●リプレイ本文
「高度に強化された機体が暴走、か。今回はシミュレーターに留まる話で済んで良かったと言うべきかもしれないが‥‥」
ラスト・ホープ島カンパネラ学園旧校舎、そこでは現在KV同士を戦わせようとする闘技場(仮)のために現在開発が進められている。元々研究棟であったために各所に手を入れる必要があり、完成の見通しはまだ立っていない。選手控室でもそれは同様だった。まだコンクリートが剥き出しとなり、一切塗装の施されていない。おかげで埃がたまりやすいのか、部屋には休憩用のベンチ数脚の他に掃除道具と虫よけの罠が置かれていた。
まだガラスのはまっていない部屋の窓枠から部屋の様子を伺いながら、白鐘剣一郎(
ga0184)は呟く。彼の視線の先にあるのは一台の機械、今回問題となっているシミュレーターがあった。デバック用として能力を全て六百に調整したスカイスクレイパーの潜んでいるシミュレーターである。
今回の依頼人でもある南条・リックが闘技場の本番前の肩慣らし用に調整していたものだが、今は学園の制服を着た男子が二人張り付いて格闘している。袖をまくり、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。明らかに肩慣らしではなく、苦戦している様子だった。南条が言うには、今回の事件の犯人でもある学生二人らしい。
「一応外部とは今接続を切っている。おかげで外部からテクスチャーを呼び出すことも出来ない、仕事は溜まる一方だ。あの二人が何とかできれば万事解決だったが、流石に荷が重いらしい」
徹夜のせいでうっすらと生えている顎鬚を気にしながら南条は言う。眠いのか、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「気が向いたら、あの二人に喝を入れてやってくれ」
「了解しました」
南条の言葉に鈴葉・シロウ(
ga4772)は意気込んでいる。
「その不甲斐なさ、万死に値する! と言ってみよう。特に男連中。女子諸子は抱きしめたい、この気持ちはまさに愛」
ディスタンの登場により乗り換えたが、鈴葉にはまだLM−01への愛があった。
「おばあちゃんがいっていた、電子の海は広大だと」
だからどんな機体があってもおかしくは無い。実際今回のバグが更なるバグを呼ぶ可能性もある。気を引き締めている鈴葉であるが、それ以上に気を引き締めそして意気込んでいるのは宗太郎=シルエイト(
ga4261)だった。
「あの程度のバグも対処できねぇとは‥‥」
特定の誰かに対する言葉ではないが、宗太郎は肩を震わせながら言う。それは今にも覚醒しそうな程の気持ちの高揚を必死に抑えているようだった。
「だが摩天楼が汎用機を真似ちまったら、そいつはもう摩天楼じゃねぇよ」
「それを言われては返す言葉も無いな」
宗太郎の言葉に南条は頭をかいた。
「しかし宗太郎、気合が入るのは良いが力み過ぎるなよ? 先生も困惑気味だ」
「‥‥」
「宗太郎の思いは理解しているつもりだ。だがその価値観を全ての人間に押し付けるのは君らしくない」
微笑を浮かべながら白鐘が宗太郎を諭す。多少落ち着きを取り戻したのか宗太郎も少し息を吐き、呼吸を整える。そしてその場を和ませるためにお手洗いに行っていた月森 花(
ga0053)とベル(
ga0924)が姿を現す。
「ほら、メイド隊復活だよ♪」
「恥ずかしいですよ、花さん」
「大丈夫だって、さっきも女性更衣室入っても誰も変な目で見てなかったし」
「いやでも、それってやっぱりおかしくですよ」
「細かい事は気にしない。似合ってるっていうのが大事なんだよ」
「でも他の服消えちゃったよ? 宗太郎さんから貰ったものとか入ってたのに」
「また贈ってやろさ、本当に無くなっちまってた場合はな」
宗太郎は月森に視線を投げると、彼女は意味ありげな視線を宗太郎に返す。
「早々に終わらせればいいではありませんか。それほど悠長にしていられるほど時間の余裕があるとも思えません。それに受けた依頼は遂行し、成功させる、それがスナイパーとしての本分‥‥ですよね」
「ですね、そろそろ学生二人の限界も近いようです」
フィアナ・アナスタシア(
ga0047)と奉丈・遮那(
ga0352)が助け舟を出した。勿論二人にそんな気持ちは無い。ただ結果として場の空気を変えたのは間違いなかった。
「そろそろいくぞい、拙者は血に飢えておるからな」
佐賀重吾郎(
gb7331)に促されるように能力者達は部屋へと入る。自体を察した学生はすぐさま場所を譲り、後ろのベンチにもたれかかるように倒れこむ。早速準備に入る南条、シミュレーションが開始されたのはそれから五分後の事だった。
