●リプレイ本文
ナナを探しに協力を申し出た傭兵は、4人。
どこから見ても採算が合わない──というよりまなを放っては置けずの完全無料のボランティア活動である。
「小さいレディの笑顔のため♪」というニュクス(
gb6067)、
「困っている女性を放ってはおけないですからね」とユーリ・クルック(
gb0255)は微笑。
「‥‥見過ごせなかったので」というガーネット=クロウ(
gb1717)。
「そう言うときもあります」
家族と離れて暮らすマルセル・ライスター(
gb4909)もまた、まなとナナが心配で協力を申し出た一人である。
マルセルも後方支援で連日くたくたであるが、小さな冒険者を前に疲れを見せるわけにはいかない。
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危険地帯にまなを連れて行くリスクを考えて野営地で大人しく待っているように言うガーネットの提案(正論)は、あっさりまな本人の「いや! まなも絶対いく!」の一言で却下になった。
「ななちゃん、しらないひとにちかづかないもん! まなか、みかちゃんか、おばあちゃんかおじいちゃんじゃなきゃこないもん!」と言うまなに、
「一緒に来てくれたほうが探すのに助かるし、ナナもきっと、まなちゃんに会いたいだろうしね」とマルセルが宥める。
双子の妹がいるマルセル。小さい女の子の扱いには慣れていた。
「でも、これから行く場所は危ないから、絶対におにいちゃんから離れないようにしてね?」
マルセルの言葉に頷くまな。
「ところで『みかちゃん』って?」
行方不明中の叔母、高田『美香』だと傭兵が教える。
まなが大事に持っている携帯電話を受け取り、操作して画面を見せる。
ナナと一緒にまなと叔母が写っていた。
ナナは、柴犬とシェパードと何かが混じったような中型犬の大型サイズの雑種だった。
「成る程、健脚そうだ」とユーリがいう。
「で、お前ら。捕獲の為のリードやロープ、運搬籠とか、ちゃんと用意したの?」
ユーリは、ナナ捕獲後ジーザリオの後部座席に乗せるためビニールシートと毛布を用意していたが、車に慣れている犬でも走行中に窓から飛び出す場合や車からの乗り降りの際、逃げる可能性を。また、AU−KVを装着したままナナを抱きかかえればナナを傷つける可能性があり、バイク形状であればナナを抱えたままその場で応援を待つしかないが、その間にキメラに襲われれば対応が遅れることになると傭兵から指摘される。
「俺もちゃんと言わなかったからいけないんだけどさ。今回は、『特別』に貸しだよ」といって、傭兵は野営地の用具係を拝み倒して借りてきたというロープを4人に手渡す。
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保護施設から祖父母の家までの道のりを中心に捜索する傭兵らは、
リンドヴルムに乗るニュクスが先発し、
まなを乗せたユーリのジーザリオとマルセルのミカエルが続く。
ガーネットのジープは、それをフォローする形となる。
「ナナさんは老犬という事ですし、舗装道路の脇に土の地面があれば、そこを歩いているかもしれませんから」とガーネット。
「おねえちゃんは、ななちゃんをしっているの?」
ガーネットが、ナナが地面が大好きな事を知っているとビックリするまな。
ナナは散歩中、よく地面を見つけると匂いを嗅いだり、地面を掘っていたという。
「人の鼻では匂わないですが、犬は人の何倍も鼻がいいから地面の匂いを嗅ぎ別けるのよ」
たぶんナナは地面の僅かな匂いを辿りながら家に帰っているのだろというガーネット。
「ナナを見つけた時に、まなさんのお使いってわかるように何か貸してもらえないかしら?」
「信用してもらえるかわかりませんが、注意は引けると思いますので」
リュクスとガーネットに言われて、まなが1枚のハンカチを取り出す。
養護施設を飛び出したまなの持ち物は少ない。
小さなポシェットにハンカチとちり紙、そしてホワイトデーの時に養護施設で配られたチョコレートだけしかない。
「ままからもらったの」
「切っちゃっていいの?」
「‥‥うん。おねえちゃんたちなら、ななをみつけてくれるから」
これしかないが、大切なナナの為だからという。
ガーネットがエーデルワイスで丁寧に2つに切り裂く。
それをじっと見つめるまな。
「絶対にナナを見つけるから安心してね」
ユーリの言葉に頷くまな。
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リンドヴルムを駆るニュクス。
その機動力を生かして、後続の乗用車の入れない細い路地、公園や休耕田等を片っ端から捜索する。
良く散歩に来ていたという川原には水草の茂みや河川敷球場などもあり、かなりの広さである。土手にあがったニュクスは双眼鏡を手にナナを探す。
「キメラはいまのところ居ないようだけど、競合地域‥‥早く見つけなくては」
「────?」
