タイトル:死を招く蟻マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/14 01:14

●オープニング本文


 西暦二千七年十一月、アメリカ中部を流れるミシシッピ川沿岸のある町では今日も多数の負傷者が病院を訪れていた。
 待合室には老若男女問わず多くの人が自分の診察の順番をただ黙々と待っていた。それぞれ足や手に傷を負っている。どれも軽い傷ではなかった。
 そしてまた一人の患者が診察室を訪れた。かなり高齢の女性である。
 老婆は不安定な足取りで受付まで行くが、そこには誰もいない。
 そこで近くを通りかかった女性の看護師を呼び止めた。胸にはルーシーという名札がつけられている女性だった。
「あとどれくらいかかるじゃろうか?」
 老婆が尋ねる。
 ルーシーは名簿を見つめると、そこにはまだ二十名余りの名前が記されている。
 一瞬の逡巡を見せ、ルーシーは老婆に答えた。
「二時間位でしょうか‥‥」
 ルーシーとしてはサバを読んだつもりだった。
 
 ルーシーを始め、医者も看護師も休憩なしで診察を続けている。
 看護師の中には誤診を心配する声も上がり始めていたがが、待合室に集まる患者の数は増える一方。
 誰も「休もう」とは言えなかった。
「二時間か‥‥」
 老婆は噛み締めるように二度呟くと、ゆっくりと息を吐いた。
 そして重い足取りで病院を去っていくのだった。

「これでいいの?」
 翌朝、ルーシーは病室を回りながら昨日の老婆のことを考えていた。
 連日診療時間を延長しての診察をしても、全ての患者を診ることはできない。
 当病院だけですべての患者を診るというのはもともと無理な話ではあるが、患者さんの話では他の病院も同じだということだった。
「ルーシーさん、どうしたの?」
「えっ‥‥」
 患者さんに声を掛けられ、我に返るルーシー。
「私、実は朝弱いんですよ」
 誤魔化すように笑顔を浮かべ、ルーシーはカーテンを開けた。
 
 朝の眩しい光が部屋一杯に広がる。ルーシーは思わず目を閉じ、目が慣れるのを待って外を眺めた。
「いい天気ですね」
 呟くルーシー。だが次の瞬間、表情が固まった。窓の外には羽根の生えたキメラが飛んでいたのだ。
「ルーシーさん、大丈夫?」
 患者さんが心配そうに再びルーシーに言葉をかける。すると何を考えたのか、ルーシーはカーテンを閉めた。
「天気悪いの?」
「嵐来そうね」
 そんな苦しい言い訳をのこしてルーシーは病室を後にした。

「院長、例のキメラが来ました」
 病室を後にしたルーシーは急いで院長室へと向かい、先ほど目撃したキメラについて報告した。
「来たのか」
 院長が机の引き出しから一つのファイルを取り出し、あるページを開いてルーシーに見せた。
「こいつで間違いないのか?」
 そのページには羽根のついた蟻のようなキメラの名称、キメラアント(羽根)とその写真、そして注意書きが添えられている。
 ルーシーは写真を確認し、静かに頷いた。
「‥‥間違いない‥‥ですね」
 注意書きには「写真のキメラの後には羽根の無いキメラアントが複数現れ、過去二件の病院が襲われている」と書かれている。
 病院不足の背景には患者増加だけではなく、病院そのものが潰されているというのもあった。
 だがこれ以上病院を減らすわけにはいかない、院長はルーシーの意思も確認した上でULTに連絡を取ったのだった。

●参加者一覧

吾妻 大和(ga0175
16歳・♂・FT
間 空海(ga0178
17歳・♀・SN
烈 火龍(ga0390
25歳・♂・GP
水理 和奏(ga1500
13歳・♀・AA
麓みゆり(ga2049
22歳・♀・FT
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
シャロン・シフェンティ(ga3064
29歳・♂・ST
ランドルフ・カーター(ga3888
57歳・♂・JG

