●リプレイ本文
●アジア:【北京】
『この放送はぁ〜!! 一時的にジャックさせてもらったよ〜! ジャックしたのはDJオルルだぁ〜♪ 今回はココ、liberated district 北京からお送りしま〜す♪ 今日の音楽祭は〜、盛り上がってまいりましょ〜!』
ラジオから聞こえるオルカ・スパイホップ(
gc1882)の声で北京での音楽祭は幕を開けた。路上で、ステージで、場所も人も選ばず音楽は渦を巻き始める。
「Come on!」
軽い音合わせの後神楽 菖蒲(
gb8448)が声を上げる。肩を並べ息を合わせ、秋姫・フローズン(
gc5849)も菖蒲のギターに続く。曲調はフラメンコ。秋姫のスカートが揺れ、ブーツが固い床を叩く。
地下プラント入り口付近、突然始まった演奏に人々の足が止まる。明るく派手な綾河 疾音(
gc6835)のヴァイオリンは秋姫の緊張も解し、三人の演奏は徐々に加速していく。
「言葉使わなくてもここまで一緒に楽しめるんだから、凄ぇもんだよな‥‥」
疾音の言葉に頷く秋姫。菖蒲は思う。まるで自分達の方が元気を分けてもらっているかのようだと――。
聞こえる音は一つではない。同時期、地下プラント各所で傭兵による演奏が開始されていた。
「それじゃ聞いてくれ。あたしの歌、SKY CATCHER!」
ドラムを叩き、歌い出すエイラ・リトヴァク(
gb9458)。金城 エンタ(
ga4154)と組み、二人もまた即席のステージに出演している。
事前に歌詞カードを配布していたエンタ。ノリやすいメロディも手伝い住民達も手を叩き、共に歌を口ずさんでくれる。
「今が辛く 苦しい時なら あと少し 我慢 夜明けは きっと来る――」
歌いながら視線を交わす二人。エイラは思わず目尻に涙を浮かべる。
「お前ら、これからは自分たちでやるんだぜ‥‥。あたしらは、始まりを用意しただけなんだからよ‥‥!」
音楽で何かを救う‥‥そんな夢は何処かに置いて来てしまった。しかし今またアンドレアス・ラーセン(
ga6523)はギターを手に舞台の上に立っていた。
ユリア・ブライアント(
gz0180)のキーボードに合わせ、華やかに情感を演出してみせる。大切なのは人々と共にあると言う思い。それを伝える為に、培った技術の全てを注ぎ込むのだ。
音楽で消える命を留める事は出来ない。腹も膨れず暖も取れない。だが――。
少しでも人々の心に安らぎが与えられたらと願い、LEGNA(
gc1842)は鍵盤に指を奔らせる。感じる思いは彼のルーツを思い起こさせる。誰かを救いたいと願い傭兵になった彼の気持ちは、今も何一つ変わってはいない。
「‥‥被災者に幸せが訪れるよう、精々祈っておくか」
ライトアップされたステージでピアノを奏でるLEGNAを眺める北斗 十郎(
gc6339)の姿があった。
ステージは当然湧き出た物ではなく、設営に奔走した者達の努力の結晶だ。
「‥‥わしにはライブとやらは似合わんしの」
日本舞踊は得意なのじゃがな‥‥と頷く十郎。その隣で犬坂 刀牙(
gc5243)は振り返る。
刀牙の視線に気付き、孫 陽星(
gz0382)は刀牙の頭を軽く撫でた。十郎、刀牙と共に会場設営に貢献した陽星。今も油断せず、最後まで万事安全に済む事を祈っている。
「みんなで頑張った結果なんだよーっ!」
そんな様子を横目にモニターを眺めるヘイル(
gc4085)。各所の通信、中継の接続は彼の根回しによる部分が大きい。
自分はそんな立場に無いと陽星には辞退されたが、軍にも働きかけ有志を募り、ステージを広げる事に成功した。お陰で軍人も傭兵も民間人も、今は音と光で繋がっている。
「さて‥‥あちらの様子はどうなっているかな」
『ありがと〜、すごい盛り上がり! しかーしそれ以上に盛り上がる場所が〜地下プラントLive会場だ!』
地下プラントライブ会場。オルカの声に導かれ舞台に立つのはアイドルグループ【IMP】の面々だ。マイクを片手に鷹代 アヤ(
gb3437)が口火を切る。
「辛くて苦しい日々は続くけど‥‥今日は一日!」
「楽しんでいきましょー! なーのですよ♪」
アヤに続きシェリー・クロフィード(
gb3701)が声を上げる。シェリーはIMPではないのだが、思いの他違和感無く馴染んでしまっている。
流れ出したナンバーは『Catch the Hope』、IMPの持ち歌の一つだ。華やかなステージの上でアイドル達が歌い踊る姿に盛り上がる会場。リル・オルキヌス(
gc6894)は舞台裏からその様子を眺め、小さく歌を口ずさんでいた。
舞台に立つのは恥ずかしいので裏方に徹していたが、会場の盛り上がりについ嬉しくなって歌ってしまう。テト・シュタイナー(
gb5138)はそんなリルを横目に機材を操作する。
「景気付けだ、いっちょ派手に行こうぜ!」
ステージを照らす幾重にも重なる光。バックグラウンドにて火花が上がり、熱気は止む所を知らない。
そんな会場の中でもミリハナク(
gc4008)は冷静だった。異質な程静かに周囲を警戒する彼女はこの会場に潜む悪意を探していた。
幸い悪事を働こうとする者は見当たらないが油断は禁物。警備を続ける為ミリハナクは光に背を向ける。
一方、ステージの主役は大和・美月姫(
ga8994)、鷹代 由稀(
ga1601)、雪村 風華(
ga4900)に変わっていた。
「こっからはもっとテンション上げないとついてこれないからね。覚悟しなさいっ」
マイクに叫ぶ由稀を見て風華は苦笑を浮かべる。現役ではない由稀のいきなりのライブを心配していた風華だが、それは杞憂だったようだ。
久々の三人でのライブに意気込む美月姫。元だの現役だのは関係ない。仲間が揃えば、そこに音楽は生まれる。
ステージ上で踊り歌う三人を追いかけシャッターを切るのはエリス・フラデュラー(
gz0388)。人混みと熱気に流されて倒れそうになる彼女を鐘依 透(
ga6282)が支える。
この仕事は戦いよりも余程やりがいがある――透はそう思う。会場内の整備に尽力しつつ、今はこの『力』の使い方に充実感を覚えている。
慌てて礼を言うエリスを人混みから救出し移動する透。ライブの盛り上がりも最高潮を迎えようとしたその時、彼は思わず顔をあげた。
突然照明が落ち、暗闇が降り注いでくる。裏方の透にはそれがトラブルである事が直ぐに分った。
マイクもスピーカーも停止し、代わりに観客席にどよめきが走る。緊張が走る最中、それを覆したのは美月姫の歌声であった。
ただ声だけが響く会場。アイドル達は手を取り合い、もう一度声を重ねて『Catch the Hope』を奏でる。不本意な闇と静寂が演出と化し、自然と観客達も歌を歌い始めた。
その時裏方の活躍もありトラブルは解決。光と音が一気に押し寄せる中ステージの盛り上がりは最高潮を向かえ、割れんばかりの歓声が響くのであった。
「一人じゃ生きていけなくっても、支え合えば大丈夫だよ。この空は繋がってるんだよ。私達が手を取り合えば、こんな世界だって――」
観客席を見下ろす風華。いつか人々の心の傷が癒え、自分達の歌を心から笑って聞いてくれる‥‥そんな日が来る事を、今は願って止まない。
『ありがと〜! 今回は楽しんでくれたかな? これからも激しい戦いが続くと思う。でも僕達は戦い続ける! みんなと一緒に笑いたいから!』
青空の下に膝を着いたシラヌイSの通信機から聞こえるオルカの声。樹・籐子(
gc0214)は安堵の息を吐き、通信機材の復調を確認する。
シラヌイのコックピットでは持ち主である御鑑 藍(
gc1485)が空を見上げながらラジオの音に耳を傾けていた。
通信網の穴を埋める為、二人はKVを瓦礫の街に置いていた。彼方此方の音楽が、歌が、寂しいこの大地に明るさを取り戻していく。
ボリュームを上げて歌を口ずさむ藍。眩い太陽の下で目を瞑ると、音楽で人々が繋がっていく様子が感じ取れるような気がした。
『僕達は一人じゃない! 頑張って生き続けてやるんだ! 一生懸命生きている人の邪魔をさせないよ! 『This program is presented by 傭兵のみなさ〜ん♪』 これからもよろしく! んじゃまたね〜!』
(執筆:神宮寺飛鳥MS)
●北京の街へと音は広がる
出来るだけ広範囲の人に音楽をと、大泰司 慈海(
ga0173)は『祭門』へと連絡を入れ、ライブへと向かいたい者達の送迎の手はずを整えると、『祭門』の白鼬の村へと転がり込んだ。狐老は捕まらなかったが、白鼬は捕まった。慈海が一番いたわりたかったのは彼等だから。飲みが足らないのはそっちじゃあないのかと笑われつつ、酒を酌み交わし夜が明けるまで笑って歌う事となる。
朧 幸乃(
ga3078)は、各地のメッセージを受け取ると、ラジオの電波へと乗せる為、放送局へと向かう。ただ、無事であると。みんな無事だろうかという、気遣う声が多く胸が詰まる。ふと思い出すのはこの地で関わった少女。彼女の居る方角を見て、軽く目を細めた。春の風がそちらへと流れて行くかのような気がして笑みを浮かべると、首を横に振り、メッセージを届ける為、バイクのアクセルを入れた。
椎野 のぞみ(
ga8736)、椎野 ひかり(
gb2026)、椎野 こだま(
gb4181)三姉妹はラジオで告知を打つと、路上ライブへと繰り出した。あでやかな空気が動く。現役のアイドルは伊達では無い。
「皆さんはじめましてこんにちわ! 先ほどはラジオをお聞きいただきまして、有難うございます! これからボクたち三姉妹の歌をお聞きください。よろしくお願いいたしますね!」
「先ほどのラジオではお耳汚し失礼いたしましたですわ〜。プロでは無いですので物足りないかとおもいますが〜。どうかよろしくお願いいたしますわ〜」
心地よい緊張。挨拶をすれば、はじけるような歓声が上がる。
溢れかえる音。復興の空気を感じながら、歌を歌って回る。その後には、中心となっているライブ会場へと向かい、裏方を手伝うつもりだ。差し入れのおにぎりもしっかりと準備万端。
だが今は。三姉妹の綺麗なコーラスが街の端々に響き渡る。
その弾けるような姿と、耳にしたラジオの声とが重なり、コンサート会場へと人々が流れて行く様を、嬉しそうに見送る。
「大きいステージはウチの人達がうまくやってくれるでしょーから、あたしは地道に行くとしますか!」
さてとばかりに、葵 コハル(
ga3897)は街へと繰り出していた。現役のアイドルだ。歩くだけでも視線が贈られる。避難所などへと飲み物や食料を担ぎ、キーボードを担いで顔を出す。その気持ちが嬉しいと、量の多い少ないに限らず謝意が告げられ。キーを叩いて歌いだせば、明るく楽しい気分が周囲へと伝播する。
地下の病院や、医療施設へと王 珠姫(
gc6684)は向かう。祈りを込めて歌う歌は水面を渡るさざ波のように静かに広がる。現地の言葉だ。人々はふと笑みを零し、珠姫を見る。ひとしきり歌い上げると、珠姫は、フルートを取り出した。涼やかな音色が、穏やかに、響いて行く。この後は、わらべ歌を歌おうかと、珠姫は、集まってきた子供達を見て目を細めた。出来る限りの手伝いをも申し出て。
メインステージから僅かに離れた場所で、人々が集まる場所があった。そこへとLetia Bar(
ga6313)と張 天莉(
gc3344)は顔を出した。思い思いに仕事をしている人々へと向かい、バラードを天莉が歌い始める。土地の言葉だ。人々は手を止めて、天莉の声に静かに耳を傾ける。優しい歌だ。環境や文化が違っても、一つの目的に向かえば、人の力は無限にもなりうる。天莉は、誰とでもと手を取り合い、支え合い、共に歩けるようなそんな世界でいられるようにと祈り願いを込めて歌い続ける。Letia Barは、一生懸命練習したハーモニカで伴奏をする。和んで行く人々の顔を見て、良かったと思う。穏やかな笑みは、笑みを呼ぶ。笑顔の連鎖。人々の心に、温もりは確かに届いているようだ。
