タイトル:【伝説の樹】土マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/17 21:23

●オープニング本文


 西暦二千八年十二月、樹医であるエカテリーナ・アシモフはカンパネラ学園で施設を借り、樹の観察をしていた。先日枯れかけ、土を掘り起こした伝説の樹の観察であった。だが進行状況はは芳しくない。既にまともな結果がでていない状況で一週間が経過していた。
「ふむ、ようわからんのう」
 既に結構な年齢を重ねているエカテリーナにとって、長時間の研究は身体の負担が大きく無理があった。それが研究の進みが遅い一つの原因ではある。だが結果がでていないからといって全く考えがないわけでもない。老婆は樹が枯れた原因について二つの仮説を立てていた。一つは下水道、もう一つは土である。
 カンパネラ学園の地下には下水道が流れている。生活排水の他、キメラの実験で使用された水も下水道を伝っていた。そのため下水道にはキメラが溜まりやすいという都市伝説がある。老婆が考えたのも、この下水道の水がどこからか漏れたという可能性だった。だがこの可能性に関してはダグラス・マウラーという教師が調査中らしい。そこで老婆はもうひとつの可能性、土の異常について調査を進めていた。
 老婆が土に関心を示していたのは前回の依頼、伝説の樹の根を掘り起こした時に感じた不安からであった。根の深い部分にキメラが生息していたのである。恐らく人の目に触れる事のない地下に何故キメラがいたのか、それが老婆の不安だった。そして辿りついた仮説が、地下の方がキメラの生育に向いているのではないかというものである。
 正直その仮説が正しいのかどうか、老婆自身も自信はなかった。現に証拠らしい証拠も出ていない。前回の依頼の時に掘った土を研究しているものの、まだ何も得られているものはなかった。
「何か見つからんかのう」
 老婆は本来学園の関係者ではない。ロシアの奥地で残り少ない余生を楽しんでいた老人である。加えて能力者でもなかった。伝説の樹の治療がなければ、恐らくラスト・ホープに訪れることも無かっただろうと老婆自身が思っている。だが一度関わりを持った以上はそれなりの結果を出したいと考えていた。研究施設を貸してもらっている手前もあるから尚更である。多少の焦りと体力の限界を感じつつも研究を進める老婆、そこで誰かが彼女の元を訪れた。
「ダグラスじゃな、ちょっとまっとれ」
 何かしらの進展があったのだろうと判断し出迎えようとする老婆、だが扉を開けたと同時に彼女を向かえたのは鈍く光る短刀だった。そして研究途中の土、その他資料が盗まれ、「ヌスムンジャー参上」という犯行証明書が残されていたのだった。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
アヤカ(ga4624
17歳・♀・BM
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
諸葛 杏(gb0975
20歳・♀・DF
しのぶ(gb1907
16歳・♀・HD
ブラスト・レナス(gb2116
17歳・♀・DG
高橋 優(gb2216
13歳・♂・DG
立浪 光佑(gb2422
14歳・♂・DF

