそれを今風に少しアレンジして花見客達に見せていく。
丸めた紙をボールマジックとジャグリングの要領で出現させたり、袖や扇の上を転がせた後、すばやくヒヨコが入った本物の卵とすり替え、それを客の前で見せる。
更に演じて見せたのは、『道理の紙』である。
名前だけを聞くとよく判らない演目であるが、紙を2分の1、4分の1、8分の1‥‥と次々に客の目の前で切っていき、最後は客の目の前で元通りにするという紙芸である。
花見客から新聞紙を借りての『道理の紙』も大ウケであった。
ただ1つ、当初、響が考えた演目で上演されなかったものがある。
『水芸』である。
大量の水は、敷地内の池を利用するにしても水を通すチューブ、ポンプを動かす電源とポンプを動かす無線までは、親のコネを使えば即日用意することも出来るだろう。だが、2つだけ思い通りにならないことがあった。
大掛かりな水を使う芸である以上、保健所からの衛生面での認可と地主からの許可であるが、特に地主からは「そこまで大きな事をされると『花見見物』ではなくなってしまう」と言う事と「大量の水が桜を痛めないか」と懸念されたからである。
まあ、なんでも程ほどというのが『道理』であろう。
人に酔ったと言う伊織に静かに桜が見える場所があると進がこっそり教えてくれた。
「年に一度の花見ですし、ゆっくり楽しむ事にしましょうか‥」
サクサクと湿った土を踏んで歩く。
「‥‥あっ」
池の真ん中にある小島に凛と大きな枝を張り出した桜が立つ。
両腕で抱えきれないほどの大きな幹には鎮守が祭られていた。
静かに手を合わせる伊織──そして首に掛けいつも身に着けている懐中時計の蓋を開け、中の幼い伊織と両親の写真を見やる。
「能力者としての道を歩き始めて、もう一年以上の時が経ちました‥お父さん、お母さん、私は今も元気にしています」
ぽつりと言う。
「‥もうほとんど憶えていない親なのに何を話しているのでしょうね‥私は」
自嘲気味呟いた──。
多くの命が遠いロシアで、世界各地で消えていく。
だが、能力者になってから多くの友も得た。
「また来年も桜を見に行きたいものですね‥その時は友人でも誘ってみましょうか」
何処からか二胡の音が聞こえて来る。
和妻を見せている時にも聞こえていた二胡の音である。
音を探るように歩く響は桜から少し外れた場所で二胡を弾く男を見つけた。
人というには、人離れした雰囲気をかもし出す男の雰囲気に、
ガサガサと揺れる木の影に何かを見たような気がして響は思い切って男に声を掛けた。
「あの──もしよろしければ友人らと席を設けています。御一緒しませんか?」
静かに笑みを浮かべる男に戸惑う。
「──? あの‥‥」
「是感謝櫻花。今天晩上低等地球人們幸存只是理由‥‥只有美麗櫻花‥」
「え?」
聞き返す響に人懐っこい笑みを浮かべ乍ら男が答える。
「ご迷惑ではありませんかね?」
長郎がふと見ればシートの隅に見慣れない男が座っているのに気がついた。
(「山崎君の知り合いでしょうか?」)
進の交友関係は北熊本本部だけでもかなり広い。
PX(売店)や掃除のおばちゃんから上級士官に至るまで老若男女である。
響の酌で飲んでいる男は、自分とほぼ同じ年代で背格好まで似ている男である。
人当たりのよさそうな笑みを湛え、ありふれた中年男性に見えたが──何か違和感を感じた。
膝を指でリズムをとるように軽く叩き乍ら記憶を探る。
少なくとも自分が過去に会った事がある人物ではない。
だが内調時代の勘とも言える警告を五感が発する。
(「バグア‥‥?」)
現在、強化人間やヨリシロを見分ける手段は開発されていない。
それにもし、バグアだろうと楽しげに酒を飲んでいる(ように見える)相手である。
(「突っ込むのは野暮というものさ‥‥折角の酒宴だ。騒ぎが好きとするならば──」)
