●リプレイ本文
「それじゃ早速始めっぞ。代表二人、じゃねーな三人か、早くリングに上がってくれい」
カンパネラ学園付属特設リング、人気の無い客席の中で能力者達と卒業生アンナマリーら三人、そしてロッタの十二名しかいない。ライトもほぼリングの部分だけ点けられており、五十名は入る会場は妙に静まり返っている。響くのはレフェリー役のNAMELESS(
ga3204)の声だけである。
「どうした? 何か問題でもあるか」
セコンドに入る御影 柳樹(
ga3326)が水無月 神楽(
gb4304)に声をかける。
「大丈夫ですよ」
「いやスーツとコートで上がろうとするのは、どうかと思うぞ? リネットさん、何かないか?」
「私のリングユニフォームならありますが、サイズが大きすぎますね。ロッタちゃん、何かあります?」
「ちょっと待ってくださいね〜でもどんなものがいいですか?」
「一緒に行きましょうか」
やがて二人は戻ってくる。そして対戦相手であるレーラはリングの上で二人を待っていた。
「お待たせしました、水無月・神楽と言います。クラスはフェンサーです」
「いやいや、気にしなくていいよ。それにしてもこうやってみると女なんだね」
多少咳込みながらもレーラは笑顔で答える。Observer(
gb5401)はその様子を見ながら、そして視線を上下させながら心配している。
「本当に体調悪いんですね。その格好は辛そうです」
リングに上がっているため、レーラも現在はレオタード姿である。筋肉こそ見えないものの引き締まった二の腕、そして太ももにObserverは関節技をかけてもらいたいなど妄想を膨らませている。
「それを確認するために依頼出したのよ。思う存分やらせてもらうわ」
「そうですね」
そういわれればそうかと思いなおし、Observerは実況・解説である紅月・焔(
gb1386)の隣の席へと座り、試合開始のゴングを鳴らした。
「始まりましたね」
紅月はObserverを特に気にすることなく一人で話し始める。実際解説席にはObserver用のマイクは置かれているが、紅月がマイクのスイッチをオフにしている。加えて紅月自身もObserverのマイクが入らないことを忘れてしまっていた。
「この試合は解説にかけた青春。解説歴約二分のワタクシ、Mr.ボン・ノウがお送り致します。早速対戦者の様子ですが、UPCの軍人のレーラさんは確かに動きをしてますね。でも精細がないように見えます。いやあんなものなのかな、まぁどっちでもいいんですけど」
実況暦二分の実力は伊達じゃないらしく、紅月は適当な解説を続けていく。
「一方水無月さんはどうでしょう? あーこちらもよさそうですね。ですが着慣れていないのかレオタード姿に戸惑っていますね、それもまた一興ですか」
「一興? 何てことを」
抗議する様子を見せながら、Observerはリング脇と実況席を行き来し二人の姿を眺めている。そして時折マットを叩きながら「立て、立つんだ。ぢょ〜!」「涙橋を思い出せ、そこでちょむちょむです!」と絶叫。その度にリネットに取り押さえられている。あれもキメラインフルエンザが感染した症状なのかと一瞬いぶかしんだ御影だが、その考えを消去することにした。Observerは今回唯一のサイエンティスト、治療もだがマッサージも担当している。治療の際にうつされたらたまったものでは無いからだ。
「そこ、邪魔するなよ。こっちは毎回タイム止めなきゃならないんだから面倒なんだぜ」
リングの上からNAMELESSが警告を出す。今回の試合は一試合三十分、鹿島 綾(
gb4549)、ふぁん(
gb5174)がこの後控えている。何よりNAMELESSとしては、アンナマリー達が食べたというキメラの情報が気になっている。休憩時間に教えてもらえる約束を取り付けているため、一分一秒も遅らせたくないという気持ちがあった。
「ちょっと拘束しといてくれ」
NAMELESSの提案にObserverは一瞬喜んだ。このままリネットに絞められるのも悪くないというM魂が疼いたからである。だが次の瞬間、耳を疑った。御影が絞め役を交代すると言い出したからである。