●リプレイ本文

「アリさんも怪我やら病気で弱った人間だらけの場所を狙うとは、頭良いんだかセコいんだか」
「それは難しいところよね。キメラの狙いが人間とは限らないし」
 院内を早足で駆け巡りながら、吾妻 大和(ga0175)と麓みゆり(ga2049)は言葉を交わしていた。本来病院内では早足で歩くこともあまり褒められた行為ではないだろうが、今回は緊急である。
 その証拠に能力者達の首には立ち入り許可書と院内用PHSがかけられて、手には院内の見取り図が握られていた。
「人間じゃない?」
 聞き返す吾妻に麓は地図を指差した。
「病院には高価な薬品や機械があるでしょ。そっちが狙いの可能性もあるわ」
 二人の地図にはルーシーから確認した優先的に確認する部屋に印がつけられている。その部屋の中にはボイラー室、オペ室、ナースステーション、守衛室などが挙がっていた。
「‥‥ま、アリに好き勝手させるわけにはいかないわな。いっちょやりますか」
 二人はまず始めに手近なボイラー室へと向かった。

 同時刻、屋上では間 空海(ga0178)と烈 火龍(ga0390)がキメラアント(羽根)によって作られたと思われる穴を発見していた。間が全体連絡役のシャロン・シフェンティ(ga3064)に連絡、烈は応急処置として穴を塞ぐように板を固定していた。
「目標の穴一箇所目を発見、現在修復中です‥‥了解」
「‥‥シャロン君は何と?」
 通話が終了したのを見計らって烈が尋ねると、穏やかな表情で間は答えた。
「穴はまだ私達が見つけたのが最初らしいけど、患者さんの移動は順調に進んでいるみたいですね。特に大きな混乱は今の所無いようです」
「ふむ、まだ一つ目アルか」
 今までの事件では四つの穴が確認されている。今回もまだ三つは残っていると見るべきだろう。
「他の部隊も穴の捜索とキメラアントの発見に全力を上げているということです。私達も頑張りましょう」
「そうでアルな」
 烈は双眼鏡を手にし、這い登るキメラアントとキメラアント(羽根)の再襲撃に備えたのだった。

「‥‥こちら地上班ランドルフ、東側部分側面に穴を発見しました。おそらく二階天井部分か三階床あたりだと思われます」
 ランドルフ・カーター(ga3888)と水理 和奏(ga1500)は病院の外、地上部からキメラアントの襲撃と穴の発見を行っていた。まだキメラアントは確認できていないものの、穴の発見が皮肉にもキメラ襲撃が迫っていることを予感させている。
「‥‥了解しました。お願いします」
 通話ボタンを押すと同時に、ランドルフは一言「悪くないな」と呟いた。
「どうしました?」
 不思議そうな顔で見つめる水理、ランドルフは遠くを見つめて答えた。
「すぐに院内班を派遣してくれるそうです。それとあなたに伝言で突っ込み過ぎないように、と。」
「そんなに僕がはねっかえりに見えるのかな?」
 更に首をかしげる水理にランドルフは優しく諭した。
「キメラアントは一体に攻撃を集中させる習性があるようです。新しい武器を購入して喜んでいたあなたのことを、彼女なりに心配しているのでしょう」
 後半はほとんどランドルフの推測だが、それほど外れてはいないだろうという自信が彼にはあった。年長者の経験というものだろう。
「また穴は屋上でも発見されたそうです」
「ということはあと二箇所だね」
 水理の問いにゆっくり頷くランドルフ。そして二人は再び巡回を再開した。

 今回の依頼に関し、能力者達は『穴は一つの除いて全て塞ぐが、玄関は開けておく』という作戦を採った。出入りを一箇所に限定することでキメラの動きを見るという意味合いも含まれている。そしてもっとも戦闘が起こりやすいと思われる玄関にはホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が控えていた。
「‥‥そちらの様子はどう?」
「ルーシーは俺に惚れているかもしれないな」
「私に冗談は必要ないわ」
「これは失敬」
 ホアキンは玄関外で煙草を咥えながら周囲の警戒に当たっていた。しかし普段見ない人物が玄関に立っているということで警戒する患者もいるらしく、冗談を言って場を和ませていた。
「今の所異変は無い。あと穴を一つ発見した」
「応援は必要か?」
 尋ねるシャロンにホアキンは不必要である旨を伝えた。
「玄関横、地上スレスレの位置に穴があけられている。玄関とともに俺が監視しよう」
「了解」
 通話が切れる。ホアキンはPHSを懐に仕舞うと、空に向けて煙を吐いた。
 煙はしばらくその場を漂っていたが、やがて見えなくなった。