(‥‥天ちゃん、みんな笑ってくれたよっ)
Letia Barも笑顔になっていた。
町の一角で、小さな音がする。レーゲン・シュナイダー(
ga4458)はデラードと共に手回し式の簡単なオルゴールの講習会を開いていた。郷愁を呼ぶ小さな音が小さな子等の手で生み出される様を見て、レーゲンはデラードと目線を合わせて微笑んだ。
親とはぐれた子等の集まる施設をソーニャ(
gb5824)は訪ねていた。子等の手を握り、皆で輪になった。
「ねぇ、みんな。ボクたち家族になろう」
自身も似た境遇だ。ソーニャの言葉に子供達は顔を見合わせ頷く。それを見てソーニャも頷く。歌を教え合い、子供達と共に遊ぶ。笑い声がまるで音楽の様に重なり、響く。
多分これが、最上の音楽だと、ソーニャは思った。
弦の音が、病院に静かに響く。秋月 愁矢(
gc1971)は、移動が不可能な人の元へと向かっていた。
ありえない状況下に落ち、深い悲しみを背負っても、人は必ず立ち上がり歩き出すことが出来る。その一歩を踏み出す時には、必ずその手を取るから。力になるから。そんな気持ちを込め笑みを絶やさず、リクエストを受け愁矢は引き続ける。
未来は何時も目の前に広がっているから。奏歌 アルブレヒト(
gb9003)は、離れた場所で、移動できない人の元へと行く。シンセサイザーの涼やかな音が響く。負傷した人へは、スキルなどで癒しを送り。重なる痛みを少しでも分かち合おうと心を砕く。
歌が世界を救うとは思わないけれど、きっと心の栄養にはなる。ケイ・リヒャルト(
ga0598)は病院や施設を回る。歌の後は人々の話しをゆっくりと聞き。ケイが歌うのはシャンソン。柔らかな抑揚をつけて透き通るように響いて行く。アカペラだ。そして自作の曲が静かに響く。
──声にならない叫びは 今 空へ響き。音にならない音色は 今 風に乗り。光を連れてキミの元へと──。
込み入った裏通りへと向かうのは空閑 ハバキ(
ga5172)、なつき(
ga5710)。ハバキの手がしっかりとなつきを引く。病院に行くまでもないが、動くのは難儀な人々や、警戒心の強過ぎる子等。そんな顔を見て、ハバキが破顔する。不安そうな顔をしていたなつきは、そんなハバキの笑顔でひとつ息を吐く。ひとり、ふたり、顔を出す人へとハバキは屈託なく語りかけ、話を聞き、仲よくなって行く。そして、細くて狭い場所で、ハバキの声がゆっくりと広がる。皆に幸せがありますようにと。なつきはそんなハバキの歌をただ聞いていた。広がる笑顔を心に刻みながら。
音の届かない集落などへと宵藍(
gb4961)と秘色(
ga8202)は向かう。二人とも現役のアイドルだ。話を聞いて回る宵藍が同郷人だと知れると、人々は良く無事だったと、まずは彼の無事を喜び、そして胸につかえた言葉を受けて、宵藍は頷いて。その様に人々はつかえた凝りを幾分か解消したかのように見えて。
──誰の為でもなく生きることが勝利の証。いつしか全ては白き光となる。Wild Innocence──
宵藍の二胡の伴奏で、秘色が朗々と歌い上げる。張りのある良く通る声が人々の胸に響く。そして、歌い上げた後はにこりと笑い、民謡のリクエストなどを歌い始めた。少しでも心安らげるようにと祈りを込めて。
子供達の歓声が上がる。ペットボトルが笛になり、小石を入れてマラカスに。ラミエル・B(
gc3229)が、鮮やかに廃材を楽器へと変える様は魔法のようだ。そのまま、子供等と共に、明るい音が響き渡る。街中に音があふれている。どこもかしこも。楽器が無ければ、手を打ち鳴らし、足を踏み鳴らせばいい。ラミエルの呼びかけに、瞬く間にひとだかりが出き、そこはコンサート会場へと変わった。
つたないながらも、ギン・クロハラ(
gc6881)は挨拶をし、父ゴールデン・公星(
ga8945)の紹介をする。二人が音を響かせ合う。ジャズであり、クラッシックでもあり。音の重なりが街へと響く。これまでの勉強の成果を発揮出来る時が来たのだとも思い、心地よい緊張を持って、音を奏でた。音楽が必要なのは、今日この時だけではないだろうと、公星は、曲がひと段落すると、身振り手振り、かたことの現地語を交えて、子供達へ自前の楽器を触らせる。音の歴史を途絶えずに紡げるようにと。届けた音に引き寄せられた子等が公星の手元を見ながら、一生懸命な姿に嬉しそうに目を細めた。
洒脱な風貌をした嵐 一人(
gb1968)は、応援の気持ちを込めた新曲を歌い上げる。
──今は好きなだけ泣くといい。涙は弱さの証じゃない。傷と哀しみの大きさだから──
今は頑張れなくても良い、でも負けないで欲しい。歩みを一時止めても、また歩き出せれば行きたいところへは行けるのだからと。ステージで、路上で。楽器を片手に、歌える場所があるのならば何処へなりともとクールな笑みを浮かべ。
明るいロックが響く場所があった。ヤナギ・エリューナク(
gb5107)と鈴木悠司(
gc1251)が、ベースとギターの音に合わせ、明るい歌を歌っていた。芸能事務所所属の本職のブレの無い音が何処までも響いて行くかのようだ。
──それは真昼に見える星。この指先に続く地平。それは闇に輝く星。この指先が示す道──。
「知ってる曲は、一緒に歌っちゃってねっ!」
自分達の曲が終わると、悠司がにこりと笑う。楽しげな流行歌が集まった人々の口から零れる。歌を歌うという事は、どうして楽しくなるのだろうか。皆に希望の光は見えただろうか。きっと見えたはず。ヤナギは口の端で笑うと、さあ次へ行こうと、皆へと手を振る。荷物を纏めている彼等を、覗き込む子等を手招きし、金属の楽器を差し出せば、目を丸くして触るままにさせ。
やがて夜が来る。明るい歌を路上で歌っていたLaura(
ga4643)は広場の一つに蝋燭で文字を描いた。『Save the Earth & Neighborhood』人々は、準備から彼女を手伝い、暗闇に灯った文字に顔を見合わせ、感謝や哀悼。様々な気持ちを表した。現地の言葉で朗々と歌い上げるLauraは、オペラ調からゴスペルへと。音が静かに力強く街へ、人へと響いて行く。
新条 拓那(
ga1294)と石動 小夜子(
ga0121)は、傭兵達が音を溢れさせる様をカメラやレコーダーへと記録してまわっていた。音楽というものは、人の心を浮き立たせるのだろう。話を聞く市民や軍人達は、良い顔をしていた。悲しみに打ちひしがれ、立ち上がる素振りも無い者も居ないでは無かったけれど、きっと何時かは顔を上げる火が来るのだろう。共に人が居るのだから。辛そうな人を見やり、大丈夫だからと、二人に笑いかけてくれた人に、小夜子は謝意を示せば、がんばってねと逆に声をかけられる。この声を忘れないと小夜子は思う。こんな傭兵達の姿を見て、正規軍の人達へと広がっていた祖語が少しでも埋まれば良いと言う願いを込めて。拓郎はそんな様を見て、目を細め、小夜子を見て笑みを深くする。きっといつまでも共に居るだろうという思いが深まる。
「辛いままで動かなかったら、いつまでも辛いままだよね。きっと明日はいい日だと思って、また頑張ろう」
(執筆:いずみ風花MS)
●南米:【BL】
「試合運びはどうですか?」
南米での一幕は、キッチンから振り向く守原有希(
ga8582)の問いかけから始まった。
問いかけに顔を上げる人影があり、表で手伝うカズキ・S・玖珂(
gc5095)がグラウンドを一瞥して。
「ちょっと観に行くか? そろそろ始まる頃だ、その間は人もこないだろう」
喧騒に混ざって、ボールの跳ねる音が弾みよく響く。
ボールを受け止め、更に蹴りだせば勢いと共に声が漏れる。
「それっ」
夏 炎西(
ga4178)の放つボールがグラウンドを勢いよく横切った、試合メンバーがボールの向かう先へと殺到し、取り合いにすれすれの攻防をかわしながらも、辛うじてパスを受け取ったカズキがボールを伴って再び走りだす。
中盤を抜き、ゴールに迫ればGKの漸 王零(
ga2930)が対峙に笑みを見せた。
「キャーーッ!! 零さーん!! 頑張って下さーい!!」
息を抜けぬ攻防の横、ギャラリー側では赤宮 リア(
ga9958)が歓声を上げ、ブブゼラを鳴り響かせる野良 希雪(
ga4401)がなんとも言えない喧騒を作る。
本日の天気は良好。ビルの少なさも相まって空は広く見え、果て無く透き通る青さと、日差しを感じ取れる暖かさが心地良かった。
ボールが再び回されると、炎西の笑みが強くなる。後方からはロジャー・藤原(
ga8212)が、ブブゼラに負けないように声を張り上げて声援を投げかける。
「受けるといい、我が魔球……!」
※野球ではありません。
覚醒変化によって瞳が金色に代わり、瞳孔がくわっと縦に割ける炎西に王零が一瞬でもびびる。
しかも、なにやら黒いオーラを纏っている、錯覚ではないだろう、【虚闇黒衣】だ。
「これは……他の奴に受けろというのは酷だな」
主に気迫負けで、だから。
「来い!」
ダイス振りまーす、俊敏対決で。
パシッ。
「ふぅ……」
ナイスガード。理想的なルートを突っ走った炎西のボールは、しかしすれすれの所で王零に弾かれてしまう。
危なかったと知覚する動悸があり、冷や汗が重い。それでも観客席から歓声が上がっているから、よしとしたいと思う。
一方の炎西は、これが止められるのかと膝をついてがっくりしていた。
そんなこんなんで来栖 祐輝(
ga8839)が笛を吹き、前半終了。
ハーフタイム中、ここでペナルティキックの紹介をすると、J・B・ハート・Jr.(
ga8849)が声を上げた。
「前半は誰もやらかさなかったが、ペナルティキックについて説明しよう。……まー要するにタイマンじゃが」
振り向けば、ゴールの前にはキーパーが二人。しかもそれ以外の面々もどんどん増殖して。
「俺がキーパーだ!」
「俺もキーパーですが」
「DFな俺も混ざっていいよな?」
「……いや、待て、これがアメリカ式のタイマンか?」
どうしたものか、と半笑いで固まってるJ・Bの肩を祐輝が叩いた。
「蹴るんだ、入ればヒーローだぞ」
退路をたたれた、とJ・Bは素直に思った。ギャラリーの前で、まさか覚醒全開でこいつらを吹き飛ばすわけにもいかない。
が、周囲の期待と圧力に抗える筈もなく、数秒後にボールを弾かれる自分を幻視しながらもボールに向かい。
「……ええいっ」
無理ー。
グラウンドのパフォーマンスは、サッカーの名前のついた何かに代わっていた。
「レッドカードはださせない……!」
MIDOH(
ga0151)が審判とカードの取り合いをしたり、
「……いい? J・B。こうしたらゴールなのよ」
いつの間にか後ろに回っていた天羽 恵(
gc6280)がゴールを持ち上げ、ゴール前に陣取っていた人間の壁を文字通りネットで包み込んだ。
審判である祐輝はMIDOHに追い回されていてそれどころじゃない。
手の内には既に七枚ほどレッドカードが握られていて、これ全部通ったら11対4だろう、胸熱。
「もう一回チャレンジするといいんだよー!」
真壁キララ(
ga8853)が放り投げた球状の何かは、空中で破裂してテープと紙片をまき散らした、真下にいたカデュア・ミリル(
gc5035)が盛大な七彩アフロになり。
……うん、それ、勝利祝い用のくす玉じゃないのかな?
