●リプレイ本文
砂漠に一滴の水を流す。水は砂の大地に飲み込まれ、やがて姿を消すであろう。砂漠に水、一般的にはそれは意味のない行為なのかもしれない。だが流した本人が満足すれば、まんざら無駄とは言えないのではないだろうか。
「大体おじい様がロッタにあわせて入り口を作ったのが悪いんです。泥棒防止のために入り口を小さくしたらしいのですが、他の人が通れないんですよっ」
購買のバックヤードで依頼を受けた生徒達とロッタは天小路桜子(
gb1928)と鯨井レム(
gb2666)の二人が準備してくれた紅茶類を頂きながら、休憩をとっていた。本来の仕事である倉庫整理はロッタの考えていた以上に早く事が進んでいる。倉庫内はあらかた片付け終わっており、あとは倉庫外に出されたダンボールの中身を分類するだけというところまで来ていた。
だか懸念材料がないわけではない。ロッタと共に倉庫内整理を手伝っていてくれていたチェスター・ハインツ(
gb1950)が倉庫から出るときに頭を出入り口の上でぶつけてしまったからである。アーシェリー・シュテル(
gb2701)が前もって用意してくれた濡れタオルを頭に当ててくれているが、多少瘤らしきものができあがっている。
「いや、僕の不注意ですよ。外の人に声をかけたつもりでしたが、頭上にまでは注意を払えませんでした。まだまだです」
小さく首を横に振りながら、チェスターは謙遜した。
「でもおかげで必要なものは倉庫の外に出し終えることができました。あと少しというところでしょうか」
「ですね」
倉庫の外には現在二十近いダンボールが置かれている。ロッタ曰く大半は授業に使う教材、残りがノートやペンといった文房具類、あるいはお菓子などの軽食ということであった。既にいくつかは開封され、弓倉 真若(
gb2917)は報酬の一部として約束していたパンを2個確保。陳列を待つ状態になっている。
「並べ方になにか決まりってあります?」
「パンとかはみんなの手の届く下のほうにお願いするのです」
「それだと結構盗まれない? 別に私が盗んだわけじゃないけど」
周囲の目を気にするようにしてルドルフ・ハウゼン(
gb2885)が言う。そんなルドルフに乾 才牙(
gb1878)は静かに笑った。
「誰もそんな事思っていません」
「分かるの?」
「目が見えない分、そのあたりのことは並の人間より敏感なのです」
「それって、結構便利かもしれないねー」
「一概にそうとは言えませんけどね」
「ですよね」
笑いながらその場を誤魔化すルドルフ、だが天小路桜子(
gb1928)は思い直したように尋ねる。
「しかし被害等は実際どうなのでしょう? 無いのならもちろん無い方がよろしいのですが」
「盗難って意味ですか?」
「端的に言うとそういうことになりますね」
「んー難しい質問なのです」
ちょっと口を尖らせながら、ロッタは答えた。
「購買に来る人は大体休み時間に集中するのです。だからお釣りの間違いとかある程度目をつぶらないといけない事もあるとロッタは思うのですよ」
「でも棚卸とかあるんじゃない? あれで盗まれたとか分かると思うけど」
「そうなんですけど、棚卸したくないんですよ〜」
「したくない? それは聞き捨てなら無りませんね。棚卸は義務だと思いますよ」
アーシェリーが口を挟む。チェスターもアーシェリー同様家事が得意ということもあってか、同じように疑問の表情を浮かべていた。
「義務と言われるとロッタも困るんですけど、急に敵が攻めて来ることもありますから難しいのです。今も大規模作戦中ですし、常にショップは空けておくべきだと思うんですよ〜」
「む‥‥それもそうか」
図星をつかれたためか、唸るアーシェリー。だがチェスターは更に追求した。
「確かにそれはそうですが、君はそれで大丈夫なのですか?」
「どういう意味です?」
「僕が言うのもどうかと思いますが、身体が資本だと思いますからね」
