●リプレイ本文
北半球最北の地の一つのグリーンランド、まだ手付かずの自然の残る同地に鉱物会社GM社の所有する鉱山はあった。対象となっているのは地球上に僅かにしか存在しないというレアメタルの採取である。
今回バグアに狙われたのGM社第三鉱山も既に最深部は地下三十二メートルに達している。そしてその最深部に今残されているのはGM社グリーンランド支社の支部長バーグレ・ゴールドマンと第三鉱物の現場責任者ランセン・レオノールだった。
「起きてるか、大将」
「起きてますよ、何でしょう?」
「そういや何で今日に限って鉱山見学なんて言い出したのかと思ってな」
「ここが狙われてると聞きましてね。警備強化できないか見に来たんですよ」
出来るだけ和やかに言葉を交わす二人ではあったが、お互い顔は見えていない。日光は勿論、今は坑道に備え付けられていたライトの光も届かない。途中で落盤が発生したためである。そしてレオノールは落盤の衝撃で足首を痛めていた。
「怪我は大丈夫ですか」
「こんなの怪我には入らねえよ。鉱員舐めんなって感じだな」
「頼もしい限りです」
レオノールから帰ってくる言葉は力強かった。だが姿が見えないためか少なからず不安はある。一寸先は闇という言葉を体感できるこの坑道で初めて感じた感覚だった。周囲には生きているものが一切存在しないのか、物音を立てるものは無い。風の音も無かった。時折忘れたかのように小石の転がる音が聞こえるが、それも何者かが堰きとめたかのように聞こえなくなる。酸素を無駄に消費しないよう火も点していない。バーグレの脳裏に過ぎったのは墓場のイメージだった。
生者たるバーグレは死後の世界というものに特に関心は無い。墓参りには行くが、それは風習だと考えていた。自分も死後墓に入るのだろうが、それについては特に関心が無い。むしろ残された妻子の方が心配だった。先日ニナの両親と面会した時に感じた事であるが、人の死というものは本人より残された者の心を縛り付ける。今頃ニナが死後の世界で何を考えているのか、ふとそんな考えが脳裏に浮かぶ。無論それは意味の無い行為ではある。死んだ人間は蘇らない。厳密にはニナの生死は判明していないが、もう会社で生きていると考えているものは少ない。バーグレもその一人である。
「ニナって社員知ってます?」
「ニナ・ルービン?」
「彼女について何か知ってることありませんか」
「悪いけど、あたしも面識は無いよ。噂で聞いているだけ。多分大将の方が詳しいんじゃないか?」
「それでも私の所まで上がってこない噂もありますよ」
なるべく社員との距離を置かないよう努めて来たバーグレではあったが、それでも影では本社からの左遷者や日陰奉行と呼ばれている事を知っている。全てを管理するのは不可能であり、捌け口となるものは存在するべきというのが彼の哲学でもあった。だがこういうときに限っては、どんな些細な情報が解決の糸口となるのか分からない。噂話だとしても知っておきたい事だった。
「優秀な人って前評判だったけど、結構悪さをするとは聞いてたね。遅刻も多かったとか」
「そうですね」
バークレは先日ニナの両親との示談交渉でも使った彼女のタイムカードを思い出した。異動してから一週間こそ遅刻してはいなかったものの、その後は五分十分と遅刻を始め、最終的には無断欠勤に至っている。それは人が怠惰になる様子を描いた一つの物語のようなものでもあった。
「他にも手癖が悪かったとか? 噂ではそっち系の人間とも繋がってるとかどっかで聞いたな」
「そっち系の人間?」
「詳しい事はあたしにもわかんねーよ。バグアとか情報屋とかじゃないの? 最近大将の回りに出てきた人間が怪しい気がするね」
最近自分の回りに出てきた人物、その言葉でバーグレの脳裏に真っ先に浮かんだのはUPCの調査員である。まだ顔馴染みと言えるほどの店も無く、新入社員が入ってくる時期でもない。取引先を増やしている所ではあるが、それはGM社側からの働きかけであるため、手回しをされた可能性は低い。向こうからやってきたと言えるのはUPCの調査団ぐらいである。だが最初の調査の打診があったのはニナの行方不明以前、そもそもニナはUPC調査団への提出資料作成のために呼ばれた人物だった。加えて前回のリア救助の情報も調査団から貰っている。怪しむには早計だというのがバーグレの出した結論だった。
坑道内は暗い、寒い、先が見えないと考えを巡らせるには不向きな条件が揃っていた。ニナの疾走の他にもまだリアの件が残っている。病院から先日聞かされた話では能力者適性があるということだったが、それが会社にどのような利益をもたらすのか今の所分からない。もし彼女が傭兵となってしまうようであれば、優秀な社員を一人失う事になる。惜しいというのが本音だった。だが聞いた話では能力者は安静にしておくだけでも生命力が回復するという驚異的な回復力があるらしい。医者の話によると、今の状態から脱するにはその回復力に頼るのが早いという。
