●リプレイ本文
今回の舞台となるアメリカ中部の町に着いた能力者達。彼らはまず町長がいるという役場を訪ねることにした。依頼書で依頼の全貌を把握してはいるが、依頼人である町長にいくつか尋ねたいことがあったからだ。
役場で待たされること五分、能力者達は町長室へと案内された。そこにいたのは四十代くらいの男だった。比較的しっかりとした体型に整えられた髪、多少白いものが目立ってはいるが身なりには気を使っている事が伺える。
「遠方よりはるばるありがとうございます」
町長がねぎらいの言葉をかける。だが途中でクレア・フィルネロス(
ga1769)が止めた。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。事は一刻を争うものだと思いますので」
「‥‥そうですね」
一瞬驚いた表情を見せた町長だったが、事態は確かにクレアの言うとおり一刻を争う。気を取り直して、事の顛末を話し始めた。
町長の話は食料減少の理由が分かった事を除き、依頼書通りだった。そこで能力者達は町長にいくつか質問をぶつけてみることにした。
「バグアやキメラが関わっている可能性はあるのか?」
ベールクト(
ga0040)の頭の中では、今回の事件の裏で親バグアの連中が糸を引いているのではないかという考えがあった。
「町がパニった所を狙ってバグアは楽に占領できるはずだからな」
能力者達にとって一番気になるところはそこだった。今回の騒動の直接的な原因である忘れ草、そして食糧供給量の減少は何らかの形でバグアが関連しているのではないかという考えだ。
町長はしばらく考えて答えた。
「今まで起こった一連の出来事を一つ一つ思い浮かべてみたが、直接バグアが関わったと言うことはない。‥‥だが間接的にどうかといわれると微妙だな」
ここのところバグアやキメラが町中で騒いだという話は町長の耳には届いていない。もちろんすべての事象が町長の所まで上がってくるわけではないだろうが、大きな問題は起こっていないのだろう。ただし時期的に忘れ草の流通開始とバグアの襲撃停止は一致するようだ。
「では食料の供給の方はどうなのだろう? 何か判明していることがあれば教えてもらいたいのだが」
続いて角田 彩弥子(
ga1774)が多少早口で質問する。町長の前ということで一応パイポを咥えていないためかどこか落ち着いていない様子だ。
「どうやら町に繋がる道路の一つが土砂崩れにあったらしい。道路が一本というわけではないので完全に供給量が絶たれることはなかったが、早期復旧を目指して今何人かに現場を確認しにいってもらっているよ」
「ふむ‥‥天災ということか」
「‥‥だといいがな」
翠の肥満(
ga2348)が口を挟んだ。だが彼に反論するものはいなかった。
「土砂崩れの原因についてはこちらでも調査しているよ。現場に行った者達からももうすぐ連絡が来るはずだ。君達は忘れ草の回収をよろしく頼む」
最後にクレアが地図を貸してほしいと頼むと、受付に置いてあるから自由に使って欲しいということだった。
能力者達は実際に忘れ草の回収に当たり、三つの班に分かれた。町の北側を担当する班、町の南側を担当する班、動かずに窓口となる班である。
「告知さえすれば‥‥自ら持ってきてくれる人もいるとおもうから‥‥」
朧 幸乃(
ga3078)の提案だった。
「でも食糧が不足している現状で、持ってきてくれる人はいるのかしら?」
アグレアーブル(
ga0095)が一応反論を試みるが、彼女の意見に対し誰も意見を述べることはできなかった。食料回復の目処なり、忘れ草の副作用を抑える薬なり、何らかの説得材料が無ければ町の人々が納得することは難しいだろう。
考えあぐねている能力者達の下に役場の職員が一人やってきた。どうやら土砂崩れ現場に向かった職員達と連絡が繋がったらしい。
「土砂崩れは確かに起こっていたみたいですが、人なら十分渡れるみたいなんです。ちょうど反対側に立ち往生している食料輸送中のトラックが来ていたということだったので、役場の車に食料を積み替えて今運んでもらっているそうです」
「つまり炊き出しの目処が立ったということでよろしいでございますな?」
確認する稲葉 徹二(
ga0163)、それに対し職員は大きく頷いた。
改めて班分けを開始する能力者達、そして話し合いの結果以下のようになった。
A)忘れ草回収窓口での対応手伝い、情報収集、警備
角田(C合流)、アグレアーブル(B合流)
B)町北側を巡回し忘れ草を説得回収、情報収集、警備
クレア、ベールクト、江崎里香(
ga0315)
C)町南側を巡回し忘れ草を説得回収、情報収集、警備
稲葉、朧、翠
窓口の二人は状況を見て、それぞれC,Bに合流しようと言う計画である。
「基本的に武器は隠して説得、っていうことでいくのよね?」
江崎が確認すると、クレアが答えた。
