●リプレイ本文
「きみの気持ちは分からないでもないわ。でもね、でもね、ロッタちゃんを人質にしてもね、何も変わらないんだよ?」
「そんな事はどうでもいい。俺はコイツが許せないんだ!」
昼下がりのカンパネラ学園、外で陽気にさえずる小鳥達を他所に購買部では緊迫した空気が流れていた。カンパネラ学園の生徒である香川祐作が購買部定員であるロッタ・シルフス(gz0014)を人質に学内の購買、及びULTのショップの割引を要求していた。だが彼も錯乱しているのか、今ではロッタに対する不満だけをぶちまけているに過ぎない。そこで、しのぶ(
gb1907)が刺激を与えないように祐作の不満を引き出していた。説得開始から既に三時間が経過、さすがに疲れを感じ始めていたしのぶではあったが、祐作の左腕でヘッドロックしているロッタの様子を見ていると気を抜くわけにはいかなかった。
「俺がテンタクルスを買った直後にディスタンとかディアブロとかかっこいい出したんだぞ。だがあれはまだいい、テンタクルスは水中適正があるからと自分を納得させたよ。でもな、今度は阿修羅買った矢先にビーストソウルを発売しやがったんだぞ」
「阿修羅もいい機体だと思うよ。素早くて火力あって格好よくて、使い方次第でビーストソウルを超えるはず」
「使い方って言っても八割は兵装やアクセサリーで決まる。結局俺達はショップに財布の紐握られているんだよ」
左腕に力を入れる祐作、ロッタの顔が彼の腕の力瘤に潰され小さく変形していく。救いがあるとすれば彼の右手には握られたナイフがまだ新品同様で、ロッタの顔を傷つけていない事だった。
「お前達だって気付いているんだろ? SESが未来科学研究所の専売特許とかいうつまらない理由で、ULTが全部利益を独占しているんだぞ。もっと経営努力するべきだとお前は思わないのか?」
「思うよ。思うけどさ、今の状況じゃ仕方ない部分も有ると思わない?」
粘り強く説得を試みるしのぶ、だが一方で祐作はすでに飽きが来ていた。しのぶが説得を始めてからは三時間であるが、彼女が説得を始める前にも既に時間稼ぎとして説得に挑んでいる。その間ロッタが怪我を負っていないのは事実ではあったが、変わりに購買部で扱われている商品が怒りの対象にされていた。ワゴンに置かれたパンやおにぎり、その他の特売商品は既にワゴンごと四散。いくつかはまだ袋に入ったままの状態を保っているが、多くは既に商品とは呼べない状況になっている。商品棚も度々祐作に蹴りを入れられ、今では大きく揺れ
るようになっていた。そんな様子の購買内を見ながら、ロッタは人質となっている自分の身より商品や商売道具の方を案じていた。
一方で祐作の姉である香川祐子は購買部の隅で小さくなっていた。自分の弟が元々短気であることは往々にしてよく理解しているつもりであったが、ここまでの狂気の沙汰を行うとは今でも信じられなかった。当然の義務かのように説得の第一陣を任された彼女であったが、結果は今の購買の惨劇が物語っている。だが今説得を試みているしのぶだけでは時間的にも体力的にも厳しく、決定的な何かが足りないというのがチェスター・ハインツ(
gb1950)の見解だった。
「もう一度、弟さんに説得を試みてはもらえませんでしょうか?」
祐子の隣で腰を下ろし語りかけるチェスター、だが祐子はチェスターが言葉を終える前に首を振った。
「もう無理です。私では祐作の心は開けません」
「しかし僕達では、彼の心の中に入る資格はありません。彼の言っている言葉は確かに僕達でも理解はできますが、今の君を見ていると僕達には分からない何か別の意味があるような気がします」
何故祐子が購買に残っているのか、チェスターはそれを気にしていた。本当に弟の言葉が聞きたくないのならこの場を去ればいい。だがそれでも残っている彼女の様子を見る限り、現実から目を背けたいという反面、弟を助けて欲しいというのが彼女の本当のところだとチェスターは感じていた。
