●リプレイ本文
●Waqfaa
チチ、チチィチィ──
白々と夜が開け、日が昇らないというのに気の早い小鳥たちが木々に咲く花の蜜で喉を潤す。
生垣に咲くバラは美しく、甘い芳香を香らせていく。
スプリンクラーがタイマーにより動き出す。
勢いよく撒かれるシャワーを濃い緑の、生き生きとした芝が弾いている。
インド南部バンガロール。
同じインドとはいえバグア占領地から遠く離れたこの地に風の神の名を持つインド最大のメガコーポレーション マルート・スタン・インディア(Marut・stan・India)が持つ保養施設の1つあった。
まだ、もやが残る時間だというのに多くの従業員達が揃いのお仕着せを着て、忙しそうに駆けずり回っていた。
(「流石にVIPが揃ってると緊張感がピリピリと漂うわね」)
配膳のアルバイトにやってきた百地・悠季(
ga8270)も準備に追われながら、警備担当者の数の多さに閉口していた。
本番当日の朝だというのに防御服に身を包み、庭の芝の上に等間隔に並んで棒を指して最終チェックをしていく姿は何事かと思うが、地雷発見の為だ、と言われれば致し方がない。
(「でもまあ、何か有れば困るのは今更なのだから、これくらいは当然かもね」)
社長が死亡した所でKVの販売時期が変更になる事はないだろうが、社の方針が変わるかもしれない。
ピュアホワイト販売に期待を寄せる悠季としては、このままお蔵入りにならないように祈るしかない。企画時からテスト、実際の出荷まで時間が掛かるため、出荷用の工場ラインに乗っていながら販売直前に中止になる機体も少ながらずあるのだ。
抹竹(
gb1405)を含めた警備に携わるKVが保養所に隣接された滑走路から駐車場に誘導されていく。脇を見れば、正面ゲートから保養所の建物までの道のりに赤いケープを掛けられた白いMSI製のKVがお行儀よく並んでいる。Maha・Karaのtripuraantaka隊である。
「‥そういえば私の機体、tripuraantaka隊と似たような色ですね」
抹竹のアヌビスは白地に蒼いラインが施されていた。
KV班の担当責任者であるトリプランタカから本日の大まかな配置について説明が始まった。抹竹のアヌビスは歩兵武器がメインなので、歩兵や警備兵連動し、共に保養所自身の警備をする。
「さて、ご迷惑にならないよう、大人しくしているとしますかね」
そして──
「長すぎるだと? そんなものは切っちまえ! 一々聞くな!」
客達が来る前、一番活気があるのは芸能関係の裏方とキッチンであろう。
古河 甚五郎(
ga6412)は芸人として参加であったが、杞憂と判っていながらも、親バグアが芸能関係者に混じっていないか? とうっかり早めに来たのが運のつきだった。
しっかりパナ・パストゥージャ(gz0072)に見つかりステージ作りに借り出されていた。
「だから、今日の自分は芸人なんですよ〜」
早めに来て、避難経路や重要設備などを頭に入れようと思っていたが、今、手に持っているのは見取り図ではなくカナヅチである。
「私の出演料は、高いんですからね。その分、働いてもらわないと」
パナもインドの映像会社にありがちなマルチな男であった。
役者としてコメディ映画に出たこともあるが、基本的に裏方なのである。
「甚五郎さんと漫才って‥‥大体、漫才って何やるんですかー!」
「大丈夫。十分、芸人やっていけます」とサムズアップする甚五郎であった。
●Gulab Udyan
正午からの会であるが、気の早い客達はもう既に庭園に集まり始めていた。
知り合いを見つけては談笑したり、庭の花を見て回ってる。
日本やLHではそろそろ桜の時期であるが、たまには気分を変えてバラの香りに包まれた散策も悪くない。
「ん〜♪ いい香り」
鯨井昼寝(
ga0488)が、バラに顔を近づけると甘い砂糖菓子のような濃密な香りが漂ってくる。
「あんまり見たことがない種類だなぁ、新種なのかな?」
「そうですよ。弊社でここ近年取り組んできた研究の成果になります」とアパルナ シャマラン(gz0246)が答える。
花の中で一番好きな花がバラである昼寝が、MSIの親睦会に行く事を決定付けたのは『バラ』という文字が書かれていたからである。
