タイトル:ヌスムンジャーの挑戦2マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/25 03:13

●オープニング本文


「おで、もっと強くなりたい」
 西暦二千八年十一月、カンパネラ学園の食堂で一人の巨漢がカレーを胃の中に押し込んでいた。名前は黄喰太郎(おおぐいたろう)、ファイターの聴講生である。大食いと体が大きいこと以外に取り得の無かった彼だが、能力者への適正があることを知った時ほど喜んだ日はなかった。覚醒により脂肪を筋肉に変えることで強固な壁となることができるようになったからである。事実今でも彼はその日を人生最良の日と呼び、その日の新聞を残してある。その後、彼は流れるようにラスト・ホープ、カンパネラ学園へと移り住み、アカヌンジャーこと紅月丈太郎(こうげつじょうたろう)と出会いを果たす。そして時給六百五十円でヌスムンジャーの一員になったのであった。
「だな。俺もくやしかった」
 隣で紅月もカレーを食べていた。そして食べ終わると同時に一つの提案をする、能力者への復讐だった。
「今からキメララットを捕獲してくる。それをばら撒いて、能力者をおびき出す」
「それくらいなら事が大きくなってもおらだちで退治できるな。わかっただ」
 数日後、カンパネラ学園浴場でキメララットが五体目撃される。そしてそれら退治のために依頼が出されるのであった。

●参加者一覧

赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
諸葛 杏(gb0975
20歳・♀・DF
紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
エドヴァルト(gb3039
34歳・♂・SN