「ええい、お前ら、片付けるんだから全員退場……!」
寸劇終わり。
休憩時間、グラウンドの人間は徐々に移動を始めていた。
観客は飲み物や食べ物を補充しにいったり、選手は適度に体をほぐし、水を呷って疲労を回復させている。
裏方の面々は、準備を終えたのか屋台ごとグラウンド付近に引っ張ってきていた。
列が出来そうな人だかりを誘導して並ばせ、開いてる席へと案内する。
「カズキさんは……一応休まなくて良かったんですか?」
「試合が終わったらここでたらふく食べるから、先払いだと思ってくれ」
気遣いを見せる有希に、なんてことはないのだとカズキが答えた。そもそも、一般人に合わせるなら能力者が全力を出す必要はない。
スキルを使って、時々『演出』を見せるだけだ。
「有希ー! 俺も後で行くからな!」
龍深城・我斬(
ga8283)に叫ばれると、気恥ずかしいやら、口元に苦笑を浮かべながら有希が手を振り返した。
ハーフタイムは短く、片付けが終わったほぼ直後に試合は再開される。
相手のゴールへと突っ込んでいくような激しさではなく、ボールの取り合いをメインとする、戯れのような温めな攻防だった。
結城 桜乃(
gc4675)のガードが固く、攻め手もなかなか次の一歩を踏み出せない。
それでも、僅かな隙をくぐり抜けて、我斬が団子状態から一気に抜けだした。
守剣 京助(
gc0920)が抜かれ、ようやく出番かとロジャーが腰を落とす。
そのまま突進かと見せかけて、フェイント。ボールを保持したまま背を向け、一度ボールを高く蹴り上げ。
「とう!」
「太陽を背にしたぁ!?」
本人も無駄に高く飛び上がり、……GOAL!!
これは二次元なので真似するのはやめましょう。
「お疲れ様〜」
試合を終えた両チームに対し、投げかけられるのは労りの言葉と、はっちゃけすぎた傭兵たちに対しての「この野郎」というツッコミだった。
有希の屋台には既にかなりのテーブルが料理を展開していて、連れのいる選手たちはそのまま用意されたテーブルへと拉致られる。
王零は勿論リアの所、リアは両手にカメラを抱え、「すっごくいい絵がとれたんですよ〜」とニコニコしている。
「あんな場面、映画でも見られるかどうか」
カズキと我斬の分は有希が事前に四人テーブルを用意してくれていた、もしかしたら後で有希も立ち寄るのかもしれない、
献立の内容はボリビア料理を主に、他の国の料理もそれぞれ用意されていた。
よくぞここまで揃えた、とばかりの内容だ、手もかなり掛かっているだろう。
「うむ、有希の作った飯は美味いな!!」
運動後の食事は美味しいというか、有希の腕前で相乗されるのだろうと我斬は語る。
「手伝わせてくれないか」
と、カズキが厨房を尋ねれば。
「はい、まだお客さんもいますので……交代で休憩しながら、お願いしますね」
頷くのちに、何をするべきか細かく教えてくれた。
こうして、献立にはカズキお手製のメキシコ料理が加わる事になる。
試合が終わり、閑散とした時間の一方で、今度はKV展示会の方に立ち寄る人足が増えてきた。
KVは機種が多いが、その中でも傭兵達の個人的コーディネイトが光る。
同じ機種でも、色と装飾の違いだけで、大分印象が違うものだ。――そしてその違いは、主人の性格を表す。
「この機体はゼカリアと言って、ですね」
引率の先生宜しく、各機体の特性を説明していたハーモニー(
gc3384)だったが、自分の機体の事になるとついつい熱が入ってしまって、話が長くなってしまう。
当然人だかりがそこで詰まってしまい。
「……話が、長い……」
西島 百白(
ga2123)が先に進むのを促すべく、顔を出した。
「ねー。あのおじちゃん、虎の着包みの上からネコミミかぶってるー」
「変なのー、あ、これチャックみつからないぞ?」
百白が振り向けば、子供たちはきゃあと嬌声をあげて散り散りになった。
「……ワン」
「犬だー!」「どっちかにしろよー!」
後悔したのか、百白は自分の機体の隅で丸くなってしまった。
「さて、では一緒に続きを見ましょうか」
散り散りになった子供たちを連れ戻したのは、櫻小路・なでしこ(
ga3607)だった。
「ねー、あの機体かっこいい! 他の機体もあんな感じに出来るの?」
子供達が指さしたのは我斬の機体シラヌイS2。細かい説明こそ本人が面倒臭がって書いていないが、ポーズだけはびしっとしたストレートで決められている。
ある種、模型のような決めポーズが子供たちにウケたのだろう。
「ええ、出来ますよ。あ、でも今動かすと危ないですから、また今度にしましょうね」
ハンナ・ルーベンス(
ga5138)の元に訪れれば、これがKVパイロット服だと、ハンナはゆっくり笑んで解説してくれた。
「へー……」
それがどういう意味を持つものか、恐らく子供たちは分かっていない。わかってないなりに好奇心があり、ハンナの周囲をぐるぐると回っている。
――そして、時間は午後へ。
有希の屋台はピークタイムに差し掛かって相変わらず盛況だし、KV展示会も相変わらず人足が耐える様子はない。
ただ、グラウンドの整理が終えられた事で、傭兵たちが混ざる中、子供たちとの軽いボール遊びがグラウンドにて始まろうとしていた。
(執筆:音無奏MS)
●
KV展示会会場脇の少しだけ拓けたストリート。
まひる(
ga9244)と寺島 楓理(
gc6635)、雨守 時雨(
gc4868)はそこで子供達を集めてパフォーマンスを行っていた。
楓理がラップのリズムを刻み、まひるのアドリブの歌にフリースタイルバトルのようにして、リリックを重ね、それをBGMにして時雨がAUKVを巧みに操り、ほぼ垂直のウィリー状態での回転や逆ウィリーなどのパフォーマンスを決めていく。
パフォーマンスをするまひる達をじっと見つめる子供。
「お。どしたいボク。おねーさんにめろめろか? このおっぱいを楽しみたいなら大人になってから会いにくるんだよ? おねーさんとの約束だ」
笑顔でまひるは笑いかける。
「ほらっ、笑ってるうちに暗い気分無くなってるジャン」
楓理もまた、パフォーマンスを見て笑顔になる子供に笑いかけた。
そうやって各種のパフォーマンスが行われている間に、イスネグ・サエレ(
gc4810)はジーザリオでサッカー会場の付近を走り、イベントを告知して回る。
「午後からはサッカー教室をやるよー」
その告知を聞いて会場に走り出す元気な子供達の傍らで、ひとりそわそわと行くかどうか迷っている子供がいた。その子供の足元にボールが転がってくる。
「サッカーは好きか?」
リュイン・カミーユ(
ga3871)が子供に声をかける。朝の試合のとき、その子供が試合を羨ましそうに見ていたのを知っていた。
「一緒にサッカーしようぜ」
リュインと一緒にいたソウジ・グンベ(
gz0017)がそう誘うが、首を縦に振らない。
「なら、良ければ我らの先生になってくれないか? 我もサッカーは詳しくなくてな」
子供はちょっと迷っていたが、おずおずと頷いた。
鈍名 レイジ(
ga8428)は教諭も子供達の輪に巻き込んでしまおうと考え、教諭に会いに向かった。
困り顔で断ろうとする教諭を見て、レイジは言う。
「子供達を思い悩んでいたあんた達が渋い顔のままじゃ意味がないのさ」
持ってきていたサッカーボールを――教諭が傭兵達に送る手紙に添えたサッカーボールを教諭に突き出す。
「重い気持ちは汗と共に流しちまって、みんなで笑おうぜ」
教諭に向かって歯を見せにかっと笑う。
そんなふうに、続々と子供や教諭が会場に集まる中、赤崎羽矢子(
gb2140)はボリビアの少年王ミカエル・リア(gz0362)の執務室にこっそりと訪れた。
「あなたは‥‥傭兵の?」
驚きの表情を見せるミカエルに、羽矢子は口を猫口にして笑みを浮かべる。
「ちょっとサッカーの人数足りないから付き合ってよ」
「‥‥ですが僕には公務が――」
「――ボリビアの王さまは、レディのお誘いを断るのかな?」
手を引っ張り上げると、お姫様抱っこをするようにしてミカエルを抱きあげた。
事前に警備の兵士等、周囲の大人達と申し合わせてある。羽矢子はミカエルを連れ出した。
●
「今日は宜しく、一緒に遊ぼうぜ!」
ルディ・ローラン(
gc6655)がサッカー教室に来た子供達に笑顔で笑いかける。
「教えることなんて何もないわ。寧ろあたしに教えなさい!」
そう言う愛梨(
gb5765)に、先程リュイン達が連れてきた男の子が背中を押され、教えてあげようか、と名乗り出た。
鏑木 硯(
ga0280)はイスネグと共に小さな子や女の子、お年寄りを集めて、男の子達とは別に、優しく簡単なボール遊びをメインにして、遊びながら教える。
「上手ですね」
硯が上手くボールを蹴れた小さな子供の頭を撫でてあげる。
立花 零次(
gc6227)はサッカーをやったことのない男の子達にボールの蹴り方を実際にやって見せたりしていた。
それから、子供達がそれなりに覚え面白がり始めた頃、零次はパフォーマンスとして覚醒し、高く高くボールを蹴り上げると、自らも高く飛び上がって、空高くにオーバーヘッドキックを決め魅せる。子供達から「おーっ」と歓声が上がる。
盛り上がりはじめたサッカー教室に、
「この子も入れてあげてー?」
羽矢子が一人の少年を連れてやってくる。その少年は、身分がばれないように羽矢子が用意した服に着替えたミカエルだ。
ミカエルを加え、今度は全員で輪になって一個のボールをリフティングして回す遊びを始める。
佐竹 つばき(
ga7830)はその輪に混ざっていたが、明らかに他の子供達よりも動きが悪い。サッカー経験が無いのだ。ボールが回ってくる度に、あたふたとしては、ボールを零しそうになる。
「うう‥‥。少年少女よ! サッカーとは技術ではない楽しく遊ぶことが大切なのだ! 多分そう! ごまかしてない! 優理さーん! タッチ! バトンタッチ!」
「ハァ‥ハァ‥私も‥そろそろ交代‥って‥思ってたんだ‥よね‥」
つばきの夫、佐竹 優理(
ga4607)がつばきの交代に何故か汗だくで答える。子守に慣れていないのが、原因らしい。
つばきは夫と生後4ヶ月の娘、紬の子守を代わり、紬のオムツを替えたりミルクを飲ませながら、優理を応援する。
「見よっ!!」
蹴り上げたボールを頭上で静止させたままブレずに歩く優理。しかし、それでは、他の子供にボールが回らない‥‥。
傍にいた子供が頬を膨らませて優理の脛を蹴った。
「あいたぁっ!?」
子供からのツッコミにわざとらしくボールを零す。
隣の子供が、優理からボールを奪って、他の子供にボールを回す。ボールを奪った子供と優理の脛を蹴った子供が目を合わせて嬉しそうに笑いあう。