兵舎で一番好きな色であるピンクのミニバラを育てていた事があったが、枯らしてしまった事があった。
上手く花を育てるコツがあるのか、花の見頃は何時なのか?、等、誰か聞ける人がいないか? とウロウロしていた所、MSIの営業マン、アパルナが大量の焼き菓子を抱えて歩いているのを見つけてを説明を頼んだのであった。
「おー、この辺のバラもなかなか悪くないわね」
余り知られていないがインドのバラ産業というのは、1990年、丁度バグアが地球に襲来した頃にインド政府施行した農産物輸出奨励政策で急発展した産業である。
インド政府が更に力を入れざるを得ないのが、【AW】の影響で農業の中心だったインド北部がバグア占領下になってしまった事である。
おかげで今ではインド経済を支える立派な産業に成長しているのだ。
「ちょっと見頃に早いのかな?」
「そうですね。今年は開花が少し遅れています」
「LHにも輸出しているの?」
している、というアパルナにLHのショップではバラの花が余り販売されていない、という昼寝。
「それはLHが、島だからだと思いますよ」
とても植物検疫が厳しいからだと思う、とアパルナ。
「検疫かぁ〜。バラって確かに強い花が多いけど、結構すぐに病気や虫が着くよね」
ちょっと納得してしまう昼寝であった。
(「‥こういう場所に来るのは久しぶりですね」)
鳴神 伊織(
ga0421)が楽しそうに辺りを見回す。
ステージでは、顔色の悪いガムテ芸人に小太りの中年男がハリセンで突っ込みを入れている最中であった。
(「芸能人とかも呼んで‥‥本格的なんですね」)
並べられた白いテーブルにドリンクやフルーツ、色々な食材がが並べられヴィッフェ形式の懇親会である。
お祓い済みと書かれた札や使われている素材まできっちり書かれた札、カロリー表示まで備わっているのは、お国柄とCEOのダニエル・オールドマン(gz0195)の趣味だろう。
過剰にも見える警備に「いちいちビビリ過ぎなのよ」と昼寝は評したが、今回の懇親会は服装から携帯武器まできっちりチェックが入っている理由は、軍の高官や奉天の趙 静蕾、銀河重工の大月 熊之助だけではなく、UPCアジア軍中将の椿・治三郎(gz0196)やランジット・ダルダ(gz0194)までやって来るのだという。
伊織も護身用に持ってきたモノも危うく没収されそうになったが、たまたま持ち物検査に一度会ったことがあるMaha・Karaのメンバーがいたので封印を付けられ、携帯を許されていた。
「悪いが、大ダルダが来るんでな」
「大ダルダ?」
「ランジット・ダルダだ。俺達にとってはスポンサーの陽気な爺さんだが、中央アジア以西ではちょっとした有名人で英雄さ」
死んだら大騒ぎになる、と教えてくれた。
多くの者が武器を預けるか、封印を受けて敷地内に中に入る。
実際、椿中将や大ダルダ等、傭兵らにとっては完全に雲の上メンバーである。
中将とお知り合いになるのは難しくとも、社長らならばなんとかこれを機会にお知り合いになりたいと思うチャレンジャーも多いようである。
それに直接声をかける勇気がなくても側にいれば何か珍しい話が聞けるのではないか? と聞き耳を立てている者も少なからずいた。
UNKNOWN(
ga4276)やツァディ・クラモト(
ga6649)、ソウマ(
gc0505)等は完全に前者であり、会に参加することで広い人脈と知識を吸収する事が大切だと思っていたので、他の客とも積極的に話していた。
何枚も猫の皮を被ったソウマは良いところのお坊ちゃまよろしくMSIの職員と話していた。
「お花見というと日本では桜が基本ですが、バンガロールはこの時期はバラなんでしょうか?」
特産品であるバラがどのようなものかとても楽しみに来た、というソウマに嬉しそうに話す職員。どうやらバイオ研究部署の職員らしい。
バンガロールの一般的なバラ農家はビニール栽培でバラを育てているのだと職員はいった。元々高原の昼夜の寒暖差が激しすぎる為、一般家庭での普及はまだまだで、愛好者によって育てられている勘があり、バンガロールのバラと言えば切花が一般的である、という。MSIでは、生花の他、庭木用の苗やヨーロッパ等にも出荷できるバラも研究しているのだという。
