タイトル:海に響く歌声マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/19 19:57

●オープニング本文


 西暦二千七年十一月、ブラジルを出航した高速輸送船アウタ号は南米大陸を南に迂回し、チリのサンチアゴ経由で現在イースター島に到着していた。
 パナマ運河を使えば半分の旅程で済むのだが、カリブ海はバグアとの競合地域、メキシコ湾はバグアの占領地となってしまっている。運河自体はUPC軍が押さえているという話だったが、安全性を考えれば使わないという判断である。
 そしてわざわざ遠回りをしてまで運ぶアウタ号の積荷は地下資源とコーヒー豆であった。

 地下資源は言うまでもなく武器防具、そしてナイトフォーゲルの開発、補修等に使うわけだが、同じくらいの割合でコーヒーも需要があるらしい。能力者に依頼してまでコーヒーを買おうとする人もいるという話も出ている。
 そんな噂を聞きつけた海の荒くれどもが始めた商売が、足自慢のアウタ号による輸送というわけだ。念のため武装までしてある乗組員自慢の船である。

 そんなアウタ号の乗組員が今イースター島に立ち寄っている。給油というのも一つの理由だったが、もう一つはこれから天候があまりよくないらしい。目的地であるロサンゼルスに向かうルートを親分は海図片手に考えていた。
 そこに一人の乗組員が姿を現した。顔色があまり良くない、どうやら悪い知らせのようだ。
「親分、近くの海に変な化け物が出るそうでやんす」
「キメラってことか?」
 詳しく話を聞くと、どうやら姿を確認できたものはいないらしい。だが女の歌声が聞こえてきたら危険だということだった。
「歌声だぁ? そんなもん耳栓でもしてればいいじゃないか」
 罵倒する親分、しかし乗組員は食い下がる。
「あっしも始めはそう思いました。ですが何人もの腕利きが同じ事を考え突っ込んで行ったそうです」
「‥‥そのまま帰って来ないってことかい?」
 気分を落ち着かせようと葉巻を咥える親分。一つ大きく煙を吐いて尋ねると、子分は静かに首を縦に振った。
「誰かが突っ込んだ数日後には、いつも船の残骸が島に流れてくるそうです」
「‥‥単に耳を塞ぐだけじゃ駄目って事か」
 そんな未確認物体があるとなると、迂回するのが賢明だろう。だがそうなると期日までにロスに着くのは相当難しくなる。
 一人腕組みをし考え込む親分。そんな親分に対し、乗組員は迂回案を推した。
「迂回しましょうぜ、親分。ハワイ辺りまで迂回してロスに行きゃ歌声女も出てきませんって」
「馬鹿野郎! そんな時間の余裕があるか!!」
「でも命あっての物種ですよ」
「俺らの荷物を待ってる人達がいるんだぞ!!」
 見栄を張る親分。その後乗組員を下がらせると、念のためにULTに連絡したのだった。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
時津砂 霞子(ga0926
27歳・♀・SN
角田 彩弥子(ga1774
27歳・♀・FT
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
五代 雄介(ga2514
25歳・♂・GP
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT

●リプレイ本文

「‥‥どうでもいいけどコーヒーの需要すげえな」
 アウタ号の操舵室でパイポを加えながら角田 彩弥子(ga1774)が船長に話しかけていた。
「こんなんじゃ全ての供給を満たすことは出来ないだろう?」
 数学教師らしく頭の中で電卓を叩く角田、やがて彼女の計算では北米中の需要を満たすことは出来ないという結論に達していた。
「そんなことだから紛い物の出回るわけだ」
「紛い物?」
「あぁ。どこの誰が作っているのか知らないが、食料の製造に乗り出している所があるらしい。ひょっとしたら誰かが隠し持った物かも知れないけどな」
「コーヒーも」
「だろうな。だが分かる奴には分かるらしい、『紛い物は日光を浴びて無い』だとか『土の匂いがしない』とか俺の理解が出来ない言葉を吐きやがる。まぁ俺は、そんな奴のおかげで飯が喰えるわけだがな」
 聞く人が聞けば侮辱とも捉えられかねない言葉だ。だが船長は豪快に笑い飛ばす。角田はどこか気が合いそうな雰囲気を感じていた。
「ところで歌声女について何か分かったか?」
「もうすぐ最有力候補海域に入るぜ」
 船長は相変わらず豪快に笑うのだった。

