●リプレイ本文
空に太陽が燦然と輝き、砂浜の白が際立っている。人の姿は無く、ノヴィ・ロジーナだけが砂浜に影を作っていた。押しては引く波が静寂を裂く様に周囲に心地よい音を立たせている。ブーメランパンツ姿で現れたリュウセイ(
ga8181)は足の裏で砂の感触を確かめながら、ノヴィ・ロジーナに近づいていった。
「えっと、回路の異常とかはないかな?」
波に気をつけながら、リュウセイはノヴィ・ロジーナに近づく。後ろに続くのは堺・清四郎(
gb3564)、こちらはリュウセイとは対照的に全身を鎧で固めている。
「邪魔者の姿は見えるか?」
「クラゲの事? ちょっと待ってな」
堺の言葉を受け、リュウセイは足元に視線を落とし目を凝らした。浅瀬にはそれらしき姿は見られない、そこで沖合いへと視線を向けるとゼラチン状の浮遊物が無数に浮かんでいた。
「こりゃ多いな、須佐の作戦が正しいか?」
「網か、確かに文字通り一網打尽できれば、それに越した事は無いな」
二人の言う須佐こと須佐 武流(
ga1461)は同時刻、依頼人達もいるという山に登っていた。何かしら網に使えるものがないかを調べるためである。UPCで申請したところ高額であることと破損しやすいことからいい顔をされなかった。そこで使えそうな部品が無いかを調達に行っている所であった。キメラの潜伏など留意するべき事はあったが、依頼人である高峰律子らも寝泊りしている事からキメラはいないと予想。自分の希望で全体を乱したくないと単身山登りに入っている。だがリュウセイとしてはゆっちーこと雪待月(
gb5235)と顔を合わせたくないのではないかと考えていた。
「そんな事より女性陣は?」
「色々と手がかかるのだろう」
特に関心を示さない堺に対し、リュウセイは雪待月とフィルト=リンク(
gb5706)の登場を心待ちにしていた。狙いは二人の水着姿である。早く登場してくれる事を期待していたのだが、着替えに時間がかかるため先に現場へ向かって欲しいというのがフィルトの弁だった。
「早期解決に挑むのも悪くないが、時には腰を据える事も必要だ」
「俺、焦ってるように見える?」
「焦っていると言う程ではないが、集中力に欠ける印象を受ける」
「そんなことは‥‥ないさ」
誤魔化すように顔を背け、リュウセイは口笛を吹いた。合わせる様にカモメも声を上げて鳴く。鳥と同じ知能と見られそうな事に一瞬リュウセイは顔をしかめるが、途中でやめるのも癪だった。カモメと我慢比べをするかのように鳴き合うリュウセイ、だがやがて足音がするとすぐにやめ、反射神経の限界にも挑戦する速度でリュウセイは振り返る。だがすぐに目を閉じた。そこにいたのが水着に着替えた女性陣ではなく、浅川 聖次(
gb4658)だったからである。
「何かあったのですか?」
素の表情で問う浅川であるが、リュウセイは答えない。変わりに堺がリュウセイの気持ちを代弁する。
「水着が見たかったらしいぞ?」
「私のですか? 一応下に履いてきてますけど」
「そんな趣味はないから!」
苦笑を浮かべる浅川に対し、リュウセイは声を大にして答える。
「俺は健全な男で、女の子が好きなの。男の水着姿見て欲情することないから!」
有らん限りの声を張り上げ否定するリュウセイ、流石に堺と浅川としても大人なのか無駄に傷口に塩を塗るような真似はしない。代わりに聞こえてきたのは今度こそ正真正銘の女性の声だった。
「ちょっと五月蝿いですよ、海に来てはしゃぎたいのも分かりますが、私達を除け者にして盛り上がるのは許せないですね」
再び人間の限界に挑戦するリュウセイ、そこには競泳用のように飾り気は無いもののスタイルをそのまま表現する黒水着のフィルトとシンプルかつゆったりとしたデザインで身体の線を隠しつつも出ているところは出ている白のスクール水着をまとった雪待月が経っていた。
「どっちの水着姿もいいなぁ‥‥いかん、鼻血がでそうだ」