「それなら俺がやっておくぞ。見た限り、俺がやった方が効果的のようだからな」
「そうしてもらえると助かります。私もセコンドとして集中したいですから」
流石にこの展開は予想していなかったのか、Observerは実況席へと逃げる。だが御影とリネット、そして興の乗った紅月の三人に囲まれ捕まえられる。そして御影からサブミッションの極意についてヘッドロックを決められながら耳元で念仏のように囁かれるのだった。
一方、水無月とレーラの練習試合の方も同時進行で進められていた。だが始めはお互いに手を出さない。様子見ということもあるが、互いに関節を狙っている気配があった。何度か手を合わせて力比べをしてはいるが、息を読んだように間合いを外している。やはり相手は本調子ではない、それが水無月の感想だった。
そこで試しに体を預けるように密着、そこから肘で鳩尾を狙う。それを読んだレーラは身体を捻りながら腕を取り十字を狙いに行くが、その前に水無月も腕を払って再び距離を開けた。
「体調は悪くないんじゃないですか?」
「そうでも無いわよ。本当だったらさっき腕折るつもりだったのに」
「それは怖い話ですね」
レーラの言葉が本気なのかただの見栄なのか分からないものの、一度組んだ感触は上級者であることは間違いない。手のひらが軽く汗ばんでいる自覚がある、一度呼吸を落ち着けて水無月は再び当身からの関節技への移行を狙う。だが途中でNAMELESSがそれを遮り、ストップウォッチを示した。
「悪いが時間だ。アンタ、はめられたんだよ」
NAMELESSが軽く説明をしてくれる。
「Observerの一連の騒動と同時進行で進めたこの試合、周りの喧騒を無視するためにアンタはレーラに集中した。だが何度か組んだものの基本は様子見、それで試合に没頭しちまったんだろ。逆にレーラは時間を気にするだけの余裕があったってことだ」
「ゴメンね。戦場じゃ不意打ちの可能性も考えて動いてるもんだから」
ロープに腕を絡ませながらレーラは笑う。
「そういう姿は普通の女性らしいですね」
「ありがと、お世辞でも嬉しいよ。でもちょっと卑怯な手だとは思ってる。こうしないといけないくらい体力落ちてるってことかもね」
最後にお互いの健闘を称え握手を交わす水無月とレーラ、目立った外傷の無い二人はセコンドにタオルをかけてもらい控え室へと戻る。こうして第一戦は終了した。
続く第二戦、やる気十分でリングに上がったのは鹿島である。紅月も不要に彼女を盛り上げる。
「リングに上がりましたのは鹿島、鹿島綾。真紅のリングコスチュームに身を包んでの登場となります。手元の資料によりますと、体重は不明、極度の甘党だと自負しているそうです。これは出るところは出ているという意味でしょう」
自分のスタイルと脚線美を惜しげもなく披露する鹿島、肌に密着するように張り付くコスチュームが彼女の豊満な体型を更に際立たせている。おかげで死んだように眠っていたObserverも実況席で復活、いつしか撒きつけられていたロープを引きちぎらんばかりの勢いで暴れ出す。
「か・し・ま! か・し・ま! にょほほほほ〜♪」
意味不明な言葉を連呼するObserver、だが再び御影が睨みを利かせると自粛する。反面リネットは呆れたようにObserverを一瞥し、再び視線をリング、そして控え室の方へと移した。
「そして対戦相手のイリヤですが、姿を見せませんね。昔日本の武将に決戦に遅刻してくる人がいましたが、これはその真似でしょうか」
好き勝手に解説を語る紅月ことMr.ボンノウ。だがその解説を聞いているものはいない、NAMELESSは神経質そうにタイムウォッチを見ている。一方セコンドの御影とリネットは流石に堪り兼ねたのか控え室へと向かい始める。
「さっき見た感じでは大丈夫そうでしたけどね」
思わず早足で駆け寄るリネット。そして控え室の扉をノックすると、やっと扉が開く。そしてイリヤは白い歯を見せて笑った。
「わりぃ、久しぶりに思いっきりブーツの紐結んでたら途中で切れちまったよ」
「心配しましたよ、本当に」
「対戦相手の人もすまねーな、あと審判の人も」