「そうなんですか、それは1つお土産に欲しいなぁ」
「確か、今日の園遊会のお楽しみ景品でウチの部署から切花を提供しているはずですよ?」
職員によれば招待状にはシリアルナンバーが振られており、抽選でバラの花が贈られる、との事であった。
「それは楽しみですね。僕はキョウ運の持ち主なので当たるかもしれませんね」とソウマは笑った。
「さて、どうしたもんかな?」
社長らの周りには既に黒山の人だかりが出来ている。
ツァディのこの会で知っている者といえば、S・シャルベーシャ(gz0003)やアジド・アヌバ(gz0030)、トリプランタカや任務で一緒になった事がある傭兵らだけであるが、職業傭兵の血をきっちり引いているツァディとしては、ここでしっかり顔を売っとくに越した事がない。
(「3社長や椿中将までいるとなれば轟龍號に新たな動きあり、と期待しない方が不思議だな」)
どうせお知り合いになるのであれば黒山の人だかりの1つではなくきっちりアピールしたい所である。
思案するツァディの前を白地に金の刺繍が入ったクルタパジャマに紫のサッシュを締めたアジド通りかかる。ひらひらのサッシュの裾をInnocence(
ga8305)がしっかり握って、アジドの後ろを歩きながら物珍しそうに辺りを見回していた。
「お久、その後の恋愛模様はどう?」
キラキラと刺繍とスパンコール、ビーズの着いた衣装は、ツァディの記憶違いでなければインドの伝統的な衣装であるがどう見ても花婿衣装である。
「嫁を貰ったのか? それともに嫁に行ったのか?」
キッ! とツァディを睨むアジド──どうやら何かあったらしい。
「あー‥‥‥ツァディさんでしたか、失礼しました。お久しぶりです」
「Innocencceさんもお久、Innocencceさんも招待状を貰ったのか?」
「ツァディ様、お久しぶりですわ。わたくしはアジドお兄様についてきてしまいましたの♪」
ぺこりとInnocenceがお辞儀をする。
「にしても‥‥元気無いな?」
「ええ‥どうしてもインドにこなくてはいけない用事が出来ましたので‥」
後でバレると五月蝿いからと実家に帰ったらこの有様だ、とアジド。
LHから着いてきたInnocenceを恋人だと勘違いし、挙句、挙式させようとしたのを逃げてきたのだ、という。
「Innocenceさんは可愛いですからね、後2、3年ぐらいしたらそうゆうお申し込みをしてもいいとは思いますが」
その場合でも先にInnocenceの両親の承諾を得てからだとアジド。
「見かけによらず古風なんだな」
「やっぱり男ですからケジメは、つけないと」
そんな話をしている間も、
「アジドお兄様、お茶を頂いてまいりましたわ♪」
「あ、どうも」とお茶を受け取るアジド。
ぱたぱたぱたっ♪ と甲斐甲斐しくアジドの世話を焼くIncencce。
「お菓子も一緒に頂いてきましたの♪ はい♪ あーんしてくださいまし♪」
一緒に「あーん♪」と口を開けるアジド。
「ひょっとして実家でもやったのか?」
「ええ、Innocencceさんと会う時は大体こんな感じです」
「はい。ちゃんとわたくし、ご家族の皆様にもご挨拶しましたわ。『ふつつかものですけれど、よろしくおねがいいたします』って」
「‥‥‥」
クラクラとするツァディ。
「そうしましたら、ご家族の方が『関係はどうなのか?』とお聞きになりましたので‥‥『わたくしの飼い主(マスター)様ですわ♪』と元気よくお答えしましたの」
Innocencceが可愛らしい笑顔を浮かべる。
「アジド様のお父様が『わたくしの気持ちはどうなのか?』とお尋ねになられたので『お兄様のことでしたら好きですわ?』とお答えしましたの♪」
ポンポンとアジドの肩を叩くツァディ。
「結婚式には呼んでくれ」
「ええっ! だってInnocencceさんは、まだ子供だし──」
うろたえるアジド。
「所でランジット・ダルダって知り合い?」
「‥‥まあ、知り合いといえば知り合いになりますが‥‥ご紹介しますか?」
「できれば。甲見えても人付き合いは良い方なもんで」
