●リプレイ本文
「猿型三、鳥型五、それとスライムのようなものが確認できる。布陣から察するに猿が指揮官、鳥が偵察兼攻撃、外壁破壊担当がスライムらしい」
まだ塗料の臭いの残るジーザリオのドアを閉め、木場・純平(
ga3277)は北面の丘の上から私物の双眼鏡で問題の墜落地点を覗いていた。今回の破壊目標である西王母の落下地点である。だが既に完全な形態を留めていない。左翼が根元から折れ、大きく削られた雪積もる南の丘の中腹辺りに深く刺さっている。
「さ、さて‥‥どうしましょうか‥‥一気に行った方が良いですか‥‥それとももう少し様子見ますか‥‥」
「一気に行こう。このまま様子を見ていても、その内発見される」
双眼鏡をエヴリン・フィル(
gc1479)に渡し、木場は再びサングラスを装着する。雪が太陽光を反射しているため、地面の凹凸や距離の感覚を微妙に狂わせていた。
「突撃はできそうです?」
イーリス・立花(
gb6709)が自分の車の窓を開けて顔を出す。突撃に控えてか、まだ彼女のジーザリオはエンジンがかけられたままになっている。後部座席では佐渡川 歩(
gb4026)が無線機を操作し、M2(
ga8024)はブーツの紐を結びなおしている。二人とも会話の邪魔をするまいとしているのか無言を貫いている。
「突撃は無理だろう。路面の悪さもあるが、敵は迎撃の構えを取っている。何らかの罠も仕掛けていると見るべきだろう」
「厄介ね」
「敵にとっても、それだけ価値のある作戦なんだろう」
「フィルさんはどう見ます?」
イーリスは双眼鏡を覗いているエヴリンにも話を振ってみる。
「‥‥無理な‥‥気がします」
沈みがちな声でエヴリンは話を続ける。
「スライムが‥‥西王母に取り付いています‥‥ここからでは確認できませんが‥‥既に穴が開いているかも‥‥しれません‥‥最悪パイロットの人が人質になる‥‥そんな気もします」
「そんなに数が来てるの?」
「確認‥‥されますか?」
エヴリンは双眼鏡から目を離し、それをイーリスの方へと差し出した。しかし彼女は軽く右手を振り、その申し出を辞退の意を示す。
「別に疑ってるわけじゃないわ。それじゃ当初の予定通りに行きましょう。歩さん、アンジェラさん達との連絡はどうですか?」
イーリスが振り返り、無線操作中の後部座席の佐渡川に話しかける。
「現在後方一キロ地点を走行中らしいです。もうすぐ合流できるでしょう」
「大事には至ってないみたいだね、ちょっと安心したよ」
「ですね」
M2の問いに佐渡川は小さく頷いた。ただスリップしただけだとは分かっていたが、目の前を走る車が突如として姿を消すのは恐怖以外の何者でもない。背中では今でも冷や汗が流れている。
「それとグリーンランド司令部から確認の連絡があったみたいです。救助ヘリは既に離陸、当初の予定通り霧発生と同時の三十分後から十五分間だけ北部二キロ地点で待機してくれるということでした」
「ここまでは概ね予定通りということだね」
「そうなるわね」
小さく頷き、イーリスは車のエンジンを切った。そして鍵を抜くと、M2へと手渡しする。
「後で車取りに来てもらうことになるから、先に渡しておくわね。オフロード仕様にしてるから、多少手荒に扱っても大丈夫だから」
「確かに預かったよ。順平の分も今貰っちゃっていいかな?」
M2は車の窓を開け、外で現場を観察中の木場に声をかける。
「そうだな、後々では忘れそうだ。今の内に渡しておこう」
木場はコートのポケットから鍵を取り出すと、それを差し出されたM2の掌に乗せる。
「後部座席には借りて来たソリが積んである。気をつけてくれ」
「大丈夫、任せておいて」
M2は自信に満ちた笑顔を作り、受け取った鍵をポケットへと仕舞う。そこに三台目となるジーザリオのエンジン音が聞こえてくる。アンジェラ・D.S.(
gb3967)の運転する車のものだった。
「作戦は予定通り行けそうね」
イーリスが車を降り、後方に向かって手を挙げた。それを確認したのか、エンジン音は徐々に小さくなっていく。
「僕が錬成強化をかけますから、それを合図に奇襲をしかけましょう」
「了解、頼む」
やがてジーザリオが姿を現し、芹佳(
gc0928)、後藤 浩介(
gc2631)そしてアンジェラが車から降りてくる。
「作戦の変更は?」
「特に無し」
開口一番飛んでくるアンジェラからの質問にイーリスが答える。
「つまり何だかよくわかんねぇけどとりあえず依頼通りぶっ壊すモンは全力でぶち壊せばいいんだな!」
「そうね、四班はそんな感じで。芹佳さんもいいかしら」
「大丈夫。でも早く終わらせて温かいものでも飲みたいかな」
「その辺りはロッタさんに期待しましょう。準備と肩慣らし終わったら行きますよ」
