●リプレイ本文
「この木には近寄らせない」
体育館裏の伝説の木、その傍に今日も少女は立っていた。
「こんな木はあってはいけない」
左手で右手に握るチェーンソーのエンジンをかける。けたたましい音が周囲に響いた。そして刃は目の前の大木に当てられた。
「こんな木がなければよかったのに」
夜の静寂を切り裂く音が響く。木を切り刻む音だ。だが誰も近寄ろうとはしない。今まで彼女がばら撒いてきた噂によるものだ。伝説の木を傷つけたら不幸が襲う。特定人物を狙って怪我を負わせるという、所謂古典的な呪いである。だが古典的だからこそ誰でも一度は耳にしたことがある。現にその効果は絶大で、ここまで大きな音を立てても誰も近寄ろうとはしない。誰にも邪魔されずに作業をしたい少女にとって、これは最高の環境だった。気になる事があるとすれば先日掲示板に張られた能力者の存在、やつらが勝手に嗅ぎ回れば面倒な事になる。
そんな事を考えているとふと物音が聞こえてきた。誰かの足音らしい。そう判断した少女はとっさにチェーンソーのエンジンを切り、身を隠した。そこに現れたのは二人の男だった。いや、厳密には男らしいというだけに過ぎない。顔が分からず、判断材料がおぼろげながらに見える身長しかないからである。生憎ながら空には雲がかかっており、月も星もおぼろげにしか確認できない。もっともおかげで自分の姿も確認されずに済んだのだが、少女はそこまで頭をめぐらせることが出来なかった。
「私を妨害しようというのね」
実際それは否定できないことであった。影の正体はホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)と伊達・正風(
ga8681)、今回伝説の木の調査に参加した能力者二名である。特にホアキンは今までの大規模作戦等でもそれなりの功績を挙げている。だがそんな事は少女にとっては関係なかった。
「邪魔はさせない」
少女は幽かに歯軋りを立てた。視線は木に直視、耳も二人の影の方に向けられている。余程面白くないのだろう、眉間にいくつか皺ができている。だが少女はそんな事を気にした様子は無かった。僅かに漏れ聞こえる二人の声に耳をそばだてていた。
「‥‥この切り口‥‥のようだな」
「だな。この木屑の‥‥、‥‥だとは思えない」
一つの影がひざまずき、地面に落ちていた何かを拾う。そしてもう一つの影にそれを見せては、ポケットの中にそれを仕舞った。恐らく木屑を拾ったのだろう、少女はそんな事を考えていた。木屑を調べれば自分がチェーンソーを使っていた事がばれるだろう、すぐに私に行き着くとは限らないが、障害になる事は間違いない。いつ消すか、自分の思考が飛躍しすぎている事も気に留めず、少女はその場を離れていく二つの影を見つめていた。
「何かあったかニャ?」
正門の外、聞き込みと見張りを兼ねて待機していたアヤカ(
ga4624)が出てくる影に話しかけた。相手もそれに気付いたのだろう、周囲を警戒しつつ彼女の方へと向かってきた。
「とりあえず収穫はあった、問題の木はチェーンソーでやられている。恐らく犯人の所有物だろう」
「証拠として木屑を拾って来た」
ホアキンの言葉に合わせて、伊達がポケットからハンカチを取り出す。条件反射的に身じろぐアヤカ、だがハンカチが開かれると、安心したのか今度は興味深げに顔を近づけてきた。
「確かに細かい木屑だニャ。斧じゃこんな木屑できるはずできニャいニャり」
「そうだ。それにチェーンソーは能力者用の武器としてはほとんど出回ってなかったはずだぜ。上手く行けばそこから何か割り出せるかもしれない」
「やけに気合入っているニャりな?」
「ん‥‥まぁな」
一瞬言葉に窮した伊達は、そのまま言葉を濁すことにした。彼には依頼後、この学園に非常勤講師として雇ってもらいたいという野望がある。そのためにも少しでもいい所を示しておきたいというのが彼の考えだった。
「ところで、そっちの方はどうだ?」
「あたしの事ニャりか?」
話題を戻すように尋ねるホアキン。アヤカは一度自分を指差してホアキンに自分のことなのか確認すると、しばらく考えて首を横に振った。
「特に進展は無いニャりね。初めの頃に比べればみんな協力的になったニャりが、自分から首を突っ込んで調べようとする人は少ないみたいニャり」
「そうか」
ホアキンは短く答えるが、そこに落胆の色は無い。実際自分も同じような状況に陥っているからである。今回参加者であるホアキン、伊達、アヤカ、そしてこの場にはいないアルガノ・シェラード(
ga3805)、しのぶ(
gb1907)、高橋 優(