「それじゃ早速始めさせてもらう。事前に通達したと思うが、今回は陸戦。当然遠距離武器は使えない。各自装備の確認をしてくれ」
シミュレーターに八人分のデータを入力し終え、南条が能力者達に最終確認を求める。
「大丈夫だ」
白鐘が返事をすると、南条は何度かパネルを操作し画面を呼び出す。やがて能力者達の前に現れたのは真っ黒な背景に無機質な白と緑の中間色の線だけの引かれた世界だった。そして前方にエンジンのかかったLM−01スカイスクラスパーが姿を現した。既に臨戦態勢に入っているのか、アイドリングを始めていた。
「地球環境に良くないね」
「シミュレーターだから余り関係ないと思いますけど」
「甘いよ、そんな慢心が世界の危機を招いているんだ」
ベルに指摘された事を間違いを隠すために月森は適当に誤魔化す。後ろでは奉丈もいつものような笑顔を浮かべていた。まだ開始を宣言されていない、そんな試合前の緊張と戸惑いの混ざる空気の中で能力者達は隊列をまとめる。フィアナ―宗太郎と月森―ベル、白鐘―佐賀と奉丈―鈴葉計四組、敵一体に対し八体というのは多勢に無勢ではあった。負けられない戦い、特に思い入れの深い宗太郎にとっては負けてはいけない戦いだった。
「これより武力介入を開始する、わけですが――悪いですけど、圧倒させていただきます」
鈴葉と奉丈の組が前衛へと動く。並び立つように月森とベルも前へと動いた。フィアナと宗太郎、特に宗太郎にトドメを指させるためである。それを知ってかフィアナは宗太郎を連れ立って後方へと動く。宗太郎も周囲の気持ちを察してか、フィアナに付き従っていた。動いてくれた事に胸を撫で下ろす白鐘、ペアである佐賀とともに宗太郎の乗るスカイスクレイパーの様子を見ながら中衛の位置まで動く。だがそれを妨害するものがいた。スカイスクレイパー、そのものである。開始の合図前に飛び込んできたのである。
「贄殿の旦那」
「ですね」
既に位置に付いていた奉丈、鈴葉は高速で突破していったスカイスクレイパーの側面から後方へ移動しつつ、それぞれガトリングとスラスターライフルで足止めに入る。隊列を組みなおす時間を作るためである。次いで動いたのは月森、ベルのペアだった。
「パターン、C・M・Aで行くよ! 精神同調‥‥」
「精神同調!」
月森の言葉に合わせて、ベルもタイミングを見計らう。流石に戦闘に集中しているせいか、ベルも衣装の事は気にしていない。むしろ気にしている余裕は無かった。敵は改造されたスカイスクレイパー、特殊能力には回避オプションが備え付けられている。自分のシュテルンだけでは命中させるのも厳しかった。だからこその連携、その意味の重要性はベルも理解していた。
「ターゲット・ロック! ‥‥カウントダウン開始」
わずかに間を置いて、月森がブーストに火を入れた。
「GO!」
「ブースト・オン!」
左手に盾を構え敵へブースト接近を仕掛ける月森、正面に見据えるのは高速で動くスカイスクレイパーである。だがその一方で相方であるベルとの距離を見計らっている。
「余所見しないでこっちもね!」
「大丈夫です! 花さんも気をつけて」
敵も高速接近してくる二機のKVに目をつけたのだろう、鈴葉と奉丈の攻撃を時に避け時に被弾しながら人型に変形。盾を構えている事を見据えて、DR−2加粒子砲を向かい来る二機へと発射する。先に狙われたのは潜在移動能力の高いベル、ブースト中とはいえ彼の乗るシュテルンは突撃状態に入っている。機体を制御したまま回避のできる限界はそれほど広くなかった。だが月森と足並みを合わせていた事もあり全力を出し切ってはいない。鈴葉がC−0200ミサイルポットで牽制をかけた事も功を奏し、スカイスクレイパーの加粒子砲は明後日の方向へと打ち出された。だが続いて二射が発射される。標的は月森、先程と同様鈴葉がミサイルポットで牽制に入るが、スカイスクレイパーも学習したのか姿勢だけは崩さない。そして発射された加粒子砲は的確に月森を捉える。
「月森!」
捉えたと判断したのか、スカイスクレイパーは月森に標的を定めて突撃をしかけてくる。思わず声を上げる白鐘、佐賀も90ミリ連装機関砲で応戦に入る。
「弾幕射撃とは言え、狙いに甘さが 精進せんとな」
「さすがに素早いな。だが錬力の消費が激しければそれだけ活動時間も縮まる……さて?」
佐賀の張った弾幕の中で月森も再び立ち上がる。並び立つのはベル、後ろにはフィアナと宗太郎がスカイスクレイパーが隙を見せた時のためにスナイパーライフルD−03、機槍「ロンゴミニアト」を装備し控えている。とはいえ余力が十分というわけでもない、奉丈のヘビー、レーザーの両ガトリング砲、鈴葉のスラスターライフル、ミサイルポッドの弾数限界が見え始めている。リロードすればいいだけの話、そういうことも出来たが、その一瞬でこの暴走を続けるスカイスクレイパーが何を仕出かすのか不明だった。加えて白鐘の見立てではスカイスクレイパーの錬力、生命力ともにそれほど残ってはいない。先程南条の言っていたテクスチャー不足のせいで傷を負っていないように見える可能性もある。だがそれとは別の可能性、バグによる回復を続けているという考えも頭の片隅には残していた。