‥まぁすぐに顔を忘れられそうだが。とツァディ。
ランジット・ダルダは、インド最後のマハラジャと名高い老人である。
近年まで王朝時代の名残を受けるインドでは、ダルダ財団の長というよりも、マハラジャとしても知名度が高く。
親しみを込めて大ダルダと呼ばれていたが、今尚崇拝対象なので全く見知らぬ相手となれば大ダルダが声をかけてくれるのをじっと待つのがお作法になる。
「なんだか面倒だな」
「どこの王族もそう変わらないと思いますよ?」
キョロキョロと大ダルダを探すアジド。
「ああ、いらっしゃいました」
人垣を掻き分け、アジドが大ダルダに声を掛けようとするとトリプランタカが、それを制した。
「アジド、その格好はなんだ? それにアヌバともあろうものが不用意に大ダルダに人を近づけてどうする?」
トリプランタカにそう言われ、思わずムッとするアジド。
「服については、義母殿と父上に言ってください。それに彼は僕の友人です」
(「いつから友人になったんだ?」)とツァディ。
「それにツァディ・クラモトには兄上も一度お会いしているはずです」
「ああ、覚えているが、それはサルヴァとの面会であって大ダルダではなかったからな」
「では、改めてご紹介させていただきます。ツァディ・クラモト。ULTの傭兵をしている僕の友人です。大ダルダにご紹介したくお連れしました。これでよろしいですか?」
「ああ、了解した」
「んじゃ、そういうことで」
後ろから突き刺さる視線を感じながら、ツァディが問う。
「いつもあんな感じなのか? あんた達は」
「まあ‥あんな感じです──ってInocencceさんがいない!」
うひゃぁ、と焦るアジド。
慌てふためくアジドを尻目に、サルヴァを見つけたツァディが声を掛ける。
「相変わらず手広くやっているみたいで」
「まぁな‥同じ傭兵とはいえ、ULTの傭兵と違って待っていても仕事が来んしな」と肩をすくめる。
「サルヴァ、Innocenceさんを見ませんでしたか?」
「Innocence?」
「僕よりちょっとちっちゃくって髪が肩ぐらいの銀で、瞳が紫‥‥僕があなたのお嫁になるという‥‥」
「ああ、アレか。アレなら其処だ」
サルヴァの指差す方向に──涙目ウロウロしているInnocencceがいた。
「はぅうう‥‥ここ、どこですの?‥アジドお兄様」
「Innocencceさん、ここです!」
涙目でぱたぱたと駆け寄るInnocencce。
「怖かったです‥‥」
「迷子にしてしまってごめんなさい。大丈夫ですか?」
よしよしと頭を撫でるアジド。
「ひゃんっ!?」
小さな悲鳴を上げてアジドの後ろに隠れるInnocencce。
Innocencceのお尻を撫でたのは、大ダルダだった。
「大ダルダ〜〜〜っ」
ジト目で大ダルダを見るアジド。
「おおぅ、これはスマン、スマン」
顔を真っ赤に染め、アジドの後ろからそーっと大ダルダを見つめるInnocencce。
「お嬢さんも爺に触れれるのは嫌じゃったか?」
こくん、と頷くInnocencce。
「そうか、悪い事をしたのぉ。申し訳無い。爺はホレ、この通りお嬢さんに謝るぞ」
頭を下げる大ダルダを目をパチパチさせて見るInnocencce。
「わたくし‥‥許してさしあげますわ」
「そうか、良かった。わしと仲直りのジュースはいかがかな?」
「はい♪」
大ダルダがコップにジュースを注ごうとするのをInnocencceが手伝う。
「お嬢さんのいれるジュースはおいしいのぉ、これで仲良しさんかの?」
「はい♪ 仲良しさんになって差し上げますわ」
(「コレ、が大ダルダ?」)
聞き及んでいるイメージが違うとツァディがサルヴァと見る。
「大ダルダ、こちらは僕の友人でULTの傭兵をしております。ツァディ・クラモトと申します」
「珍しいの、アジドが友人を連れてくるというのは」
「ツァディ・クラモトです。お噂はかねがね」
「さてさて、どんな噂か気になる所じゃの」
髭を撫でながら大ダルダが笑う。
「轟龍號のファンの1人としてご挨拶に‥‥」
「轟龍號か、申し訳ないがあれにはワシは直接関わっておらんのだ──ダニエルは、おるか?!」
小柄の老人とも思えぬ大きな声を出し、ダニエルを呼ぶ。