それから一分後、能力者達は墜落現場に陣取るキメラに奇襲をかけるのだった。
「コールサイン『Dame Angel』、GLにて西王母を爆破敢行し出来うるならば乗員・荷物は回収する様にするわよ」
真っ先に飛び出したのはアンジェラだった。空を舞う鳥型キメラに対し、制圧射撃で攻撃。地上部隊へはイーリスがSMG「スコール」の弾丸をばら撒いていく。そして動きを止めた所に芹佳と後藤が滑り込んで行った。
「死にたい奴から前に出てこい。漏れなく俺から鉛玉をプレゼントしてやるよ」
罵声を浴びせながら突撃する後藤とは対照的に、芹佳は無言のまま持ち替えたスコーピオンで射撃を行っていた。中央突破を計る二人の前に、キメラ達は逃げるように左右に散開。鳥型は攻撃する意志も見せず、銃のリロードの間を狙って各個逃亡していった。
「後はお前達だけだが、どうするか?」
マシーナリーガンを突きつけ、後藤はキメラ達を脅しにかかる。猿型キメラは一匹残らず四散していく。
「本当に逃げていくものですね。こちらとしてはありがたい限りですけど」
超機械を手に先頭の芹佳、後藤班に追いすがっている佐渡川ではあったが、キメラがあっけなく逃げていく姿に感心していた。霧発生まで既に二十八分を切っている。時間を有効に使うためにも、道を開けてくれる賢いキメラの存在はありがたかった。
「時間には多少余裕がある。奇襲には気をつけてくれ」
外壁は能力者達の懸念していたよりも早く開放された。乗務員の一人が意識を取り戻したからである。そこで一班である木場とエヴリンが早速KV内へと侵入、三班であるM2、佐渡川は爆弾を一個設置し終わった所で車を取りに行ってくれるようにと頼んでいた。
「キメラの引き際は鮮やかだった。何か狙ってくる可能性が高い」
そう言葉を残し、木場とエヴリンは西王母へと入っていった。だが三班は未だに車の元へは到着していない。西王母の外では先程退散した猿がこちらの様子を覗っているからである。
「出てくるならキッチリ出てきて欲しいんだがね」
一匹の猿に後藤はマシーナリーガンで攻撃する。だが既に射程を見切られているのか、敵は一歩も動こうとはしない。せいぜい頭を揺らす程度だった。
「こっちは早く依頼終わらせてチョコ食べたいんだがな」
「増援が来るまでの時間稼ぎにも見えます」
愛刀である蛍火を傍に置き、芹佳は今スコーピオンを手にしていた。三頭の猿型キメラが一斉に襲ってきても、パートナーである後藤のフォローに入りやすくするためという彼女なりの気遣いである。だがこの場に鳥型キメラの姿が見えない事だけが気にかかっていた。
「一匹だけ誘き出すようなことはできない?」
預かった車の鍵の感触を確かめながら、M2が尋ねる。すでに時間は十五分が経過、半分を回っている。霧発生まで多少の誤差があると考えると、余裕はあまりなかった。
「見る限り鳥型のキメラの姿がない。何匹かは増援を呼びに行ったと俺は見てるんだ。その前に足は確保しておかないとね」
「確かに霧が出る前に援軍が到着するような事になったら、手も足も出ませんからね」
佐渡川は小さく息を吐いた。M2がしようとした事が分かったからである。
「敵が二匹なら俺と歩で一匹ずつ引き付ける。だから芹佳と浩介で一匹と鳥型キメラへの警戒を行って欲しいんだ」
「それが一番良さそうね、何かあったら無線でよろしく。弾幕ぐらいは張るよ」
「俺もな」
「お願いね」
M2はGooDLuckの発動を確認する。
「それじゃ行くよ、歩」
「了解。必ず車とソリ持ってきますから、待っていてください」
「それじゃ俺が残り一匹を引き受けよう。猿なんて煮ても焼いてもチョコまぶしても食えそうにないけどな」
後藤は立ち上がり、右手に潜む一匹の猿型キメラに狙いを定めた。M2と佐渡川はその間に左手に回り、車に向かって走り始める。
「邪魔をしないで!」
弾幕を張る芹佳にとって、それは心からの叫びだった。
一方その頃西王母のコックピットでは、木場とエヴリンが乗務員の一人ニコルとの面会を果たしていた。しかし救助までには至っていない。落下の衝撃かコックピットが変形し狭くなっていること、そしてもう一人の乗務員ワイズマンの方が未だに意識を取り戻していないからである。
「先にワイズマンさんを助けるが、必ずあなたも助ける。しばらく待って欲しい」
「それで構わない」
ニコルの受け答えはしっかりとしてはいたが、呼吸が荒い。額には汗が浮かび、それが外気に晒され氷へと変化を遂げている。体温の低下が何より心配だった。エヴリンは拡張練成治療を施してみるが、凍傷は完治していない。一時的に緩和に成功しても、すぐに再発生というスパイラルに陥っていた。
「私がニコルさんの様子を見ますので、木場さんはワイズマンさんの方を」
「頼んだ」
