●リプレイ本文
まだ寒さの残るグリーンランドのアンサマリク地下研究所、そこは本来UPC北方軍チューレ基地の中でも一二を争う重要拠点である。そのためか入り口を始め、周辺も何人かの軍人が警備のために武器を手に哨戒している。おかげかバグアの姿は今のところ見えなかった。
「厳重だな」
鳥飼夕貴(
ga4123)が呟いた。
「おかげでこっちが警戒する必要ないから楽といえば楽だけどね」
「だといいな」
UNKNOWN(
ga4276)はいつも通りの井出達で研究所に来ていた。
「もし警戒する必要が無いのであれば、研究所所員が心配する必要はないだろう?」
「‥‥それもそうか」
UNKNOWNの指摘に納得したのか、鳥飼は思わず頷く。だが同時に思い出したかのように尋ねた。
「でもこれだけ守られて、何が心配なのかしら?」
「‥‥‥‥守られているだけじゃ分からないものもあるのだと思います」
「そういう考え方もありますね」
ヨーク(
gb6300)の意見にファブニール(
gb4785)は同意する。一方でフィルト=リンク(
gb5706)はどちらとも賛同しかねるといった感じで顔をしかめる。
「今まで多くの種類のキメラが確認されました。それだけ多いと自分達が知らないキメラがいてもおかしくないという気にもなるのでしょう」
「頭が回るゆえの悩みというですか」
苦笑交じりにファブニールは答える。
「確かに一度攻められた場所だからな。再び教われるような想像を抱く事もあるだろう」
「‥‥多少被害妄想な気がしないでもありませんけどね」
口々に好きなことをいいつつも、能力者達五名は研究所へと向かっていくのであった。
地下研究所へと入った一向は地図と通信機を借りる。だがその際に一つだけ注意事項が言い渡された。通信機がたまに使えなくなることもあるということである。
「どういうことだろう?」
鳥飼が問うと、軍人の一人が答えを教えてくれる。一つは研究所が地下にあるため電波が届かない場合があるということ、もう一つは調査や製作に多くの機械類が多く電波が干渉されることがあるということだった。
「別に入れなくなった所とかはないんですね?」
「無い。そういうところがあれば、バグアへの侵入路へとなりかねないからな」
「確かにそうですね」
ファブニールはそう答える反面、気になることもあった。研究者の方だけではなく、軍人の方も緊張している様子があるからである。だがファブニールはそれを今、口にすることはなかった。
「他に気をつけておくことはあります?」
「そうだな、所員に迷惑をかけないことくらいか」
フィルトが聞くと、軍人は頬を撫でながら答える。その仕草にはどこか悩んでいる様子があった。
「基本ここは所員中心で動いているからな。別に彼らの命令を聞く必要は無いが、邪魔だけはしないようにな」
「了解」
どうやら軍はよほどこの施設を重要視しているのだろう、能力者達はそう考えつつ各自調査に移るのだった。
鳥飼はまず過去に襲われた場所の確認を行った。敵の侵入経路や卵を植えつけられた位置、そしてその周辺の念入りに点検する。だが所員達もそのあたりは警戒したのだろう、監視カメラが付けられ、軍もパトロール地点となっていた。だが念のため覚醒し神経を研ぎ澄ませて何か見落としが無いか確認すると、微妙な違和感があった。
「何かこの辺り、おかしな事ありませんか?」
通りがかった所員に鳥飼は尋ねるが、所員は昔卵があっただけで他には異変は無いという。そこで、近くで地殻変化計測機を操作していたヨークにも調査を頼む。だがやはり地殻の方にも変化は無かった。
「‥‥‥‥変化無いですね。実験中に何かあったのでは?」
「先程聞いた話では、そういう話は無いみたいね」
だがそういう話を二人でやっていると、周囲が心配そうな顔で見ている。
「‥‥‥‥数値に異変は無いですよ。念のため、ここの計測器置いておきますね」