 その頃ドクター・ウェスト(ga0241)は、皆の期待を一身に受けて無線の改造案を練っていた。しかしドクターの口からは魂が出かかっている。
「我が輩は機械が専門ではないのだよ〜」
「だが改造なんて芸当ができそうなのはあなたしかいない」
「何とかならない?」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)と柚井 ソラ(ga0187)がドクターを見守る。そしてドクターの傍には五代 雄介(ga2514)が船長から改造に使えそうな道具が並べられている。しかし即席で完全防音仕様のヘッドフォンを作るというのは、私設研究グループのウェスト(異種生物対策)研究所 所長を自認するドクターにも難しいことだった。

 事の発端は出発前、本部に備品申請に出向いた所にまで遡る。真田 一(ga0039)と緋室 神音(ga3576)が完全防音無線機を申請したのだが、備品担当の係は首を横に振ったのだった。
「置いてないのか?」
 真田が尋ねるが、係員は首を傾げるばかり。不思議に感じた緋室はまさかと思いながら、念のため思い浮かんだ可能性を尋ねてみた。
「完全防音無線機を知らないのかしら」
「無線を防音したら意味ないでしょう?」
 それが係員の言葉だった。
「それは言葉が悪かった。外部からの音を完全に遮断できるヘッドフォンが置いてあると聞いたのだが、それが無いかという意味だ」
 真田が噛み砕いて説明する。すると係員は今度は首を横に振った。
「ここにあるのはこんなものですね」
 係員が見せてくれたのはAV機器を買えばおまけで付いて来る様な、いかにも安物のヘッドフォンだった。
 その後、真田と緋室は途中で遭遇した時津砂 霞子(ga0926)に事情を話し、ドクターがいるはずのウェスト研究所へと向かったのだった。
「確かに完全に防音できるヘッドフォンが必要なのは、アイテムの研究している場所かナイトフォーゲルを開発している所くらいだろうね〜」
 それが三人の話を聞いたドクターの感想だった。また所長の立場からいえば、かなり限定した条件下でしか使えないものを量産するなら、バグア対策を研究している私設研究所にも研究助成金を支給して欲しいという気持ちもあった。
 しかし時津砂の一言が真田と緋屋の期待を煽る事となる。
「‥‥でも今は必要でしょ? あなたなら簡単に作れないかしら?」
 そして今に至るというわけである。

「無理です?」
 柚井がドクターに尋ねる。しかし彼としては無理、不可能という言葉は使いたくなかった。
「時間があればできるんだよ、けひゃひゃ〜」
「だが必要なのは今だ」
 冷静に言うホアキン。しかしそう言っている間に時間は過ぎる。急に海に霧がかかり、そして波の音の紛れて響く女の歌声が流れてきた。

「救命ボートはどこにある?」
 真田と五代が船員に確認しながら、急いでボートを海に下ろしにかかる。後ろでは時津砂と緋室が無線と手旗信号の最終確認を行っている。
「準備は?」
 遅れて操舵室にいた角田、そして甲板にいた三人も駆けつける。そして作戦を確認後、それぞれは船に乗り込んだ。

 今回の作戦は救命ボート二隻を射撃班、近接班に分けて距離をとるというものだ。
射撃班:五代、柚井、時津砂、角田
近接班:真田、ウェスト、ホアキン、緋室
 セイレーンと思われる敵キメラの攻撃手段が不明である以上迂闊に近寄るわけにはいかない。そこで一回のセイレーンの攻撃に二隻とも巻き込まれないように同一直線状にならないように注意するというものだった。
 それぞれ五代と真田が漕ぎ役、そしてヘッドフォンの代用として全員に耳栓と無線、それと救命胴衣が配給されていた。しかし敵の攻撃法が分からない以上、思い込みで耳栓をつけるのは危険。そこで時津砂、ホアキン、緋室が耳栓をつけ、他の能力者はつけないということになった。
 なおアウタ号は全員耳を塞ぎながら、能力者達とは離れておくということになった。

 耳栓をつけている時津砂、ホアキン、緋室は周囲を警戒していた。耳栓の効果か女の歌は完全とはいえないものの、かなり小さな音になっている。しかし他の音も同時に聞き漏らしている可能性があるため、警戒心を高めていた。
 一方耳栓をつけていない五人も訝しがっていた。歌こそ聞こえるものの特に実害は無い。最悪魅了という考えもあったためか、多少安堵していた。
「謎の歌声で船を沈めるというとからギリシャ神話のセイレーンやローレライ伝説が思い浮かべてたけど、噂は所詮噂だったのかしら」
 緋室は言う。しかし霧で周囲がはっきりはしないもの、地図上では島の無い場所から歌が聞こえてくることは間違いなかった。
 やがて霧が少しずつ晴れてゆく。真田と五代は船を漕ぎながら、招きよせられているような感覚に陥り始めていた。
「おねむの時間かしら? ヒールで踏んであげても良くても?」
 時津砂が妖艶に笑う。五代はこれを丁重に断った。その時、柚井が眼前の一点を指差して言う。
「‥‥見えてきました」
 そこには今にも崩れそうな岩場に女性の姿をしたキメラが座っていた。その姿はまさしくセイレーンのようであった。

