●リプレイ本文
その日もジャックは上機嫌だった。何年振りかに隊長と再会を果たし、当時できなかった杯を交わす夢も果たした。
ほろ酔い加減に宿屋まで戻ろうとするジャック。太陽は既に落ち、周囲は暗くなり始めている。十二月という時期的なものもあって、風が冷たくなっていた。
「っっくしょん」
盛大にくしゃみをするジャック。一度鼻をさすって調子を確かめると、どうやら持病の鼻炎が悪化しているらしい。ジャックは宿へと急いだ。
そして体調に気をとられた彼が、背後に迫る影に気付くことはなかった。
翌朝、能力者達を乗せた高速艇が郊外に到着。そしてロイとマリーがホテル前で能力者達を出迎えてくれた。
「マリー! 話は聞いたよ? 大丈夫?」
愛紗・ブランネル(
ga1001)が早足で駆け寄る。そしてロイには終夜・無月(
ga3084)が声を掛けた。
「俺達が来たからには大丈夫だ。ちゃんと調査するから‥‥心配いらないよ‥‥」
諭すようにそう伝えると、ロイも力強く一度頷いた。彼は、能力者達なら何とかしてくれると信じていた。そして彼の目には、期待の色が浮かんでいる。
「俺達もできることは手伝うから、よろしくお願いします」
一礼し、ロイが去る。恐らく邪魔になると考えたのだろう、最年長者らしく周囲に気を利かせていた。それを木場・純平(
ga3277)が呼び止めた。
「来た早々で申し訳ないが、ジェームス氏と面会したい。取次ぎを頼めるか?」
ロイは二つ返事でこれを承諾、早速案内しようとする。しかし不審に思った鷹見 仁(
ga0232)がロイに尋ねた。
「ということは今日はジャック中佐はまだお見えになっていないということか?」
ロイの口ぶりからするに、一通りの礼儀というものはわきまえていると鷹見は考えていた。そこで即座に案内できるとなると、来客がいないのではないかと鷹見は予想したのだった。そして彼の予想通り、今日に限ってジャックはまだ姿を現していなかった。
「いつもならそろそろ来る頃だと思うんだけど‥‥今度はおじさんにお土産でも持って来るつもりなのかな?」
楽観的に考えるロイ。しかし現実問題としてホテル内には時計がないため、正確な時間は分からない。そのため彼は太陽の位置やお腹の空き具合で時間を予想していた。ジャックが来る時間というのも、彼の予想に過ぎない。
それを聞いた鷹見、そして他にジャックから話を聞こうと考えていた沢村 五郎(
ga1749)と木場が顔を見合わせる。三人の頭にはあまり面白くない可能性が浮かんでいたからだ。
「近くを確認してくる」
三人はそれだけ告げて、ホテル跡地から離れる。そして子供達から見えなくなってから武器を取り出した。
残った能力者達は三人が出て行った理由を察し、努めて平静に接した。
「ジャック氏は君達に『何ができる』と尋ねたらしいが、俺達に心配をかけるジャック氏より君達の方がマシだぞ」
「そうだよ、みんな」
ジェット 桐生(
ga2463)が子供達に諭す。愛紗も隣で合いの手を入れると、子供達が笑ってくれた。
場が収まったのを確認して、稲葉 徹二(
ga0163)と白鐘剣一郎(
ga0184)はロイにジェームズ氏の部屋までの案内を再び頼む。ロイはマリーや仲間の事を愛紗、ジェット、終夜に任せ、稲葉と白鐘を連れて階段を上っていった。
「ところでジェームス氏の方はどうなのかな?」
ジャックが遅れている事を受けて、白鐘はロイに尋ねてみた。ジェームスの様子とロイがジェームスをどう思っているのかを再確認したかったからだ。
ロイはしばらく考えた様子を見せて、そして答えた。
「先生は最近考え事をしているような気がします。多分、能力者の人なら話が分かると」
「‥‥」
既に老獪の域に達したジェームスの話をどれだけ理解できるのか、白鐘と稲葉は多少緊張を覚える。しかしそんな二人を他所に、ロイは階段を上っていっていた。
やがてロイが一つの部屋の前で立ち止まる。
「先生、お客さんです」
ロイがノックをすると、やがて中で鍵が開く音が聞こえる。そして出てきたのは目の下に隈のできた老人だった。
終夜が子供達に林檎を剥いてあげている傍らで、愛紗は何人かにスパイについて尋ねていた。
「林檎食べながらでいいから聞いてもらいたいんだけど、バグアのスパイって会った事あるの?」
小首を傾げながら尋ねる愛紗。すると子供達も呼応するように小首を傾げた。
「会った事ないけど、僕達の敵なんでしょ?」
逆に尋ね返す子供達。確かにジャックは子供達にとって敵であり、敵がスパイというのならジャックはスパイと言うことになるだろう。
妙に納得したような表情でジェットが答えた。
「確かにその理論なら、ジャック氏は確かにスパイということになる。だが本当のスパイはスパイとは気付かせないのだ」
「そうなの?」
尋ねるマリー。そこで終夜がちょうど切り分けた林檎の一つを差し出しながら答える。