「何でしょう、大ダルダ?」
「この御仁は轟龍號のファンじゃそうだ」
「そうですか、ありがとうございます。と言っても轟龍號はMSI一社で作り上げたものではなく銀河重工、奉天3社が力をあわせて作ったものになりますので、よろしければ丁度両社の社長もいらっしゃっています。ご紹介しましょう」とダニエルがツァディを誘う。
「何を話したら言いか‥‥緊張するな」
「感想とかおっしゃっていただければ結構ですよ」
いきなり3社社長と話す事になってしまったツァディは、戦闘とは異なる緊張感にドキドキするのであった。
一方、バラや食事を自分のペースで楽しんでいるのは伊織であった。
知っていると言えばサルヴァとと訓練で戦ったMaha・Karaのメンバー位しか知らない故に気楽であった。
「小さいながらも良い形の尻じゃの」
ぺろん。と伊織の尻を撫でるものがあった。
「ひゃあっ?」
一瞬、ドギマギする伊織。
「引き締まっておるが硬すぎず適当な柔らかさを保ち──」
人の尻を撫でながらも悪びれる所かウンチクを続けるこの爺──一体、何者だろう? と目を見張る。
「大ダルダ、お戯れが過ぎましょう‥‥これで何人目です」
聞き覚えがある声にそちらを見ると渋い顔をしたトリプランタカとニヤニヤしているサルヴァがいた。
「良かったな、伊織」
にやりと笑ったサルヴァがいう。
「この爺は、己が美女と思う女にしか障らんからな」
ついでを言えば、触られた女は「恋人が出来た」「恋人と寄りを戻した」「結婚した」「子供が出来た」「安産だった」などご利益があるという。
「最近では、出撃しても撃墜されないという伝説更新中だ」という。
「はぁ‥?」
「まあ、嫌なら嫌と言ってやれ。この爺は女の尻を撫でるのが健康の秘訣と思っているので、きっちり言わないと何度も撫でられるからな」
「健康の秘訣?」
「英雄色を好むの類、だな」
人間、余裕がない目一杯状況だと『欲』と縁遠くなる、という。
「駄目って聞いておれば、人を欲の塊のように」
「夜叉孫を含めて75人も家族がいれば十分でしょう」
「むむ‥口の減らぬヤツめ」
占領下であっても対立を続けていた中東の族長達を纏め、UPC・ULTに協力を取り付けた功労者のもう一つの顔が余りにも人間的であった。
「占領下‥‥サルヴァさんにお聞きしてよろしいですか?」
「ん?」
「インドはどうなっているんですか? 中国国境付近の、北部の鉱山が占拠されメトロニウムの生産が落ちたと話を聞きましたが?」
一昨年の【AW】では、デリーが陥落直前まで追い詰められていた。
現在、メトロニウムの高い城壁に囲まれたデリーは、医療従事者以外の一般人の立ち入りが全面禁止。市全体が防衛都市となっていた。
またラインホールドが壊滅させたマルーデウのようにインド北部には鉱山が多く奪還を望む声が多くある。
だが、LHではアメリカ方面での動きが活発でそれ以外のお話を聞く事が少ない。という伊織。
「アメリカは、シェイドを追い詰めてから景気がいいからな」
「インド西部のカチャワル半島に動きがあるらしい、というお話しも聞きますが‥?」
チラリとトリプランタカの方を見た後、「他よりマシという程度だ」というサルヴァ。
カチャワル半島は他の地域に比べて多少だが敵兵力が少ないが、それでも簡単に奪還できる訳ではない。
どうやらインドの明るい明日は、まだ遠いらしい。
サワサワと伊織の尻を再び撫でるものがいる──大ダルダである。
「折角の園遊会じゃぞ、小難しい話は抜きじゃ」
ペチン!──大ダルダの手を叩く伊織。
「オイタは程々に‥‥」
「うむ、その調子じゃ。難しい話でしかめっ面より怒った顔の方が、おぬしはキュートじゃの」
カカッ、と笑う大ダルダであった。
「よろしければシャンパンをどうぞ」
「ありがとう♪」
グラスを受け取った昼寝が給仕を顔を見て驚く。
「あれ? 何しているの?」
「見たとおりお給仕のアルバイトですよ」と悠季。
「へえ〜ぇ、そういえば募集が掛かっていたわね」
「中央のステージに立つ方もいらっしゃるようですよ」
「これは冷やかしに行かないといけないわね」
「こんにちは、僕も会話に混ぜてもらっていいですか?」
