●リプレイ本文
ロシア某所の補給基地、多数の飛行機と戦闘機に囲まれている中で問題のリッジウェイはあった。傍ではロッタ・シルフス(gz0014)が補給予定の暖房器具の検品を行っている。だがそれもやがて終わり、リッジウェイへの積み込みを開始した。
「アルも手伝う」
ロッタに見かねたのか、アルジェ(
gb4812)を始め他の能力者達もそれぞれロッタの手伝いに入る。荷崩れの起こらないようにウレタンなどの用意もしてあった。
「こうして積むと‥‥縦になっても崩れない‥‥後は隙間を埋めればいい」
とは言うものの、アルジェには内心焦りがあった。天気が余り良いとはいえなかったからである。太陽が顔を出していないわけではなかったが、所々黒く厚い雲が空に浮いている。風は無いが、空気が湿っている印象があった。特に負傷中のアンジェリナ(
ga6940)は全身の傷が妙に疼いていた。
「ロッタちゃん、今後の天気とか分かる?」
「天気ですかっ、ちょっと待って下さいね〜」
「ついでに地図もお願いね」
能力者達に断りを入れ、ロッタはしばらく基地の方へと姿を消した。二三分程時間をおいて、再びロッタが姿を現す。手には何枚かの地図と何かを印刷したような紙が握られていた。
「やはりあまり良くは無いみたいですね〜それとこれが地図ですねっ」
「どうもありがと」
地図を受け取るアンジェリナ、興味深げにそれを覗き込もうとするのは水理 和奏(
ga1500)、紫藤 望(
gb2057)、ルノア・アラバスター(
gb5133)の三名。だが佐渡川 歩(
gb4026)は地図よりも天気の方に興味を引かれていた。
「低気圧来てますね」
ロッタの背後から覗き込むように、佐渡川はロッタの手元の紙、週間天気予報を見ていた。その言葉に引き付けられるように一色 七(
gb5661)と風真 智彦(
gb5674)も天気予報を覗き込む。
「私も寒いの苦手ですからね〜、こーいう支援も大切だと思いますよ、うん。でもこれじゃ運ぶのも辛そうだ」
「ですね」
言葉とは裏腹に軽く伸びをしながら緊張を解す一色、だがその隣で風間は口元を震わせている。天気が悪いということで、依頼の難易度が上がるのではということを懸念していたからである。だが風間のそのような様子に気付いてか気付かないでか、ルノアが会話に割って入るように地図を引っ張りだして尋ねて来る。
「問題の、川というのは、ここですか?」
彼女が指差しているのは現在地から西にしばらく行ったところ、南の山間部から平野へと流れる川が描かれていた。それほど大きな川ではないのだろう、海まで流れ込む前に枯れている。だが迂回するには距離がある、相当の時間がかかるのは間違いなかった。
「できるだけ直線の場所で渡りたいって思うんだけど、平野部は曲がってるし、山間部しか無理なの?」
「ちょっとその辺りはロッタも分からないのです〜実際に現地に行って調べてもらうのが一番だと思いますよっ」
「そっか、それが一番だよね。了解だよ」
「バグア遭遇率だって低いらしいから元気良くいこーっ!」
元気一杯に拳を掲げる水理、それに腕を絡めるように拳を上げる紫藤。続くように他の能力者達も拳を掲げていく。最後に佐渡川がロッタの髪の香りに惑わされながらも拳を掲げると、再び全員での積込作業と運搬に向けての備品の確認に取り掛かるのだった。
「こちら、視界良好。寒い、けど、一緒だと、暖かい、ですね」
「こちらも問題‥‥2時の方向に野犬の気配、警戒」
「了解。ちょっと旋回するよ」
リッジウェイの上に腰を下ろし、アルジェとルノアは双眼鏡片手に哨戒に当たっていた。防寒のために着ぐるみやマフラー、外套などを装備しての任務である。加えて危険性が少ないということでコックピットも開放、二人の声は操縦席に座る佐渡川と後部で連絡を受けつつ地図と睨めっこしているアンジェリナにも直接届いていた。
「ところで紅茶の味はどう?」
「美味しい、ですよ」
「紅茶‥‥温まる‥‥やけど注意」
「だね、アルちゃん」