「素敵だと思いますよ」
口々に感想を漏らすリュウセイと浅川、だが堺は何も言わない。彼の頭の中は既に傭兵モードに切り替わっていた。
「須佐がまだだが、早速目標のクラゲの確認に入る。皆が楽しめる空間を取り戻しておかないとな」
堺の視線の先にあったのは、フィルトの手にあったビーチパラソル、シート、ビーチボールetcetc‥‥いわゆる浜辺にありそう、もとい満喫するための必需品だった。フィルトだけではない、後ろに続く雪待月の手にも握られている。クラゲ退治用の武器は一帯どこに収まっているのか、そんな様子だった。
「え、あ、ちゃ、ちゃんと戦闘の準備もしていますよ? ほら」
疑いがかけられている事を悟ったのか、荷物の中から機槍「おもいやり」を取り出し、片手で器用に伸ばしていく。だがその一方で、抱えていた荷物は零れ周囲に散乱し始める。
「フィルト姉様、同時にいくつもこなそうとするにはやはり無理があるかと」
「そんな事は無いわよ。さぁ、くらげ退治に参りましょう。――遊ぶ時間の確保のために!」
槍を高々と掲げるフィルトであったが、その拍子にビーチボールが零れ落ちる。一旦荷物をその場に置き、ビーチボールを追いかける雪待月。だがボールはそんな彼女の気持ちに反するかのように、軽やかに飛び跳ねて逃げていく。浜の端まで行き、ようやく追いついたところで手を伸ばす雪待月。だがそれより一瞬早く伸びる手があった。山に入っていたはずの須佐である。
「‥‥ビーチボールか」
ボールを手渡しつつ、須佐が話しかける。
「後で遊ぼうと思って」
「折角の浜辺だから‥‥いいんじゃないか」
視線が定まらないのか、須佐は目を泳がせる。一方雪待月は早くその場を去りたいのと何を言うのか期待したい気持ち半々でその場に留まっている。
「これからクラゲ退治で忙しいところ何だけど」
業を煮やしたか、雪待月が先に話しかける。すると須佐も決心したように口を切った。
「水着、似合っているな‥‥」
「‥‥ありがとう」
喜んでいるとも怒っているとも言えない複雑な表情を浮かべながら、雪待月は駆け足で戻っていく。その後を須佐はゆっくりと歩いて置きかけていったのだった。
全員が揃ったところで早速能力者達はクラゲの除去に取り掛かる。
「夏の海と言ったらクラゲですか」
苦笑を浮かべつつ、試作型水陸両用アサルトライフルを構える。今回の依頼のために存在するような銃であるが、まだ性能は未知数な部分がある。クラゲに効くのか不明なせいで苦笑を浮かべたくなるのも仕方の無い事ではあった。
「母国の海を侵す‥‥夏の海の邪魔者には、容赦はしませんよ」
顔を引き締め直すためにも浅川は一度言葉に出し、自分自身に喝を入れる。自然と表情も引き締まっていった。
「数は多いな、まとめて仕留める」
無数とまではいかないものの、海の中には相当数のクラゲが潜んでいる。強くは無いのだろう、スキルを使用せずとも一撃あるいは二撃で倒れていく。だがその二その三と続く様子には多少うんざりしてくる状況でもあった。
「クラゲにもてても嬉しくないのでね、お取引願おう」
堺の号令とともに能力者達は移動を開始、目標はクラゲの囲い込みである。数こそは分からないものの範囲さえ絞り込めば須佐の投網が意味を成す。そして肝心の須佐は一人やや後方に控え、右手の振りながら具合を確かめている。
「よし、いくぞ」
須佐の合図と共にリュウセイが身を翻し、投網の通過口を作る。それと同時に針の穴を通すように網が投げ込まれる。そして大漁旗代わりにフィルトがビーチパラソルを掲げるのであった。
依頼終了後、遊びの陣頭指揮をとったのはフィルトだった。機槍「おもいやり」を仕舞うと、代わりにビーチボールを取り出し膨らませる。その行動力はノーヴィ・ロジーナを浜辺へと移動させ整備の準備に入るリュウセイ、フィルトを姉と慕う雪待月も圧巻の身軽さだった。
「今すぐ始めるのです?」
思わず聞き返す雪待月にフィルトは当然と二つ返事で答えた。