「まずはこっちです!」
ベルとともにスカイスクレイパーに肉薄する月森、手には試作型機槍「黒竜」が握られている。隣接するベルのKVシュテルンは機杭「エグツ・タルディ」がある火力という意味では両者とも十分に期待できる代物。だが当然火力というものは当たってこそ意味のある。それにスカイスクレイパーの手には迎撃用と思われる武器、釈迦掌がある。外れた場合はカウンターが来る事は必死だった。それでも二人は武器を振るう。先手は月森、身体を開いて武器を握る右手を引く。狙うはスカイスクレイパーのコックピット、本来ならば人が乗っているために攻撃することは躊躇われる場所だが、今は誰も乗っていない。遠慮する事は無かった。
「クルメタルの狂想曲‥‥」
奉丈、鈴葉組からの援護射撃が遂に途絶える。すぐさまリロードに入る鈴葉、そして奉丈は試作剣「雪村」を手にした。二人に続き切り込むためである。同様に白鐘もスカイスクレイパーの側面でソードウィングの準備をしていた。狙いは釈迦掌、文字通り反撃の手を摘むためである。
「聞かせてあげる」
ベルとともに月森はスカイスクレイパーを挟撃する。すれ違い様に武それぞれの武器を繰り出す両名、だがスカイスクレイパーはその両方を人間離れした動きで回避してみせる。反撃が来る、そう察した二人はブーストを再点火し間合いを離脱。おかげで釈迦掌は空を切った。すぐさま体勢を整えるスカイスクレイパー、だがその前に月森とベルがH−112グレネードランチャーを投げ込んだ。着弾地点及びその周辺に爆発を引き起こす複数体攻撃にも使える武器である。振り向き様のスカイスクレイパーには十分な回避、防御行動を取る事はできなかった。
「ファイナル・ブレイク‥‥!」
「逃げ場はないよ‥‥」
スカイスクレイパーは爆煙に巻き込まれる。逃げられるはずがない、そう判断したフィアナはスナイパーライフルD−03でダメージを与える。宗太郎も突撃の構えを取った。
「ちゃんと狙えよ? 俺はてめぇの攻撃を避けれるぜぇ‥‥!」
だがその前に白鐘が動く。理由は一つ、敵のスカイスクレイパーがやはりバグによるものであり回復していると判断したからである。
「拳で勝負だ‥‥参る!」
側面から斬り込む白鐘、それに呼応するかのように正面へと切り替わった位置からは奉丈が試作剣「雪村」を構えて攻撃に転じる。そしてがら空きとなった背後に宗太郎が槍をかざす。
「てめぇに足りないのはっ! 情熱思想理想思考気品優雅さ勤勉さ‥‥」
狙うのは胴。設計上、上半身の重量が集中する場所である。正面からは装甲が厚いが、背後からならば然程でもない。十分に突き崩せる算段はあった。何より宗太郎にはバグよりもLM−01を、スカイスクレイパーを知っている自負がある。知り尽くしている自信があった。
「てめぇに摩天楼は語らせねぇ! 俺が、スカイスクレイパーだ!!」
白鐘と奉丈が敵のスカイスクレイパーと擦れ違う。宙に舞う釈迦掌、それが白鐘と奉丈が一合の末に獲得した褒章である。格闘武器を失った敵スカイスクレイパーはすぐさま変形に入る。だがそれを妨害する様に宗太郎の武器、機槍「ロンゴミニアト」の穂先がねじ込まれた。
「お前の敗因は摩天楼の名を騙った事だ」
敵スカイスクレイパーは動きを止める。そしてそのまま崩れ落ちた。能力者の勝利である。
「お疲れ様だ」
シミュレーターを確認しながら、南条は労いの言葉を能力者達にかけた。
「念のため今から他にバグが無いかを確認している。流石に何度も足を運ばせるわけにも行かないからな。しばらく自由にしてくれ」
「了解だ」
早速ベンチに腰を下ろそうとする能力者達、だがそこに駆け寄ってくる影がある。先程苦戦していた学生二人であった。どう切り出していいのか分からないのだろう、お互い肘で小突きあいながら先に切り出す様に促しあっている。
「てめぇらがあれか、バグを起こした張本人か」
先に切り出したのは宗太郎だった。
「あの程度のバグも対処できねぇとは‥‥たるんでんじゃねぇか、てめぇら」
「言葉が過ぎるぞ」
白鐘が軽く嗜める。だが今回、白鐘としても心情は学生より宗太郎に近い。止めるつもりはなかった。
「‥‥いい機会だ、少しレクチャーしてやるか。馬鹿みたいに硬い岩龍は有名だが、俺みたいな電子戦機はしらねぇだろ?」
やがて南条の確認作業が終わる。それから数時間、学生二人は能力者達による地獄の特訓が行われたのであった。