●リプレイ本文
能力者達がフォークランドに着いたのは月の美しい夜のことだった。雲一つ出ておらず、海に映る月は時に大きく時に小さく揺れ動いている。
ロベルトは自宅に能力者達を迎え、窓から揺れ動く月を眺めていた。
「まず始めに確認しておきたい」
御山・アキラ(
ga0532)がロベルトを呼ぶ。彼はカーテンを閉じ、息子ノルベルトの隣に座った。
「説明中に人が来たら通しても構わないか?」
「もちろんだ」
ロベルトはさも当然のことのように尋ねた。特におかしな様子も見られない。
陸 和磨(
ga0510)の希望もあって息子のノルベルト=セヴィーロの方にも同席してもらってはいるが、同じく特に不審な点は見当たらなかった。
しかし演技である可能性も考慮し、陸を始め千光寺 巴(
ga1247)、コー(
ga2931)の三人でおかしな動きが無いかを監視していた。
「ではこれを見てもらいたい」
説明に先立ち、御山は一枚の地図を広げた。UPC本部から借りてきた世界地図だ。バグアとの戦線状況まで判る限りかかれている。
「まずフォークランドの位置だが、ここになる」
御山がアルゼンチン沖の一つの小島を指差し、セヴィーロ親子に視線を向ける。すると、二人はほぼ同時に静かに頷いた。どうやら完全に御山の言葉に聞き入っているらしい。
「見ての通りそれほど大きな島ではない。これはロベルト、ノルベルトお前達でも自覚していることだろう。だが交通の要所と見れば大きな意味がある」
御山の指がカリブ海方面へと動いた。釣られる様にセヴィーロ親子の視線もカリブ海方面へと移動する。
「カリブ海、メキシコ湾岸はバグアとの競合地域、あるいはバグアの手に落ちている。パナマ運河の周辺も同様にバグアとの競合地域だ。あまり状況を楽観しできるものではない」
次に御山は大西洋を指差し、そこから海沿いに太平洋へと移動させる。
「パナマ運河が使えないとなると、大西洋と太平洋を結ぶルートはカナダ、アラスカの北を抜けるか、ここフォークランドの近海を通って南米大陸を南を抜けるかのどちらかになる。逆もまた然り、これはかなりの時間のロスだ」
最後に御山は再びフォークランドに指を戻した。
「もしこのフォークランドが落ちれば我々は南米を南に抜けるルートを失うことになる。これは物資の流通、援軍要請あらゆる意味で不利に働く。こんなことは言いたくはないが、このバグアとの戦争、敗色が濃厚になるということだ」
御山は視線を上げ、セヴィーロ親子の顔を見つめた。二人とも表情に動揺の色は見られない。しかし同時に驚きの色も見られなかった。
「何か質問は?」
「無い」
ロベルトは隣に座る息子を見つめるが、彼も小さく首を横に振っている。多少違和感を感じた御山だったが、何も言わず地図を片付け始めた。
続いて棗 当真(
ga3463)がバグアの戦力について語り始めた。相変わらず親子は何も言わず静かに座っている。
「まず前もって知っておいて貰いたいことですが、全てのバグアやキメラの事が判明しているわけではありません。ただ一説によれば寄生生命体であるという話も聞いたことがあります。宿主の頭脳から情報を引き出すこともあると言われています」
「ふむ」
ロベルトにもノルベルトにも大きな動きは無い。腕組みをし、静かに目を閉じて聞き入っている。寝ているのかと思われるほどだ。
「中には鼠など身近な生物をかたどったキメラもいるようですが、基本的には伝説上の生物をモチーフにしているようです。理由は不明ですが、人類の恐怖心を掻き立てる為だと聞いています」
相変わらず親子は微動だにしない。さすがにおかしいと感じたハルカ(
ga0640)が一つカマをかけてみた。
「バグアと会ったのですか?」
ハルカの考えでは、負傷したバグア兵を看病しているというものだった。仮にそうではなくても、バグアが洗脳、寄生しているのなら何らかの反応を示すはずだと考えての言葉だった。
しかしロベルトは驚いた様子もなく、静かに目を開け答えた。
「バグアには会ってないです。できれば会いたくないと今でも思っています」
予想に外れたハルカは指でビキニの紐をいじり始めた。海で泳ぐつもりだったハルカはビキニを持ってきていた。南半球は今夏なのだが、あまりの寒さに断念したものだった。
そんなハルカの様子を見て、ロベルトがフォローを入れる。
「だが先日古い友人に会いました。彼はバグアと戦っている、そして私にも手伝って欲しいと言って来ました」
どうやらそれほど不純な動機ではないらしい。「バグアに洗脳されているのでは」と予想していた能力者達は多少溜飲を下げ、監視を行っていた陸、千光寺、コーもお互い顔を見渡し監視を止めた。
「では何故私達からバグアの事を知りたいのですか?」
黒檀(
ga3571)が疑問をぶつけた。
「友人が戦っているのなら、その友人に尋ねてみればよろしいのではないでしょうか?」
それは当然の疑問と言えた。しかしロベルトの答えは一旦保留された。そこにちょうどロベルトの妻アリエルが部屋に入ってきたからだ。
「こんな辺境の地までよくいらっしゃいました」
お茶と茶菓子を置いていき、すぐに立ち去る。どうやら急な来客には慣れているようだ。
「いい奥さんですね」
千光寺が呟いた。何の他意もない一言にロベルトが静かに答える。
「俺がいうのも何だが、いい女だ。多少騒がしいのが玉に瑕だがな」
「泣かせちゃ駄目ですよ」
「そうだな‥‥それが問題だ。できれば泣かせないようにしたい。だがそれがどういうことなのか、疑問に思うのだ」
「どういう意味だ?」
コーが尋ねた。ロベルトは自嘲気味に笑う。
「妻一人の幸せのために生きるのか、世界のために戦うのかということだよ」
ロベルトは能力者に掌を見せた。そこには自分達と同様にエミタが埋め込まれている。よく見ると、息子のノルベルトの方にも埋め込まれていた。
「先日漁の途中で古い友人が訪ねてきた。アンソニーという名前でキューバへと移り住んだと聞いていたのだが、先日会った時には黒地に髑髏のマークを掲げた船に乗っていた」
「海賊か?」
再びコーが尋ねると、「だろうね」とロベルトは短く答える。
「彼はキューバを解放するために戦うんだと言っていた、そして力を貸してほしいともね。始めは私も断ったのだが、能力者の適正試験だけは受けてみないかという誘いに乗って近くのUPC施設まで連れて行かれた。後はわかるだろう?」
「‥‥」
押し黙ったように俯く能力者達、その中で始めに口を開いたのは黒檀だった。
「それで、どうするんですか? 海賊に入るのですか?」
海賊と言う響きに黒檀は余りいい印象を持ってはいないようだ。だがロベルトは不適に笑う。
「アンソニーが言うには『キューバを解放するために手段は選べない、時として仲間を見捨てるような非人道的なこともする。だから俺達は普通の人ではなく、海賊になるんだ』ということだったよ」
「‥‥それで、どうするんです?」
陸が尋ねた。ロベルトもノルベルトもバグアに寄生されてはいないようだが、このままではあまり後味が良くないと感じていた。
「戦おう。この島が落とされてはならないということは良く分かった。それに俺より小さい者が戦っているのに、大人が引っ込んでいるわけにはいかないだろう」
翌朝、能力者達に見送られながらロベルト、ノルベルトの親子は終わりの無い航海に出かけた。
「平和とはなんでしょうね」
千光寺がそんなことをふと感じていた。