リフティング大会の後は、子供達に教諭、傭兵達も混じって試合形式のミニゲームを行った。
ただし、
「よっしゃ、それじゃ‥‥みんなでサッカーをやるぞ! チームなんか関係ない。全員でだ!」
須佐 武流(
ga1461)がグラウンドの中央に立ち、仁王立ちに宣言する。
「サッカーが何で世界的なスポーツなのか知ってるか? それはな‥‥このボール一個、これだけあればできるからだ」
中央に描かれたサークルの真ん中にボールを置き、歯を見せ笑う。
「ボール一個あればそれでよし! これだけあれば誰でもできる! チームにこだわる必要なし! 一人だって全然オッケー! 誰もが、皆同じ! だからだと…俺は思う! このボール一個だけで‥‥希望ができるんだ!」
そうして、その敵も味方もない楽しいゲームは始まった。
「おっと、僕に来たか。それじゃパスだ!」
ルディが回したパスに慌てた男の子があらぬ方向に飛んでいく。
「それ、そっちいったぞ!」
ルディが声をかける。ボールの飛んだ先、ソウジが居た。しかし、思わず顔面でトラップすることになって、ソウジは足元に落ちたボールを見失う。
「今だ! 皆でかかれ!」
その隙を見逃さずに、リュインが周りの子供達をたきつけた。
子供達が遠慮容赦なくソウジに襲い掛かり、ボールを奪う。
ボールを持った子供は、すぐさまにゴールに向けてシュートを放った。
残念ながらそれはキーパーの真正面で、受け止められる。
「遠慮なくガンガンシュートをうって来てね」
キーパーのイスネグが受け止めたボールを、グラウンド中央へ投げ返す。
「上手いなあっ。次は決めれるぞっ」
水野 ナオ(
gb9932)がゴールを決められなかった子供の頭をぐりぐりと撫でてやる。
悔しそうにしていた子供が大きく頷き、笑顔でまた駆け出した。
そうして、ゲームはもう一度始まる。また、子供達がボールを追い、笑顔で駆け回りはじめる。
●
ミニゲームを終えて、サッカー教室は終わりを迎えた。集まった子供達はその場を後にしたり、残って傭兵達の周りに集まって楽しそうに話を続けたりしている。
子供達の手には、お菓子、ぬいぐるみ等のスポンサーから提供された物が握られている。
「思いきり遊べた?」
羽矢子が息を切らして座り込んだミカエルの横に、腰を下ろしながら聞く。
「ええ。これほど遊んだのは久しぶりです」
笑うミカエルの横で、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)は残っていた子供達に訊いた。
「こんな歌を知ってるかしら」
鼻歌にリズムをとり、歌う。
イスネグに肩車をしてもらっていた子供や、その次の順番を待っていた子供達がシャロンを振り返る。
優理の近くに集まり、赤ん坊の紬と握手をしていたりした女の子達もそちらに目を向けた。
「君は独りじゃない、って歌ったサッカーの有名な応援歌よ」
集まる注目を受けて、シャロンが答える。それから、もう一度歌い始めた。
シャロンの歌声が風に乗り響く。
その声に、もう一つ声が重なる。硯が一緒になって歌い始めた。
それを見ていた子供達も真似をするように歌い始める。
――歌は、響く。
会場から少し離れた水飲み場。子供達と水を飲み「旨いなあ」と笑いあっていたナオが、どこからか聞こえてきた歌に子供達と耳を傾ける。
街の病院で、入院している子供に折り紙を教えていた愛梨の目の前、ベッドの上の少女が窓の外を見ていた。窓の外から歌声が聞こえる。
愛梨が動けない少女の代わりに窓を開けてやると、よりはっきりと子供達の歌声が聞こえた。その歌声に合わせて、折り紙を折っていた少女も小さく歌い出す。
KV展示会の会場で、子供達に自らのKVへと好きなように落書きをさせていたまひるが聞こえてくる歌に顔を上げる。子供達に混じって一緒に落書きをしていた楓理が、つられて歌を口ずさむ。楓理と一緒に落書きをしていた子供達も真似をするように歌い出した。
――歌が、響き合い、広がっていく。
明日への希望に満ちたその歌を、楽しそうに子供達は歌い続けた。
彼らの顔から、笑顔はいつまでも絶えない。
ふと、まひるが顔を上げる。愛機のディアブロには、いっぱいの落書き。
「――で、君達はこれに――目にはどう映る――平和のために――約束する」
歌の乗る風が吹いて、言葉は途切れ途切れにしか聞こえない。けれど、
「まひるさん。――そうじゃ無く出来るんじゃない? 楓理達でさ――」
それを聞いていた楓理は笑顔で答える。
「そうかもね。でも、私は――君たちの想いとか、全部乗せたこいつを最後までその場所に引っ張っていくよ。絶対に――」
遠い眼差しの向こう。白い雪に埋もれる戦場を見つめる目には決意。
楓理は、そんなまひるの姿を目に焼き付ける――。
●
UNKNOWN(
ga4276)がグラウンドの脇、少し高い位置に座り、歌う彼らを撮影していた。優しくも温かなぬくもりを感じられるその光景を、そこに込められた想いと共の記録として残すために。
咥え煙草の紫煙を燻らせながら、手帳にこの場の風景を描き、言葉や場所も記していく。
ふと、頁を一枚ずつ捲り、見返す。手帳は、各地を旅し、記した記録で溢れ返っていた。
手帳を片手に、煙草を口から離す。
(これは、部屋に戻ったら纏めて、残して置こうかね‥‥)
紫煙を青空に吐きながら、優しい微笑みを浮かべた。
『この記録が、――いつか思い出となるその日まで』
(執筆:草之 佑人MS)
●アフリカ:UPC基地「ピエトロ・バリウス」【PV】
要塞「ピエトロ・バリウス」。
そこに展開する闇市はチュニジアの地に駐留し、そして居住する関係者達にとって休息の一環になっていた。アングラな雰囲気と、どこか懐かしい雰囲気と、それらが調和してそこにある。
アルヴァイム(
ga5051)と周防 誠(
ga7131)は闇市の顧客確保のために当直兵と交代し、さらには闇市に関する噂を流していた。もちろん、「余暇」に留めるよう調整し、嵌りすぎることでの士気低下への抑制も忘れない。
日本文化の紹介も兼ねて、『和風甘味処』を出店したのは煉条トヲイ(
ga0236)。
今、一般兵と傭兵との間に発生している摩擦を、この機会に少しでも解消出来れば良いという思いの元、兵士達と共に純和風の店舗を造り上げた。メニューは英語と日本語で、抹茶系を中心とした構成だ。
「準備は万端。後は何人お客が来てくれるか、だな」
和服に身を包んだトヲイと兵士達は、笑顔で最初の客を待つ。
最初の客は、日系人の兵士。「もし可能なら」と前置きしてテイクアウトを希望していた。
「久しぶりの日本の甘味は、妻が喜ぶと思って」
彼は和紙に包まれた菓子を受け取って笑う。要塞勤務が決まってすぐに妻と共に移住してきたのだそうだ。
要塞から離れた道を、杠葉 凛生(
gb6638)とムーグ・リード(
gc0402)が乗るジーザリオが走る。
「人間、モノ、デ、ミタサレ、テモ‥‥本質、ハ、カワラナイ、モノ、DEATH、ネ」
「まあ、色々と鬱積するのは分からんでも無いがな‥‥。ところで、ムーグおまえ、性欲わかないのか?」
ムーグの諸々の反応を見てついからかってみたくなった凛生。
「カラカワ、ナイデ、下サイ‥‥」
凛生は絶対にわかって言っているのだろう。微かに照れるムーグは、ジーザリオのハンドルを切る。これから彼等は、今まで自分たちが関わってきた土地へと向かっていく。
アフリカ復興のために何ができるのか。これまでのこと、これからのこと、あらゆることを語らいながら、思いながら。
「かわいい女の子に厳しく指導されたいヘンタ‥‥こほん、兵士さん募集♪」
どんどん! ぱふぱふ〜!
闇市で風紀を取り締まるのは鬼・戌亥 ユキ(
ga3014)ここに参上。せくすぅぃ〜な白い三角ビキニ、UPC軍服、そして巨大なぴこハンと『とくべつ☆風紀隊』の腕章が燦然と輝く鬼装備。何かが違うが気のせいだろう。
そんな風紀隊もいれば、風紀隊が活躍しそうな店も当然ある。
――『LH〜longing hour』。
その訳は「切望する時間」であり、「女性軍人に一時の安らぎと笑顔を」というコンセプトの即席ホストクラブだ。
そこでホストとして駆け回る傭兵達。中にはパートナーがいる者も少なくない。協力してくれた全員に心からの感謝している企画者の相賀翡翠(
gb6789)も、新婚という立場でホストをすることに葛藤していたりする。
クラーク・エアハルト(
ga4961)は事前に用意しておいた「ホスト」達の集合写真を持って集客に励む。ホストではなく、客寄せと用心棒としてのサポートだ。
「面白い店があるんですが‥‥どうでしょうか、軍人さん?」
そして女性軍人達に集合写真を見せつつ、店舗の説明を始める。
息抜きは必要だ。たまにはいいだろう。もちろんやりすぎは駄目だが――クラークは目を細めて頷く。
「三名様、ご来店でーす!」
クラークの声が店内に響く。
「LH〜longing hourへようこそ。今だけは煩わしいことを忘れ楽しんでください」
カルマ・シュタット(
ga6302)が女性達を奥に案内していく。実はカルマ、少しでも沢山の客が来てくれるように、GooDLuckをこっそり使用していたりする。それが功を奏しているのかはわからないが、店はなかなか好調だ。
「良く来た、これがお前達にとって記憶に残る時間になると幸いだ」
客席で周太郎(
gb5584)が言うと、女性達は安堵の表情を浮かべる。思わず特別デレ要素(微笑)を発動してしまう周太郎。
「はは‥‥もっといい笑顔ができれば、もっと楽しませられるんだが‥‥今はこれで許してくれ」
その言葉に客は更に喜んでしまい、いきなり高額のオーダーを始めた。そこにドニー・レイド(
gb4089)も加わる。
「ようこそ、お嬢さん。こういうところは初めてかな? 本日お相手を務めさせていただくドニー・レイドです、よろしく――と、緊張していらっしゃいますね。けど大丈夫、ここはあなた達が楽しむための場所なんですから」
ドニーは落ち着いた対応で女性達を溶かしていった。
バニーガール姿で遊技場のウェイトレスをする月森 花(
ga0053)は、接客にも飽きてきた。休憩がてら恋人の宗太郎=シルエイト(
ga4261)がいるホストクラブを覗きに行く。
「このお酒、違うわよ?」
「ぅぁっ! 申し訳ありません、銘柄間違えましたっ!」
慣れない給仕に四苦八苦の宗太郎は、女性客に頭を下げつつ接待する。それを見て、花の胸はモヤモヤしてきた。
「宗太郎クンはボクだけの‥‥。仕事だってわかってる。わかってるけど‥‥っ」
ハンカチを噛んで耐えるが、我慢できない――! 花、突撃!