ソウマが2人を見かけて声を掛ける。
「私は仕事中だからあんまり長いできないけどいいかしら?」
構わない、とソウマがいう。
「僕は傭兵暦が長くないのでよろしければ面白い話があれば教えていただけますか?」
「面白いかぁ‥難しいなぁ?」
昼寝にとってギリギリの命のやり取り、死線を感じるのは最高の喜びであるが、それがソウマにとって面白いか微妙である。
「確実に面白いといえば『イタイキメラ』でしょうか?」
イタイキメラというのは、外見が痛いキメラである。
何故か夏前後になると微妙なキメラが一気に増えるのだという。
「確かにアレを見るとバグアは何を元にして作っているのか? と突っ込みを入れたくなるわね」
「あと、海産物キメラとかは『食べられる』キメラが多かったりするもの不思議ですね」
「多いんですか?」
マグロやウニ、タコは世界中どこで見かけても食べれられるケースが多いのだという。
「食べられるキメラの基準って何かあるんですか?」
悠季と昼寝、二人は顔を見合わせいった。
「「傭兵の『勘』よ!!」」
「しかし‥インドと言えばカレーよね」
食事はバラエティに富んでいるが、主食がカリーな国である。
どうしてもスパイスがきつくなる為、他の食事もなんとなくカリーっぽく感じるのだ。
「‥‥どうせならカレーうどんとかメニューにないのかしら」
「ビーフンやフォーとか、あったみたいですよ?」
ソウマがテーブルを見て回った時、ベトナム食コーナーにビーフンとフォーがあったという。
「うどんの代わりにはならないけど‥」と言いながらビーフンとフォーを頼む昼寝。
「うむ、この尻は鍛えられた美丈夫じゃな。やや硬めなのが難じゃが、形は良い」
ぺったり──昼寝の尻が撫でられた。
「ぎゃッ!」
見れば己の尻に髭の爺が張り付いている。
びっくりした昼寝に突き飛ばされたソウマは、隣にいた女性の胸にダイブしてしまい、ラッキー(?)な運を体験する。
「なななななに人のお尻触ってんのよ! ってかあんた誰よ!」
「ほっほっほっほ。わしはランジット・ダルダというしがない爺じゃ、お嬢さん」とウィンクする。
「ランジットだかなんだか知らないけど‥‥」
こめかみをひくつかせる昼寝。
「こいつ殴ってもいい?」
「覚醒しなければな」と側で見ていたサルヴァがいった。
「側にいたら止めなさいよ!」
「この爺の健康の秘訣なんでな。スポンサーには長生きしてもらわんと困る」とニヤニヤしながらいう。
(「この‥‥ん、ダルダ?」)
「このスケ‥‥っと、このお爺ちゃんがダルダ財団の名誉会長なの?」
「まあ、そういうことだ。何か頼みごとがあるのならすればいい、もっとも適うかどうかは別だがな」
尽かさず昼寝はいった。
「今回は特別にバラの花一本で許す!」
●din
アルバイトといえどもお腹は空く。
そして警備についている者だろうと裏方だろうと、生きている以上も当然お腹が空く。
悠季達配膳係りは、邸外で警備についている者達に軽食を配っていた。
──休憩に入ろうとした抹竹のアヌビスに緊急の連絡が入る。
航空部隊が撃墜したHWから爆破直前大型キメラが飛び出し、現在保養所に向かっているというのだ。
周辺の道路状況から一般KVは降下不可能と抹竹のアヌビスにお鉢が回ってきたのだ。
「出番がないのが一番なんだがな」
テイクアウトして支援機から指示があった現場に向かう。
眼下に4mクラスのサーベルタイガーがいた。
「ホストもあんなもん呼んだ覚えは‥‥ねえだろうな。帰れよ」
神天速で一気に飛行形状から獣人へと変形し、キメラの進路を塞ぐ形で着陸するとそのままプルスアークトゥスで顎を掴む。
「遊びの時間は、ねえからな」
そのまま指に力を入れた。
──一方、KVらの急な動きとは裏腹に威圧的な、黒く塗られた装甲車が駐車場の端に停まっていた。
マネージャーに教えられた合図でドアを叩く悠季。
「なに?」
装甲服に身を包んだ10代の少女が顔を出した。
「昼食をお持ちしました」
後部座席を振り返り、「誰か頼んだ?」と尋ねる。
「──誰も頼んでないって、悪いけど持って帰ってくれる?」
「小腹程度は満たして緊張は適度に解さないとね?」