●リプレイ本文

「もう終わりにしてもらえないか?」
 カンパネラ学園グラウンド脇のテニスコート、その横に備え付けられたテラスに六人の男女は腰を下ろしていた。本来なら学園生、あるいは聴講生が昼食を楽しむためのものだろう。長時間座っていられるようにと、日差し除けのパラソルがつけられている。だが今日は雨、日傘は単なる傘と化し、テニスコートにも周囲のテーブルにも人の姿は無く、いるのはヌスムンジャーの五人と上座に座る一人の男だけだった。
「俺は金で雇われた身、ここが限界だ。それにもう俺達がやっていることは義賊じゃない、遊びの限界を超えている」
 一人の優男が言う。名は緑川、ヌスムンジャーの中で唯一教師に名と顔が割れている男だった。
「今までは金が入るということで手伝ってもらわせた。多少の無理も引き受けてきたつもりだ。だがこれももう終わりにしたい」
 一人席を立ち去ろうとする緑川、だが上座の男が彼を呼び止める。
「妹は元気か?」
「‥‥」
「下半身不随だったな。バグアにやられたと言われているが、体内からは銃弾が見つかった。だったな?」
「何が言いたいんです?」
「おかげで子供が産めない身体になった。手術すれば治る見込みはないではないが金がかかる」
「‥‥帰りますよ」
 雨の中、傘も差すことなく再び背を向け歩き出す緑川。整えられた髪も雨で見る影もなくなっていた。かつてのリーダーであるアカレンジャーこと紅月丈太郎が呼び止めるが、今度は振り返ることも無かった。
「いいんですか?」
「いいさ」
 上座の男は答えた。
「もう面が割れている。そろそろ教師陣に捕まってもおかしくは無い。それに先日の事件だ、能力者が派遣されることになるだろう」
「ちょっと、彼を生贄にするつもりなの?」
 男の話を遮るように、唯一の女である桃城裕子が声を荒げた。だが上座の男はテーブルに両肘を立て、一瞬だけ桃城を視線を合わせて答える。
「そういえばお前は緑川に惚れていたな」
「‥‥はい。それが何か?」
 桃城が答える。彼女の隣で黄喰太郎(おおぐいたろう)が驚きの表情を浮かべていたが、誰もそれには取り合わなかった。
「だったらお前が代わりにつかまれ」
 それだけ言い残して男も席を立った。それに付き従うように赤と青も席を立つ。残されたのはくやし涙を流す桃白とまだ驚きの表情を浮かべたままの黄喰の二人だけだった。

「いました、緑川ですよ。今日は学校に来ているみたいです」
「あら本当、何かあったのかしら?」
 カンパネラ学園校舎、学園の生徒である立浪 光佑(gb2422)は緑川が受講しているという授業を覗きに行っていた。殺害現場であるエカテリーナの研究所に向かう途中で、緑川がきていると話している生徒の言葉を聞いたからである。最近はあまり顔を出さないという話を聞いていたため確認程度の意味だったのだが、しのぶ(gb1907)、ブラスト・レナス(gb2116)、高橋 優(gb2216)にも連絡をとり調べてもらったところ、やはり緑川が授業を受けているということだった。
「何となく授業を受けたくなったって可能性は?」
「君じゃないんだから」
「何よユウちゃん、失礼ね。私だって授業くらい受けるわよ」
「その度に授業も破壊していくんでしょ? 黒板とかプリントとか試験用紙とか」
「‥‥ユウちゃん、今までも私を監視してたでしょ」
「はいはい、おあつい二人ですねー」
 廊下からドアの窓越しに中を確認する三人。はっきりとは見えないが、緑川は時折窓から外をぼんやりと見つめている。二階の窓から何が見えるのだろうか、本来なら茶々を入れるブラストであるが、今は緑川を見ながらそんな事を気にしていた。何故わざわざ尾行しやすくするために学校に出てきたのかは不明だが、とりあえず様子を見るしかなかった。