「ですね。今はキメラが襲いかかってくることもなくなったみたいですし、武器を持っていると警戒されるかと思います」
とはいえ、いつバグアやキメラが再襲撃をかけてくるかは分からない。能力者達はすぐに取り出せるようにバッグなどに武器を隠してそれぞれの担当地域に向かっていった。
忘れ草の薬は比較的早く発見できた。町の人々の中では緊急用の常備薬と認識されているものらしい。
町の北側担当のB班も二三人に聞けば、すぐに持っている人と遭遇した。
「そいつの危険性は理解しているのか?」
尋ねるベールクト、町の人々の答えは言葉は違えどほぼ一致していた。
「空腹で死ぬよりマシな代物だ」
確かに副作用で腹痛が起こるらしいが、麻薬とは違い依存性は無いらしい。多くの人にとってどうしても空腹に耐えられない時に使うもののようだ。
「腹が満たされるのなら、こんな薬に頼らないよ」
どうやら炊き出しの事を伝えれば説得の余地はあるらしい。
「みなさん、素直に応じてくれますね。やはり薬よりは本物の食料の方が町の人達も好きみたいです」
「そうだな」
三人はすでに二十人近く説得に成功していた。バッグにはそれなりの数の忘れ草の薬が収まっている。順調に事は進んでいた。
そんな時、三人の前に一人の老婆が現れた。足が悪いのか、杖を使っていてもふらついている。
「大丈夫ですか?」
クレアが老婆に肩を貸すと、老婆は小さく「ありがとう」と答えてクレアの肩につかまった。
「足が悪いようだが、どこに行くつもりだったの?」
尋ねる江崎に、老婆はか細い声で答えた。
「忘れ草を買いにだよ。私は爺様と一緒に暮らしてるけど、もうほとんど食事も作れなくなったからね」
食糧不足という意味だと捉えた江崎は炊き出しの事を教えようとした。しかし喉まで出掛かった言葉を自ら飲み込んだ。足の悪い老婆に炊き出しの場所まで移動するのは困難だと考えたからである。
思いあぐねている江崎を他所に、ベールクトは老婆に尋ねる。
「誰から忘れ草を買ったんだ?」
それは能力者達の探りたい情報の一つだった。すると老婆は今来た道を指差した。
「この道をしばらく行くと忘れ草の無人販売所があるんだよ。料金は自由ってことになってるけど、タダで持って行く人はいないと思うよ」
有力な情報を得た三人は老婆を家まで送り、無人販売所へと向かった。
その頃、窓口では噂を聞きつけた町の人々で溢れていた。町の人々が回収窓口を炊き出しの受付と勘違いしたためである。おかげで窓口では即席の整理券まで配布する羽目になっていた。
「ちょっと情報収集どころじゃ無さそうだな」
パイポを口に咥えながら、群がる人々が差し出す忘れ草を受け取っては整理券を配る角田。高校教師でもある彼女は購買部に群がる生徒を思い出していた。
「俺様はさながら購買のおばちゃんか」
角田は自嘲気味に笑うしかできなかった。
一方、アグレアーブルは列の整理を行っていた。整理券を一つ一つ確認しながら、炊き出しの待ち列を作っていく。予想とは違う仕事に多少戸惑いを感じているアグレアーブルだったが、彼女の耳に誰かの話し声が聞こえた。
「こんなことならもっと忘れ草買っとくべきだったな。町の南の方で作っている場所があるって噂を聞いたぞ」
気になったアグレアーブルは町の南側に向かったC班に本部から借りた無線で連絡を取ったのだった。
「‥‥実は今その製造所の中だ」
無線を受けた翠の前には一人の男性が倒れていた。身体は温かいものの、すでに息絶えている。
せめてもの供養として近くにあったシートが被せてあった。
「‥‥どう見るべきなのかな?」
朧が呟くが、予想外の展開に三人とも息を飲んでいた。
兆候は製造所に入る前からあった。製造所の前に併設されている無人販売所は荒らされ、実際に忘れ草を育てていたであろうビニールハウスも喰いちぎられている。
そして製造所の中は数匹のキメララットが群がっていた。三人で退治したのだが、何となく後味の悪さを感じずにはいられなかった。
「日記とか資料になりそうな物を探しなさい!」
無線越しに角田の怒号が響く。声の調子から察するに、余り機嫌が良くないらしい。
「‥‥む、研究ノートという代物を発見しましたです」
発見した稲葉が早速ノートをめくると、いくつか忘れ草との関連が書かれていた。
「西暦二千七年九月十日、喰うに困った俺はついに植物の根を食べることを決意。意外と旨かった」
「九月十三日、あの植物を培養すれば町の食糧事情が豊かになるのではないか? 培養開始」
「九月三十日、培養成功。どうやら根の部分に空腹を癒す効果があるらしい。以後この草を忘れ草と名付け、根の加工に当たりたい」
「十月十五日、忘れ草の根には多少副作用がある気がする。中和薬の研究にかかる」
「十月二十八日、どうやら忘れ草の葉に中和する成分がある模様。さっそく抽出にかかる」
そしてノートは昨日の段階「抽出成功」で終わっている。
しかし三人の前には忘れ草の葉抽出液と書かれた試験管が割られて転がっていた。