「‥いらない──任務中は決められた食事以外、あたし達はしないから」
「でも‥」
「でもコーヒーは貰う。毒が入っているか、すぐに判るし」
コーヒーの入ったポットを受け取ると少女はドアを閉めてしまった。
「──取り付く暇なしか‥Maka・KaraのSarva隊、なるほど噂通りね」
肩を竦める悠季だった。
「暑くないのか、お前は?」
コート位クロークに預ければいいだろう、とUNKNOWNをチラリと見たサルヴァがいう。ロイヤルブラックの裾長のフロックコートは、高原といえどもインド南部ではやや暑そうに見える。
「VIPも来る会と聞いたのでな。失礼のないように正装で来ただけだが?」
「ご苦労なことだな」
「そういうお前もスーツだな」
「仕事中なんでな」
「ランジット・ダルダか‥‥」
サルヴァの視線の先には、常に大ダルダがいる。
口元にグラスを運ぶが、サルヴァが飲んでいない事はUNKNOWNには明白だった。
「一緒に飲む約束は中々果たせないな」
「じらされるのは嫌いじゃないだろう?」
「それは女限定だな」
他の客と談笑している大ダルダに声をかけるUNKNOWN。
「少し、有翼の獅子をお借りしても宜しいかな?」
「君はサルヴァの知り合いかね?」
「数少ない友人と自負していますが‥‥」
大ダルダがサルヴァに「下がっていい」と小さく手を振る。
頭を下げるUNKNOWNに「大胆な奴だ」とサルヴァが笑う。
「いっただろう。男にじらされるのは余り好きではないと」
困った奴だな、と、くすりと笑う。
静かに飲める所が良いだろう、という事で、建物のバーに入る2人。
「闇に潜る黒き獅子が、有翼の獅子に乾杯」
「詩人だな」
琥珀を満たしたグラスを傾ける。
静かに自動演奏のピアノの音だけが響く。
色々話してみたい事もあるが今は口にする必要はない。
飲む事が、話す事だから──愉しむようにゆっくりと一杯を空ける。
「──戻るのか?」
代金を置き、席を立つサルヴァに声をかけるUNKNOWN。
「こう見えても俺は『チキン』なのさ」
「必要ならば私も手伝うが?」
「いや、折角の申し出だがな」
客らしく花(女)でも見ていてくれ。というとドアに向かう。
「ならば、私は今しばらくこの余韻を愉しもう──」
グラスを挙げるUNKNOWNであった。
●shaam
日が傾き、一般客は帰ったが、まだまだVIPの会合は続いているようである。
館内に入る事が適わず、おおっぴらに騒げるあろう芸能人らの臨時楽屋(テント)が臨時宴会場と化していた。
抹竹が持ってきた酒を空け、あちらこちらに紙コップが回る。
「ロック芸人ネタをせずに終われてよかったです」と言いながら酒を飲む甚五郎に、
「なんですか、それ?」とパナが尋ねる。
「こう‥‥マイクをですね」
スタンドマイクを振り回す甚五郎。
「甚五郎さん主演でカンフーっぽい映画でも撮ってみますかねぇ。『萌えよ、コガゴン』とかタイトルをつけて‥」と怪しげな事をいうパナ。
最近忙しくって本業の映画をあまり撮っていないのだ。
「それだったらKV問屋のご隠居が手代と共に世直しの為に諸国漫遊する痛快娯楽ムービー!‥‥なんてのはどうでしょうね?」
「どこかで聞いた事がある内容だな」
裏を覗きに来たサルヴァがいう。
そういうのは楽しいかもしれないとパナがいった。
ついでといっては何ですが、と甚五郎。
折角、サルヴァがいるので轟竜號の奇襲対策を聞きたい、という。
「ぐりぽん&銀河のオロチ&参番艦空母機能との連携展開なぞ」
大規模作戦の戦いを振り返れば、哨戒から迎撃。更に横撃までの流れをスムーズにつなげたい所であった。
「ウチはお家芸が対潜哨戒だけなんで、即応展開の警護訓練なんかがあればいいなぁと」
「哨戒については、今後楽になるぜ」
KV用のソナーブイが正式対応になる、という。
「まあ、余りにも護衛艦やらKVの目が届かんのでな」
訓練自体は東アジア軍からのオーダーも来ているので、そのうちやるだろう、という。
園遊会の裏で活発に動くアジア軍とメガコポーレーションのトップ3。
轟竜號に関する新しい取り組みやら中国に動きがあるようである。
──斯くして人それぞれ思う所、色々な春の園遊会は終わったのであった。