「それでも彼とあなたは長い時間をともに過ごしてきたはずです。彼を説得できるのは寝食を共にした事のあるあなただけだと思いませんか?」
「寝食を共にしたからこそ納得できないこともある。あなたはそう思いませんか?」
泣き腫らした赤い目で上目遣いに見つめながら祐子は言う。
「長い時間を共に過ごせばいいというのなら、この世に離婚する人は存在しません。違いますか?」
「確かにそういう側面もあります。ですがこの状況下で離婚と説得を一まとめにするのはどうでしょう? 相手が理解できなかったから離婚するというだけでもありませんし、理解し利害関係が一致しなかったからこそ選ぶ選択肢もあると僕は思います」
言葉を選びながらも紳士に説得するチェスター、だが説得を続ければ続けるほど祐子は頑なに拒絶を示した。だが時間がかかりすぎたせいか、周囲には野次馬根性を出している一般生徒が集まり始めている。
「拙いな」
白鐘剣一郎(
ga0184)は一人抜刀術の構えをとっていたまま心の中で呟いていた。衆目に晒される事には比較的慣れている白鐘であったが、問題は今回の犯人である香川祐作とその姉である祐子だった。多くの人に見られるということは様々な心境の変化を生む。いつでも天都神影流・流風閃に移れるように祐作を一足飛びの間合いに抑えている。祐作もそのことに気付いているのだろう、しのぶと対峙しながらも時折白鐘に注意を払っている。だが白鐘としても祐作はともかく、祐子の方まで気を配れる余裕は無かった。
「彼の叫ぶ言葉の中には、あなたにだけのメッセージのようなものも感じられます。共に過ごした時間が長いあなたにしか伝わらないことがあるとではないですか?」
「‥‥」
「元々今回の依頼人は君です。まったく彼の動向が気にならないわけでもないでしょう?」
ふと祐子が視線を逸らす。そこには今まで気にならなかったが、人だかりが出来始めていた。ほとんどが祐作に注目しているものの、僅かならが祐子達の方を見ている。恥ずかしさからか硬直する祐子、流石に無理かと思いつつ救いの手を差し伸べるチェスターだったが、彼女はチェスターの手をすぐには握らない。そこに彼の無線機からの連絡が入る。美環 響(
gb2863)からの定時連絡だった。
「ならば最悪殺しても構いませんね」
美環の言葉は衝撃の一言だった。現に祐子の顔から血の気が引き、一瞬で青ざめていくのが傍で見ていたチェスターにも見て取れた。流石に言い過ぎではないかと感じずにはいられ無かった彼ではあるが、彼女の心のガードが解けた今が好機でもある。畳み掛けることにした。
「このままでは私達は彼と戦うことになるでしょう。私達は全員で八名、ロッタさんも含めれば九名います。手加減はするつもりですが、彼の抵抗も考えられます。あらゆる状況を想定し連携が取れなければ、彼の命は危ないでしょう。個人的には彼には厳しめのお仕置きが必要だと思っていますし」
「‥‥」
「その可能性を少しでも低くするためにはあなたの協力が必要不可欠なのです。お願いできませんか」
最後に語りかけるようにチェスターが祐子に問いかける。まだ死んだように青白い顔つきの彼女ではあるが、チェスターの言葉が届いたのだろう。多少おぼつかない足取りではあるものの彼女が立ち上がり、承諾の返事をしてくれたからのであった。
一方その頃裏手では、祐作が逃げ出さないかのチェックがホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、緋室 神音(
ga3576)、神無月 るな(
ga9580)、そして環の四名で行われていた。今回の犯人である祐作であるが、現在は軽い錯乱状態に陥っていると思われる。もし正気に戻った時に彼がどのような行動を起こすか、考えられる第一のことは逃走であった。しかし捕獲が目的である今回、彼を逃がすことは後手後手に回ることを意味する。できれば先に彼の逃走経路を一つ一つ前もって潰しておきたいをいうのが四人の考えであった。