今は春日基地司令として君臨するゾディアックのダム・ダル(gz0119)とて過去に人と杯を交わした記録があり、また、他も然り──。
「縁有って隣合うのだし、呑んで呑まれて語り合おうではないかな」
酒を勧めてみる長郎であった。
●あいするもの
「見事な山桜ですね。ここにいると‥‥大規模作戦中だなんて、嘘みたいですね」
「綺麗ですね‥・」
山の一面に咲き誇る山桜を見て声をあげる由梨と無月。
陽光の下で見る桜もきっと綺麗であろうが、幻想的に淡い光に浮き上がる桜は美しい。
「いつもお疲れ様です。私にできることは少ないですけど、このくらいは‥‥」
ぺこりと頭を下げ、弁当を差し出す由梨。
「俺も‥由梨の為にお弁当を‥‥口に合えばいいんだけど‥‥」
二人で仲良く交換である。
普段、長く二人だけでいられない事が多い為か、ついつい由梨をお喋りにする。
一方、由梨の話を聞き乍らもついうつらうつらしている無月。
ふっ──と油断した隙にカクンと頭が落ちる。
「あ‥ごめん‥・」
心配そうに覗き込む由梨。
「大丈夫です‥‥この頃‥大規模作戦‥の‥色々で‥忙しかったか‥ら‥‥」
「それに昨日もお弁当作りで?」
「昨日も‥お弁‥当‥作‥‥」
そう、うっかり肯定して顔が赤くなる。
無月が由梨に作った弁当は、
三種のおにぎり、少し甘めの出汁巻き卵、特製の甘辛タレのミートボール、花型のゆで卵、オニオンソース付赤ウインナー。
弁当の定番だが、どれもが一手間かけた代物である。
さり気ない愛情が由梨には嬉しく、また心配である。
「無月さん、疲れていませんか‥‥膝、お貸ししますよ?」
大規模作戦中ですけど、今くらいは息抜きをしましょう。と言う由梨。
「ん‥‥そうさせて貰おうかな」
余程疲れていたのだろう。
由梨の膝に頭を預けると直ぐにスースーと寝息を立て眠ってしまった無月。
穏やかに眠るその顔を見乍ら自分に何かできる事がないあろうかと考える由梨。
「無月さん、愛しています。次の戦いでもどうか御無事で」
膝で眠る無月に静かにキスをする由梨。
静かに胸元でムーンストーンのロケットが揺れていた。
「私は絶対に生きます‥‥貴方と一緒の未来を過ごすためにも」
(「去年は別の人と来たんだよね‥‥」)
アレから1年早いものである。
葵 宙華(
ga4067)は、隣を歩く幸輔の顔を見る。
知り合ってからは1年、付き合いだして半年である。
(「こうして桜を一緒に眺めるのは初めてだったな‥」)
「幸輔、夜桜に付き合ってくれてありがとね」
見えなかったものが見えてくる
偲び隠していたものがかすかに薫りはじめる
光と闇と綺麗な心とそうでない心
少しあたしは愚かになった
こんなにも愚かになるとは思ってなかった──いつも一緒にいるのに足りない。
宙華の視線が幸輔を追う。
「昼間の桜もよいけど、宵闇の桜も綺麗よね」
「桜は空に散る姿が美しい‥とは思う。だからこそ、自分が望んでいない姿に儚さを覚えるものかもしれないな」と幸輔が言う。
(「不謹慎なことかもしれないが‥一春に散り行く、桜の花弁と共に吹きぬかれていけばいい‥‥」)
黙りこんで空を見つめる幸輔、宙華の視線を感じて微笑む。
(「一つ一つの季節に、こうしてふたりで思い出を積み重ねていけたらいい‥‥」)
「腹減らない? とりあえず、出店なんかが出てるらしいよね」
「うん‥‥」
幸輔の気持ちが判らずやきもきしたり、普通の女の子みたいに嫉妬したりする──自分と同じ年代の少女であれば普通の気持ちが怖いと思う。
口に出せば簡単なのかもしれない──
大好きだから
傍にいて欲しい──
まだ、心の闇も伝え切れていないけど
それでもあたしを見て欲しい──
「俺はジンジャーエール‥‥と、宙華は?」
「同じの」
酔わせてくれるよね‥幸輔。
それとも酔ってくれるのかしら?
酔えば心の枷が外れ、二人の距離は縮まるのだろうか?