 キメラアントが襲ってきたのは院内班が最後の四つ目の穴を塞ぎ終わった頃だった。
「玄関前にキメラアントが出現、数五、羽根つきは未確認。至急玄関に向かえ」
 シャロンは院内班、屋上班、地上班全てに連絡した上で、自らも玄関へと向かった。
「‥‥良いデータは取れそうですな」
 覚醒し、肩を揺らしながら不気味に笑うシャロン。彼女が玄関に着いた頃にはホアキンと水理がすでに戦闘に入っていた。最初から戦っていたホアキンが集中攻撃を受けているようだが、勇ましく戦っている。
「闘牛士は常に一撃必殺を旨とせよ、だ」
 豪破斬撃を発動させ触覚を狙うホアキン、Lv10まで強化された彼のソードの一撃は確実にキメラアントを捉えていた。五感が狂ったような様子は見せないものの、キメラの動きは確実に鈍くなっている。
「五感が無いのか、こいつらは?」
「キメラだから普通のアリと一緒にしてはいけないということでしょうね」
 シャロンが答えつつ、練成治癒を発動。ホアキンを完全回復させる。
「五感に関しては僕も同感。こいつら引くということを知らないよ」
 水理も新調したルベウスでキメラアントにダメージを積み上げていく。しかしキメラは動かなくなるまでホアキンを攻め続けている。
「まずは患者さんの誘導をお願い」
 場所が玄関付近ということもあって、まだ多くの患者が逃げ遅れている。
「一般人がいては実験も行えないな」
 シャロンはこれを承諾し、ちょうど到着したランドルフと二手に分かれて待合室と玄関近くにいる患者を誘導させる。そして誘導が完了した頃には院内班である吾妻、麓と屋上班である間、烈も玄関に到着。キメラの数が多い分時間はかかったものの、一匹ずつ確実に倒していくことで無事全滅させた。
「無事何とかなりましたね」
 話で聞いていたキメラアントはかなり硬いと言うことだったが、無事退治できたことに麓は一安心していた。
「ルベウスと研究所での強化のおかげかな」
「だろうな」
 シャロンは何らかの効果が得られないものかと救急セットから消毒薬を取り出しキメラアントにかけてみていた。だが大した変化は見られないという結果だった。
「あとは属性が合えばよかったけどね」
 今回の戦闘で役に立ったルベウスだったが、キメラアントには特別な効果は得られなかった。
「あとは事後処理だな」
 吾妻の言葉に再び能力者は散開した。

 屋上班である間と烈は再び屋上へと戻りキメラアント(羽根)が襲ってくる様子が無いかの観測に入る。
「これで終わりにしてもらえればありがたいのですけどね」
「羽根蟻が残っている以上、また同じような事件が起こるアルからな」
 しかしキメラアント(羽根)は姿を現さなかった。

 地上班の水理とランドルフはたまたまその日通院に来ていた外来患者を見送っていた。
「多分もう大丈夫、安心して帰ってね」
「年寄りが見送るというのもおかしな話ですけどね」
 
 院内班の吾妻と麓は一時的に避難してもらっていた患者の誘導を行っていた。
「変に動くと傷口開くから気をつけてね」
「それと多少棚の配置が変わったけど気にするなよ」
 穴の位置を地図に書き記し、ルーシーにPHSや立ち入り許可書を一緒に手渡した。

 玄関班のホアキンは同じような事件が起こったときに備え、避難体制の徹底を依頼した。
「キメラアントにも女王アリがいるかは不明だが、可能性は否定できないからな」

 そして今回連絡役だったシャロンは帰りの高速艇の中でも今回得られたデータをまとめていた。
「クク‥これで私の研究がまた一歩‥‥」