木場がワイズマンを拘束しているシートベルトの解除にかかる。だが変形しているためか力が上手く入らない。凍てつく様な寒さの中で、もどかしさだけが募っていった。
「傭兵さん、一つ頼みがあるんだがいいか?」
ニコルが僅かに体を傾け、エヴリンに話しかける。
「なんでしょう」
「トマーズ村という所に行ったら妻に伝えて欲しい。先に逝って済まないと」
「‥‥」
エヴリンは言葉に詰まった。励ますべき場面だという事は理解していたが、既に死を覚悟しているニコルに対しかける言葉が思い浮かばなかったからである。代わりに返答したのは木場であった。
「その言葉、奥さんを前に本当に言える言葉か?」
シートベルトを外す作業を続けながら、木場は言葉を続ける。
「死地を選びたがるのは軍人の性だ。だが今も生きて帰りを待つ者もいる事も忘れるな」
「エリルは出来た女だ。分かってくれる」
「それは自分の都合を押し付けているだけだ。本当に愛しているなら、相手の事も考えてやるべきだろう。それとエヴリンさん」
「なんでしょう」
「イーリスさん達を呼んできてくれ。俺の身体では狭くて入りきれない。彼女達の協力が必要だ」
「了解。すぐ戻ります」
コックピットには木場とニコルが残される。だが二人はそれからしばらく言葉を交わさなかった。
「話は聞きました。私が入ります」
エヴリンが戻ってきたのはそれから二分後の事だった。既に爆弾の設置は完了したのか、二人は手ぶらになっていた。
「この際です、フロントガラスも破壊しましょう」
「そうしようか。倉庫を通して運ぶよりは手間が省けそうだ」
アンジェラがアサルトライフルをガラスへと向ける。だが強化ガラスが使用されているのか、ヒビ一つ入っていない。
「外からも破壊してもらえるかな」
「了解、俺達が回ろう」
アンジェラの提案に木場が同意する。
「救急セット預けます‥‥何かあったら使ってください」
「分かった。遠慮なく使わせてもらうね」
エヴリンはアンジェラに救急セットを託す。そして外に向かっていったのだった。
積み込み作業は霧発生とほぼ同時に完了した。車を取りに行ったM2と佐渡川は負傷こそしたものの車三台とソリを無事届け、今は再びイーリス車の後部座席に埋まっている。一方で木場はフロントガラス破壊の際にガラスが腕に刺さっている。応急処置だけは済ませているが、その後ソリと車の運転と強硬手段を取っている。後ろに座るエヴリンの回復が生命線となっていた。それでも能力者達が先を急ぐのは霧の中でもヘルメットワームが攻撃を仕掛けてきたからである。
「全力で逃げます。皆さん何かに捕まって」
起爆スイッチを作動させ、バッグミラーとフロントガラスを交互に見比べながら、先頭を入るアンジェラはハンドルを握っていた。屋根の上からは鉄の焼ける音が聞こえてくる。フロントガラスには背後から延びる光線が一時的に霧を払い、車の前の雪原を抉る。回避するためにハンドルを切るアンジェラだが、それでもフロントガラスの半分が一瞬にして覆われる。即座にワイパーを作動させるが、すぐに雪が落ちるわけでもない。重力の恩恵を信じるしかなかった。
「伏せて」
後部座席から芹佳が叫ぶ。運転しながら避けられるか、アンジェラの心の中で葛藤が起こった。だが数秒後には耳の傍で空気を切る。気付いた時には屋根の一部が消し飛んでいる。
「大丈夫か?」
「何とかね、車も大丈夫よ。それより後ろの二台の様子を確認して」
「了解」
芹佳がイーリスに、後藤が木場に連絡を試みる。耳障りのノイズがしばらく続いた中で、ようやく応答の声が聞こえる。佐渡川とエヴリンからの連絡だった。
「こちらイーリス車。ニコルさんは相変わらず汗が酷いですけど、意識はしっかりしてます。大丈夫でしょう」
「こちらは木場車‥‥ワイズマンさんは以前意識不明‥‥木場さんからの伝言で‥‥あまり蛇行しないで欲しいそうです‥‥タイヤが雪に取られているみたいで‥‥」
「少し抑えるわ」
「済みません‥‥」
ヘルメットワームは特に狙いを定めていないのか、乱射を繰り返している。だがだからこそ、いつ当たるか分からないと言う恐怖があった。特に舗装がされていないため、車の走れる場所は狭い。道中を破壊される方が実質的な被害は大きかった。
「時間は?」
「まだ八分あります」
「その内に巻くよ」
霧は徐々に濃くなってきている。運転は難しくなっているが、その分ヘルメットワームからの攻撃も緩んできていた。救助ヘリの離陸まであと七分、木場車の遅れが気にはなるが十分間に合うはずだった。
一行がヘリの元に到着したのは、逃亡開始から十二分後の事だった。救助者の引渡しを済ませ、能力者達は更に東へとドライブを続けていた。そこにある村でロッタが歓迎の準備をして待っているらしい。先程とは違い、比較的快適なドライブである。車内には芹佳のハーモニカが響き渡っていた。