「は、花‥‥っ!」
落ち込んでいたところに現れた恋人を見て、宗太郎は気を取り直す。全身全霊、覚醒までしてワイルドに。捨て身のおもてなし開始だ。
「格好悪いところは見せられねぇからなぁ‥‥形振り構っちゃいられねぇ」
「じゃあ、ちょっと来て?」
「‥‥え?」
一通りのおもてなし後、花に連れ出されたのは要塞周辺の路地裏。薄暗いが、雰囲気は良い。
「秘密の、デート」
囁く花に、宗太郎は笑顔で頷き返す。
デートが終わったら闇市での「仕事」に戻るけれども、今だけは。
――だが。
ホストクラブでの花の支払いは自分持ちだということに気づいた宗太郎、ほんのちょっとだけ肩を落とした。
「‥‥まぁ、いいでしょう。花が楽しめたのなら」
そして二人は薄闇の中に消えていく。
ホストクラブのVIPルームには不思議な空気が流れていた。
サクラとして店を盛り上げていた冴城 アスカ(
gb4188)。そして遅れて来た天原大地(
gb5927)。
アスカはグラスを派手に落とすというわかりやすい動揺を見せながらも、大地を指名してVIPルームへと移動していたのだ。
何やら色々あったらしく、二人の間にぎこちない空気が流れる。仲間のホスト達は暖かい目(?)で遠くから見守っていて助け船は出さない。このままではいけないと、大地は一念発起する。
「折角来て貰ったんだ。楽しんで貰わねェとな。だろ? ‥‥『アスカ』」
その言葉にぴくりと反応するアスカ。もじもじと戸惑い、完全にネコ状態。大地の行為を全て受け入れてしまう。
包むように抱き寄せられ、耳元で囁かれ――お前は俺のモノだと言わんばかりの行為にアスカは墜ちてゆく。
「綺麗だぜ‥‥? お前の髪。‥‥俺は好きだな」
そして髪に大地の唇が触れたとき――。
「あっ‥‥だ、大地くん‥‥」
思わず漏れる声。アスカの内に巡る葛藤と苦悩。彼を苦しめているかもしれない。けれど今は、今だけは甘えていたい。
止まらない鼓動は抑えきれない衝動に変わる。それが禁断の林檎と知りつつも‥‥。
「‥‥んっ‥‥!? ‥‥アスカ‥‥さん‥‥?」
突然、唇に押しつけられた柔らかな感触に、大地は素に戻る。
「‥‥ごめんね‥‥でも‥‥抑えること‥‥できないよ‥‥」
涙が一筋、頬を伝った。
その涙、言葉、キスの意味が解せぬ程愚かではない。更に彼女に惹かれつつある自分に気付いた大地は、じっとアスカを見つめ続けていた。
――青年の葛藤が、始まる。
次第に客が増えていくホストクラブ、裏で寝ていた布野 橘(
gb8011)は「ヘルプ入ってくれ」と翡翠に起こされた。
「俺ぁ指名が入るまではだなぁ」
「贅沢言わねぇの」
「え、駄目? ちくしょう覚えてろよリア充め」
ぶつぶつ言いながら、橘はヘルプに入った。酒は飲まないが酌はする。
「素人があれこれ駆けずり回ってできた、今回限りの店でな。気に入ってくれると嬉しいな」
「素人ばかりなのも、新鮮でいいわ」
と言うのは、年配の女性軍人。そのとき、相賀琥珀(
gc3214)がつまみを運んできた。ホスト達は息を呑む。
弟の翡翠が全員に「兄貴には酒を触らせるな」と厳重警戒を言い渡すくらいのクッキングテロリストなのだが、いつの間にか用意してしまったようだ。
「あら、ありがとう」
「いえ、ほんの少しでもお役に立てるなら、こんな幸福なことはありません」
客に笑顔を見せる琥珀。しかしホスト達に流れるのは緊張の汗。
「お待たせしました、ご注文のお飲み物です」
今度はカルマが運んできた酒を、琥珀が手にとった。それを横から奪うのは、琥珀の料理で三途の川を渡りかけた経験のあるシグ・アーガスト(
gc0473)。
「このような雑用は僕がいたしますから、琥珀様はごゆるりとお嬢様方とお話くださいませ。そして、ようこそいらっしゃいました。本日お嬢様方のお世話をさせていただきます。不束者ですがよろしくお願いいたしますね」
改めて三つ指をついてお辞儀し、そしてボトルの栓を開けるシグ。琥珀は大人しく従った。
しかし、このつまみをどうするべきか――。そこで周太郎が立ち上がる。
「ドニー、お前は食べないのか? 店のトップを目指す奴が、新入りの厨房に景気付けもさせてやれんのか?」
そう言ってハッパをかけてドニーコールまで開始。ドニーは食べようとするが――勇者が現れた。紫陽花(
gb7372)だ。
「あ、琥珀先輩! これ食べてもいいですか?」
天使な癒し系ホストの紫陽花は、返事を待たずにつまみを口に放り込む。
「‥‥んん‥‥あぁ‥‥っ」
三回くらい噛んだところで紫陽花はひどくゆっくりと、そして「紫陽花」を背負ってキラキラと光って倒れていく。なんかちょっと耽美漫画の世界だ。
「紫陽花さんどうしましたか!?」
「天国は‥‥すぐそこ‥‥」
大慌ての琥珀に、言葉を残して意識を失う天使。ドニーが琥珀の料理を下げ、紫陽花を奥へ運んでいく。
「すまない、俺の代わりに辛い役目を。‥‥しかし、君は倒れても美しいのは何故だ‥‥?」
それは、天使だから。それ以上の説明はいらない。
「紫陽花さんが倒れたって!? ‥‥くっ、一体なんでこんなひどいことに‥‥」
裏では救護班も務める桂木穣治(
gb5595)は、紫陽花を見て打ち震える。命に別状がないことを確認すると、「ここでゆっくり休んでてくれ‥‥」と言って、ドニーと共に店に出る。
「お待たせ、少し驚かせてしまったか。埋め合わせはしっかりするから、許してもらえるかな?」
ドニーは元のテーブルで笑む。穣治は別の客の元へと。
「ようこそLHへ! おっさんが相手で期待はずれだったかい? まあそのうちイケメンも来るだろうから、しばらくは世話話に付き合ってくれないかな」
しかし、おっさんスキーな女性軍人達がヒートアップ。頑張れ穣治。
さらに隣のテーブルでは、男装の麗人(?)なラサ・ジェネシス(
gc2273)に興味を示す客が。
「需要があってヨカッタ」
ぐっと拳を握るラサ。張り切って接客開始だ。
「貴女に出会えたこと‥‥そしてこれからの貴女の幸せを願って‥‥乾杯」
バチコーンとウインクをかまし、グラスを軽く触れ合わせる。そのウインクに酔った客が熱い眼差しを向けてきた。
「‥‥かわいいわぁ」
「このひととき、我が輩は貴女の物デス」
星が飛ぶくらいの悩殺スマイル。次の瞬間――。
どさーーーりっ!!
「かわいい、かわいい」
「え? え?」
すっかり酒とラサに酔ってしまった客が、勢い余って押し倒したのだ。状況が把握できないラサは首を傾げるばかりだ。――と。
ぴこーーーんっ!!
響き渡る、ぴこハンの音。そう風紀隊のユキ参上だ。
「んも〜! 基地の風紀を乱しちゃダメでしょー! 反省しなさい! めっ!」
仁王立ちでびしっと決めるが、背が低いので様にならない。
「罰として、腕立て100回!」
「この子もかわいい〜! 私、頑張っちゃうから!」
何故か客は喜んで腕立てを始める。
「故郷にいる私の娘達がね、あなた達くらいの年頃なの。だから嬉しくて」
娘達を思い出して嬉しかったようだ。ラサとユキは顔を見合わせ、笑みをかわした。
チュニジアの夜は更け、空には星が広がっている。
星空の下、アルジェリアとの国境付近を走るのはジーザリオ。凛生とムーグが抱えきれない思いと共にアルジェリアを目指す。
「モウスグ‥‥国境ヲ、越え、マス」
ムーグの言葉に、凛生は無言で頷いた。
彼等と星空で繋がる要塞では、まだ闇市は続いている。
「さっき、ぴこハンのような音が‥‥」
風紀委員を娯楽に嵌めるべくこっそり惑わし、それをネタに今後の風紀を緩めるように暗躍していたアルヴァイムと誠は、耳に届いた音に首を傾げた。
「ホストクラブから‥‥かな」
そう言うのは、甘味屋から顔を出したトヲイだ。手には抹茶を持っており、それをアルヴァイムと誠に差し入れる。
「外はすっかり暗くなりましたが、まだまだ‥‥要塞の夜は続きそうですね」
誠が言うと、三人は窓から星空を見た。
夜は、そして人々の熱気は続いていく。世界中に繋がるこの星空のように。
必ず来る、明日へと向かって――。
(執筆:佐伯ますみMS)
「いらっしゃいませ〜。素敵な人形占いにようこそ〜」
素敵な笑顔で出迎えてくれたのは八尾師 命(
gb9785)。要塞ピエトロ・バリウスのすぐ外に設置されたテントの中、ちょっと魔術的な雰囲気の彼女が人形を使った占いに興じていた。
だが、目の前の男達を見てハッとした。
「ああ〜、皆様軍人さんでしたか〜。それではご案内しますよ〜」
スッとテントの裏へ通じる幕を開く。
その先に、彼らの待ちわびた光景が展開されているのだ。
入口から最も近い場所に設営された店を営むのは鋼 蒼志(
ga0165)と本田・加奈(
gz0136)のカポー。しかも本田はなんとメイド服。
「恋人のコスプレに興味が湧かないのは嘘だろ」
鋼は自信を持ってそう語る。
「いらっしゃいませー、こちらの本などいかがですか?」
愛想良く笑みを浮かべた本田は目の前の軍人に商品を紹介する。
そこらの本屋でも手に入りそうな小説などがそこには並べられている。ちょっと真面目を気取りたい人なら手にしておきたいところだが、本田の愛らしい姿に軍人一同鼻の下が伸びっぱなしだ。
接客をしながらも、気が気でならない鋼であった。
「ふふ、お目が高い。こちらは30年物のイイやつですよ、味は保証します」
その向かいでは、秦本 新(
gc3832)が店を開いていた。設置された視聴機から流れ出すセピア色の音楽が、訪れた者の心を洗う。並べられた音楽CDは全て売り物。ジャンルはロックからオーケストラまで多岐に及ぶ。
それとはまた別に、ちょっと洒落た酒も用意されていた。ある軍人はワインを手に取り、「私の生まれた年のものだ」と歓喜して購入していった。
ちょっと離れた場所には「かわいい子そろってます」の看板がかけられた掘立小屋が立てられていた。
「ごめんなさいね、手伝ってもらっちゃって」
「気にすんな。謎の建設野郎Tとは俺のことさ」
店先の椅子に腰かけ、鯨井昼寝(
ga0488)は小屋の建設を手伝ってくれた館山 西土朗(
gb8573)に礼を述べた。タキシードにアイパッチという館山のいでたちは、体格を見るにどこかミスマッチだ。
「いらっしゃい。こういう所は初めてかしら?」
ぼんやりと日が動くのを眺めていると、ようやく最初の客がやってきた。入場料を受け取り、中へと案内する。
「ふふ。ごゆっくり」
小屋の中からは、猫の鳴き声が響く。ちょっと覗いてみると、非常に強面だったその兵の頬が緩みきっていて、ギャップが何だか面白かった。
ここは猫小屋。戦いに疲れた心を和ますために設けられた、猫と触れ合う場。
全世界数億人のアダルティな皆様、大変お待たせいたしました。割と健全な出しものは以上。ここからは色々と、実にアレな内容となります。しかし本方面へ参加し、その旨の行動があったのだから仕方ない。そこで執筆管より1点注意を。‥‥後悔するなよ?