「最近、生身を使うよりもKVを使う事が多いせいで、体が鈍ってるんだよな。折角だし、俺も調整させて貰うか」
手を大きく上げて大丈夫であることをアピールするイリヤ、だがそれが空元気ではないのかとセコンドにつく御影とリネットは怪しんでいる。そしてそれがはっきりしたのは試合開始から十五分程経過したところだった。
「どうした。グラップラーっていう割には、動きが鈍い気がするよ?」
イリヤは完全に足に来ていた。序盤のウォーミングアップを兼ねた序盤の様子見では互角以上のスピードを出していたが、十分を過ぎたあたりから足が止まり始め、鹿島のガゼルパンチの直撃を喰らうと同時に足が完全に停止する。そしてやっとObserverの封印が解かれ、治療に当てられることになった。
「どうやらスタミナ不足みたいだね」
Observerが真面目な顔になって触診をする。
「消化不良が原因か、キメラの肉でも詰まっているのかもしれんな」
「恐ろしいことをいうじゃないぜ」
やっと真面目なことを言うと思いながら、御影はObserverの結果を聞いていた。
「ちょっと待っててくれ、点滴を貰ってこよう」
「頼む。このままじゃ相手に悪い」
「病人でも俺は容赦しないぞ?」
とはいいつつも鹿島は肩を貸し、イリヤを控え室へと連れて行く。そして休憩後に再戦することを約束するのだった。
そして三戦目、正統派を称し紺のコスチュームで登場するふぁんに対し、アンナマリーは黒のパンクスタイルに竹刀と奇抜なメイクで登場した。かつてのヒール役を髣髴とさせるスタイルである。
「ちょっとイリヤの弔い戦させてもらうよ」
そういうと、紅月のマイクを奪ってふぁんを恫喝する。
「序盤は様子見なんて生ぬるいことはさせないからな」
「私もそのつもりで行かせて貰いますよ」
「今回は試合前から盛り上がってまいりました」
ヒール役の登場に紅月も盛り上がりを見せ始める。そして御影とリネットも一度呼吸を入れなおした。そして意気揚々とリングインするアンナマリー、続いてふぁんのリングインを確認し、NAMELESSが開始の合図を出すのであった。
言葉通りアンナマリーは序盤から飛ばした。開始と同時にラリアットでふぁんをロープへと追い込み、すかさずロープアクションで戻ってきたところにドロップキックを入れる。おかげでふぁんの方もスイッチが入ったのか、起き上がりと同時にタックルでアンナマリーの足を狙い、そこから逆エビへと移行。しかしアンナマリーも完全に決まる前にふぁんの足を払って脱出し、一度間合いを開けた。
「それだけですか〜」
「まだまだですよ」
そういうと、ふぁんは再びタックルでアンナマリーの足を狙う。アンナマリーもそれを読んで回避、だがふぁんはそこから手をマットに付きブレーキをかけると、自由になった足でアンナマリーの足を払う。そしてマウントポジションを取りに行くが、その前にアンナマリーも立ち上がりふぁんを殴り飛ばす。
「あたしのマウントとろうなんて十年早いよ」
「それで本当に病人なのですか?」
ふぁんは言うと、アンナマリーは怒った風に答える。
「さっきのイリヤの様子見てたらわかるでしょ。あれが病気のせいじゃなかったら、あたしが軍人辞めさせるわよ」
ヒール役に徹しているせいかアンナマリーの口は悪い。ふぁんもそれを理解しているのか口調に対しては悪くは言わない。だが完全に下に見られている様子は納得できなかった。
「でも病気ってことは私もまだ可能性があるってことね」
再び襲い掛かるふぁんではあるが、アンナマリーはさばいていく。そしてそのままタイムアップとなった。
「実はね、大きな人の方が扱いやすいのよ。軍だと男と組まされるほうが多いからね」
アンナマリーは試合後ふぁんとの戦いをそう解説した。
「正直身体が覚えてることの方が多かったわ。動いてくれることは確認できたから十分意味はあったと思ってる」
その後能力者達とアンナマリー達は休憩を挟んで、キメラの食べ方の研究や戦い方、そしてキメラの肉は食べる前に検診した方が無難じゃないのかという結論へと導く。そして再戦となった鹿島―イリヤ戦から開始、十分な汗を流すのであった。