gb2216)の名前は掲示板に張り出されている。勿論協力を求めるための措置であるが、上手く機能しているとはいいにくかった。辛うじて話を聞いてくれた学生からの話によると、原因は新たな噂である『特定個人を狙って傷つける』というものにあるらしい。つまり参加者に協力すれば呪いが降りかかるという噂が広まりつつあるということだった。だが参加者達は自分の名前を挙げた上で聞き込みを行い、存在をアピールを開始。始めは醒めた目で見ていた学生が多かったものの、日程が過ぎるにつれ彼等、彼女等が何故呪われないのかという疑問が一部で囁かれ始める。その結果として、協力してくれる学生が増えてきたのだった。だが増加しているとはいえ絶対数が多いというわけではなく、まだまだ情報量としては不足気味というのが参加者達の総意だった。
「だがそろそろ本格的に動く必要があるな」
すぐに動き出さなかったのには理由がある。一つは情報量の不足、これは聞き込みが上手く行えなかったことが原因である。そしてもう一つの理由が、できれば自首してもらいたいというアルガノの願いがあったからである。学園で起こった今回の事件、もし木がキメラではなく犯人がいるのであれば、その犯人は学園の生徒である可能性が高い。つまりまだ更正の余地のある人間の仕業だというのがアルガノの見解だった。それならばできれば自ら名乗り出て欲しいということで数日間猶予期間を設けることにしたのだ。だが結果だけを見れば、犯人はその猶予期間を木の切断に利用。その証拠が今伊達のポケットの中にある木屑である。残り期間を考えた上でも、あらかじめ考えられていた告白作戦を実行するしかなかった。
「今日の夜7時、伝説の木の下で待っているんだから来なさいねっ」
しのぶは高橋の靴箱にそんな手紙を投げ込んでいた。そこまでやる必要があったのかは疑問だが、木がキメラではなく誰かしら犯人がいると分かった以上、警戒するに越したことはない。それが遊びも色恋も全力全壊! もとい全力全開なしのぶの考えだった。可愛らしいピンクの封筒には何故かご丁寧に切手まで貼られている。消印はシェラード郵便局、情報収集を一緒にしていたアルガノの名義を借りたらしい。一方、手紙を受け取った高橋の第一印象は「この子、頭大丈夫なのか?」だった。
「元々この作戦を実行するには学園に通っている僕としのぶが適任だと思ったけど、ここまでやれって言ったっけ?」
嘲笑とも苦笑ともとれる笑いを浮かべる高橋、確かにしのぶとは同じ学園に通う仲であり、顔を見合えば喧嘩を繰り広げる仲である。おかげでしのぶのことはある程度理解しているつもりではあったが、どうやら彼女は自分の斜め上を行く存在らしい。
「上?」
高橋はふと手を止めた。
「しのぶが例え斜めであっても自分より上の存在であっていいものだろうか? いや良くない。天才たる自分の上に彼女が来るなんてもってのほかである」
高橋は頭を振って自分の考えを振り払った。だが何故上だといけないのか、そこまでは高橋自身も理解できなかった。
「まぁとにかく読もうか」
さすがに昇降口では人目がある、加えて中には犯人がいる可能性がある。おそらく誰かががどこかで見張っていると信じ、屋上へと階段を上がっていった。
「何なの! あの態度は一体何なの!!」
「ちょっと声が大きいですよ、しのぶさん」
昇降口の柱の影、しのぶは柱に自分の拳を叩きつけていた。隣でアルガノが必死に押さえようとするが、それで抑えられるしのぶではない。自分の感情をそのまま柱にぶつけていた。
「あれだって、私が何度も何度も書き直したものなのに!」
今まで毎日の様に顔をつき合わせていた相手ではあるが、いざラブレターを書くとなると緊張する。昨日の夜の事を思い出してしのぶは赤面していた。何度止めようとしたか自分でも把握していない、書いている途中で破り捨てようとしたこともある。それでも書き上げたのだ。絶対に読ませる、その決意だけは並々ならぬものだった。
だが一方でアルガノはしのぶを心配していた、今の彼女なら暴走しかねないためである。確かに自分の書いたラブレターなのだから思い入れがあっても当然なことだろう。だがこれはいわば犯人をおびき出すための罠、迂闊に動けば釣られるのは自分達であるかもしれない。
そこでアルガノ一計を案じることにした。しのぶを一旦この場から離し、冷静さを取り戻させようと考えたのだ。
「ここは私が見ておきます。あなたは戻られた方がいい」
「えーっ、こかれらが本番なじゃい?」
「呂律がまわってないですよ?」
「むぅ」
指摘されて初めて、しのぶは自分でも思っている以上に緊張していることに気がついた。別にこれは本物の恋じゃない、いわば練習である。だが相手をよく知っているせいか、妙に意識しているところがある。しのぶはひとしきり表情を変えつつ考えた結果、一度戻ることにした。
