●リプレイ本文
一月某日、依頼されたジャック=コールマンの調査結果をもって、能力者達は依頼人ジェームス=シンプソンの根城とするホテル跡地に訪れていた。
事前に情報交換を行った結果、最後のピースが不足していると判断しての行動だった。
「失礼だが人払いをお願いできますか?」
いきなりの提案に驚く子供達。そんな子供達の刺さるような視線を全身で感じつつ、沢村 五郎(
ga1749)はジェームスに頼んだ。
「分かった。ロイ、後を頼む」
言葉少なにジェームスが最年長でまとめ役のロイに子供達の統括を依頼する。
「盗み聞きも無しだ。後で話す」
「‥‥分かった」
何か言いたそうな顔をしつつも納得するロイ。慣れた手つきで子供達をまとめ、二階へ続く階段へと連れて行った。
「絶対教えてくれよな、約束だからな〜」
「教えてくれないと、あたし能力者なるんだから」
下の階が見えなくなる段までジェームスを見つめるロイとマリー。そして最後にジェームスに言葉をかけ、走って階段を登っていった。
「信頼されてますね」
先程まで子供達のいた階段を見つめる水鏡・シメイ(
ga0523)、言い終わると同時にジェームスに視線を移して尋ねる。
「何かコツでもあるのですか?」
「‥‥同じ時間を歩むことだ。同じ飯を食べ、同じ屋根の下で寝る。それは相手が子供だろうが変わらない」
「ごもっともで」
敬意を払うように軽く会釈をする水鏡、そして本題を切り出した。
「ですが私達はジェームスさんと過ごした時間が短い、一つ教えてもらいたいことがあります」
「‥‥何をだろうか?」
「あなたとジャックさんの関係です」
「まず俺は血液の調査をさせてもらった。かなり薄れていたので採集は難しかったが、ここに結果が届いている」
調査結果の書かれた紙を掲げる終夜・無月(
ga3084)、ジェームスが注目するのを確認してゆっくりと読み上げた。
「『血液検査の結果、ジャック=コールマンの血液であると認める』ここまでは問題ないです。では遺体はどこへ消えたのでしょう?」
「なぜ私に尋ねる?」
尋ねるジェームス、しかし終夜が答える前に緋室 神音(
ga3576)が目撃者関係の報告に移った。
「私はジャックさんの目撃者を探していました。ホテルのフロント、清掃担当者、町の人々、可能性のありそうな人はほとんど調べたと思います。ですが肝心の殺害の場面を見た人はいませんでした」
「‥‥もともと人口は少ないからな」
バグアの侵攻を受けた都市に住む物好きは少ない、殺害が夜ともなれば目撃者は皆無だろう。
「気になるのは手紙がいつフロントに預けられたかということです。普通に考えれば殺害前に預けられたと見るところですが、フロントの話によればチェックアウトのときに預かったと証言しています」
「それに何か問題があるのか?」
「チェックアウトするのなら普通荷物を持って出て行きます。フロントの人もジャックさんが大きくは無いがリュックのようなものを持っていたと話してくれました。そのリュックはどこへ消えたのでしょう?」
「‥‥バグアにでも奪われたのではないか?」
しかしこの問いに緋室が答えることはなく、続いて漸 王零(
ga2930)がジャックの部下に関して聞き込み結果を報告する。
「件のジャックだが、大変仲間内から親しまれているな。単なる叩き上げというわけでもなく先見の明もあると見える」
「私の見てきた部下の中でも五本の指に入るからな」
「また時に部下とポーカーなど賭け事に興じることも少なくなかったそうだ。先程も報告したとおり先見の明があるため、引き分け付近を狙うことが多いようだな」
「大勝しても大敗しても部下には嫌われる。ある意味当然の選択肢だ」
「しかし賭け事の対象に金品ではなく、軍事機密を調べてくる等冗談を飛ばすこともしばしばあったらしいな」
「冗談は冗談だ。本当にやったわけではないだろう?」
「さぁそこまでは。何しろ軍事機密、我が調べられる類のものではない」