 一方同じ頃、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)とアヤカ(ga4624)は殺害現場であるエカテリーナ・アシモフの研究室に来ていた。だが本来は彼女の研究室ではない、現在出向中の別の研究者の者である。依頼人であるダグラスも同行しているが、神妙な顔をしていた。
「本当に殺されたんだな」
 既に死体はなかったが、床にはまだ拭い切れていない血痕が僅かに残っている。それに薬品の匂いに混ざって、血生臭いがまだ残っていた。
「おばあちゃん、本当に死んじゃったんだニャ‥‥」
 まだ実感が無かったんだろう、アヤカはそんな言葉を口にした。
「だが、ヌスムンジャーがやったとは思えない。その脅迫状見せてもらえないか?」
「了解なのデース」
 研究所を見たところ、他に不審なものは見当たらなかった。監視カメラでも備え付けられていれば話は変わっていたのかもしれないが、それは今論じても意味の無いことだ。ダグラスは白衣のポケットから紙を取り出しホアキンに渡す。神妙な顔でそれを受け取り、ゆっくりと開いた。
「本当にヌスムンジャーの仕業だと書かれているだニャ」
「だが自分から名乗るか?」
 ホアキンの疑問はそこにあった。何故自分達が犯人であることをひけらかす必要があるのか? 捕まる危険性を犯しながら、自己主張するのはおかしな話だった。
「俺には他の人間がヌスムンジャーに罪をなすりつけようとしているように見える」
「それは確かにそうかもしれないニャ」
 口では同意している言葉を紡いだアヤカだが、落ち着きなさげに周囲を見回している。
「何か気になることがあるのか?」
「あんまり自信のない事ニャんだが、何だかおかしい気がするニャ」
「どういうことだ?」
「ホアキンさんの言うとおり犯人がヌスムンジャーじゃないとするにゃ。でもそれだと犯人はヌスムンジャーの人に恨みを持っている人と言う事になるニャ?」
「そうか」
 以前の事件の事をホアキンは思い出していた。彼等は義賊を名乗り、テスト問題の盗難を狙っていた。それ自体は当然許される行為ではないが、生徒から恨まれるような事かといわれれば疑問が残る。もし恨みを持つとしたらむしろ被害者である教師陣だろう。
「何か心当たりはありますか?」
 ホアキンはダグラスに尋ねる。教師ならばそのあたりの事情にも多少通じていることがあるだろうと考えてのことだった。だがダグラスは首を振る。
「私も彼等の名前は知っていまスーガ、直接の面識はありまセーン。それにエカテリーナさんも授業もっていまセーンので、恨まれるような事はないはずデース」
「そうニャのね」
 ヌスムンジャーを犯人だと仮定すれば話は早い。だが何となく危険だという印象が二人にはあった。それにヌスムンジャーの一員である緑川隆の動向は他の能力者が調べている、自分達は違う方面を調査するべきだと考えていた。
 だが自体が変わる。研究所に緑川の動向を探っていた周防 誠(ga7131)から連絡が入ったからだ。
「大変です。緑川さんが消えました」
「消えた? 彼は学園に来て授業を受けていたんだろう?」
 思わず顔を見合わせるホアキンとアヤカ。一時間程前に受けた提示連絡で、緑川に不審な動き無しという報告を受けていた。それが突然消えるとなるとおかしい、僅かに考えたそぶりを見せ問い返す。
「緑川はあなたやブラストさんが監視していたはずでは?」
「そうニャ。しのぶさんや高橋さん、立浪さんもいたはずニャ」
「それが授業中に逃げ出したんですよ。二階の窓を突き破って」
「なんだと‥‥」
 未だに稼動している時計の音だけが妙に大きく部屋に響く。そして三人は何かに導かれるように研究所を飛び出した。

「緑川さんがいなくなったのは約十分前、きっかけはおそらくメールです」
「メールニャ?」
「携帯電話らしきものを確認して、彼の顔色が変わったんです。そしてその直後に窓を割って逃亡、まだ見つかっていません」
「怪我は?」
「不明ですが、無傷というわけではないと思いますよ」
「でも走れないほどの重症でもないニャりな?」
「ですね、彼は今でも捕まっていません。僕達から逃げているのかもしれませんね」
 三人はまず緑川を見張っていたグループとの合流を考えていた。手早く周防から話を聞き階段を駆け下りていた。
「実はあたし達を誘き出すための罠とか言うことはないのかにゃ?」
「正直分かりません。僕も思わず目を疑いました。でも罠にしたって二階から飛び降りるような派手な真似はしないでしょう?」
「そうだな」
 やがて昇降口が見える。その先には立浪の後姿があった。
「見つかりましたか?」
 声をかける周防、だが立浪は反応しない。三人に背を向けたまま構えを取っていた。不審に思った三人が良く見ると、立浪の奥、つまり立浪の正面に一人の女性の姿があった。学園の制服を着ている、カンパネラ学園の生徒なのだろう。
「何かあったニャ?」
 尋ねるアヤカ、すると立浪はまだ構えをとかないものの小声で答える。
「この人が通してくれないの」
 覚醒しているのだろう、声には抑揚がない。そして視線は常に正面を見据えていた。
「通してもらえませんか? 急いでいるんです」
「断る」
 周防の質問に女は即答した。
「あなた達だって命張って守るものがあるでしょう?」
「何が言いたいんだニャ?」
「緑川を追いかけないで欲しいのよ」
「‥‥こんな調子なんだ」
 立浪が言うには、緑川を追いかける途中で彼女に捕まったらしい。ブラスト、しのぶ、高橋の三人を通すために、立浪がここに残ったということだった。
「あなたもヌスムンジャーの一人か?」
「そうよ」
「それじゃ、あなたが緑川の代わりに捕まるかニャ?」
 アヤカの一言で相手は動きを止める。
「交換条件、私が捕まる代わりに緑川を解放すること」
「勝手に自分のルール決めないで」
 憤る立浪、覚醒中のためか気が高ぶっているらしい。だが三人に説得されて、しぶしぶ了解するのだった。