「時間は待ってくれないのよ。折角独占できるこんな広い浜辺で遊ばないなんてもったいないじゃない」
「だが水分補給は忘れないようにな」
堺が警告代わりにフィルトにぶどうジュースを手渡す。
「準備いいのね、助かるわ」
感謝の言葉を口にして、フィルトはジュースを口に含んだ。
「生き返るわね」
「誰かがこういうものを用意しておかなければな」
いつしか沈み始めた夕日が空と海と浜辺を赤く染める、その中で雪待月とフィルトの水着は映えていた。ビーチバレーをするのだろうと雪待月は近くに落ちていた枝を拾い、線を引き始める。ビーチバレー用のコートだ。所々曲がっているが、それに関しては誰も文句を言い出すものはいない。ただリュウセイはまだノーヴィ・ロジーナのメンテナンスに従事し、須佐は網に絡みついたクラゲの除去を行っている。二人が気にしたのは、何故ノーヴィ・ロジーナが停止したのか不明な点である。
予想はいくつかあった。電気的なものでの干渉、電波的なものでの干渉、実際KVでの通信ジャミングは行われている事も最近では少なくない。今回もその一種ではないかという疑いがあったからだ。だが二人ともその手の専門家ではない、それに何よりリュウセイにとっては目の前でビーチバレーが行われているせいか、無性に血が騒いでいたからである。
「ビーチバレー、御一緒しませんか?」
微笑を浮かべ、浅川が誘ってくる。現在参加者は堺、浅川、雪待月、フィルトの四人、競技としてのビーチバレーとしては適正人数であったが、楽しむにはまだ数が欲しいところだった。
「どうせなら二人で参加してね。子供達にも振られちゃったし、奇数だと数にならないから」
フィルトは言うが、雪待月は神妙な顔をしている。子供達と遊べなかった事が残念なのだろう、だが高峰の話によるとバグアではなくバグアに憑かれた人間に近しい人間を襲われた事で現在でも対人恐怖症の兆候があるという。そこで上から遊んでいる様子を見ていると言う事だった。
「何があったかわかんねぇけど引きずって逃げるよりはどこかでキッチリさせたほうがよくねぇか? 余計なお世話かもしれねぇけどさ」
煮え切らない態度にリュウセイが須佐の背を押す。
「俺でよければ仲介するぜ。ゆっちーのあんな姿見たくないからな」
「ま、少しくらいなら‥遊びに付き合ってもいいかな‥‥?」
リュウセイに触発されたのか、須佐は重い腰を上げる。ただリュウセイとしては素直じゃないなというのが正直な感想だった。
「多少冷えてきたが、熱中症や脱水症状には気をつけろよ」
「そうだな、何か一つ貰えるか?」
「好きなものを選べ」
堺が飲み物を差し出すと、リュウセイは乳酸菌飲料を、須佐はフルーツ牛乳を手にした。
「‥‥遠慮なくいただく」
「労働の後の一杯は格別だね」
二人がそれぞれ感想を漏らす一方で、フィルトは激を飛ばす。
「何年寄り臭い事言ってるの。時間限られてるんだし遊ぶわよ」
「勿論だ、この後サーフィンもやる予定だしな」
「サーフィンですか、面白そうですね」
明るい笑顔を浮かべ、サーフィンに浅川も興味を示す。思わずリュウセイも親指を立ててはにかんだ。
「さいっこうだぜ」
「楽しみにしていますよ」
やがて再びビーチバレーが再開。チーム分けをするたびに互いの思惑が走るのか揉めに揉め、フィルトのうっかり覚醒対人スパイクがうなりを上げる。
「正々堂々じゃんけんで決めるわよ」
夜遅くまで浜辺では能力者達の笑い声が響く。そしてその様子を高峰は宿泊地点であるキャンプ施設から眺めていた。
「あんな笑顔をみんなもできるようになるといいね」
子供達はよく分からないという顔を浮かべている。
「いつかわかるようになるよ。それじゃご飯にしようか」
高峰は子供達を食堂へと誘導する。そして彼女がいた場所には能力者達が楽しそうにビーチバレーをしている油絵だけがイーゼルに立てかけられた状態で残されていたのだった。