操縦桿を握る佐渡川もまだ心に余裕があった。これまでにも野犬の他、先行している紫藤と風真からの連絡によると水場には冬眠から覚めた熊の姿も見えたらしい。だがこちらから近寄ってこなければ向こうも遠目で見るだけで迫ってくるということはない。そこで先行する紫藤と風真、そして周囲の警戒に出ている水理と一色が野生動物の分布と土壌の状態を確認しながらアンジェリナへと逐一報告、それによって進路を変更しつつリッジウェイを進めていた。
「このまま向かうと渡河は山間部の南あたりになりそうね」
「例の直線地点ですか?」
「だね。山間部は傾斜があるだろうから、多少南に行った方が楽だろう」
地図の標高線をなぞりながらアンジェリナは答える。そして彼女の指先は南に行くほど間隔が開いていった。
「それじゃ、このままの、方向で、進むの?」
「そうね。とはいえ予定だから、何かあれば変えるかもしれないけど」
そう断りながらもアンジェリナは先行する紫藤、風間に無線で連絡を飛ばそうとするが途中で中断、情報交換と暖を取るために一度集合しようと改めて連絡するのだった。
道中はそれほど問題は無かった。何度かリッジウェイの足がぬかるみに落ち込むようなことはあったものの、紫藤と風真がAU−KVをアーマー装備してリッジウェイを持ち上げ、借りてきたワイアーを残りの能力者達で引っ張り出すことで事なきを得ていた。だがその度に先行する二人が呼び戻されるためリッジウェイの足が止まることを余儀なくされていた。
「仕方ないこととは言え、ちょっと時間が押されてるね」
三度目となる足止めの後、瞬天速で戻ってきた水理が空を見上げて心配そうに言う。空にはいつしか黒い雲が塊となって全体を多い、ポツポツと小雨を降らせ始めていた。
「寒さ、大丈夫?」
リッジウェイの荷台からアルジェが声をかける。隣ではルノアも心配そうに水理を見ていた。
「そっちは大丈夫。防寒シート被ってるから雨はしみこんでこないからね」
「でも、地面は、そうは、いかないみたい」
「‥‥だね」
当初は開放されていたリッジウェイのコックピットも雨が振り込まないようにと今では閉められている。いっそ雪になってくれた方が、溶けて染込む前に払えるだけマシであった。
「このペースだと、問題の川にはあとどれくらいかかるかな?」
荷台を開けアンジェリナと佐渡川に尋ねる水理。それに対し二人は佐渡川は肩を竦ませ、アンジェリナは手を眉間に当てて答える。
「地図でいうと、あと三十キロくらい。今までのペースで行けば一時間もかからないんだけどね‥‥」
「ぬかるみの度に足とられてたら一時間じゃ無理かな」
「そっか」
水理、アルジェ、ルノアはほぼ同時に地面に視線を送った。ただでさえ溶けかけている雪が雨でぬかるみと化している。起伏に強いリッジウェイではあるが、正直今は楽観視できない状況であった。
「天気回復するかな?」
今まで誰もいない所から声がかけられる。振り向くとそこには既にアーマー装備をした紫藤と風真、そして一色の姿があった。
「出発前に見た天気図がどう変わったか、それが気にかかるところです」
「ですね‥‥あの予報では後半崩れることになってたし」
一色と風真の言葉を聞き、水理は再び空を見上げた。二人の言葉を聞いたせいか、雲が先程より厚くなったような気がする。雪が減った分雪崩の量は減ったとも言えるが、可能性が減ったわけではない。そして雨足が早まったのは間違いなかった。
「そろそろ運転交代しましょーかー?」
気を利かせて一色が佐渡川に声をかけた。
「そうですね、代わりましょうか」
できれば女の子と変わりたかったという下心を抑えつつ、操縦席を離れようとする佐渡川。だが交代する途中で、一色の服が濡れている事に気付く。そして服を乾かすまでは休憩することを提案した。
「このままじゃ風邪を引くかもしれません。一度休憩をとって服を返るなり乾かすなりした方がいいと思います」
「‥‥そうですね」
納得する風真、だが女性陣は不審な目を佐渡川に向ける。
「着替え、覗きたい、わけじゃ、ないよね?」