●リプレイ本文

「キメラを倒すのです! そしてお風呂に入るのです!! カンパネラ学園にあるという大浴場に一度入ってみたかったのです!!!」
 依頼人との待ち合わせ場所となった昇降口前、赤霧・連(ga0668)は一人気張っていた。彼女の背中には大きめの荷物が入っている。依頼人の代表として呼び出された土木部長であるタリア・ランディスは眉間を指で軽く押さえ、頭痛に耐えていた。
「一応聞いていい? その背中の荷物の中身は何なのかしら」
「もちろんですよ、何なら私から説明しましょう。まずは着替え、お風呂場で戦うことになってますから、これは必需品ですよね。次にトリートメント、髪も汚れちゃいますからこれも必須。後はシャンプーハット、髪が汚れちゃうと結構便利なんですよ」
「へぇ」
 赤霧の勢いに飲まれたのか、タリアは言葉少なに答える。しかし同じく参加者である紅月・焔(gb1386)は異様な程の乗り気を見せた。
「俺も風呂場には興味あるんだ。そうだ、一緒に入ってやるぜ」
「あはは、それは全力で遠慮させてもらいますよ。私は広いお風呂を独り占めしたいのです!」
 目を宝石のように輝かせ力説する赤霧、だが紅月も負けじと拳に力を入れ言葉を重ねた。
「そうだ、俺も広い風呂場を独り占めしたいんだ。キメラに風呂を明け渡すなんて絶対に許さない。風呂場で戦闘なんて盛り上がるよな。破壊するなとか言われても、そんなこと知ったことじゃない!」
「ですです。服が汚れようが髪が乱れようが構いません。私はお風呂に入りたいのです。きっと泳げるぐらいに広いと思っています」
「だよな、だよな」
 勝手に妄想を膨らませる二人、だがその方向性が微妙に食い違っている事をエドヴァルト(gb3039)は遠巻きに見ながら観察していた。
「あなたはお風呂に興味ないのですか?」
 一人寂しそうにしていると感じたタリアがエドヴァルドに話しかける。
「無いわけじゃないが、あいつら程じゃない」
「なんですって」
 聞き捨てなら無いといった感じで赤霧と紅月はエドヴァルドの発言に噛み付いた。
「エドヴァルドさんと言いましたね、あなたはお風呂の素晴らしさにまだきっと目覚めていらっしゃらないのです。いいですか、人間は一に食事二に睡眠、三四が無くて五にお風呂なのです」
「そうだぞ、戦闘で破壊したと見せかけて覗き穴を作れば、この後覗き放題なんだぞ」
「‥‥」
 はっとする紅月、今まで頑張って隠してきた本音が思わず漏れたからである。そして案の定というべきか、赤霧、タリアの女性陣二人は紅月に非難の視線を向けている。
「いや、俺はそんなつもりじゃないぞ? ほら、キメラがこの後も攻めてくるかもしれないだろ。その監視用にだな‥‥」
「ふーん」
「いや、そのな‥‥何とか言ってくれよエドヴァルド、お前もわかるだろ?」
「わからん」
 即答するエドヴァルド、そのためか赤霧とタリアの非難めいた視線は一層激しさを増した。
「やっぱり紅月さんはそういう人なんですね?」
「以前あった覗き穴の噂もあなたのものなのですね」
「ちょ、ちょっとまってくれよ。さすがにそれは知らないぜ」
 何故か身に覚えの無い事まで責任をとらされる事になりそうな雰囲気を感じた紅月、話題を変えようとするが、その前にどうしても一つ確認したいことが生じた。タリアの言う覗き穴のことである。
「その、何だ、本当に覗き穴なんていう秘境の地は存在するのか?」
「噂ですよ。以前確かめようとしましたけど、ちょっと人手が足りずに断念したの」
「覗きなんてする人はぼっこぼこにしてやりますけどね」
 紅月の問いにタリアは一瞬だけ真面目な顔をして答えた。だが相変わらずテンションの赤霧の
言葉で再び非難の目を向ける。そしてエドヴァルトは相変わらず距離を置いて眺めていた。だがそんな彼を二人が放っておく訳が無い。赤霧に腕を引っ張られるようにして輪に加わる羽目となった。
「あなたも実はお風呂に入りたいのですね、わかりますわかります。あなたからはお風呂に入りたいオーラが身体中からにじみ出ています。きっと前世はお風呂魔人だったのですね」
「そんなのしらねーよ」
 急な展開に思わず大声を出すエドヴァルド、だが赤霧がひるんだ様子はない。それどころか左手を腰に当てつつ右手の人差し指を立て、説教するようなポーズをとった。
「はっ、ということはまだ自分の本性に気づいていないのですね。それはだめですよ、自分のやりたいことははっきり言わないと自分のやりたいこともできなくなちゃいます。さぁ声を大にして叫びましょう、お風呂に入りたいと」
「なんとお風呂魔人だったのか、だったら俺は覗き魔人になってやるぜ」
 話の矛先が変わった事を察したのか、再び意気揚々と紅月は話し始める。加えて開き直りさえ見せていた。
「覗き駄目絶対っていう私のモットーに対抗するつもりですね。血を見る事になっても知りませんよ」
「命が惜しくて覗きができるとでも思っているのか? そこに風呂場がある、そこに覗き穴がある、そこに入っている美女がいる、そこまで条件が整っておきながら覗かないなんて男として、いや漢として何か間違っているとは思わないか、お風呂魔人?」
「いや、俺お風呂魔人じゃないから。覗きなんて趣味じゃないし」
 冷静に言葉を返すエドヴァルド、だがその言葉が返って紅月を本気にさせる。
「趣味じゃないだとぅ。あんた、人生の半分いや三分の二は損してるぜ」
「お前の人生論とやらについてじっくり聞かせてもらいたいな」
「いいぜ、まず第一条。人生とは異性といかに仲良くなるかである」
 意気揚々と語る紅月に赤霧も同意する。
「それは同意ですね〜でも異性だけじゃなく、同性とも仲良くするべきなのです」
「それはモーホーさんになれっていうのか、俺はノンケでも喰らう男だぜ、とか言ってほしいのか?」
「きゃー変態さんがいるのです」
「あーいい加減に現場に向かいたいのだがいいか?」
 一人飽きてた様に呟くエドヴァルド、だが他の三人は聞く耳を貸そうとはしない。仕方なく近くを通った生徒に道を尋ね、一足先に浴場へと向かうのであった。