「ちょっと失礼します」
バーグレは立ち上がった。
「どうした? 大将」
「寒いと近くなるみたいです。年ですね」
「そんな年じゃねーだろ? まぁ気をつけてな」
レオノールの気遣いは嬉しかったが、バーグレの最近の悩みの種は白髪と霞目。間違いなく年だった。だがさすがに反論するわけにもいかず、その場を離れたのだった。
「経歴は簡単なものでいい〜、出身地など教えてもらえるかね〜」
現地への出発前、ドクター・ウェスト(
ga0241)はGM社の社員の調査に乗り出した。対象は三人、レオノール、リア、そして支部長のバーグレである。
「ここに『リア』という人物はいたかね〜?」
ドクターが始めに情報収集の確認に行ったのはGM社のグリーンランド支部である。だが返答はノーコメント、代わりに返ってきた言葉は調査より先に救助に乗り出してほしいという関係者としての切実な思いだった。そこで調査対象をGM社からUPCへと変更し本部に確認を取った結果、三人に関する詳しい情報は無いということだった。
「気にかかりますわね」
現場である坑道へと向かう道中、ドクターの話を聞いたメシア・ローザリア(
gb6467)は呟いた。
「UPCの調査員が来ていながら、本部に情報が行っていない。そのような事があるのでしょうか?」
武器である大鎌「ノトス」の磨きながら、メシアは言う。今回戦闘班に組み込まれている事もあり、装備の手入れをぬかりたくは無いというのが彼女の心情である。
「可能性から言えば零じゃないと思うけどね〜グリーンランドの事はグリーンランドで管理すべき事だろうし、全てが全て本部へ情報が上げっているわけじゃないと思うよ〜」
「一応名前と略歴までは分かったのでしょう? GM社はUPCの管轄にあるわけではありませんし、十分と言えば十分な情報な気もしますけどね」
風代 律子(
ga7966)は前回会ったバーグレの顔を思い出していた。今回の要救護者の一人である。まだ前回の依頼の傷が完治していないこともあり、迅速に的確に救助する事が彼女にとっての至上命題であった。
「まずは例の調査団がどこの所属なのか確認してみてはどうかしら? 多分そこでGM社の情報は管理されていると思いますよ」
「そうだね〜バーグレ君に聞いてみようかね〜」
納得した表情を見せるドクター、その視線は広がる雪景色へと向けられていた。今の所キメラの姿は無い。隣では鷹谷 隼人(
gb6184)も失敗しないと言い聞かせつつ監視を行っている。
「お二人とも、無事でしょうか‥‥」
ハミル・ジャウザール(
gb4773)が心配そうに呟く。
「落盤、起きなきゃ良いんですけど‥‥」
ハミルは耳をそばだてる。風の音はあるが、落石のような音は聞こえない。自分を落ち着けようとする気持ちと返って不安を煽られる気持ちがハミルの中には混在していた。そんなハミルにマリオン・コーダンテ(
ga8411)はヘッドライトの光を当てる。
「そんな厳しい顔してると幸せ逃げちゃうよ〜」
マリオンが確かめているのは申請して受け取ったヘッドランプである。光源が少ないと思われる鉱山の中では重宝すると考えてのものである。早速試している所だった。
「キメラから逃げてるなら、身を潜められるような場所かな〜とかあたしは予想してる。落盤は怖いけど隠れる場所が増える。そう前向きに考えましょ」
笑顔で見つめるマリオン、ハミルは小さく「ですね」とだけ答えた。そして間もなく始まる依頼の準備を始めるのだった。
数分後、能力者達は現地へと降り立つ。寒さに一度軽く身震いをする一同、そしてハミルが足跡発見する。大きさは五十センチほどあるだろうか、自前のクロックギアソードで大きさを測ると、多少足りない大きさである。ハミルは早速マリオンを呼んだ。探査の眼を使ってもらうためである。
「探査の眼じゃ足跡の調査まではできないわよ?」
念のためハミルに確認を取るマリオンではあるが、それでも探査の眼を発動させる。そして周囲を一周見回した。見えるものは事務局へ向かう風代、坑道への道を確認する鷹谷、そしてそれぞれエネルギーガン、ノトスを構えるドクターとメシアの姿がある。そして肝心のキメラの姿は無かった。変わりに見つけたのは坑道へと続く雪道の上に足跡を見つける。時間が経っているのか多少形は崩れつつあったが、大きさは二種類。だがよくよく観察すると、指の位置がそれぞれ異なっていた。
「同じ個体じゃないってことね」
「予想としては‥‥三体というところでしょうか」
はっきりと足跡は残っていないが、大きさの異なるものも含め全部で三種類に分類されていた。行き先は全て坑道、そして小さいものは人間とほぼ同じ大きさだった。
「敵が二種類かしら?」
「‥‥余り考えたくない事ですけど」