水草が動いたような気がしてポイントを併せるニュクス。
ザッ──一斉に水鳥が飛び立つ。
「???───」
背の高い水草の間に何かが見えたような気がするニュクスだったが──
(「この辺りでミッション中の傭兵も兵士もいなかったはず──」)
緊張感で口の中が乾いていくのが判る。
ガサリ──
ヒベルティアを掴み振り返るニュクスの目の前に1匹の犬がいた。
薄汚れているが、写真のナナに似た感じの犬である。
「こちらニュクス‥‥ナナさんらしい犬を川原で発見しました。これから接触してみます‥‥」
犬を脅かさないように小さな声で連絡する。
『了解、すぐにそちらに向かいます』
ユーリが助手席に乗るまなにいう。
「ナナが見つかったって」
「ほんとう?」
「もうすぐ会えるからあと少しだけ待ってね」
ユーリの言葉に頷くまな。
まなは、ナナは目鼻は老いたが、耳は健康だ、といった。
周りに誰もいない事を確認し、ポケットの中からハンカチを取り出すニュクス。
「──ナナさんでいいのかな? まなさんに探すように言われて来たのですけど一緒に来てもらえないかしら?」
脅かして逃げないように無理に近づかないことにしたのが裏目に出たようである。犬はジッとニュクスを見つめていたが、不意にUターンし、草むらに消えていった。
慌てて草むらを探すニュクスだったがナナらしき犬は見つからなかった。
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空き地にナナに似た犬がいた。
車を止めてガーネットが犬を驚かせないように声を掛け乍らゆっくりと近づく。
「ナナさん?」
ぴくんと三角の耳が動き、犬が顔を上げる。
かなり似ている。
もう一度、名を呼んでみるガーネット。
「ナナさん?」
知らない匂いの人間なのに「何故、自分の名を知っているのだろうか?」というように訝しげな顔をする。
繰り返し名前を呼びながらヒラヒラとハンカチを振り、静かに近づくガーネット。
逃げない犬の鼻先にハンカチを静かに差し出す。
フンフンと匂いを嗅いでいる。
どうやらナナに間違いないようである。
「ナナさん‥‥まなさんはそっちにいませんよ。こっちですよ‥‥」
ガーネットがそっと手を伸ばす──が、触れらると思ったナナが慌てて後ろに飛びのき、走って逃げる。
「ナナっ!」
一瞬、振り返ったナナだったが、そのままガサガサとどこかの家の植え込みの中に入ってしまった。
「〜〜〜〜〜〜〜っ。‥‥‥‥‥‥‥こちら、ガーネット。逃げられました」
接触位置を報告するガーネット。
(「手荒な事はしたくありませんでしたが、致し方ありません」)
無線を切り、溜息を吐いた。
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陽が傾きかけた頃、ユーリとマルセルがナナを見つけたのは、まなの祖父母の家であった。
何かを探すようにガリガリと地面を掘ったり、匂いを必死に嗅いだりしている。
「こちらユーリ、ナナを発見した。すぐに合流を」
「ななちゃん♪」
まなの声に嬉しそうに尻尾を振るナナ。
ぽてぽてとナナのほうに近づいてくる。
そして、ユーリとマルセルに気がつくと立ち止まってジッと2人の方を見る。
半日以上、まなと一緒にいたので2人にはまなの匂いが付いたのであろう。
数メートルのところで立ち止まり「何故、まなが3人いるんだろう?」というように不思議そうに3人を見る。
「ななちゃん、まなだよ?」
「待って、まなちゃん」
駆け寄ろうとするまなに、動かないように言うマルセル。
「今日は、ナナも何度もビックリしてるからね」
手が届く側に寄るまで我慢して欲しいという。
「うん、わかった」
その場にジッとして動かないまな。
静かに動かずに待っていると、ナナが近づいて来た。
誰がまななのか確認しようと鼻を近づける。
「ななちゃん?」
ふんふんと匂いを嗅ぎ、まなだと判ると嬉しそうに尻尾をブンブンと振った。
「まなちゃん、ななちゃん、いっぱいしんぱいしたよ」
ナナをぎゅっと抱くまな。
驚かせないようにゆっくり近付くマルセル。
そっと手の甲をナナのナナに近づける。
ふんふんと匂いを嗅ぐナナ。
ゆっくりとナナの目線にしゃがむ。
「触っていいですか?」
逃げないナナをそっと耳元を優しく撫でた。
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──カシャン‥‥ 潰れた家の瓦が音を立てた。
バランスが悪く不規則な音──カシャン、カシャンと音を立てて、誰かが潰れた屋根を上がってくる。
屋根に上ってきたのは人であったが、どこか具合が悪いのかフラフラとしていた。
顔は丁度夕日を背にする形になり見えない。
わん♪──
ナナが瓦礫の上に立つ人影に甘えたような声で一声鳴き、尻尾をパタパタと振ったと思ったら嬉しそうに人影に近づいていく。
まなもその人物が誰か判ると──
「みかちゃん!」
ぱっとマルセルの後ろから飛び出し叔母 美香の下に駆け寄っていく。
