●リプレイ本文
年の瀬の迫るラスト・ホープのカンパネラ学園。そこではいつにも増して学園生、聴講生そして教師陣も慌しく行き交い始めていた。大規模作戦が展開中ということもあるのだろう。さらには年末、二千九年という激動の一年の有終の美を飾るために人々はそれぞれに思いを馳せていた。繰り広げられている大規模作戦で功績を残そうと自らを研磨する者、今年中に研究を終わらせたいもの、新作のKVの設計を完成させたいもの色々である。そして購買部を担当するロッタ・シルフス(gz0014)が考えていたのは、出張所と喫煙室の充実だった。
「‥‥何でこんな場所に住み着いていたんだろうな?」
カンパネラ学園旧校舎、闘技場(仮)の建設予定地、それが今回の依頼の舞台となる場所だった。まだ工事中ということもあり、相変わらず周囲は騒音で包まれている。いつ完成するのか、それはある意味関係者でもあるロッタでさえまだ知らないことだった。
「前回も出てきましたけど、何でなんでしょうね?」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は喫煙所予定地そばの廊下から部屋の状況を眺めていた。前回とは異なり、今回は窓枠には既にガラスが入れられている。他にも空気調整機が現在設定中らしく、温度は一定に保ってあるらしい。地下という環境上太陽の光画とどかないため、肌寒いというのがロッタの弁だった。
「心当たりはあるか?」
「空調のせいで蛙さん達に住みやすい環境になっているんだと思うのですよ」
ロッタからの情報を踏まえつつ、須佐 武流(
ga1461)とホアキンは窓の外から状況を確認しつつ、受け取った合羽を着込んでいた。装甲というには心もとない代物であるが邪魔にならない程度の命綱と考えるなら悪くない、その程度の代物である。だが一方で喫煙所の内装変換のためにロッタの懐柔にかかっているものもいた。UNKNOWN(
ga4276)と望月・純平(
gb8843)である。
「内装として不燃性処理された木材もどうだろうか?」
「喫煙所っていうからには、こういうのは必須でしょ」
今回の標的である火吹き蛙対策も兼ねての木目調を提案するUNKNOWNに対し、望月が取り出したのは、水着姿の女性のポスターだった。
「目の保養になると思うんだよね」
他にも古い映画のフライヤーや車やバイク、KVの雑誌も準備している。
「他にも要望としてはジュークボックスやピンボール台なんかも良いとおもうんだよ。大人の男が集う酒場にしたいんだよね」
参考資料代わりに望月はフライヤーの一つをロッタに広げる。それは望月もお気に入りの古い西部劇のものだった。だがロッタは素朴な疑問を口にする。
「それじゃ女性の人が入りにくくなっちゃいますよ?」
「その辺はロッタの創意工夫で何とかしてさ」
「それじゃ月一の模様替え候補の中に入れておくのです。でも水着のおねえさんは無理ですからねー」
水着の件ははっきりと答えられ深くうな垂れる望月ではあったが、周りは既に火吹き蛙の捕獲準備に取り掛かっている。そこでUNKNOWNともども捕獲準備に入ることにした。
蛙の捕獲方法はいたって簡単、一本釣りである。ドアの外から釣り糸を垂らし、籠に入れる。それだけである。捕獲用には和 弥一(
gb9315)から申請のあった耐熱強化ガラスのケースを学園から拝借、前回の蛙の研究から興味を持った機関が貸出してくれたらしい。そして有事に備えてユーフォルビア(
gb9529)が水の張ったバケツを数の分だけ準備している。他にもトロ(
gb8170)がペットボトルにベーキングパウダーを入れ、酸対策に控えている。
「どれくらい効くかは分からないけどね」
コンクリートを溶かす酸に対し、トロもどこまで中和できるのかは自分でも疑問は持っていた。だがその疑問はリティシア(
gb8630)も同様で、バケツに張った水に石鹸水を加えている。少しでも酸対策をしたいというのが二人の気持ちだった。
「蛙さん達の様子はどうですか?」
バケツと水槽、そしてクーラーボックスの準備を終え、ユーフォルビアが前衛もとい釣り士を努める須佐、ホアキン、UNKNOWN、リティシアに状況の確認を行う。
「消火器があればと思っていたが、後片付けをロッタ一人に任せるのは忍びないな。各個撃破が望ましいが慎重にいかないとな」
冷静に状況を見ている須佐に対し、UNKNOWNは五匹の中でも一番の大物、中央の一匹に照準を合わせてロッドのしなり具合を確認している。
「前回の教訓もあってか、周囲に可燃性の物体は見られない。問題は酸だが、すばやく釣り上げるのが得策だろう」
「それに関しては一つ作戦がある」
そう進言するのはホアキンだった。
「急所突きで蛙の口許を縫いとめられるか試してみたい。よく見ると愛嬌もある。口さえ封じれば闘技場のマスコットに出来ないかと思う」
「マスコットですか?」
思わず聞き返すユーフォルビアだったが、ホアキンは一瞬だけ破顔して答える。
「今ロッタには資材の出所の確認をしてもらっている所だが、後で進言しておこう。ウォッカと一緒に売り出してみてはどうだろうか、とね」
「俺は水着の姉ちゃんの方がやっぱりいいけどな」
まだ水着ポスター展示に失敗した事を悔いているのか、望月は床にのの字を書いている。
「そんなに落ち込まなくても、明日はありますよ」
心配になったのか声をかけるリティシア、それを聞いた望月は立ち上がり強く握り拳を作ってみせる。
「落ち込んじゃいないさ、俺には第二弟三の案があるからな。次は看板に蛙のマークを入れることだ」