「なんと言っても 闇市 ですから」
そんな分かりやすい理由でコスプレ写真集などを販売するのは篠崎 美影(
ga2512)だ。近年急激にそのシェアを拡大させているコスプレ。ちなみに売り手本人もコスプレなう。何に扮しているかは読者の想像に任せるものとする。
しかし販売している写真集もただのコスプレと侮るなかれ。例を紹介すると、チーパオを着た女性であれば、その深いスリッドから覗くのは素肌のみ。深さを尊重すればある種の布が見えているか、逆にスリッドがもっと浅いかのどちらかである方が健全(前者ならそれはそれでまた可なり)だが、あいにくそうではない。つまり履いt(削除されている)
ちなみに、コスプレ写真は基本的に磨き抜かれた編集技術で修正されたものがほとんどである。実際に被写体に出会うとがっかりすることが多いのはご愛敬。
デモニック・ビリィことビリティス・カニンガム(
gc6900)は、テントの中とはいえこの寒い季節だというのに水着にハイヒールという格好。羽織っているマントは申し訳程度。どんな水着かは、やはり読者の以下省略。
「賭けアームレスリング・ショーの開幕だぜ!」
マントを広げて声高く宣言。彼女が開催したのは、金銭を賭けたアームレスリング、要するに腕相撲だ。
挑戦者は賭け金を支払い、ビリィと腕相撲。彼女に勝てれば賭け金が倍になって返ってくる仕様。
「よし、俺が挑むぜ。俺が負けたら、そうだな、踏んでくれて構わん」
チャレンジャー現る。負けたらどんなお仕置きを受けるか宣言しなくてはならないのが、このゲームのルールだ。
樽を挟んでの腕相撲勝負。だがそこは能力者、ビリィが圧勝してしまった。
「さぁ、ルールだからな。踏ませてもらうぜ」
ヒールの踵で下半身を中心に踏まれたその兵は、何故か苦悶ではなく恍惚の表情を浮かべていたという。この紳士め。
「こういう時は酒場が一番よねぇ」
「ほ、本当にやるんですか‥‥?」
酒場Angelsを経営するのはメデュリエイル(
gb1506)とアリエイル(
ga8923)。その名が示す通り、2人は覚醒効果で天使のような格好。触れることの許されぬ神聖なる乙女。
そう、この酒場の唯一絶対のルールは1つ。――お触り厳禁。
オープンと同時に自由に酒の飲める空間を求め、人が押し寄せてきた。次々と飛ぶ注文に2人はあっちへこっちへ。というのも最初のうちだけで、一通り注文が止むとお客と話をする機会も巡ってきた。
酒を片手に、客たちは上機嫌だ。
「‥‥酒と女‥‥此処には揃ってるけど、お触りは厳禁なのよねぇ」
仕事の話だけでなく、ほんのちょっとした世間話などしながら、メデュリエイルは太腿に伸びてきたゴツゴツの手をぺしんと叩いた。
他所ではちょっとした喫茶店を営む青年――否、存在そのものが1つの性別ジャンルとも言える人物が喫茶店を営んでいた。外から見る分にはなんてことはない、ただテントを店として使っている喫茶店といった様子。
だが、中へ踏み入れてみると‥‥。
「いらっしゃいませー♪」
薄桃の混じったナース服の、青いショートヘアーが特徴の女の子(と精神衛生管理の見地から表現する)、日野 竜彦(
gb6596)だ。様々な世話をしてくれそうな服装のチョイスでありながら、情欲を掻き立てる色遣い。しかしその端正な顔立ち、髪型からはどこかガードの堅そうな雰囲気を醸している。それはそれで、実に、アレだ。
「いろいろとあって結局はこのネタかい」
店じまいした後に日野がそう呟いた理由は、筆者の精神的衛生管理のため明記しないこととする。
血管も見えないほどに白い肌、リコリスのように鮮やかな赤に、桜の花弁を散らしたような着もの。握る手があまりにも軽やかで、それ自体が浮いているのではないかと思われるような番傘。たなびく着ものと同色の髪が、静かに染み出る湧水のような印象を持たせる。絶世の美女(と精神衛生以下略)レインウォーカー(
gc2524)、またの名を皐月 雨音が闊歩する。
その姿に目が眩んだ男共が次々と声をかけ、なんとか一緒に時間を過ごそうとするも、
「まだやる事がありますので」
と回避されてしまう。
「お、何してんの、こんなとこで」
そこで声をかけてきたのはメイド服姿の悠夜(
gc2930)だ。皐月が何でもないように微笑で返すと、悠夜はまぁいいやと呟く。
「梓の奴がさ、なんか店やってるらしんだよ。来るか?」
「えぇ、是非」
そんな形で周囲の男共を伴い、悠夜の誘導に従って彼女ら(と以下略)は移動を開始。その先では獅堂 梓(
gc2346)が雑誌屋の看板の下でちょんと座っていた。
店先に並べられた雑誌は、ファッション誌などを始めとした一般的な雑誌ばかりだ。
「そこ行くお兄さんお姉さん〜♪良い物あるでゲスよ〜♪寄ってらっしゃい見てらっしゃいでゲスよ〜♪」
「ちょっと奥も見てみるといい。掘り出し物もあるのでね」
その脇に立っていた夏子(
gc3500)がゲスゲスとハリセンを鳴らし、セラ(
gc2672)が怪しい笑みで店の内部へ誘う。
「って、ウォオイィー!?それは俺が買ったR指定本じゃないか!」
人目もはばからず、悠夜が叫んだ。
そう、店の奥に並べられていた本は、裸の女性がいい感じに絡み合う、実にいやんな本だったのだ。
「うん、まぁ、8割くらい持ってきたかも」
にこやかに返す梓。何だか怒る気力も起きずにがっくりと項垂れる悠夜を横目に、皐月が袖を口元に当てて苦笑していた。
その怪しい雑誌屋のすぐ隣では、滝沢タキトゥス(
gc4659)が手製の置物を販売していた。アニメに登場しそうな容姿の美少女を象った、プラスチック製の置物。綺麗にカラーリングもされており、非常に作り込みを感じさせるものだった。
雑誌屋が客を寄せたからだろうか。この置物屋にもぱらぱらと客が集まってきていた。
容姿からしてツンデレや幼女、妹系など様々な特徴を持つ計18体の美少女置物。そっち方面の娯楽に飢えた軍人達の食いつきは非常に良いものだった。
「実はこの置物、喋るんですよ。どれか喋らせてみましょうか」
さぁどれが良いでしょう、と滝沢。すぐ目の前にいた軍人が指差して指定した置物は、滝沢が【ドジっ娘】と名付けたものだった。
ちょっと本書にて明記出来ないようなところにあるスイッチを、滝沢が押した。
『はぁんっ、あぁ、もうベトベトぉ‥‥』
こんな音声、どこで調達したのだろう。
その実演販売(?)をきっかけに購入希望者が続出。最初の1体が売れてからたったの5分で、置物は完売してしまった。
チンチロという遊びをご存じだろうか。親と子に分かれて碗にダイスを3つ投じ、出た役で勝敗を決するものである。全てので目が同じである嵐、456と階段状に出るジゴロならば無条件の勝利、123の目がでるヒフミなら無条件の負け、というわけである。3つのダイスのうち2つが同じ目なら、残った1つのダイスを目として数え、基本的にこの目の大きさで勝敗を競う。全部バラバラかつジゴロでなければ負け、というものだ。
さて、遊びの解説はこれくらいにしておこう。
このチンチロを楽しめる屋台があった。
遊ぶ条件は、同時に売られている豚汁を購入し、追加料金を払うことである。
宇加美 煉(
gc6845)の引く三味線の音に誘われて、ぞろぞろとやってきた兵士に対し、彼女はにまりと笑った。
「ちょっと値の高いものに関しては少々特典がございますがぁ、いかがいたしますかぁ?」
「特典というのは?」
その質問に対し、宇加美はお楽しみと言って答えない。
「これだ」
通りかかったD・D(
gc0959)がポケットから取り出したのは赤い封筒。ちらりと中身を押し出してみせると、兵士達は一斉にソレに釘づけとなった。
その小隊は、写真。被写体の正体は不明ながら、短いスカートからすらりと伸びるしなやかな脚に、紺色のハイソックス。前かがみの姿勢なのだろう、ソックスとスカートの間に覗く素肌の健康的な色が、じれったいほどのチラリズムを提供している。
「さて、追加料は先ほど払ったな。チンチロ、やらせてもらうよ」
「はいは〜い、どうぞ、勝てれば豪華な景品を差し上げますよ」
メガネをきらりと光らせて怪しく笑んだ秋月 祐介(
ga6378)が、勝負に必要なものを提供する。
チロと音を立て、ダイスが投じられた。一斉に碗を伏せ、互いの目を視線を読むようにして、碗が上げられる。
「ふっ、私のジゴロ勝ちだ」
「おや、運の強い。グロウさん、景品を」
呼び出されたグロウランス(
gb6145)が封筒を手に現れた。
「御苦労だったな」
「何、大したことじゃない」
ソレを渡す際、グロウランスがそっと耳打ち。Dはどうやらサクラだった様子。
だからこそ、受け取ったその場で中身を取り出す必要があった。
そこから現れたのは、2人の女性能力者が、透ける肌を晒しつつ、ねっとりと互いの首筋をなめ合いながら、一方はたっぷりふくらんだアレを、もう一方はやや発展途上なソレを、愛おしむように触れ、弄ぶ姿の写された写真だった。
「‥‥これをどうしろと言うんだ、全く‥‥」
彼女にしてみれば価値のないもの。だが、周囲の兵にとっては、そうではなかった。
俺も俺もと、次々と豚汁の購入に走ってゆく。
「1杯ですねぇ」
代金を受け取った宇加美がくるりと振り返り、豚汁を注いで、それから手渡す。その際、兵の視線が胸に落ちていたことを彼女はしっかりと見ていた。
「はい、あなたにはこれですねぇ」
渡したのは青い封筒。中にはある女性能力者のたわわな乳房の収められた写真が入っていることを、受け取った本人はすぐに確認したようだ。
この豚汁屋、後に取り締まられたのは言うまでもないだろう。
ここで兵達が購入したものなどについては、後に厳しい検閲が入ることとなった。あまりにもいかがわしいものについては没収されるという、兵達にとっては何のための闇市だったのかと泣きたくなるような後日談を最後に添え、本報告書を締めくくるものとする。
(執筆:矢神千倖MS)
●北極圏:タシーラク学究都市【TS】
地球と隣人たちを守るというコンセプトの元に始まった、傭兵達の動きは世界各地で動き始めていた。
そしてその動きは、タシーラク学究都市にも興る。
旧名アンマサリクと呼ばれたこの地は、グリーンランド情勢の不安定さを受けて小さな町の住人たちが集団で欧州本土への移住を希望。UPC軍はその支援を約束、守備を二分していたカンパネラ学園生徒会は歓迎の企画を立ち上げる。
屋台形式を用いた飲食物の提供。
この企画に多くの傭兵が参加。
小さな町の住人たちは想像を超えた、企画が今始まる
「‥‥よし、KVへ連絡。イベント開始だ」
イレイズ・バークライド(
gc4038)がスタッフ達へ指示を出す。
裏方として企画、パンフレット作成等、各方面の統制支援を行っていた。イレイズは、傭兵の企画をまとめて企画運営に立ち上がったのだ。
「了解です。イベント開始の大役、果たして見せます!」
ナイトフォーゲルR-01の操縦席で、飯山 みちる(
ga1840)が無線機に向かって答える。
イベント会場上空を飛ぶKVは白い煙を吐き出しながら、大きな文字を大空に描く。
『Welcome to Tasiilaq』
「何かお困りですかー? 良かったら、ボクに案内させてくださいー」
人々の波をかき分けるように、功刀 元(
gc2818)は案内役を買って出る。
多くの屋台が並ぶイベント会場では案内役は不可欠。各屋台を回って作成したデータベースが役立っているようだ。
「いらっしゃいませ〜っ、あま〜い一時を貴方にっ」
白蓮(
gb8102)の声がぽんでりおんホワイトの衣装に身を包んで客引きをしている。
シスタードーナツTS支店と称した屋台は、「ぽんで」と呼ばれるふわふわドーナツを販売しているようだ。
「ほいっ、グリーンぽんでとドリンクセットが上がったよ」
キッチンでは蒼河 拓人(
gb2873)が必死にドーナツを上げている。予想以上の盛況で徹夜の甲斐があったというものだ。
蒼河に出されたセットは、フェイト・グラスベル(
gb5417)によって客の元へと運ばれる。
「テイクアウトのお客様、お待たせ致しましたー」
元気いっぱいのフェイト。リーダーを称するだけあって、営業スマイルも忘れていない。時折、覚醒して髪や瞳の色を変えており、子供達に大人気のようだ。
「はい。お客様から代金っ」
フェイトはルナフィリア・天剣(
ga8313)へ客からの代金を引き渡した。
ルナフィリアも売り子なのだが、客足が増加のために急遽ルナフィリアがレジ役となった。
「‥‥あ、るななん。配達お願い」
「了解!」
ルナフィリアより紙袋を受け取って、フェイトは元気一杯に走り出す。
