●オープニング本文
前回のリプレイを見る 下水道の水と伝説の樹の根元の土を混ぜればキメラが作られる。デュナミス・ニートが教えられたのはそんな話だった。
「錬金術かよ」
思わず舌打ちをするデュナミス、だが全く信じていないかというとそうでもなかった。下水道にはキメラの実験に使った排水が流れている。そのためか下水道では時折キメラが繁殖し、能力者に依頼が出されていた。一方、伝説の樹に関しても土には何か怪しい報告があったと聞いていた。更に掘り進めばキメラが見つかったという話もある。下水道の水、伝説の樹の根元の土、その両方にキメラにまつわる逸話がある。それらを混ぜれば何かが起こる、その可能性は無いではなかった。
「とりあえず‥‥やるか」
信じたわけではない、だが試さずに無視することも癪だった。見つからないように小型のスコップとバケツを使って土を掘り起こし、下水道へと運ぶ。そして音を立てないよう水に土を入れ、ささやき、いのり、えいしょう、ねんじる。それがデュナミスの聞いた話だった。言われたとおりに実践するデュナミス、だが土にも水にも反応は無い。しばらく待ってみたが、やはり変わった様子はなかった。
「アホらしい」
世の中には信じられないものがある、銃や迷信の類だ。一瞬でも信じたことに自己嫌悪に陥るデュナミス、そしてすぐさま踵を返す。
「今日は決戦があるんだったな」
書類をとってきて欲しいと言われキメラアントを借りた。何故キメラアントがいるのかまでは聞かなかった。自分には関係のないことだと考えないようにしていた。他人に深く関わらなければ迷うことはない、そう考えるに至っていた。大きな溜め息を一つついて下水道を去るデュナミス、最後に何となく後ろを振り向くが、やはり土に変化は無かった。
「それで早速依頼なのデース」
カンパネラ学園の教師であるダニエル・アウラーは前回見つかった脅迫状とも挑戦状ともとれるメッセージを読み返していた。そして気になることを発見する、誰が監視しているのかということだった。
「監視ですか?」
「私達が動いているからでしょうか」
美景と深郷田が答える。二人は未だにキメラ研究停止の呼びかけを行っていた。そのおかげで怪しそうな人物は何人かあがっていたが、同時に多くの人に動いていることが知られることとなっている。
「いや、ここで止めてしまっては相手の思う壺なのデース。だから申し訳ないデースが、囮となってもらいマース」
「囮?」
「そうデース。二人には能力者の人を護衛としてつけマース。だから出来る限り今まで通り振舞っていてほしいのデース」
「分かった、だが先生も気をつけてください。既に死者は出ているのですから」
「了解なのデース」
調査続行を決める三人、だが胸中は不安でしかなかった。
●リプレイ本文
校舎裏、壁沿いの暗く細長く続く道をデュナミス・ニートは歩いていた。右手には一枚の写真、左手にはサバイバルナイフが握られている。
「頭を叩けばいい」
自分に言い聞かせるように、デュナミスは静かに呟いた。
「頭を倒せば指揮系統が混乱する。あとは烏合の衆だ」
正直能力者相手に剣を振るう日が来るとは思わなかった。だが力でしか分かり合えない相手がいるのも理解していた。デュナミスもスナイパーが嫌う、安全地帯から敵を狙うというスタンスが気に入らないからだ。スナイパーが有用であることも頭の中では理解している、要はスナイパーのやり方がデュナミスの肌に合わないというだけである。だがそれを彼に説明してくれたのは師しかいなかった。
「行こうか」
