●リプレイ本文
「本当に蜘蛛だけなのね。ありがたいといえばありがたい、かな」
三体目となる子蜘蛛キメラからサーペンティンを引き抜きながら、キア・ブロッサム(
gb1240)は一人残念そうな言葉を漏らした。
「だがこれだけでは物足りん。命の取り合いをやろうとは思わんが、スノーストームの管理場所にしては杜撰すぎる」
「仕方あるまい‥‥元々真偽を確かめる事も依頼に含まれている」
探査の眼を使用しながら天野 天魔(
gc4365)は周囲を見回す。先行する探査班からの連絡は受けていたが、罠らしい罠は設置されていない。あるのは虫害あるいは風害により一部剥き出しになった通電ケーブル、羽虫らしきものの付着した粘着テープの二種類だけだった。
「どちらも罠という感じではありませんね」
「だな」
隠密潜行を解除し、獅月 きら(
gc1055)が姿を現した。手には依頼人でもあるマックス・ギルバード(gz0200)から借りた白地図と筆記用具が握られている。
「探索班は?」
黒雛(
gc6456)が尋ねる。
「もう一つの部屋の捜索を終え、最後の部屋の調査にかかるそうです」
「了解です。蜘蛛相手の遊びもそろそろ飽きましたし、ね」
「それではあちらも収穫なしで?」
「みたいですね。勇者くんが一人喜んでました」
獅月が改めて地図を広げる。
「ということで残るは奥の一部屋だけになります。開け方は探索班が今から調べるということでしたので、私達はバックアップという事になります」
「それで構わない。ここで待っているよりは有意義だろう」
天野が部屋を後にする。思い出すのは突入前のマックスとの会話だった。
「最近グリーンランドでのバグア活動が激化している」
今回の探索予定地であるバグア基地跡地からおよそ一キロ地点の丘陵地帯に今回の依頼人であるマックスは拠点を構えていた。空には鈍色の雲が全面を覆い、弱い風が東から西へと吹いている。周囲にバグアの姿は無い。だが味方の姿も無い。独自行動を象徴するかのような孤立具合だった。加えてサーレもまだ姿を現していない。
「サーレ氏はどこに」
「引越し中らしい。業者を既に手配していたようで、キャンセルできなかったそうだ」
「気楽なものだな」
「だが都合がいい」
玄埜(
gc6715)は不満を漏らすが、沖田 護(
gc0208)と天野にとってはありがたい事だった。
「一つ確認したい事がある」
天野が先に切り出した。
「なぜサーレをおだてろなどという要望を? 俺は傭兵ゆえにそれが仕事なら行うが、個人的に疑問に思ったものでね。できれば答えて欲しい」
「やはり疑問か」
「率直な感想で言わせてもらえば、依頼で無ければやらないな」
「部下にも息子にも同じ事を言われたよ」
マックスは笑っている。
「サーレの背後を探りたいんだ。単独で動いているのか複数で動いているのか、あるいは単に保護を求めてきているのか出し抜こうとしているのか。その辺りだな」
「調べてどうする」
「大きな声では言えないのだがな、グリーンランドのバグア軍に動きが見える。それとサーレが繋がっているかどうかを確認したいのだよ」
マックスは声を潜めた。
「グリーンランドは巨大とはいえ島だ。海を封鎖すれば他からの援助は受けられなくなる。加えて前回君も参加した銀行強盗などの強行、犯人は未だに意識を取り戻していないが、親バグア派の探偵事務所に所属していた人間であることが判明した」
一息ついてマックスは続ける。
「銀行強盗をしなければならないほど資金難に陥っていた。その背景に親バグア派の人間が大量に解雇されている。俗な言葉を使えばリストラという事なのだろう」
「そこまでは理解した。しかしそれではおだてる理由にはならないと思うが」
「俺の見立てになるが、サーレは小心者だ。煽てすぎれば調子に乗るが、叩けば自滅する。どうしても普段叩き過ぎてしまうからな、ある程度煽てておこうと思ったわけだ」
マックスの思惑通りサーレが動くかどうか、天野には判断できなかった。ただ沖田がサーレの筆跡鑑定をマックスに依頼している。その結果次第という気持ちもあった。
B班が三つ目の部屋へと到達した時には、既に扉の解析は終わっていた。
「俺様にかかれば解けぬ謎など存在しない!」
「開け方をメモした紙を見つけただけじゃないですか」
自慢げに語るジリオン・L・C(
gc1321)の隣で有村隼人(
gc1736)は口を尖らせていた。
「扉の調査終わったぞ。今から開ける所だ」
玄埜(
gc6715)が簡単に状況を説明する。
「私が来た時にはこの辺りも子蜘蛛のキメラが無数にいた。だがそれらを一匹ずつ倒していくと、不思議なことに床に無数の書類が散乱していたわけだ。その中の一つに扉の開け方が書かれていた。こういう訳だな」