曖昧な答えで茶を濁す漸。そして最後に王 憐華(
ga4039)がジャックの元妻シェリーからの聞き込み結果を報告した。
「離婚を切り出されたのは極最近、何の前触れも無く突然離婚届を差し出されたらしいわ。しかもご丁寧に自分の欄だけは埋めて、あとはシェリー様がご自身の欄を埋めれば提出可能な状況になっていたそうです。ですがシェリー様は未だに自分の欄を埋めていません、然るに離婚は成立していないというべきでしょう」
「昔から女泣かせな男だった」
「シェリー様は今でも自分に何の落ち度があったのか悩んでいらっしゃいます。私がジャック様の方に過失があったのではないかと促してみましたが、『ありえません』とはっきり否定されました。私見ではありますが、シェリー様はジャック様の死の真相を知る権利があると思います」
「‥‥何が聞きたいのかね?」
外堀ばかりが埋められ真相には何も近付いていない。そんな真綿で首を締め付けられるような感覚に冒されながらも、ジェームズは一つ大きく息を吐き感情をコントロールしていた。
「私は君達にジャックの死の真相を調べて欲しいと依頼した。だがこれでは私が重要参考人のように扱われている気がするが?」
「‥‥失礼ですが、重要参考人には違いないでしょう?」
水鏡の問いにジェームスは沈黙で答えた。
「ジェームスさん、あなたの理論で言うと、あなたもジャックさんと長い間寝食を共にし信頼しあった仲間のはずです。同じく寝食を共にしたジャックさんの部下、奥さんからも話は聞きました。あなたからも聞かせていただきたい」
「人の過去に無闇に触れるのは俺の流儀に反する‥‥しかしあなたが語ることは避けて通れないと俺は見る」
水鏡の言葉をフォローする沢村、そして最後に付け加えた。
「理由によっては戦場に戻るべきではないか?」
「少し長くなるぞ」
そう宣言してジェームスは近くの椅子に腰を下ろした。それに倣うように能力者達も各々椅子や地面に座り聞く体勢を整える。
「‥‥俺は昔、同士討ちを演じたことがある」
不意に外の雲が晴れ、ホテルの二階の出窓からロビーへ日の光が差し込んでくる。それはジェームスの影を細く長く伸ばし始めている。
「後から分かったことだが、俺の隊にバグアに憑依された人間がいた」
「スパイか?」
終夜が尋ねると、ジェームスは小さく頷いてみせる。
「いつ憑依されたのか、何が目的なのかは未だに見当は付いていない。誰かに成りすまし情報を得る、あるいはこちらの内部崩壊を狙う。その辺りが順当な線なのだろうが、奴らは賢くすぐには尻尾を出さん。俺の隊が打ち合いになったときも、バグア側の被害はほとんど皆無と言っていいだろう」
無意識にかジェームスの手は、その時無くした左足へと伸びていた。
「だが今にして思えば、奴らは次の憑依先を探していたのかもしれん」
「つまりジャックさん?」
「憑依の条件は不明だが、対象を抵抗できなくする必要はあるだろう。そして憑依されれば遺体は残らない」
「‥‥」
ジェームスは全てを語ろうとはしないものの、どういう意味なのかはその場にいた全員が理解していた。
「王さん、だったかな?」
「なんでしょう?」
いきなり呼ばれて身構える王、そんな彼女にジェームスは笑顔で尋ねる。
「ジャックの妻、シェリーさんだったかな?」
「左様ですが」
「私が彼女に事情を説明してこよう。すまないが彼女の住所を教えてもらえないだろうか?」
「‥‥了解です」
『渡すべきではない』王の本能はそう訴えていたが、シェリーに会って来た彼女は事態を収拾させる最善の方法がジェームスによる説明だろうと頭では理解していた。そして他の能力者達もジェームスを止めることはできなかった。
「悪いがしばらく子供の面倒を見てくれ」
まるで近所に散歩に行くかのように気軽に言うジェームス、そして根城だったホテル跡地を後にする。
新年を迎えたばかりの一月の晴れた日のことだった。