ナイフの感触を再度確認し、デュナミスは歩を進める。殺せと言われれば無表情で殺せる。死ねと言われれば笑いながら死ねる。それが師のためなら迷いは無かった。今回彼に与えられた任務は研究の妨害、必要ならエカテリーナ女史と動揺殺害して構わないと言われている。人に刃を向けるということに最初は戸惑いのあったデュナミスだったが、既に人としての禁忌は犯した。二度目となれば躊躇する必要も無かった。
研究を妨害するにあたって最大の障壁は能力者による防衛だった。過去二件においても同様に彼ら、彼女らの介入があった。今回も恐らくあるだろう。だが逆にそこから今回の参加者が推測できる。それが師の教えだった。その中からもっとも危険と思われるものを叩く、それがデュナミスに与えられた任務だ。
再び写真を確認するデュナミス、そこに写っていたのはホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)だった。
「決して単独行動を取らないこと、二人一組、三人一組を原則に」
依頼初日の朝、ダニエルの研究室でホアキンは今後の行動を確認する。その場には依頼に参加した五名の能力者達のほか、依頼人のダニエル・マウアーとその助手である美景杉太郎、深郷田邦子も揃っている。
「それと悪いがダニエルさん、美景さん、深郷田さんの三人は行動を明確にしてもらいたい。どこで何が起こるかわかりませんので」
「それは囮デースか」
「端的にいうと、そういうことになります」
一瞬最悪の展開を脳裏に浮かべたダニエルだったが、やがて決心したように静かに小さく頷いた。それを確認した上でホアキンが視線を美景、深郷田に向けると、二人もダニエルに倣い頷く。
「この際仕方ありませんね」
「私も美景さんと一緒なら」
美景に寄り添う深郷田。美景も分かっているのか、そっと深郷田の肩を抱く。まるでこれから最期の旅行に出かけるような雰囲気だった。
「何言ってんの。まだ死ぬと決まったわけじゃないでしょ」
「そうだよ。諦めたら駄目、そこで終わりだよ」
しのぶ(
gb1907)と高橋 優(
gb2216)が二人を励ます。自分達と何かを照らし合わせているのか、身を乗り出して説得している。だがその一方でねいと(
gb3329)はどんな表情を浮かべていいものか困惑していた。
「不安な表情を見せちゃ駄目」
皆城 乙姫(
gb0047)がダニエルらに聞こえないよう小声で話しかける。
「本当に不安なのは囮役になるダニエルさん達なんだから」
「でも本当に助けられるか、私はわからないです」
励ませばいい。ただそれだけのことだが、ねいとは言葉にするだけの責任を自分が負うことが出来るのか悩んでいた。
「誰にも未来のことなんてわからないわ。例えばほら目の前にいる学園生の二人、正直あの二人がくっつくなんて私は今でも信じられないし」
「そうなんですか?」
「だってあの二人、犬猿の仲だったのよ? 今でも言葉の上ではいがみ合っているけど、信じあってるみたい」
「そうなんですか」
改めてしのぶと高橋を見るねいと、だが今の二人を見る限り皆城の言うような過去の話は信じられない。
「ホアキンさんもそういう過去があるのでしょうか?」
「聞いたこと無いわね。直接聞いてみたら方がいいかも」
「わかりました」
この後、ねいとは高橋、ホアキンと三人で組むことになっている。一緒に行動すれば話すきっかけもあるだろう。そんなことをねいとが考えていると、ダニエル、美景、深郷田の三人が揃って退室する。
「それじゃちょっと送ってくるから」
皆城はねいとに断りをいれ、三人を追う。時間は既に夕刻、さすがに夜は活動しないということでしのぶと皆城が寮まで送るということになった。
「そっちの二人はドラグーンだからって手を抜くなよ」
「優ちゃんこそ私がいないからって手を抜いたら許さないんだからね」
「それはボクの台詞だよ。監視して無いと、すぐボイコットしそうで怖いんだし」