 残る三人が風呂場へと来たのは、エドヴァルドから遅れる事一時間後の事であった。
「勝手に場所移動しちゃ駄目じゃないの」
「そうだぜ、もし襲われたらどうするつもりだったんだ?」
 烈火のごとく怒る赤霧と紅月、それを涼風のようにエドヴァルドは聞き流した。
「いつまでもあの場所いでも依頼は終わらないだろう? それにあんな人通りの多い場所じゃ他の人の邪魔になるだろ」
「むむ、確かにそうですね」
「お前、実は頭いいのんだな」
「何か妙に引っかかる言い方だな」
「そうか? まぁ気にするな」
 本当に気にしていないのだろう、紅月は肩を震わせ笑っている。赤霧もなぜか納得したかのように頷いている。諦めたのかエドヴァルドも「そうだな」とあわせることにした。
「それで噂の覗き穴とかいうのはどこにあるんだ?」
「知らないよ、そんなの。探したければ自分で探すといい」
「む、思ったよりケチ何だな」
「ケチってなによケチって、当たり前でしょ」
「なら俺一人で探すことにするか、探すことも楽しいからな」
「はいはい、でも先に仕事はやってもらうからね」
「了解っと、それじゃさくさくっといかせてもらいましょうかね」
 逸る三人、そして予定通りに靴も服も変えることなく大浴場の中に入っていった。

 そこはキメララットにとって地獄だったのかもしれない。それが冷静に状況を見ていたエドヴァルドの感想だった。
「こりゃ掃除だけでも大変だぜ」
 ため息混じりに呟く紅月、それもそのはずで浴場では至る所に毛が落ちていたのである。
「これ、キメララットの体毛でしょうか?」
「恐らくそうだろうよ。ほら見てみろ」
 エドヴァルドがアーミーナイフで指し示した方向では、一匹のラットが泡だらけになって浴場の床を滑っている。本来ならモップの要領で綺麗になるのだろうが、泡の中に毛が含まれているせいか、泡がなくなったところから毛だらけになっている。
「これは早くしないと冤罪にされちゃいますね」
 切羽詰ったように軍手を着用し覚醒する赤霧、純白だった彼女の髪が黒に変わっていく。
「そうだな。すでにシャワーが壊されてる、こいつらも責任まで取らされては敵わないからナ」
 続くように紅月も覚醒する。
「ついでに覗き穴も作ってみるカナ」
「それはやめておけ、いややめてくれ。俺も責任取らされたくは無い」
 わざわざ備品を壊さないようにアーミーナイフで戦うエドヴァルド、だがこのまま戦っていては自分も責任を取らされる可能性に気づき釘を刺そうと思った。だが次の瞬間には紅月の両の爪がキメララットもろとも蛇口を一つ破壊している。見なかったことにしておきたかったが、天井まで噴出す水が彼の思考を停止させていた。
「そっちに一匹行きました。エドヴァルドクン、今更何考えても無駄ですよ」
 追い討ちをかけるように赤霧が言葉をかける。そしてエドヴァルドは考えることをやめたのだった。

「あー一応皆さんの意見を考慮して、器物を破壊したのはキメラのせいとしておきます」
「ですよね。いい判断だと思います」
 キメララットを倒し終わった大浴場は惨劇の跡を色濃く残していた。だが能力者達の話によると、戦闘が始まる前には既にこの状態だったという。半分以上眉唾ものと分かっておきながらも、一応自分が土木部であるため修理する手はずは整えていた。
「でも掃除ぐらいはしてもらいますよ?」
「もちろんお風呂に入りながらやりますよ」
 服も髪もぐしゃぐしゃにしながらも目を輝かせる赤霧、遂に待ちに待った入浴である。だがその一方で紅月はさめざめと泣いている。
「一応聞いてやる。どうしたんだ?」
「‥‥覗き穴見つけきてなかった」
「お疲れ」
「うん、疲れたよ」
 白く燃え尽き、しばらく動けなくなった紅月であった。