触れた手の温もりだけが切ない。
「オーダー変更、ジンジャーエールにモスコミュール混ぜて」
「お酒は二十歳になってからだよ〜」
「彼の分だけ」
狐少女は「うーん?」と悩んだが、宙華の頼みを受け入れる。
知らずに飲んだ幸輔がゴホゴホと咳き込む。
「ちょ!? 誰だ、モスコミュール混ぜたやつは!?」
「‥綺麗だよね‥」
「? ああ‥‥」
紙コップを片手に桜を見上げた隙だらけの幸輔にキスをする宙華。
「風誘う宵闇薫る桜散るいかにみだれど永久に留めん‥‥なんてね」
少し驚いたように照れくさそうに頭を掻く幸輔。
「少し歩きつかれたわ」
(「このままお持ち帰りしてくれないかしら?」)
そう思い乍らも口に出しては言えない宙華。
このまま幸輔への思いでパンクしそうである。
「また巡り来る春を迎えよう。二人でね」
幸輔の言葉に目を丸くする宙華。
幸輔といると心地よいの
生きてるんだ
恋してるんだ
だから今も心が脈打つんだ
あたしが人である証なんだ──
「好き」
首に飛びつきもう一度キスをする宙華だった。
桜の木下に陣取った朋とアヤ。
「いつもお疲れ様、だよ。ハイ、今日はゆっくり飲んで、ね」
「うん」
朋の作った弁当を舌鼓を打ち乍ら、
「あたしも早くこんな料理が作れるようになりたい」
と朋に色々質問する。
「このお料理って、えーと、お醤油で味付けてるのかな?」
朋が肴の肉巻きを見て質問をする。
やっぱり好きな人の好みの料理は作って食べさせてあげたいという女心である。
「そうだよ。アヤが日本酒を用意してくれるっていったからね」
ふむふむと一生懸命に聞くアヤを見て「今度一緒に作ってみよう」と言う。
「約束ですよ?」
「うん」
でも、まずは先に食べちゃおう。と朋が笑う。
煮物に箸を付け、
「うん、おいしい。やっぱ朋の料理は最高♪」
アヤの嬉しそうな顔に朋の顔も綻ぶ。
注がれた酒を上手そうに飲み干す朋を見てアヤが尋ねる。
「美味しいですか?」
「うん、でも‥アヤは酒禁止な? ちゃんと換わりは持ってきてあるし‥他の飲み物ぐらいなら屋台で買ってもいいだろ」
アヤが持ってきた飲み物はまだあるが二人で屋台を見て回るのもいいかもしれない。
嬉しそうに杓をするアヤを見乍ら「バグアには絶対負けない」と朋は思う。
「俺はアヤの為に負けないからな‥‥」
「ほへ?」
いつの間にか酒のペースが上がっていたのか、朋は赤い顔をし、目がとろんとしている。
ことん。とアヤの方に倒れこんでくる。
「‥わわ、大丈夫かな?」
しっかり朋を抱きしめるアヤ。
「‥‥絶対守るから‥‥」
安心して身を預けてくれる朋が嬉しいアヤだった。
「桜は‥何時ぶり、だろ。せっかくだから、ゆっくりのんびりしたいなぁ‥」
カクテル缶を片手にぼんやりと桜を見上げる志烏 都色(
gb2027)。
(「木の香りや土の匂いって落ち着く‥‥」)
騒ぐのもいいが、たまには咲き誇る桜の下でゆっくり1人で考え事もいいだろう。
都色が気になるのはアーサー・L・ミスリル(
gb4072)の事である。
(「最近、なんだかアーサーさん変だよね‥‥あたし‥‥何か、したのかな‥‥?」)
アーサーと一緒に居る時間が都色には、とても楽しくて嬉しくて仕方がないのだが、どうも最近、アーサーの反応に変化が見える。
前だったら何でも聞けたはずなのに、知らない内に傷つけて嫌われていたらどうしよう‥‥と思い、面と向かって聞くのが恐くてしょうがいない。
(「変だよ、あたし‥‥どうしちゃったのかな。こんな意気地なしじゃなかったよね‥‥」)
そう心に言い聞かせるが、アーサーの事を考えると躊躇する。
「‥どうしよう」
缶に向かって溜息を吐く。
(「桜を見ると、あの子を思い出すな‥‥」)
木に体を預け空を見上げるアーサー。
夜空に消える紫煙を見乍ら──ふと、懐かしい思い出が蘇る。
ハイスクール時代、同じ教室で隣の席に座っていた長い黒髪の少女。
(「いつも静かで落ち着いていて‥‥‥」)
天体観測が好きだと言うと一度だけ着いて来て──帰り道、いきなり頬にキスをされた。
それ以上もそれ以下もなく、それっきりの思い出。
(「‥・なんてすっぱい青春なんだ‥!」)
うっかり思い出したはいいが、つい苦笑いが出る。