 一方その頃、ブラスト、しのぶ、高橋の三人も緑川を見失っていた。学園の外に出たという可能性はあったが、学生服を着たままの逃亡は当然人目につく。何人かに聞き込みをした結果そんな目撃情報は無い。そこでたどり着いた結論が逃げ出していない、緑川はまだ学園の中にいるということだった。
「どこにいると思う、ユウちゃん?」
「犯人は現場に戻るってよく聞くけど、どうだろう」
「‥‥あなた達も同じところをぐるぐる回っているよね」
 高橋の言う原点、それは体育館裏の伝説の樹のことだった。今は亡きエカテリーナの仮説を確かめるためにも諸葛 杏(gb0975)が調査している。合流するためにも樹のある体育館裏に行く必要があった。
「ここ、誰か通らなかった?」
「車椅子の少女が一人、土をもらいに来ただけですよ」
「少女?」
「見かけない顔でした。学生服も着てませんでしたし、誰か先生の子供さんか生徒の妹さんだと思います」
 少女という言葉を気にした高橋。ヌスムンジャーは全員で五名、内一名が女性と聞いていた。さっき妨害しようとした女性がヌスムンジャーの一員だと考えると、その少女は何者なのか分からなくなってくる。
「‥‥何考えてるの、ユウちゃん」
「え、いや、何でもないよ」
 露骨に驚いた表情を見せる高橋、気になったしのぶは更に問い詰める。
「病弱の少女の方がお好み? 元気一杯で全力全壊で常に傍にいてくれる女の子より車椅子で薄幸で園芸が趣味の女の子がお好み?」
「それはたまには違う女の子も見たいわよね?」
 高橋に代わってブラストが代返する。慌てる高橋、そこで機転を利かし話題を元に戻すことにした。
「その少女だけど、君とは何か話した?」
「話しました、こんなところの土を集めてどうするのって。するとその子はちょっと笑って、これと同じくらいの樹を育てたいと言っていました。彼女はプランターみたいなものをもってたから、おそらく園芸が趣味なんだと思います」
「‥‥他に怪しいところはある?」
「強いて言えば一つだけ。何だか自分の死期を悟っているような印象を受けました。自分の代わりに樹に育って欲しい、そんな感じです」
 無駄足だったか? そう思い再び緑川捜索に入ろうとする三人だったが、そこに連絡が入る。ヌスムンジャーの一人桃城裕子が犯行を認めたからである。
「彼女の単独犯行であり、他の人は関係ない。そういうことらしい」
「本当かしら?」
「自首に近い形で犯行を認めたんだから、信憑性はあるみたいよ」
「でも‥‥」
「とりあえず今回の依頼はここで終わり、このまま捜査続けても緑川は私達が追いかけているから出てこないとも言われかねないからね」
 ヌスムンジャーの一人、桃城を確保した。まだ顔が割れていなかった人物を特定、確保できた意味は大きい。だが緑川はどこに行ったのか、四人の頭に疑問は尽きなかった。