「その倉庫から通じる通路はどうだ?」
「やっぱりここは辛いよ。ロッタちゃんの身長にあわせてあるっていうのは本当だと思う」
「こういう場合は喜んでいいのか悲しむべきなのか微妙ですね」
倉庫のことに関してはチェスターが入ったことがあるという事で、彼の情報を元に四人で検証を行っていた。もし祐作が逃げ出そうとするならば、近場にある窓から外に逃げ出すか、奥にあるこの倉庫に突入するかの二択。しかし窓の方にはしのぶとチェスター、そして迎撃の構えをとっている白鐘が待機している。今回の場合イニシアチブは祐作にあるので能力者達は後手後手に回らざるを得ないのだが、それはカウンターに専念すればするだけの話。実際白鐘も抜刀の構えをしたまま刀を抜かないのは、無用な刺激を与えないことと、最速でカウンターを打ち込めるためである。
「ここから直接外に出られるようにはなっているが、外に通じる扉もここ同様天井が低く作られている。これも恐らくロッタにあわせているのだろうな」
「ここまで来ると泥棒避けなのか執念なのか分からないですね」
苦笑交じりに緋室が答える。だがその時、外から大きな物音が聞こえる。三人はそれぞれ身を隠し、倉庫内に潜んだのであった。
「うざいんだよ、おまえら。同情するつもりなら金をくれよ」
それは祐作の魂の叫びだった。キャスター付きの商品棚を蹴り飛ばし、白鐘にぶつける。さすがに商品棚を切る事には抵抗を覚えた白鐘がそれを受け止めると、祐作は棚に向かって体当りを仕掛け白鐘を押しつぶす。その隙にしのぶと環が祐作に飛び掛りロッタを奪取。これを見た祐作は不利と判断、倉庫の方へ向かって走り出した。
一方倉庫の方でも既に彼の登場を予見していた三人が迎え撃つ。緋室が祐作の前に立ちはだかり、神無月が狙撃。だが祐作もそこまでは読んでいたのだろう。煙幕銃を使い狙撃を妨害。だが出口の前で待っていたホアキンに捕まり御用となった。
「どうしてこんな事をした?」
「あんた達だって一度や二度感じたことがあるだろ? 事前告知も成しにいきなり安売りされちゃ俺たちは無駄に金を使うしかない。SESの武器なんて置いてるの、ULTのショップしかないのに不定期に値段変動させられたら買う俺達はたまったもんじゃないさ」
「同情はするわ」
緋室は言う。
「でもあなたは手段を間違っているとしか言えない。ロッタちゃんだって好きで値段の上げ下げしているわけじゃないのよ」
「しらねーよ、そんなの。俺達は命張って戦っているんだ。本来武器なんて無料奉仕してもいいんじゃねーのか」
「ならば自分で剣をつくればいい」
白鐘は言う。
「自分に合った武器が本当に欲しいのならば自分で作ればいい。自分の足で材料を探し、自分で鍛え、自分で振るえ。そうすれば誰も文句は言わない。だが残念なことというべきか、自体はそれほど単純ではない。第一君は今日のロッタ君を見て命を張っていなかったというのか?」
白鐘は視線をロッタに向けた。彼女は今、祐作によって散らされた商品を一つ一つ吟味、傷がないかを確認し再び商品棚に戻すか返品するかの分類作業に入っていた。
「いつ起きるかわからない戦闘に備えて常に品揃えを徹底しておくことが彼女の使命だ。それは我々が戦うのと同じ、彼女は後ろを支えているんだよ」
ロッタの傍ではしのぶとチェスターも商品回収を行っている。自分達では判断できない部分を彼女が裁量していた。
「自分の世界だけにいたら、見えるものも見えないってことだ。何なら俺と一緒に行かないか?」
環が誘う。祐作は軽く苦笑を浮かべ、続いて大きく笑った。
「いいだろう。そこまで言うのならみせてもらおうじゃないか、お前達の強さを」
歩き始める二人、だがその背中をロッタが呼び止めた。
「今日の商品、弁償してもらいますからね! 出世払いでいいですから」
それがロッタの優しさなのか商売人魂なのかはその場にいる人間にも判断できなかった。