「優は縛ってないと心配なんだよね」
最早定番となった別れの挨拶を交わし、高橋はしのぶと皆城に別れを告げる。二人が見えなくなるまで見送る高橋、そしてしばらくしてホアキンが声をかける。
「そろそろいいか?」
「あ、はい」
罰が悪そうに答える高橋、その答えを聞いてホアキンは話を進める。
「まずは研究所の修復を行う。この状態では守れるものも守れないから」
「ですね」
「了解」
寮に向かった五人は無事なのか、それだけを気にしながら作業を進める三人。そして作業を一通り終え、定時連絡をした上で三人も休みについた。
その夜、は不審な気配を感じた。研究所に近寄る気配を感じたからである。だが今近くにダニエルらはいない。皆城としのぶが寮まで送ったはずだった。
「定時連絡では無事届けたで間違いないな?」
「それは保障するよ」
「聞き間違いとかも無いでしょうしね」
「間違えるようなところはないからね」
声を潜めつつ、三人は先ほど通信の内容を確認する。特にたっての希望で通信を受けた高橋に尋ねる形になっていた。
「他に何か気になることは言ってなかったか?」
「無かったよ。異常なしって聞いただけだしね」
「誰かに脅されていたとかはどうでしょう?」
「それもないと思うな。声が震えたり、妙なところで詰まることも無かったよ」
「‥‥」
ねいとはホアキンを見つめた。自分の思考ではもう処理できないため、ホアキンの動きに従いたいと考えたからだ。僅かに遅れて高橋も続く。だがホアキンはまだ考えていた。
「もうここには大した資料も残されていない。脅しのつもりでも、この研究所を狙う意味はない」
「確かにそうですね」
「なら直接犯人に聞き出す?」
「そうしよう。ねいとは俺と隠れて、高橋は再度皆城としのぶに確認をとってほしい。こちらが囮である可能性もある」
「了解」
まだ修理作業は完全とはいえない。無論完全な状態であっても、前回の犯人は壁を破壊してきた。どこから襲い掛かってくるかはわからない。三人はそれぞれ四隅へと移動、そして高橋は別働隊へと連絡を繋ぐ。
「こちら高橋、連絡を」
「聞こえてるわよ優。どうしたの?」
「乙姫か、ダニエルさん達の様子はどう?」
「どうって、別に変わったことないわ。ダニエルさんはいびきかいて寝てるし、美景さんと深郷田さんも大人しいものよ。いびき聞かせようか?」
「いや、それは遠慮するよ。しのぶは?」
「しのぶは美景さんと深郷田さんの部屋の前でついてるわ。今回は守りやすいように一緒の部屋に入ってもらってるけど、優はしのぶとこんな関係になっちゃだめよ?」
通信機から笑い声が零れる。いつもなら少なからず苛立ちを覚えるところだが、誰かに脅されてはいない証拠だと高橋は自分に言い聞かせていた。
「しのぶに代わる? おやすみのキスもしたいでしょ」
「キスなんてしたことないって!」
「あ、やっぱり? 奥手だからねー優は、言う時は言わないと駄目だよ」
皆城は高橋の返答を待たずにしのぶに代わる。その間の数秒の沈黙、高橋は周囲を見回した。目の前には情報を整理するためのパソコンが乗せられた机が彼の姿を隠している。正面やや右に出入り口、左の隅ではねいとがルベウスを装備したまま身構えている。ホアキンの姿は見えなかったが、ねいと同様警戒してくれているだろう、そう考えていると、しのぶが通信に応答した。
「どうしたの、優ちゃん。何かあった?」
「そろそろ夜も更けてきたから、誰か襲ってきそうな気がしてね」
「優ちゃん、心配してくれてるの?」
「しのぶがダニエルさんを殴ってないかと心配したんだ」
「切るわね」
しのぶの言葉が聞こえた瞬間だった。扉がノックされる。高橋はそっちも気をつけろ