チェスターの額にはまだ濡れタオルが置かれている。そのためか冗談にも聞こえる話だった。ロッタも微笑を浮かべながら答える。
「みんなが前線で戦ってるのですから、ロッタもそのくらいはしないと駄目だと思いますから」
「そうですね。帰ってきてロッタの顔が無かったら、確かに寂しいかもしれません」
一瞬ロリコンではないかという疑惑の目が乾に集まるが、幸か不幸か乾にはみんながどういう表情を浮かべているかを見ることはできない。
「そういう意味じゃないですからね。」
雰囲気で状況を察した乾が言い訳を口にするが、弓倉は楽しげとも妖しげともとれる表情で乾を見つめた。
「本当?」
「本当です」
「そうやってムキになるところが怪しいなぁ」
「だったら、どうやって否定しろって言うのです」
「そうだなぁ」
楽しいのかと問われれば難しい状況ではあったが、有意義な時間ではあった。学園の中で現実世界の大規模作戦の話を持ち出した事に一瞬後悔を覚えたロッタであったが、周囲は特に気にした様子がないことに一人ほっとしていた。
「まずは教科書類の分類からだっけ?」
「ですよ〜いくつかセットを作って、それとは別に手にとって中身が確認できるようにお願いするのです」
休憩を終えて、能力者達は再び作業へと戻る。まず手始めに着手したのは教科書類の分類だった。教科書の扱いには能力者の中でもいくつか意見がでた。必要そうな教科書はいくつかまとめてセットで販売した方がいい、カウンター内にいくつかとっておいた方がいい、等という意見である。だがロッタとしては聴講生のためにもいくつか手にとって中身を確認できるようにしたいという。 だが置き場は無限にあるわけでもない。最終的にはそれぞれの意見を取り入れて、三分の一ずつ準備するということで意見はまとまることとなった。
「こんなかんじでいい?」
鯨井が紐でまとめた教科書の山を前に、うっすら額に浮かんだ汗を拭う。
「中腰の作業は大変ですね」
「でもこれでほとんど終わりですよ」
「かな。あとはまとめたものをカウンター内にまとめるぐらいってところみたいだし」
展示分は既に準備が終わっている。残る作業はセット分の移動と倉庫内の整理だった。
「倉庫内ももうほとんど終了ですよ‥‥っと頭ぶつけないようにしないと」
腰をしっかり下ろして扉をくぐるアーシュリー、さすがに2度も同じ手には喰わないらしい。
「じゃあ最後にみなさんにお給料配るのです」
一人一人並んでもらって、金庫から持ってきた封筒をロッタが配る。
「それじゃこれから入学式‥‥」
「入学式は延期になったのです」
弓倉が言うのを防ぐように、ロッタが答える。
「大規模作戦とかの影響で、ちょっと入学式は延期されたのです。ゴメンナサイ」
「それでは今回も依頼も不要になったということですか?」
天小路が尋ねる。
「そういうわけじゃないです。ロッタはとっても助かりましたよ。それに授業は始まりますし、購買が必要なのは変わらないのです」
ロッタは証拠として天小路に封筒を差し出した。受け取る天小路、僅かだが重みがある。
「他の人も取りに来てもらえますか〜?」
「了解です」
一人ずつ給金を手渡しでロッタは渡していく。そして最後に弓倉にパンと差額の給金を渡した後、簡単に謝辞を述べた。
「今日は本当に助かったのです」
「いいよいいよ、これからも何かあったらよろしくね〜」
ルドルフが答える。その答えを待っていたかのようにロッタは満面の笑顔を浮かべた。
「それでは早速困ったことがあるのです。実は今日生徒の皆さんに手伝っていただいたので売り上げが赤字になりそうなのです」
「‥‥それで?」
早速パンの包みを開けようとする弓倉の指が止まった。
「皆さん、新入生さんですよね。教科書必要だと思うのです。早速買っていってくださいねっ」
「‥‥さすがロッタちゃんだわ」
思わず苦笑を浮かべる新入生一同であった。