そう言って、ヨークは地殻変化計測器の位置を固定して備え付ける。その間に鳥飼は地図に異変ありと記入し、その場を後にしたのだった。
同時刻、UNKNOWNは研究所内の上部にある通気孔を確認していた。そこからバグアやキメラが襲ってくる可能性を考えたからである。だが天井近い部分にあるものが多く、多少窮屈な思いをしながらUNKNOWNは調査を進める。だがふと下に目をやると、そこには所員とお菓子を摘みお茶を飲んでいるファブニールとフィルトの姿がある。情報収集をしているのだろう、実際ファブニールは自分でお菓子を準備してきたという話をUNKNOWNも聞いている。だがフィルトは言ってみればタダ飲みタダ喰いである。そこでUNKNOWNは調査をする振りをしながらも、反省させる方法を考えることにした。
UNKNOWNが行動を実行に移したのは、通気孔の調査を終えレポートにまとめている時の事であった。フィルトもお菓子とお茶を交えながらの情報収集の結果をUNKNOWN同様にまとめている。だが長時間話を聞いていたためか、フィルトも身体に疲れを感じていた。休憩所のソファーの背もたれに体重を預けながら、右手で顔を支えている。少なからず眠気が襲ってきているのだろうと判断したUNKNOWNが眠気を覚ますために、隠密閃光をしつつ接近する。だがフィルトはまだ気付いた様子は無い。そこでUNKNOWNはレポート作成にも使っていたサインペンを取り出しフィルトの鼻の頭を黒く、髭を左右に三本記入。そして定位置に戻り、またレポート作成に取り掛かる。フィルトがそれに気付いたのは約十分後、休憩所へと煙草休憩に来た男の研究所所員に言われての事だった。
「これは違うんですよ。私はこういう趣味はありませんから」
いつも通り冷静を装い、フェイルは鼻の頭と髭の模様を消そうとする。もし油性であったらどうしようか、そんな一抹の不安を覚えないでもなかったがサインペンはすぐに消え、手が汚れていく。そこで改めてフェイルはお手洗いに急いだ。
「休憩中に申し訳ありません」
フェイルに代わりUNKNWONが所員に謝罪、だが所員は気にしないで構わないとジェスチャーで示した。
「久しぶりにいいものを見させてもらった。ちょっと最近根を詰めていたからね、いい気分転換になったよ」
「そう言ってもらえると、彼女も身体を張った意味があるでしょう」
フェイルもすぐに化粧室から戻ってくる。だが場の雰囲気のせいで出るに出れなくなっていた。やがて今日の情報収集の結果をまとめ終わったファブニールが休憩室へと通りかかり、フェイルに声をかける。そこで心持ち顔を伏せながらフェイルも休憩所へと顔を出すと、所員は一つ気になる話をしてくれた。それは今一部の所員しか知らないことだった。
「実は先日機械が誤作動を起こした。いや、誤作動というほどのものじゃないな。火花を散らしたんだ。まだ導入して半年ほどの機械だ、故障の可能性は薄い。まだこの事実に知っているものは少ないはずなんだが、緊張した空気が伝わっているらしくてな」
「火花?」
「詳しいことは正直分からん。同時に使っていた機器もあることから供給電力が足りなかっただけかもしれん。だが機器に負荷がかかっているみたいでな、メンテナンスは考えている」
「怖い話ですね」
そうフィルトが相槌を打つと、相手は不敵に笑った。
「そんなこと言っていられるのも今のうちだぞ」
「どういう意味?」
フィルトとファブニールの声が重なる。すると男は周囲を気にした上で声を潜め二人に伝えた。
「お前達の乗ってるKV、あれも一種の精密機械だろ?」
「そうだな」
「KVにも影響が出るかもしれないんですか?」
「可能性の一つだ、状況によってはセッティングをいじる必要が出るかも知れん。余裕があるならいくらか金は溜めておいたほうがいいかもな」
「参考にしておくわ」
「いいものを見せてもらった礼だ」
喜んでいいのか分からないフィルトであったが、とりあえず礼を言って研究所を去るのだった。