とだけ伝え、通信を切る。どう出るか様子を見る三人、再びノックされるドア、そしてわずかな沈黙。更に三度目のノックで調子が変わる、叩くというより殴るという感覚に近い。そして五度目は破砕音だった。犯人が破壊したのだ。
「ホアキン・デ・ラ・ロサ、いるんだろ? でてこいよ」
犯人の叫ぶ声が室内に響く。高橋とねいとが見守る中、ホアキンは立ち上がり進み出る。犯人は月明かりで写真を確認し、満足したように笑う。
「今、この部屋の修理をしているところなんだが」
「それならさっさと扉開けてくれればいいのに、ノックしたでしょ?」
「扉を開ければ刺されるのだろう。エカテリーナ女史がそのようにして殺害されたと記憶している」
「二度は効かないってことか、かっこいいじゃない」
「あなたも一人で来るとは度胸があるじゃないですか?」
「褒めても何もでないよ」
楽しそうに笑う犯人、だが高橋とねいとは犯人の言葉をはっきり一人で来たという言葉をはっきりと聞き取った。高橋はそっと飛び出すタイミングを見計らう、ねいとも同様に突撃に備える。
「答えろ、お前がエカテリーナ女史を殺害したのか?」
「あぁ殺害したのは俺だ」
「何故?」
「命令されたからだ」
「誰に?」
「教える義務は感じないが?」
犯人は写真を捨てる。それが戦いの合図だった。
始めに動いたのは犯人の方だった。一気に間合いを詰めてナイフで平突き、ホアキンの回避を確認し横薙ぎへと転じる。姿勢を崩されながらイアリスで受け止めるホアキン、続いて飛んでくる蹴りを受け止める。
「捕まえたぞ」
「まだまだ」
身体を捻って脱出をここも見る犯人、だがそれを背後から高橋とねいとが押さえにかかる。
「三人もいたのか」
「教える義務は無いからな」
「流石だよ、お前」
うつ伏せに組み伏せながらも、犯人はまだ余裕を見せる。だがホアキンも構えを崩さない。
「何故エカテリーナ女史を殺害した? 資料はどこだ」
「資料なんてしらないね」
「知らないはずは無いでしょう?」
「俺は頼まれてやっただけだ。資料を奪ったのは別働隊、ヌスムンジャーとかいう奴等がやると聞いていたぜ」
犯人は卑屈に笑う。
「お前等は自分達の能力を信じて、ただがむしゃらに走り回ればいいのさ。中庭で走り回る馬鹿犬のようにな」
「一発欲しいのか?」
「そうやって力に訴える。悪くない、悪くないぞ、その考え方。だがな力の使い方が分かってないな」
馬鹿にされたと感じたのか、高橋の手に思わず力が入る。わざとらしく痛がる犯人、ねいとが思わず力を抜こうとするが、高橋が視線で制する。
「何を言っている」
「この世界、混沌に満ちている。だがバグアがいなくなればどうなる? 世界は落ち着くのか」
「落ち着くさ。UPCが再編成する」
「馬鹿だろ、お前?」
嘲笑を漏らす犯人。だがホアキンがイアリスを突き出すと、笑うのを止めた。
「UPCに世界を再編成するほどの力があるか? 軍事力でしか世界を統制できない、あいつらは所詮メガ軍事コーポレーションが暴走しないよう首輪をつけるしかないんだよ」
それ以上は犯人は何も語ろうとはしない。犯人の身柄を確保したことで能力者達もひとまずの終了とした。
その後、犯人の名前が学園生であるデュナミス・ニートであることが判明した。そしてデュナミスの行動に合わせて、皆城としのぶの方にもキメラが来ていたことが発覚。ダニエル、美景、深郷田は無事だったものの、駆けつけられなかった事を後悔していた。
「これでよかったのかな?」
「殺人の件は落ち着いた。背後にあるのも何かしらの組織であることも分かった。ひとまずはこれで終了だ」
「終了か」
「一難さってまた一難って感じだけどね」
実際実動犯は発見したものの、その背後には組織があることが判明した。何かしらUPCに恨みを持っている。その事実が喉元に刺さった骨のように能力者達を苦しめていた。