「‥‥覗いたら許さない」
全力で否定する佐渡川ではあったが、中々信じてはもらえない。結局男性陣は火を起こす係を任されるのであった。
「行くよHoly Knight、うちが命を吹き込んであげる」
「僕も行かせてもらいますよ」
三十分程の休憩を挟んで、能力者達は再びリッジウェイの前進を開始。そして二時間弱の時間をかけ、川沿いまで無事到着していた。だがその間に雨足は更に速くなり、本降りへと変わっていた。
「あまり時間をかけてられませんね」
早速風真は借りてきたアーマーの上にエアタンクを装備、川に足場となるようにゴムボートを浮かべる。続いて紫藤もアーマーを展開、リッジウェイにワイアーを結びつけたのを確認しエアタンクを装備して川へと入っていく。
「それじゃ行くよ」
リッジウェイの操縦席には一色、荷台にはアンジェリナが座っている。ゆっくりと前進させる一色、そして荷崩れをしないようにアンジェリナは注意を払っていた。
「敵とか大丈夫ですか?」
風真が対岸を見張るアルジェとルノアに声をかける。
「問題ない」
「今の、ところ、大丈夫、ですね」
「水理さん、佐渡川さんの方は?」
「こっちも大丈夫だよ」
「同じく異変は無いですね」
最大の難所ということで神経を尖らせる三人、そしてゆっくりと進み始めるリッジウェイ。そしてリッジウェイの約三分の一がボートに乗った所だった、ルノアの耳が異変を聞きつける。
「これ、何の、音?」
「‥‥どうしたの?」
尋ねるアルジェ。だがルノアはそれには答えず、耳に手を当てて少しでも音を拾おうとする。
「何か、聞こえない?」
「どんな?」
「ドドドドドって、地響き、みたいな」
「雪崩?」
アルジェの言葉に紫藤と風真の手が止まる。水理も異変に気付いたのか紫藤と風真、アルジェとルノア、川の上流へと視線を移動させる。
「急ごう。雪崩かどうかは分からないけど、嫌な予感がするよ」
「確かに。でも慎重にお願いします」
聞こえるかどうかわからなかったが、佐渡川は後半の言葉を一色に投げかけた。それに反応したのか、急に動きが鈍るリッジウェイ。半分ほどボートへと乗せた状態からの重心移動に時間がかかっている。
「大丈夫かな」
「荷台にはアンジェリアさんもいるし、大丈夫だと思うよ。それにほとんどAI操作なんだから」
「心の持ち方、かな」
風真がそんな言葉を言ったときだった。誰の耳にも届くように地響きとも動物の群れとも聞こえる音がその場にいた全員が耳に届く。そしてわずかに遅れて届く振動。音源へと目を向ける一同、そこにあったのは雨水と雪解け水の混ざった鉄砲水だった。
「一旦引く。みんな川から離れろ」
アンジェリナからの命令に近い連絡に川沿いから離れる一堂、川の中へと入っていた紫藤と風間はエアボンベを確認し、ワイアーを腕に絡ませリッジウェイへとしがみついた。
「来るぞ」
目を閉じる紫藤、風真、一色、アンジェリナ。そして見守る水理、佐渡川、アルジェ、ルノア。リッジウェイは濁流の勢いの飲まれつつも半分乗りかかっていたゴムボートに収まり、水の流されながら波乗りをしているのであった。
数時間後、リッジウェイはしばらく下流まで流されていた。乗っていたゴムボートは穴が開いたのか萎んでしまっていたが、それでもリッジウェイを対岸まで運ぶという役割を果たしていた。他の能力者達ともしばらく連絡取れなかったものの、川沿いに歩いてきた水理、佐渡川、アルジェ、ルノアによって発見される。
「無事、みたい、ですね」
「ですね。心臓には良くないものです」
「そうかな。うちとしては結構楽しかったけど」
全く異なる反応を見せる風真と紫藤、そしてリッジウェイの操縦席の中では一色が操縦桿を握ったまま固まっていた。
「とりあえず機体の状態確認しようか」
水理が言うと、どこから取り出したのかアルジェは土木作業用のアタッチメントを取り出した。
「備えあれば憂いなし」
「だね」
突貫工事でありながらもメンテナンスを行う能力者達、そしてその後無事に目的地まで暖房器具を届けたのであった。