 セイレーンは能力者に気付いていないのか、未だに歌を歌い続けている。そこで試しに最長射程を誇る時津砂が覚醒し、アサルトライフルで攻撃を仕掛ける。
「バケモノはバケモノらしく死になさい」
 しかし時津砂の放った銃弾は霧の中に吸い込まれるようにかき消される。そこで鋭角狙撃を使用して、柚井とともに攻撃を試みる。
「正射必中‥‥この矢は中る」
 確かに銃弾と矢はセイレーンに中る。しかしそれほど苦しそうにしている様子はない。能力者達の方を振り向いては一声吼えた。
「くう‥‥」
 それは不思議な攻撃だった。セイレーンの口が開いたかと思うと、射撃班はもちろん背後に回ろうと動いた近接班さえも巻き込み、能力者達の生命力を奪っていた。
「真田君、背後に回るのだ〜」
 いくつかの可能性を考慮し、ドクターは背後に回るように指示。しかしそのドクターさえも一瞬身体の半分がもっていかれる錯覚を感じていた。
「あのキメラの攻撃範囲がいかに広くとも、万能ということは無いはずだよ〜」
「‥‥そうだな」
「それと射撃班にも連絡を〜」
「そうね」
 ドクターの指示を受けて、緋室が無線で呼びかける。しかし、無線はノイズを喚くばかりで射撃班のつながる様子はない。そこで緋室は手信号で射撃班に連絡を試みることにした。

「どうやらさっさと決めたほうが良さそうだな」
 先ほどのセイレーンの一撃を受けて、射撃班も近接班の安否確認のため無線で呼びかけていた。しかし全く反応しない無線に腹をたてているところに緋室からの手信号を確認したのだった。
「まだ奥の手を隠している可能性はあるが悠長な事も言っているわけにもいくまい」
「‥‥そうだな」
 射撃の場合、遠距離では絶対命中とはいかないらしい。今も柚井と時津砂が攻撃を仕掛けてはいるが、命中率は五割を下回っていた。
「全力で行く。みんな振り落とされないように気をつけて」
 五代も覚醒し、セイレーンへの急接近を試みた。
 
 時を同じくして、近接班も射撃班の反対方向から接近を試みていた。
「水中戦じゃないだけマシね」
「あとは魅了されなかったことか」
 ホアキンがフォルトゥナ・マヨールーで背後から攻撃、合わせるように前方からは鋭角狙撃をのせた柚井の矢と時津砂の弾丸がセイレーンを襲う。回避不能と感じたのかセイレーンは攻撃に転じ、射撃班の方を向いて口を開く。
「させないよ」
 角田が船を乗り出すようにして、アーミーナイフをセイレーンの口に突き立てる。しかしセイレーンはそれでも波動のようなものを吐き出した。
「やるね、でも甘い」
 セイレーンの背後から緋室が豪破斬撃で攻撃、更にホアキンが豪力発現も上乗せしてソードを振るう。前方からは陽動の意味込めて疾風脚に瞬天足を発言させた五代が中を舞っていた。
「狂わされた歌声よ、母なる海に抱かれて眠れ」
 その言葉通り、セイレーンの死体は海の底へと沈んでいった。

「もっと何とかできなかったかね〜」
 アウタ号に戻りながら、ドクターは死体の回収が出来なかったことを悔やんでいた。
「仕方ないんじゃない? 足場が悪かったこともあるが、手を抜けば間違いなく死んでいた」
「確かにそうなんだけどね〜」
 しかしドクターにとっても何も収穫が無かったわけではない。一つはセイレーンの攻撃が恐らく非物理攻撃であり、機械にも影響を及ぼすこと。二つ目にキメラの中でも亜種が存在することである。今回のセイレーンは話にあった魅了能力をもっていなかったのが証拠である。
「これで同じ名前のキメラでも油断できなくなったわけだね〜」
「そうだな」
 ホアキンが霧の晴れていく海を見つめながら答える。やがて能力者の前にアウタ号が姿を現したのだった。