ふと見れば都色がカクテル缶を片手にブツブツと言っているのが見えた。
「何が『どうしよう』なの?」
突然声を掛けられびっくりする都色。
「あっ、アーサーさん、こんばんはっ。‥お花見、ですか?」
何事もなかったように笑顔を浮かべて挨拶をする。
「うん、大規模作戦の最中だけど、まだ桜を見てなかったから、ちょうどいいかなってね♪ 都色さんも?」
大分軽くなった梅酒缶を振って桜を見上げるアーサー。
「あたし‥もお花見です、よければ、ご一緒しませんか?」
二人で暫く散策した後、カフェを見つけて、二人でドリンクとピザをオーダーする。
煙草の紫煙を吐き出し乍ら遠くを見つめるアーサーをちらりと都色が盗み見る。
「ん? なに?」
「‥‥なんだかいつもと違うな、って」
「たまにはね」
普段、二人で話さないプライベートについて話してみたり、たわいのない時間が過ぎる。
「あふっ‥‥」
小さく欠伸をする都色。
「眠いの?」
「あたし、飲むとすぐ眠くなるです‥‥」
「明日も作戦だからね。今日は早く帰った方がいい」
「アーサーさんは?」
「もう少し見物してから帰るよ」
バスに乗り込む都色は最後尾に座り、アーサーに何時迄も手を振っていた。
ふとアーサーが空を見上げると月が見えた。
だがその脇に大きく赤いバグアの遊星が輝いている。
「またあの笑顔はみたいな‥・俺も生き残らないと、な」
小隊での宴会が終わりカララクと冥姫。
二人だけの宴である。
宴会での残り物だが冥姫の酌で酒を楽しむカララク。
儚く散りゆく桜の美しさに目を奪われる。
「‥‥護らなければ、な」
音もなく風に乗り散る桜にふと席を立つ冥姫。
くるりと振り返り、
「ありがとう、カララク」
桜と同じ儚くも精一杯の微笑みを浮かべる。
静かに冥姫を抱き寄せるカララク。
──最も大切な人、大切な想い‥‥
静かなキスを交わした──
持ってきた生地がなくなってしまった為に予定より早めに屋台を閉店する事になったレティと悠。
屋台の周りを掃除して、花見見物である。
宵も深まったということもあり、人手はかなり減っている。
二人で手をつなぎゆっくりと淡い光に照らされる桜を見ながら歩いていく。
「こっちの方は、あまり人がいないね」
ここからだと池が見える。と悠がレティの手を引き、高台へと向かう。
貸しきり状態に無邪気に喜ぶ悠。
残った具で作ったたこ焼き風ピザを広げて二人並んで座る。
キラキラと光る水面に小島の一本桜が映える。
「みんなでワイワイも良いけど、こうやって二人っきりも、ちょっと嬉しいかな」
楽しそうに笑う悠。
「最近忙しくて花見などしている暇は無かったからな。悠と一緒に来る事が出来て良かった──来てくれてありがとう」
「うちも今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう。また、一緒に色んな事いっぱいしたいな」
その気持ちは悠も同じである。
さっと風が通り過ぎ、レティの髪が揺れる。
「‥‥レティさん、凄く綺麗」
桜舞い散る中、月に照らされるレティの顔を吸い込まれる様に見つる悠。
そっと抱き寄せる──。
「大好き。愛してる‥‥」
「私も‥‥」
二人の気持ちが重なり、キスを交わす二人であった。
●くわれるもの
「追加だよ〜」
酒瓶を抱えた進が戻ってきた。
──すれ違いに席を立つ二胡の男を見た途端、顔色が変わる。
闇の奥に立ち去る男を目で追いながら進が、長郎の腕を掴む。
「錦織さん。あの男、何時からいる?」
「あの男がどうした?」
長郎の中で予測が確定に変わって行くゾクゾクとした感覚が走る。
「まだ判からん。だが、あの顔──クソッ。悪いけど俺はバックれる」
そう言うとジャケットを掴み男の姿を追いかけていく進。
──尚、この日を境に進の姿を見た者はいない。
風の噂で進は軍の諜報活動に関わり、バグア軍アジア・オセアニア総司令ジャッキー・ウォンを追っていたという。
もしそれが真であれば軍は数少ないウォンを知る手がかりを1つ失った事になる。
だが、これは別の話である──。
人を想いを抱え散り行く夜桜。
残るのは蛇か鬼か、それとも淡い思い出だけか?
朝靄にすべてを包み春の夜の夢と消える──