「はい、えーゆーけーぶい定食。お待たせしました」
白峰 琉(
gc4999)は案内していた客まで食事を運ぶ。食事がしたいという要望に応えてカンパネラ学園食堂出張所へ連れてきたが、あまりの混みように注文を聞いて持ってきたという訳だ。
そこへフェイトがやってきた。
「毎度っ! シスタードーナツですっ!」
「あ、配達かな。たぶん、奥にスタッフの人がいると思います」
「ありがとうっ!」
白峰に言われた通りに進むと、そこには稗田・盟子(
gz0150)が休憩していた。
「あら〜、頼んでいた奴かい〜?」
「お届けに上がりました」
「いや〜、うちも忙しくなっちゃってね〜。助かるわ〜」
稗田は代金を払って、ぽんでに食らい付く。
甘味が疲労感を解消、再び鍋を振るう元気を取り戻した。
「パスタが美味しい『Satellite』! 是非、足を運んで下さい」
Satelliteのウェイターの黒瀬 レオ(
gb9668)が、宣伝を兼ねてビラを配布している。どの屋台も大盛況の中、どうせやるならと大規模な宣伝作戦に打って出たようだ。
「いらっしゃいませ、可愛らしいお嬢さん」
等と歯の浮く台詞を客に投げているのが恋人のナンナ・オンスロート(
gb5838)の耳に入る。
「素敵な装いですね」
あっさりと同意し、仕事を続けるナンナ。レオの口説き台詞はいつもの事、他意がない事も知っている。客を案内し終えて戻ってきたレオが、そんな姿を上から下まで眺めた。
「ところで‥‥似合ってる。可愛いよ、ナンナ」
赤面しつつも、ありがとうございます、と笑顔で答えた彼女にイタズラ心を刺激されたのか、レオはついっと一歩近づいて、
「後でその格好で、僕にもオーダー訊きに来てくれる?」
耳元で囁かれた言葉に、ナンナは更に顔を赤らめた。
屋台という一種の祭りは、人々を高揚させるようだ。
その証拠に少々変わった屋台も登場する。
「前代未聞のガスマスク喫茶、イ・ビョウ・カンへようこそー」
ガスマスクにけもみみフード、エプロンに半ズボンの毒島 風海(
gc4644)はウェイトレスとして客引きをしている。
ガスマスク喫茶という言葉に周囲の客も困惑している。そんな怪しい店に喜んで入る人が居るのだろうか。
だが、毒島の言葉を耳にした國盛(
gc4513)は毒島の言葉を否定する。
「おい、何度言ったら分かるんだ。うちは異聞館支店。オープンカフェの喫茶店だ」
毒島の言葉を否定する國盛。
実際、異聞館は珈琲喫茶。オープンカフェ形式で食事も楽しめるのだ。
「はい、カリーヴルストとステーキが上がったよ」
キッチンではマルセル・ライスター(
gb4909)が故郷ドイツの料理を作り続けていた。特にこのステーキは低価格を実現。支給物資の肉に手を加えて高級感を出しているのだが、マルセルのステーキは飛ぶように売れている。
「さすが、マルセルはん。やっぱりひと味違うわ」
同じキッチンでたこ焼きを作り続けていた要 雪路(
ga6984)がマルセルを褒める。
要は西洋人向けにたこ焼きの中身を豚肉やチーズに変えて販売していたのだが、傍目から見てもマルセルのステーキの凄さには圧倒されていた。
「で、どないしたらめっちゃ売れるステーキを作れるん?」
「ちょっと、雪路さん! マルセルさんに近づきすぎじゃありませんか!」
皿を洗っていたフランツィスカ・L(
gc3985)が語気を強めた。
「見ていればさっきからマルセルさんにひっついて! 少しはお仕事を‥‥」
「仕事はしとる。それより、なんでそんな事を言われなあかんの?」
意地悪く聞き返す要。
実はフランツィスカがマルセルに興味ある事を知っていてわざとマルセルに接していたのだが、そんな事はフランツィスカに知る由もない。
そんなキッチンの騒ぎをよそに、ホールでも一波乱が起きていた。
「ガスマスク喫茶異聞館はこちらですよー」
「うちはガスマスク喫茶じゃない!」
毒島と一緒にウェイトレスをしていた緋本 かざね(
gc4670)に、國盛は再び怒鳴った。
かざねも何故か毒島のガスマスクを一押し。そのため、客の一部は本当にガスマスク喫茶だと思い込んでいるようだ。
「大体うちは‥‥ん?」
説教を始めようとする國盛。
その視界には、密かに食事をする最上 憐(
gb0002)の姿を目撃した。
憐はマルセルのステーキを胃の中へ放り込む。
客引きをしていたはずだが、気付けば客と一緒に食事している。
「‥‥ん。気付いたら。摘み食い。これは。きっと。バグアの仕業」
「お前の仕業だ!」
「‥‥ん。この店は。カレーを。推すべき。そして。追加料金で。マルセルが。女装」
憐の無茶な提案は既に喫茶店としての様相を大きく逸脱し始めていた。
しかし、國盛と憐の掛け合いが面白いという事で客足が増えた事は怪我の功名だろうか。
「さぁ、食ってけ食ってけ! 暖まる事間違いなしだ」
ネオ・グランデ(
gc2626)の紅洲宴歳館・泰山から山椒の香りが漂ってくる。激辛麻婆豆腐で挑戦者を募る屋台は本場中華料理という事で評判を呼んでいる。
その隣のスウェーデン料理とお茶の屋台「Katt」からは心地よいヒーリング音楽が流れている。
「BEATRICE君、音楽ありがとう。お茶を楽しむ客に好評だよ」
ラルス・フェルセン(
ga5133)から感謝されているのはBEATRICE(
gc6758)。
チェットブラー等の家庭料理を楽しめる店なのだが、ヒーリング音楽が落ち着いてお茶を飲む客にヒットしているようだ。
「いえ、喜んでいただければ何よりです」
謙遜するBEATRICE。
その奥の屋台からは祈宮 沙紅良(
gc6714)の優しい声が聞こえてくる。
「関西風おでん、是非食べてみてください」
関西風おでんの屋台『桜屋』と称されたおでん屋台は、牛スジや巾着等の具を辛子と生姜醤油で楽しむ屋台だ。純和風テイストに加えて女神のように優しい祈宮のおかげで男性客にヒットしている。
「ほい、お待ち。名古屋地鶏はうまいぞ」
紫藤 文(
ga9763)は、遠見 一夏(
gb1872)と共に名古屋地鶏の焼き鳥屋台を営んでいた。焼き鳥、串焼きという料理は世界各地にあるが、肉質が良い事が売りだけあって評判は上々だ。
「あ、お客様。今お皿を‥‥きゃ!」
遠見がテーブルの皿を片付けようとした瞬間、派手に転倒。皿は地面へ転落、その悉くが割れてしまっている。
「あうう、すいません‥‥」
「あー、悪い娘じゃないんだがなぁ」
頭を掻きながら紫藤は散乱する皿を片付け始める。
床を片付ける二人の横で、トゥリム(
gc6022)が器用な手捌きで炒飯を盛りつけていた。
「さぁ、美味しい炒飯が出来上がり!」
SES中華鍋を用いて作ったトゥリムの炒飯。普段見慣れない米、それも中華鍋で煽られてぱらぱらになった米が珍しいらしく、その調理風景も魔術のように思われているようだ。
「よし、3番テーブルから我が運ぼう」
ウェイトレス役を買って出たメルセス・アン(
gc6380)。
ローラーブレードを巧みに使って運ばれるのも演出として受けている。
「では、俺も。‥‥皆が楽しんでくれるなら、俺は、楽しい」
眼帯を外したウェイターの鎌苅 冬馬(
gc4368)は独り言を呟く。
客の笑顔を見る事、それは多くの人々を守ってきた事の証。
傭兵としての活躍が証明されたかのように、鎌苅は喜びを感じていた。
(執筆:近藤豊MS)
●
賑やかな喧騒に包まれている、タシーラク学究都市。
「さあ、千客万来でも大丈夫なように、張り切っていくよー♪ アリスと一緒にティーパーティはいかがかな?」
香ばしい薫りと共に、クリア・サーレク(
ga4864)の元気な声が辺りに響く。
彼女の屋台では、世界的に有名な不思議の国の少女であろう『アリス』の服装をした女性達が可憐に切り盛りしていた。
「本場フランス仕込みの腕、見せちゃいますよ?」
鼻をくすぐる好奇心の正体は、ヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)の焼くガレットである。
ガレットは卵を落とし、生野菜やハム、チーズで食べやすい軽食風に。ベジタリアン用に油は控えめ、野菜の用意多め等という配慮もある。
おなじみのクレープも、生クリームやカスタード、チョコレートソース、フレッシュフルーツと甘味所も抑え、
多くのオーダー、人に応えようとしていた。
「‥‥アリスのティーパーティへ‥‥ようこそです‥」
ぺこりと頭を下げて健気にお迎えするのは、憐(
gb0172)
黒い猫耳の飾りををぴこぴこと遊ばせる彼女の担当は、飲み物。
特に、様々なかわいい絵柄のラテアートは、味だけでなく多くの客の興味を惹いた。
「有希さん、元気かなぁ‥‥」
二人が次々と作ってゆく品物を提供し、ふと、恋人の事を思い呟くクリア。
活動する場所は遠く離れていても、困っている誰かの為に力になりたいと言う心は、二人とも一緒、
その尊い思いを信じて、彼女はまた元気に、うさ耳アレンジなコスチュームと笑顔で、駆け回るのだった。
●
歩を進めてゆくと、更に様々な、奥行きのある香りが鼻を抜けてゆく。
オープンカフェ風のカジュアルなくつろぎの空間に、洋風の様々な料理を提供しているのが【Satellite】という屋台だ。
、
イスル・イェーガー(
gb0925)が、目の前のハンバーグにワインを振りながら、
屋台全体の状況を確認する。今のところ、数多くの従業員のオリジナルメニューが話題性を呼び、大盛況だ。
ホットサンドやホットサンド、パイ類、ワッフル等の焼き待ちで、『イスル特製煮込みハンバーグセット』を手際よく仕上げてゆく。
パンやキャベツの乗ったご飯をセットで選択でき、人の好みでハンバーガー風にもご飯と一緒にでもできるというメニュー。
したたるソースと肉汁がたまらない一品は、しっかりした食事として大人気だ。
彼の横では、瑞姫・イェーガー(
ga9347)が『瑞姫特製ブイヤベース』に、パンを添えてトレーで運ぶ。
テーブルに料理を置くだけでなく、お客の身につけている装飾品や購入したもの等、
些細な切欠から会話を繋ぎ、出来るだけふれあいを持つ様に心がけていた。
「ボク‥‥嬉しいんだ。やっと少しだけでも此処の人達にしてあげられて」
焼きたてのパイをイスルから受け取って、ぽつりと呟く瑞姫が呟けば、イスルが顔を上げる。
「現状見たこと有ったけど‥‥、言葉じゃ無くて、こういう事するべきだったんだよね」
「美味しいものを食べればみんな笑顔も元気も、両方できるからね‥‥」
二人がスペース内を見渡せば、こんなにも溢れかえる、笑顔。
今までの努力が、少しだけ報われたような、そんな小さなひと時を共有出来た。
「ペンネ・アラビアータ!」
「ペンネ・アラビアータ! Va bene!」
同じ屋台では、柿原 錬(
gb1931)がオーダーを通すと、クラウディア・マリウス(
ga6559)――クラウの元気な声が返ってくる。
鍋の方へと向かえば、そこには甲斐甲斐しく動き回るクラウを目で追いかけていた、仲良しのアグレアーブル(
ga0095)――アグが、立っていた。
「沸騰したら、こんな風に入れるんですよー」
クラウがアグに見せるように実践してみせる。
普段から料理などしないアグも、可愛らしい親友に応えるべく、手際良くパスタを投入。
「うん、良い感じっ!」
数分後、程良い弾力をくにくにと噛み締め、クラウが「えっと、大体こんな感じですっ!」
と説明を終えてしまう。
だが、立ち上る湯気のような曖昧な説明も、親友として重ねた時間と経験が、アルデンテの芯のような、確かな感覚をアグに伝えていた。
オイル系、トマト系、クリーム系、トリコロールな香りを掻い潜り、パスタと絡めていたクラウに流れ込む、卵とはちみつのふんわりとした匂い。
イスルが持ってきた二人分のワッフルは、アグとクラウの興味をそれは深く惹いたそうだ。
●
テキ屋のような緑の幌に、【ZERО】と大きく書かれた看板。
紙に書かれてぶら下げられた、鮭、梅干し、おかか、わかめ等の、おにぎりの御品書き。
ゼロ・ゴースト(
gb8265)が開いていたのは、おにぎりの屋台。
温かい緑茶と共に、絶え間なく訪れる人達へどんどん売っていた。
「はい、お待たせー。いっぱい食べてってね♪」
ゼロの手伝いとして、サーシャ・クライン(
gc6636)も明るくおにぎりを提供する。
五目や、食べられるラー油入り、オムライスおにぎり等、個性豊かなおにぎりも提案し、提供してゆく。
「これはここの屋台初の完成品。味は保証するよ、ぜひどうぞー」
等と触れこめば、ただのおにぎりと高を括っていた者達の財布の紐も緩めてしまう。