「みかちゃん。やっぱり、いきてた♪」
美香に抱きつくまな。
「まなちゃん、駄目っ!」
「おにいちゃん?」
慌ててまなを美香から引き離すマルセル。
まなのいた場所を美香の腕が薙ぎ、屋根が抉られ割れる。
放して、と暴れるまなを抱き抱えたまま、マルセルが後ろに飛びのくと一目散にジーザリオへと向かう。
「違う。アレは、まなちゃんの叔母さんじゃない」
マルセルが短く叫ぶ。
「あれはキメラだ!」
(「ライスナーじゃ間に合わないっ!」)
月詠を抜刀し斬りかかるユーリ。
そのユーリの振るう月詠をゾンビキメラが素手で掴む。
がっちりと掴んだ手の、甲から先が落ちる。
零れ落ちたのは赤い血ではなく、大量のウジである。
まなの目が大きく見開いた。
ボト‥リ──ゾンビキメラの右腕が落ちた。
「キャアアアアアアアアアーーーーー!」
死者への冒涜と言う観念はバグアには通じない。
ドロリと濁った瞳がまなを見つめる。
金切り声を上げるまなを守るように狂ったように吠え続けるナナ。
腐った人型という枠にはめ込まれたゾンビキメラは醜悪であった。
ゾンビキメラはぐるりと傭兵らを眺めるとワンワンと吠え続けるナナを見据えると、ゆっくりと左腕を上げた。
「ナナさん、危ない!」
無線で駆けつけたニュクスが【竜の翼】で間に割り込み、【竜の咆哮】でゾンビキメラを弾き飛ばす。
弾き飛ばされたゾンビキメラが立ち上がる僅かな間に疾風脚で一気に瓦礫を駆け上がったのは、ガーネットである。
ヒベルティアの一閃がゾンビキメラの残った腕を斬り落とす。
暴れまくるナナを抱きかかえると瓦礫を駆け下るガーネット。
「ナナさん、暴れないでっ!」
顔や腕に爪が当たるが、一般人の使う銃弾では傷つかない程、覚醒中皮膚が強化される能力者である。このままでは、傷がつくのはナナである。
ユーリがナナの首に縄をかけるまでの間、覚醒を解き、必死にナナを全身で押さえつけるガーネット。
ニュクスがヒベルティアでゾンビキメラの腹を突くと怒ったキメラが口から酸を撒き散らす。
「槍だけが私の武器じゃありませんよ?」
反対の手に装備した砂錐の爪が腹を切り裂く。
痛みを感じないゾンビキメラは、動かなくなるまで破壊しなければ攻撃の手を止る事はない。
──だが、能力者たちの目的はキメラの討伐ではなくナナとまなを会わせる事である。
ナナをシートに押し込んだジーザリオが急発進する。
「せっかく再会できたんですから、邪魔なんてさせませんよ」
みかちゃんがおばけになってまなの事もナナの事も忘れてしまった、と泣くまなの涙を舐め続けるナナ。
ジーザリオが離脱したのを確認すると、
「悪いですが、あなたとのお遊びはこれでお仕舞いです」
ニュクスは再び【竜の翼】でゾンビキメラを振り切った。
こうして傭兵らは、無事まなとナナを回収したのであった──。
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野営地では、ペットボランティアと養護施設の職員が1人と1匹を待っていた。
ジュースを貰い、少し落ち着いてきたまながガーネットが傷だらけなのに気がつく。
ナナを抱いていた為、傷だらけである。
「ごめんなさい、ごめんなさい‥‥」
自分のわがままでガーネットに怪我をさせた。
ごめんなさい、と繰り返すまな。
「だいじょうぶです、対した事ありません。それよりも──」
まなとナナが無事でよかった、とまなの頭を撫でる。
「またナナが施設を抜け出さないとも限りませんし、まなちゃんもナナと一緒に居たいと思うんです。‥‥‥一緒に居られるよう、なんとかできませんでしょうか?」
マルセルの言葉に困ったように顔を見合わせる職員達。
「誰だって、家族と離れ離れになるなんて辛いじゃないですか」
「確かにその通りなんですが──」
まなやナナ以外にも被災してペットと離れ離れになって暮らしている家族は多い、と話す。養護施設も満杯で、職員が足らない状況である。
犬や猫の面倒まで見る事は難しく、アレルギーや喘息の子供もいると言う。
「否定的な事しか言えなくって申し訳ないのですが‥‥」
被災したペットらを引き取っていってくれている飼育ボランティアも流石に子供を引き受けるまでの余裕はないだろう。
ナナは里親会にこの後、参加することになっているが、高齢で体が大きい事、そして脱走癖がある事から引き取り手が見つからず職員の誰かが飼育することになるだろうといった。
「そうですか──」
残念そうにいうマルセル。
何かあったら連絡すると4人に声をかけた傭兵だけが野営地に残り、一人と1匹を行く末を心配しながら次の任務が待つ為に野営地を後にする4人。
──数日後、4人に声をかけた傭兵からまなの両親が一時帰国し、まなとナナと一緒に暮らす事になった、とメールが届く。
「それは、よかったですね」
賞味期限が迫ったチョコレートを1つ口に放り込む。
兵舎から見える空を見上げた空はなまとナナを祝福するように何処までも青く、チョコレートは甘かった。