「その説明、掻い摘みすぎですよ」
沖田が更に解説に入る。
「床に書類が置かれていたのは事実です。しかしほとんどが白紙、どうやら長期間放置された感熱紙でした」
沖田が手荷物から書類を取り出す。あまり視界の利かない空間ではあったが、通常の白ではなく赤茶けている紙である事は暗視ゴーグルを使っていないシアや天野、黒雛も確認できた。
「ですが感熱紙の山の中で何枚か普通紙が残っていたんです。そこに扉の開け方が残っていたわけですね」
「随分親切です、ね」
「誘導されている気がしないでもない」
「僕もそんな気はしないでもありません。一応この感熱紙と普通紙はマックス氏に提出するつもりです」
「それがいいだろう」
心配するキアと黒雛、だがそれを遮るようにジリオンが扉を開けにかかる。
「皆の者、同胞サーレもこの先に秘宝が眠ると言っているぞ! ここで足を止める理由は無い!!」
右側の扉の脇に設置されたレバーを必死に回しながらジリオンは意気洋々と自らを鼓舞している。左側のレバーには拠点にいるサーレと連絡を付けた有村隼人(
gc1736)が、恥ずかしそうに立っていた。
「今の俺様のこの燃え上がる思い! もう誰にも‥‥そう、俺様にすら止める事はできやしない!!」
加速度的に速度を上げながらジリオンはレバーを回していく。一方で有村は徐々に逸る気持ちを押さえつけていた。
「(情報は鮮度が命。この部分に不安がありますから‥‥)」
自分に何度も言い聞かせながら、ジリオンに遅れをとるまいとレバーを回す有村。そして扉は重い音を立て、上へ上へと収納されていく。扉の動きに合わせて埃が舞い上がり、能力者達の視界を一時的に奪う。だがその先に光るものがあることをサングラス越しにシアは確認していた。光は二つ、腰ほどの高さ、色は赤。位置的に生物、厳密にはキメラのものだと判断する。
「AvecSoin‥‥それ程時間、稼げませんから、ね」
一言注意を促し、シアは閃光弾を光に向かって投げつけた。代わりにキメラの方からも瓦礫が投げつけられてくる。散開する能力者達、やがて埃と閃光が収まりキメラが姿を現した。体長八メートル程の大蜘蛛が部屋の中央に鎮座していたのである。
「遂に、ボスの登場か! 待ちわびたぞ!!」
二十メートル四方程の部屋の片隅で、ジリオンは大蜘蛛に対し大音声で名乗りを上げる。
「俺様こそ未来に名を残す大勇者ジリオン・L・C、ジリオン・L・Cである! この名前、死後まで耳に刻みたくなければかかってくるといい!!」
超機械「ザフィエル」をキメラへと向けるジリオン。だが睨み返す大蜘蛛に颯爽と近くにあった本棚に身を隠す。
「勇者、フラァァッシュ!!」
「真! 勇者アイズッ!!」
GoodLuckと探査の眼を再度発動させ、ジリオンは完全防備状態を作る。
「ぬ、ぬおお! 勇者パーティー、出撃だ!!」
そして幸運な事に足元に落ちていたキャンディーを発見するのであった。
一方大蜘蛛がジリオンに注意を向けている間に、黒雛は迅雷でキメラの背後へと回っていた。
「もらった‥‥いくぞ」
一歩足を引き壱式を突きに構え、黒雛は大蜘蛛の下腹部へと狙いを定めた。間合いを詰めつつ刹那を上乗せし飛び掛る。だが直後、蜘蛛は反撃に転じた。黒雛に背を向けたまま狙いをつけていた下腹部から糸を吐いたのである。
「大丈夫か」
糸の衝撃で壁に叩きつけられる黒雛、駆けつけた天野が妖刀「天魔」で糸を切断する。
「助かった」
「まだです」
感謝の言葉を口にする黒雛、だが獅月がそれをかき消す。
「子蜘蛛が集まってきます。時間をかけると不利になるかもしれません」
「でもこのキメラの話、聞いてませんね」
サーレのメモとの修正点を確認しつつ、有村は超機械「シャドウオーブ」で子蜘蛛を牽制する。
「そして肝心のスノーストームの姿はありませんね」
沖田は部屋を一望した。子蜘蛛の登場で再び部屋には下部を中心に薄く霧状の埃が立ち上っている。視界は十分とは言えない。だが巨大なスノーストームの姿を捕えるには十分なはずである。
「ですがそれらしいものはありますよ」
獅月の視線の先にあるのは部屋の奥に鎮座した金庫だった。それ程大きくは無い。高さ八十センチ、幅と奥行きは四十センチ程。スノーストームを隠すには小さすぎるが書類を隠すだけなら十分な大きさである。
「だがまずはこの蜘蛛を倒すしかないだろう?」
蛇剋で子蜘蛛をあしらいながら、玄埜は大蜘蛛の動きを観察していた。閃光弾の時は分からなかったが、ジリオンの威嚇には反応した。そして今は動いていない。恐らく音に反応しているのだろうと予想を付けていた。