「‥‥一人でも多く救える事を願おう」
手渡ししたおにぎり、受け取ったお客の両手を包む。
保障は出来ないが、誓いを立てる。その決意を胸に、彼は精一杯の誠意ある笑顔を浮かべていた。
●
「わぅ! お母さんに鍛えられた料理の腕、今こそ見せる時だね! 桜さん、やるよ!料理は心、愛情の日本料理だよー!」
くわっ、と躍動感ある気合いを見せる響 愛華(
ga4681)
その横では対照的に、
「ぐぬぬっ、どうしてこんな格好をせねばならぬのじゃっ!」
自身の着るエプロンの裾を不服そうに握りしめる、綾嶺・桜(
ga3143)
「わぅん♪ 文句は良いから、やるよー桜さん♪」
鼻歌でも歌いそうなテンションで大きな鍋の前に立つ愛華。そんな彼女はミニスカ和服に割烹着と、
可憐な目の慰安となる格好で、温かい豚汁をよそっていく。
「わぅ! 今こそおふくろの味の出番だね!」
「母親の味のぉ‥‥」
元気に呼び込む愛華の隣で、桜が一人ごちる。母親を知らない彼女には、今一つピンと来ないらしい。
室内故に、北極でも吐く息が白くなる。寒さに震える体を、彼女達の温かい日本の心が、包み込んでくれる。
「これでほんの少しでも皆が温かい気持ちになってくれればよいがの」
美味しそうに器を空けてゆく人達へ、桜が目を細めて言う。
その気持ちこそが、母親の味の真髄に、違いない。
●
温かい日本の味ではこちらのスペースも負けていない。
「‥‥いらっしゃい、熱いからゆっくり食べるんだぞ?」
上杉・浩一(
ga8766)が演出した、昭和の日本のような一角。
ぎっくり腰を心配しながらも前日から仕込んだタネの数々、
それを今、ティム=シルフィリア(
gc6971)が琥珀色の出汁に浮かべ、箸でつついている。
「おでんなら任せよ‥‥!」
そう、これは――おでん。
手間暇かけて鰹と昆布から取った出汁は薄味で多めに、
大根、卵、こんにゃくを煮て、その後卵以外に隠し切りを行う。
具材は大ぶりで食べ応え抜群だ。
その拘り具合や見事、報告官も収めきれない程である。
日本人の来客も、こんな辺境で和の魂が食えるとは、と、唸り大変ご満悦だったようだ。
しばらく経ち、額の汗をぬぐい一息つくティムに、浩一が「遊びにいってもいいよ」と声をかけた。
するとティムは顔をぱぁっと輝かせ、そのままの格好で一目散に駆けだしていった。
「後片付けまでにもどってくれればいいさ」
その背中に微笑みながら、ゆっくりとのんびりと、自分も周りの様子をみて楽しみながら、卵をつついていた。
そんな彼の視線の先にも、旭(
ga6764)のおでん屋が赤提灯をぶら下げて店を構えている。
「‥‥って、別に商売じゃないんだけどね。いらっしゃい。何にする?」
日本酒、ビールをはじめとした各種酒類も用意。
通や日本人は、やはりおでんとこの冷えた空気には、熱燗をチョイスする傾向にあるようだ。
テイクアウトもやってるよ、と発泡スチロールに出汁とタネを優しく盛り付けてゆく。
温かいそれを受け取ったのは、住吉(
gc6879)だ。
「あは、こんなイベントは素敵ですね。娯楽の少ない戦時中だからこそ行う価値がありますよ〜」
うん、僕もそう思うよ、という旭の台詞は、既に背中で聞いていた。
祭りを楽しみながらも、きびきびと無駄のない行動をする彼女は、
限定商品やイベントなどの買い逃し・聞き逃しが無い様に事前の情報集の徹底と、
確認を行い。最善の移動経路を設定する。また予定外の消費も考慮した財布の中身を準備している。
その事前準備たるや、まるで某所での夏と冬の、別の祭りのようでもある。
「歓楽極まりて、哀情多し、少壮幾時ぞ、老を奈何せん‥‥今の時を大事にしませんとね〜」
沢山の戦利品を小脇に抱え、大きなおにぎりを頬張る住吉。
戦時下で最も必要なのは、お金でも、同情でもなく、日常である。
ここまで満喫出来る手段が沢山あるのなら、きっと、一般の来客も、満足できる慰安の提供が出来ているに違いない。
●
ただ食べるだけじゃない。ある一角ではちょっとしたイベントが繰り広げられていた。
リティシア(
gb8630) が寒い所だしという事で用意した、カレー・ピザ・ラーメン等、
ただし、その提供する品々全てが、超過激な激辛品であり、
そんな食べ物を並べての大食い、早食いコンテストが開催されていた。
ガル・ゼーガイア(
gc1478)は、半ば無理やり彼女のノリと、「参加費無料ならやるしかねぇだろ!」
と言った理由で、ほぼ真っ赤なラーメンを、凄い形相で啜っていた。もはや早食いと言うより、我慢大会である。
「この笑顔を‥‥守っていきてぇな‥‥」
参加者を必死に応援し、観戦して楽しむ見物人。
そんな彼らの顔に笑みを返しながら、ガルは辛さに身と意識を沈めていった‥‥。
「な‥‥何か甘い物を…? ポッポ焼きじゃ甘さが足りねぇ‥‥」
数時間後、彼はポッポ焼きなる、新潟の郷土料理である、もちもちした黒砂糖のようなパンを売る、自分の屋台に見事生還出来ていた。
そこに並ぶように、メアリ・エンフィールド(
gc6800)はホットドッグの屋台を出している。
「周囲は色々小洒落た物出すみたいだけど、アレよアレ、良いものばかり食べてると、無性にチープな食べ物が食べたくなるもんなのよ」
確かに、高級なフランス料理よりも、ジャンクなファーストフードの方が良い、という者は得てして多いだろう。
だがふかふかもふもふのパンを口いっぱいに頬張り、レタスのみずみずしさと、つやつやした皮がパリッと弾けるジューシーなあの感触。
なかなかどうして、比べがたい魅力がホットドッグにはあるのだ。
「こうした戦い以外のアフターケアやフォローが出来るというのは、こちらとしてもかゆいところに手が届く感じで大変嬉しいでありますね!」
クラヴィ・グレイディ(
gc4488)は、手の足りなさそうな屋台を手伝ったり、喫茶スペース等で参加者へ積極的に話しかけたりと、
忙しく動き回り慰安活動をしていた。
ふと、視線を向けた先には、一人で歩くにはまだ少し覚束ないような幼さを残す少女が、どこに行くでもなくうろうろとしていた。
「ねぇ、もしかして迷子っ? お父さんとお母さんは?」
クラヴィが子供の視線に合わせてしゃがみ、声をかければ、自分の状況を理解した少女は、今にも泣きだしそうに表情を崩してゆく。
涙が瞳から溢れようとしたその刹那、
ぽんっ、と、少女の前に現れる一輪の綺麗な花。
その花は持ち主より少女の髪に添えられる。
「両親が見つかるまでの間、お嬢様のお相手をさせて頂く名誉を頂けますか」
顔をあげれば、そこには戦闘用執事服に身を包んだソウマ(
gc0505)が、優しい笑みを浮かべて立っていた。
二人が少女の手を引いて、連れていった場所。
ちょっと広めの一角では、レイ・ニア(
gc6805)が手巻き寿司を気軽に楽しめるスペースを提供していた。
北極圏なので手巻き寿司を知らない人も多いだろうと言う配慮から、手巻きの作り方を書いた大きな解説板を用意、
さらに自身も、子供には特に積極的に笑顔で接しながら、説明しに回っている。
『一緒につくろっか』
普段から言葉を口にしない彼女が、紙に書いた台詞で、会話を試み、子供達の手を優しく包むように巻き方を教えれば、
おにぎり型、お団子型、ハンバーガー型、楽しんでもらう事を優先にした、様々な個性豊かな手巻き寿司が出来上がる。
「おいしい?」
返事は、零れそうな程の笑顔で返ってきた。
「ほら、一緒にご飯食べたから皆お友達だよ」
一緒に笑顔になれたら、少しは力になれるかもしれない。
そう思い参加した彼女は、いつの間にか、その閉ざした口が言の葉を紡出でいる事に、気付いているだろうか。
彼女もまた、自分の与えた笑顔から、力をもらっているのだった。
「カプロイア伯爵だナ?」
カフェスペースにて、周囲とは良い意味で若干多少少々異質なオーラを放ち、
優雅にお茶を嗜んでいる(
gz0101)に近づき声をかける、ウサギさん。
もとい、ウサギのきぐるみをきた、嘉雅土(
gb2174)
周りにきゃっきゃとじゃれつく子供が飽きてきた所で、伯爵に近づいてきたのだ。
もちろん、彼はスタッフとして裏方を手伝ったりお子様に蹴りを入れられたりしたが、伯爵はお茶を飲んでいただけである。
「これを」
と言ってウサギさんがすっと差し出すのは、ローズリング。
「ふむ‥‥これは、君からかね? 急いで不思議の国から出てきて、懐中時計と間違えたかな?」
「分からないならそれで良いんじゃないかな。俺は頼まれただけで意図は知らないし」
そう言って、手をひらりと背中から送るウサギさん。
ローズリングの意図は、はたして。
●
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
春夏秋冬 立花(
gc3009)の声が轟くここは、和風のメイド喫茶、【小狐屋】
「どうしたの? 立花たん」
ニコニコとして彼女に制服を手渡すのは、主人にして調理担当のの矢神小雪(
gb3650)だ。
「オペ子さんも何か言って‥‥って既に着ようとしているし!?」
隣では既にオペレーターのジェーン・ヤマダ(
gz0405)がいそいそと和風のメイド服に身を包んでいる。
「くふふ、パンツじゃないから恥ずかしくないのですよ」
水着をきゅっ、と着用し、防備は万全だ。
立花も、一人でも多く笑顔にするんでしょ! 等と小雪に言われれば、何も返せない。
せめて可能な限り目立たず騒がず、誰にも見つからないようこそこそと接客をするのだった。
「こそこそしたら接しれないし!?」
セルフツッコミされましても。
そんな喫茶の一角に、柚木 蜜柑(
gz0321)と、彼女にぴったりくっついてきたユナ・カワサキ(
gz0370)が案内される。
蜜柑は、酒の肴になりそうなものをちょびっとつつ、それでいてたらふく抱えこみ、
ユナは、『先輩の胃袋は、UK並み』等とメモをとったりしている。
「ユナ、他に行きたいところはないのっ? 私だけじゃ悪いし、付き合うわよっ?」
「えと、じゃあ‥‥フランスの‥‥」
「‥‥私が、CDivの担当になったら、考えておいてあげる」
そう言う意味じゃなくて、とがっくしていると、
「おや、蜜柑先輩にユナさん。こんにちわですよ」
メイド服を着て挨拶をするヤマダが目の前に現れる。すかさず、蜜柑の目がきゅぴーんと光ると、
「普段仕事でぽやんとした顔のあの子が、ふりふりに身を包んで営業スマイルを振りまくとは、何ていう萌えじゃなの! ちょっとセクハラしないと逆に失礼ってものよね、何色履いてるかぐらい見せなさいよっ」
「‥‥って、ちょっとなにしてるんですか!? やめてください!」
「あんただってさっき私がユナにあーんしてるとことったじゃない!」
「先輩! セクハラはダメですー!」
完全に『出来上がって』いた蜜柑と、くんずほぐれつになるユナ、そしてヤマダ。
水着と、黒のレースと、花柄が入り乱れる様子を、
小雪がぱしゃぱしゃとカメラに収め、ちゃっかり売りさばいていたそうな。
●
会場の隅っこでは、ジェーン・ジェリア(
gc6575)が、
ダンジョン探索の如く高度なマッピングを施し、美味しいものマップを完成させてご満悦な笑みを浮かべていた。
「あたしから美味しいものを隠そうなんて、無駄無駄無駄ー!」
等と叫びながらグルメを確保し、裏メニューや賄いまでチェックする様は、ある意味伝説となっていた。
お金を持っておらず、それでいてお腹いっぱいになるまでうろうろしていた、ヒイロ・オオガミ(
gz0387)を途中で拉致り、
今や隣にならんでホットドッグを頬張っている。
「美味しいものいっぱい食べられてあたし幸せー♪ ちょっと‥食べ過ぎたかもしれないけど」
身を後ろに投げだして、はふーと満足げなジェーン。
「それで、みんながにこにこ仲良くしているのが見られたらそれでいいかなーって思うのですよ! やっぱり何事もおなかが一杯になる事が大事なのです」
副交感神経が働くのでリラックスする、等という野暮な科学的根拠では無い。
辛い時も悲しい時も、一番大事なのはおなかがぺこぺこで寂しい気持ちにならないで居る事。
健全な肉体に、健全な魂が宿るとは、満ち足りた胃袋がもたらす笑顔にも、言えるのではないだろうか。
友と笑いながら交わす酒、囲む食事。これに勝る娯楽が過去、そして未来にあるだろうか。
「あとはもうないです!」
ぐっ、と暮れた空の光に、サムズアップを照らすヒイロ。
祭りは、数多の食欲を刺激する香りと、賑やかな歓談が、当分参加者を帰してくれそうにはなかった。
(執筆:墨上 古流人MS)