「でもね、俺達にはちゃんと分かるんだよ」
「おぉ」
歓声を上げる子供達。この声が聞こえないものかと能力者の三人は上を見上げていた。
その頃、外に出た鷹見、沢村、木場の三人は既に最悪の可能性を考え始めていた。ホテル跡地からしばらく行った所で血の跡を発見したからである。量としてはそれほど多くは無い、だがすぐに治ると思えるほどの量ではなかった。
「‥‥これがジャック氏のものだと判明したわけではないが、な」
木場の事前調査では、ジャックがB型であることも分かっていた。だが今ここに血液型を判別する道具は無い、またあったとしても本当に調査の助けになるかは疑問の残るところだった。
理由の一つはジャックの休暇申請、彼は有給休暇を消化しているのではなく、退職しているのだった。となると彼がジェームスに復隊を求めた理由も不確かになってくる。
ひとまず三人は捜索範囲を広げ、ジャックが泊まっているはずの宿を捜索することにした。
沢村がふとホテルの方に目を向ける。入れ違いになっている可能性をふと思い浮かんだからである。しかし次の瞬間にはその可能性を否定した。あのホテルには同じ依頼を受けた能力者がいる、ジャックが来ているのなら自分達の元にも連絡が来るはず。そう信じて沢村は再び歩き始めた。
奇しくもその頃、ジェームスは窓から外を眺めていた。室内にいるのは稲葉と白鐘、案内役のロイは空気を読んで自ら退場している。
ジェームスは窓から見える風景を眺めたまま、二人に問いかけた。
「‥‥この戦争の責任は誰にあると思う?」
「責任ですか?」
素っ頓狂な声で稲葉が答える。ジェームスの質問の意図が測りきれなかったからであった。
「バグアだと思いますが?」
しばらく考えて稲葉が答えるが、ジェームスはまだ窓の外を眺めている。そこで白鐘が付け加えた。
「‥‥失礼ですが、先生が責任を感じるのは筋違いだと俺は考えます。仕掛けてきたのはバグアの方ですからね」
「‥‥確かにな。だが悪戯に戦火を広げたのは軍人だと言う者もいるのだよ」
抵抗しなければ危害は加えられない、一部の評論家はこの戦争をそう見ていた。
「ですが、バグアに常識が通じるかどうか分からないかと自分は考えます」
「そう、問題はそこだ」
ジェームスは窓を背にし、二人の方に向き直った。そして親指を立て、窓の外を指差した。
「相手の出方が分からないから、軍としても手を抜くことができなかった。そしてこの結果がこれだ。この町の半分は軍人が壊し、この町の住人の半分は軍人の流れ弾で死んでいる」
「‥‥」
稲葉も白鐘も返す言葉が無かった。元軍人ジェームスの話は、多少主観が混じっている可能性はあるものの嘘だとは思えなかったからである。
そこで違う観点から稲葉は反論した。
「しかし氏によって助けられた命もある、違いませんか?」
耳を澄ませばぼろい壁越しに子供の声が聞こえてくる。恐らく愛紗やジェット、終夜が子供を満足させているのだろう。
「少なくとも、今聞こえる声は喜んでいるように聞こえませんか」
白鐘が付け加える。ジェームスは薄く笑った。
その日の昼過ぎ、終夜がハンバーグを作っている所に鷹見、沢村、木場の三人が帰ってきた。そして開口一番ジェームスの部屋を尋ねるや、彼の部屋へと向かっていく。手には一つの封筒が握られている。
そして部屋でジェームスを姿を確認すると、封筒を彼に手渡した。
「これは?」
受け取りながら尋ねるジェームス。宛名には彼の名前が、そして差出人にはジャックの名前が書かれている。
「ジャックが宿の主人に渡しておいたものだそうだ。もし誰か尋ねて来たら渡して欲しい、来なければ投函して欲しいというこという伝言を残してな」
封はノリか何かでしっかりとされている。そこでジェームスは綺麗に封を破って手紙を取り出し、ゆっくりと読み始めた。
やがて読み終わったのか、ゆっくりと手紙を仕舞った。そして持ってきてくれた三人に礼を言うと、手紙の内容を説明してくれた。
「どうやらジャックも多少軍を辞めたらしい。しかし未練があったのか、最後に俺に未練を断ち切ってもらいたかったようだ」
手紙にはジャックも色々考えた上でUPCを退職、そしてこれからは故郷で野菜を作るつもりだと書かれていた。
「最後の最後まで悩ませる奴だったな‥‥」
ジェームスは先程とは違う気持ちで窓を外を眺めていた。
それから数日、ジャックが姿を現すことはなかった。どうやら本当に故郷に帰ったのだろう、そう判断した能力者達は依頼期限が来たこともあってラスト・ホープに戻ることにした。
「今回は色々と迷惑をかけた」
ジェームスが能力者達に握手を求める。一人ずつ握手に応じ、全員終わった後で再び彼が言葉を挟んだ。
「今思えば、ジャックの亡霊が私の気持ちを確かめるために現れるような気がするよ」
そして能力者達はジェームスと子供達に挨拶をしてラスト・ホープへと戻って行った。