二人がそんな事を考えていると、風代が事務局から姿を現す。手には何かのメモ用紙らしきものが握られていた。
「作業員に連絡が取れたわ。今日も出勤していた作業員はレオノール、バーグレの二人だけね。タイムカード押してあったし二人の荷物も置いてあったわ。非常時ということで中身確認させてもらったけど、大きさの割に入っているものは少なかったからある程度事態には備えてあると考えて良いとおもう」
「‥‥それは‥‥吉報ですね」
坑道の入り口を確認していた鷹谷がそう答えた瞬間だった。彼の背後、つまり坑道の奥からけたたましい音が響く。遅れて突風が彼の身体を襲った。
「‥‥これは‥‥凶報ですね」
それはほぼ間違いなく落盤によるもの、誰もがそう確認した。そしてマリオンからヘッドランプを受け取るとすぐに装着、隊列を揃えて突入を開始したのだった。
坑道内は比較的狭かった。幅が三メートルほどしかない。歩く分には二人並んでも問題ないくらいであるが、武器を振るうには十分とはいえなかった。そこで大物である鎌を構えるメシアが先頭、ドクターとハミルがそれに続く形となる。鷹谷は隠密潜行で気配を消し、マリオンはGooDLuckをかける。そして周囲の探索に集中した。特にマリオン、そしてハミルはキメラのものと思われる足跡を見ている。確実に何者かが潜んでいるそれは間違いなかった。その証拠に、地下へと続く簡易エレベーターには電気が通っていた。
「乗る‥‥わよね」
先頭を進むメシアが後続へと確認を取り、スイッチを押した。どこからともなくモーターの駆動音が周囲に響く。そして扉が開くと、そこにいたのは巨大なイエティだった。
イエティの方は扉の先に敵がいることを知っていたのだろう、扉を開くと同時に振り上げていた拳を振るう。目標となったのは当然戦闘を行くメシア、とっさに受けの態勢を整えようとする彼女であるが、武器がいかんせん大きい。すぐさま反応が出来ずに肩口から胸元までに痛烈な一撃を受けることになる。更に弾き飛ばされ、後続のドクターに当てる。空いた先頭の位置へと上がり、ハミルはクロックギアソードを勢いをつけて振るった。
「‥‥こんな所で‥‥手間をかけたくないのですよ」
だがイエティは左手でハミルの一撃を受け止める。そのまま振り切ろうとするハミルであるが、イエティも一度掴んだ剣を無駄に離そうとはしない。剣の間合いから右手での追撃を狙う。それに反応したのは風代だった。瞬天速で間合いを詰めると同時にアーミーナイフを右の肩口に突きたてた。
「これでまともに動かせないでしょ」
再びバックステップで間合いを外す風代、その間にメシアとドクターは態勢を立て直す。そして自分とメシアの武器に練成強化を施した。
「ありがとうございますわ」
立ち上がり、大鎌「ノトス」を振るうメシア。狙うはイエティの足元である。後ろからはドクターがエネルギーガンで援護射撃を行ってくれている。イエティからの反撃は無かった。だが違う位置からの反撃が飛んでくる。駆けつけた二匹目のイエティである。
「‥‥もう一体‥‥来ます」
狙われたのはマリオンだった。暗闇の中に突如浮かぶ敵の一撃がマリオンのヘッドライトが映し出す。初撃回避が出来たのはGooDLuckのおかげでだった。そしてイエティの姿を確認した鷹谷が叫び、挟撃された事を全員に伝える。鷹谷、マリオンも戦闘に備え、武器を構える。そしてハミルはエナジーガンを抜いた。ドクターに練成治療を施してもらうためである。
三人に練成強化を終え、ドクターは再びエネルギーガンを放つ。狙いはエレベーターに乗っている方のイエティ、メシアによる一撃で足を負傷したイエティである。そしてメシアも再び攻撃に転じる。ハミルもエナジーガンで援護に入る事で仕留めたのだった。
一匹を仕留めた事で、反対側にいたイエティはその場から逃亡した。追いかけようとする鷹谷だったが、風代が止める。
「今は救護者の確保が先決よ。それにこのままじゃエレベーターも動かないわ」
イエティからアーミーナイフを回収する風代、試しにエレベーターに乗り込むと女性としてはあまり嬉しくない重量オーバーのサイレンが周囲に響いた。
「念のためだけど、私はそんなに太ってないからね」
「分かってま‥‥すよ」
逃げたイエティは気になったが、鷹谷はまず依頼を優先することにした。失敗するわけには行かないと自分に言い聞かせての事である。そしてエレベーターの最下層で昏倒しているバーグレと最奥で身を休めていたレオノールを無事発見したのだった。
その後、レオノールから退院の報告がUPCを通じて能力者達の下に届く。日頃から鍛えていた事が功を奏したらしく、バーグレより先に退院を果たしたということだった。そしてバーグレの方も身体は問題が無いらしい。だがここ一ヶ月余りの記憶が抜けているという手放しでは喜べない自体に陥ったということだった。