「それがいいですよ」
アルガノがしのぶをかえらせた理由はもうひとつある。視界の端に高橋を恨めしそうに追いかける少女の姿を見つけたからである。
「‥‥アナタが好きでした‥‥」
「あ、えと‥‥まあボクも悪くないとは思ってるし、馬鹿だけど」
人が見ていることを知りながら愛の告白などするものじゃない、しのぶと高橋はそんなことを考えていた。もちろん実験であることは分かっている、だが実験的とはいえ公衆の面前で愛を叫ぶという行為は嫌がらせの一種だとしか思えなかった。手紙で伝説の木の下に集まった二人はお互い顔を赤く染めながらもじもじと見詰め合っている。
しかし一方で残る四人は、また別の事を考えていた。正直愛の告白どころではない、耳の端で機械の駆動音を捉えていたからである。心臓の鼓動の様に規則的で低い響きのあるその音は、ホアキンと伊達、そしてアヤカが昨日学校で聞いたものと同じ音だった。犯人が近くにいる、四人の意識は周囲の索敵に向けられる。既に犯人の目星は立っていた、先ほどアルガノが見た少女、大き目で白いベレー帽を目深に被った金髪の少女である。身長はそれ程高くない。そしてその全てに該当する少女が今、チェーンソー片手に姿を現していた。
「あんた達、何なの? 折角誰も近寄らないように噂流してあげたのに」
しのぶと高橋は顔を見合わせた。そして不敵に笑っては武器を取り出し、大きく後退して間合いをあけた。その間に隠れていた他の四名も姿を現す。
「助かったよ、死にそうだった」
「同感」
それぞれエネルギーガンとエンリルを装備する二人。だが少女は臆することなく二人に接近、その表情には怒りの色しかなかった。
「あんた達みたいなも見てるとムカつくの、何幸せそうな顔してるの? 世の中には恋人さえ見つけられずに死んでいく可哀想な人がゴマンといるの」
「それはエゴだな」
伊達が反論する。
「悪いがあんたの事、調べさせてもらった。森本レナ十五歳、ドラグーンの能力者でカンパネラ学園の生徒、先日一目ぼれした聴講生の男性に告白したもののフラれた」
「悪かったわね」
レナがあらん限りの大声で、伊達の言葉を遮るように叫ぶ。
「世の中、愛だの恋だのウザイのよ。大体そんな目に見えないものの存在信じるなんてバッカなんじゃない? 頭どうかしてるよの。そんなのが何の役に立つって言うの? 戦場で愛だの恋だの言う人は死ぬって偉い人が言ってたの知らないの? だからアタシはそんな幻想断ち切るために、こんな木を切ってやるの」
「それは唯の八つ当たりじゃニャいか?」
「そうよ!!」
アヤカの言葉にもレナは大声で怒鳴り散らした。
「でも真実でしょうが。それで何人の人間が死んでると思ってる?」
「‥‥あなたは死んだ人間を見た事あるのか?」
レナが叫び疲れるのを待って、ホアキンは話す。
「言ってた、思う、あなたの言葉は伝聞や想像で構成されている。あなたは本物の死というのを見た事無いのではないか?」
「‥‥」
押し黙るレナ、そこにアルガノが畳み掛ける。
「君は自分がフラれた事実を世の摂理や運命と言った大げさな言葉で隠そうとしているだけじゃないかな?」
「だからどうしたの」
「もっと君は自分を見つめた方がいい。自分の良さを知るべきだ」
「偉そうな事言うんじゃないわよ」
レナがチェーンソーを八艘に構える。それが戦闘の開始だった。
「結局どうなったの?」
「今回は見送り、次回に期待ってことだ」
「いやいや、非常勤講師の話は聞いて無いから」
「‥‥」
微妙に心を傷つけられながらも伊達は答える。
「とりあえず初犯だから一週間の停学だそうだ」
「そのあたりが妥当ですかね」
「だな」
戦闘はそれほど苦戦になることはなかった。元々六対一の戦いである、問題となりえるのはレナのチェーンソーぐらいしかなかった。しかし伊達の調査でガソリン駆動の一般的なチェーンソーであることが判明、燃料が切れるまでソニックブームなどの遠距離攻撃に徹した参加者の前に苦戦する相手ではなかった。
その後非常勤講師の売込も兼ね、伊達が職員室まで身柄引き渡しと結果を報告。そこでレナの停学が決定したということだった。
「ところで問題の木はどうなるんだ?」
「あれか」
微妙な顔を浮かべて伊達が答える。
「元々成立したカップルが名前を彫るなどして結構痛んでいたらしい。これを気に正式に樹医に見てもらえないか検討するということだ」「不幸中の幸いということか」
「だけど、どっちにしても傷つけられる木だったわけニャりな」
「なんだか複雑な気持ちね」
神妙な雰囲気の中、アルガノがしのぶと高橋に声をかける。
「そういうことですから、名前を刻むのは遠慮してくださいね。二人とも」
先程の事を思い出して赤面する二人であった。