力を入れて叫ぶ望月の声に反応したのか、蛙達も廊下の方へと視線を向ける。口の中には赤いものが見え隠れし始めていた。
「向こうも臨戦態勢のようですね」
和が合金手袋を装着し、床に防災をかねて水を撒く。それは活動開始の合図であった。
四人の釣り士がそれぞれ竿に餌をつけて釣り糸をたらす。その影から見守る和はわずかながら違和感を感じていた。手に汗を感じていたのである。
「熱くないですか?」
「言われて見れば」
指摘されてユーフォルビアも初めて熱くなっていることに気付く。
「空調が壊れたのでしょうか?」
「あの蛙達と関係があるのかもしれないね」
作戦前のロッタの言葉を思い出すと、空調と蛙は関係あるのではないかという指摘はあった。だがまだ任務に支障を来す程の影響は現れておらず、釣り士達も蛙達の目の前に餌である肉を垂らし、我慢比べを演じている。余り他の事に気を逸らしたくは無い二人は注意だけに留める事にした。
「気温が上がってきています。何か異変があるかもしれません」
「こちらでも警戒はしますので、何かあれば言ってください」
小声で注意を促す二人、そして望月、トロに蛙の観察を任せ、周囲への警戒に移る。見渡す限りでは変化らしい変化は無い。騒音は相変わらず響いており、行き交う人の姿は無い。ロッタさえもまだ戻ってくる様子は無かった。そんな時にリティシアが声を上げる。初ヒットの歓声だった。
リティシアは当初から他の男性陣に負けまいと意気込んでいた。
「狙うよ大物」
敵対というわけではないが、ライバル心を燃やすリティシア。そして誰よりも早く針を投じたのも彼女だった。
「いけっ食いつけ」
だが焦れば焦るほど蛙は眠って様に動きを見せず、付けられていた餌の肉はやがて重力に従い針から零れ落ちそうになる。半分諦めたその時、思いがけず狙っていなかった所から蛙が飛翔、食いついたのだった。
予想外の動きではあったが釣れた事には変わりない。レティシアはそのまま糸を引き、望月の抱えるクーラーボックスへと蛙を投入する。途中で食いついていた蛙の口許から酸と思われる体液が零れ落ちたが、床に撒いた水のお陰で被害は最小限に食い止められる。むしろ被害が大きかったのは酸を直接浴びたと思われる釣り針の方だった。
「アルカリ、いくアル!」
酸の被害の合った針と床の一部にベーキングパウダーを溶かした水をかけていくトロ、すると被害の少なかった床の方ではほぼ完全に中和することに成功する。だが針の方は酸の被害が大きかったためか既に変形しており、針の形は保っているものの相応の手入れが必要だった。
「これは石鹸水でも難しそうですね、でも次いきます」
再び餌である肉を付けて喫煙所へと投下、だがやはり針が変形しているためか肉の位置が定まらず、針の先が飛び出してしまっていた。
冷静になれば釣れる、先程の教訓を活かし冷静になろうと言い聞かせるレティシア。だが次に当たりを引いたのは須佐、ホアキン、UNKNOWNの三人、ほぼ同時のヒットだった。
「ちょっと待ってくださいね」
周囲の警戒に当たっていた和とユーフォルビアも警戒を一時中断し、それぞれ水を張ったバケツを手にする。そして須佐とホアキンの釣り上げた蛙の受け入れに入る。
「げこっと、次」
最悪戦闘になっても回避できる自信があるという須佐を最後に、ホアキンとNKNOWNがクーラーボックスに入れていく。その間須佐は蛙を高く釣り上げた状態のままバケツへと動かせる位置に待機していた。だが蛙は自分の死期が近いことを悟ったのか、酸で針を溶かしにかかる。
「まずいですね」
被害が広がる恐れがあると判断した和は施設を守るためにもライトシールドを構える。内心喫煙室が広がればいいと思っていたUNKNOWNもエネルギーガンを抜いた。 やがて蛙は釣り針を見事脱し、口の中に溜めた酸を放出を計る。標的として定めたのは須佐、釣り上げたお返しである。それを察したのか須佐もバック宙で間合いを取る、多少周囲を傷つける事になるが、それは素直に謝るしかないという覚悟の上だった。そして案の定蛙は須佐の元いた場所を中心に酸を吐き散らす。反撃に転じるUNKNOWN、だが彼のエネルギーガンが届く前に蛙は絶命する。床に叩きつけられた事による絶命だった。地面には酸の跡が染みのように広がっていく。
「なかなかうまくいかないなぁ」
一部始終を見守りつつレティシアはそんな愚痴を零す。だが余所見をしている時に限って竿が反応を示した。残る一匹、大物の当たりである。
ロッタが戻ってきたのは無事最後の一匹の捕獲が終了した十分後の事だった。トロと和が酸の中和を試み、望月とユーフォルビアがデッキブラシで撒いた水を排水溝へと流し込んでいる最中である。そしてロッタの登場と同時に須佐が詫びを入れる。
「多少壊してしまったな、すまない」
「仕方ありませんよ〜どんなものにも寿命はありますからねっ」
暗に装備品の再購入を促しているともとれるロッタの発言を須佐は真摯に受け止める。だがホアキンの眼には、ロッタが喜んでいるようにも見えた。
「何かいい事でもあったのか?」
「一つ思い浮かんだ事があるのです」
ロッタは言う。
「これだけ蛙さんが出てくるのなら、定期的に蛙釣り大会をやってもいいかなと思うのですよっ賞品とかの融通も利きますからねっ」
「それなら蛙型のライターとかも良さそうだな」
「ロッタがバニーになって客引きというのも悪くなさそうだ」
UNKNOWNと望月は再び喫煙室改造案を提案してくる。その隙にトロは蛙の前足を一本拝借、代わりに火傷を負って帰るのだった。