「ジリオン、もう一度叫べるか」
「俺様は叫んでいるわけではない! 全身に力を巡らせるために必要なだけである!!」
再び大蜘蛛がジリオンに狙いをつけた。そして黒雛が再び壱式を手にする。
「動くなら早くした方がいい、かもね」
作戦が立ったらしい雰囲気を察し、シアが小銃「グラディヴァ」に武器を持ち帰る。
「まだ彼等は必要ですから、ね」
有村もシアに続き、掃討にかかる。そして沖田と獅月が黒雛に錬成治療と錬成強化を施した。
「本格的な治療は終わってからですね」
「盾ぐらいにはなりましょう」
黒雛の接近に大蜘蛛は再び下腹部から糸を吐く。だが今回は沖田が糸の直撃を身代わり、黒雛の壱式が大蜘蛛の身体深くへと侵入していく。だが蜘蛛は動きを止めず、ジリオンめがけて八本の内の一本の足を高々と振り上げる。
「(止め…覚悟をして下さい…)」
息の根を止めるために有村が大鎌「紫苑」で両断剣を使用、黒雛の作った傷口を狙う。断絶魔を挙げる大蜘蛛、そこに正面からジリオンと玄埜が更に攻撃を加えた。
「うおお!! 俺様の! 経験値に! なれェ!!」
しばらくは動きをやめなかった大蜘蛛であるが、やがて力を失う。
「終わったな」
別の敵の存在を注意していた天野も警戒を解き、子蜘蛛の掃討に入る。全てが掃討されるまでに大した時間はかからなかった。
「君の齎した情報はグリーンランドの情勢を人類側に傾ける決定打になるかもしれん。君達の勇気ある行動に感謝と敬意を。君は英雄だ」
事の顛末をマックスに報告、依頼通りサーレをおだてる天野。そして他の能力者達は残された金庫の開錠に取組んでいた。
率先して玄埜が扉に手をかける。
「構わんな」
キメラが入っているかもしれないと警告したのも玄埜だった。
「鍵は掛かってない。開けるぞ」
玄埜は金庫に乗りかかるようにして、左手で蛇剋を構え右手で扉に手をかけた。そして力をかけると少し軋んだ音を立て、扉は開いていく。
「敵は潜んでないようね」
「だな」
「だが何か残っている」
黒雛が一歩近づき手を伸ばした。そして金庫の中に手を入れる。
「何だそれは?」
「ノートだな。サイズ的にはメモ帳か」
「随分簡素なノートだな、大学ノートか」
「どこかで最近見た気がします」
「‥‥サーレ氏のメモ帳」
「だな。突入前、サーレがこれ見よがしに取り出したメモ帳が色違いだった」
「読めますか?」
黒雛はメモ帳をめくる。そして獅月へと渡す。
「悪いが俺には読めない」
「暗号か」
「暗号なのかな、あれは」
有村が獅月の手元を覗き込む。そこにはアルファベットや平仮名、漢字の混ざった文章が書かれていた。
「とりあえず戻ろう。他に収穫は無さそうだ」
「そうね。スノーストーム見られなかった事が残念だけど」
「間もなく見られるよ」
天野は答えながら、マックスから聞いた言葉を思い出していた。この依頼とバグアの攻勢の接点があるのかどうかということを。
「蜘蛛がいたぞ!」
跡地から戻ってくるなり、ジリオンは高らかに宣言した。
「俺様の真! 勇者アイズッ! によると、入り口を塞いでいた蜘蛛の巣も大蜘蛛が張ったものに違いない!!」
「勇者くんお手柄ですね」
「もっと褒め称えて良いぞ、僧侶きらよ」
止めがさせた事に気を良くしていたジリオンはいつも以上に饒舌だった。
「サーレよ、貴様の証言は正しかった! 貴様の熱き魂を俺様は今全身で感じているぞ!!」
「お役に立てて光栄です」
「御苦労をかけます‥‥後は此方で対応します、ね」
一方でキアはお宝が図面ではなく暗号であった事に後悔していた。肝心のノートは黒雛と玄埜がマックスの元へと届けに行っている。沖田と天野の確認する事があるとマックスに話を聞きに言っている。だがキアはそんな気分にはなれなかった。解読すれば何かしらの手がかりになるかもしれないが、お預けをくらった事に変わりは無い。その隣では有村が空を眺めながらホットレモネードを味わっている。
「飲みますか?」
「ちょっと気分が違う、かな」
「残念です」
少し寂しげに有村は再び空を見上げるのであった。
後日、ラスト・ホープのUPC本部にマックス・ギルバートの手紙が届く。
「面倒な依頼を出して済まなかった。君達がおだててくれたおかげかサーレは一人の女性を俺の所に連れて来たよ。ニナ・ハンセン、あのイェスペリの秘書を務めていたようだ。引越しはそのためなのだろう。また暗号の件だが、どうやら誰かの手記らしい。何か分かれば追加連絡をしよう。最後になるが筆跡鑑定の結果はサーレのものである事に間違いない。こちらも並行して追及していく予定だ」
最後に自分の著名を残し、マックスの手紙は締められていた。