タイトル:市民にも出来る事をマスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/17 04:12

●オープニング本文


「大丈夫ですよ、能力者の人達がきっと助けてくれますから」
 西暦二千七年二月、シカゴにて五大湖解放で要望書をまとめたユイリーは今、様々なシェルター回っていろんな人を元気付けていた。実家で最後の時間を迎えたいという老人、母の形見の人形を肌身離さず抱えている少女、自分の力不足を嘆く青年、後悔と無念という負の感情で埋め尽くされたシェルターを一つ一つ訪ね歩いては、元気と希望を与えていた。
「だからあと三ヶ月、三ヶ月我慢しましょ」
 本当は三ヶ月というのは何の確証も無い。しかし明確な期限を示せば、少なくともその時までは気力を保たせる事が出来る。後はUPCと傭兵達能力者の勝利を信じるばかり‥‥
 だが、そういうユイリーもどこかもどかしさを感じずにはいられなかった。今でこそ各シェルターを駈けずり回ってはいるものの、最終的には自分には祈ることしか出来ないからである。そんな事実が頭の片隅に浮かびながらも、ユイリーは気付かない振りをしていた。
 そしてあるシェルターで、一人の青年がユイリーに尋ねた。
「俺達は信じることしかできないのか?」
「‥‥」
「俺達の街、なんだろ?」
 初対面の相手なだけに、青年は確認するようにユイリーに尋ねる。そして彼女が小さく頷くのを確認して話を続ける。
「俺達が何もしなくて、余所者に働かせてそれでいいのか?」
「ですが‥‥私達では戦うことは‥‥」
 能力者でなければSES搭載兵器の潜在能力を引き出すことは出来ない、つまり一般人にはバグア相手には戦えない。それは既に広く知られた事実であり、非能力者が背伸びしてSES搭載武器を手にすることは少ない。しかしそれでも自分が守るべきもののために銃を、剣をとる者は少なくなかった。
「シカゴは俺達の街、誇れる所は少ないが‥‥それでも思い出は詰まってる。その街を救うために、住人である俺達がこうしてシェルターに閉じこもって、ただただ祈って‥‥それでいいのかよ?」 
 最後はユイリーにではなく、自分自身への懺悔のように青年は呟く。そして聞いていたユイリーも次第に表情が暗くなっていった。
「俺は戦うぞ。今度は能力者の連中もいるんだろ、しかも勝てる戦いなんだろ?」
 まくし立てるように尋ねる青年に、ユイリーはただただ圧倒され頷くしかできなかった。それでも思い出したように一つ青年に疑問をぶつける。
「でも、でもですよ。私達がバグアに捕まって、人質とかになる可能性もあるわけですし‥‥」
「ならなければいい!」
 ユイリーの声を掻き消すように青年は叫ぶ。周囲の視線が青年に集まったが、そんなことなど気にした様子もなく青年は続けた。
「大体今の状態が既に捕まっているのも同義なんだ。今もシカゴに残っているのはこの街から離れられない連中がほとんど、このシェルター内に閉じこもっていることがばれればバグアがやってくる。違うか?」
「‥‥」
 競合地域とは言われているが、シカゴが激戦地区であることに代わりはない。しかしそれはUPCとバグアが戦っているのであって、住民は一部がゲリラ的に活動しているものの多くはシェルターでの避難生活を余儀なくされている。もしバグアが本格的に住民狩りを始めれば、シカゴの住民は根こそぎ狩られてしまうだろう。
「今生かされているのはバグアの気まぐれ‥‥俺達はバグアにとってどうでもいい存在なんだよ。目の前の蝿みたいなもんだ」
 邪魔であることには違いないが大きな実害は無い、そして本気を出せばいつでも排除できる存在、青年はバグアにとっての人間の存在をそんなちっぽけなものだと考えていた。
「だが蝿でも、できることを示してやりたい」
「‥‥そこまで言うなら」
 青年の熱い思いに負けたのか、ユイリーは一つ提案した。
「だったら能力者の人達に話を聞きましょう。連携をとるにしても、こちらが単独で動くにしても向こうの事情は聞いておきたいですし」
「そうだな」
 シェルターにひとまずの休息が訪れる。そしてユイリーはULTに連絡を入れるのだった。

●参加者一覧

鳳 湊(ga0109
20歳・♀・SN
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
大山田 敬(ga1759
27歳・♂・SN
緑川安則(ga4773
27歳・♂・BM
水無月 魔諭邏(ga4928
20歳・♀・AA
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
グラハルト・ミルズ(ga6737
26歳・♂・FT
増田 大五郎(ga6752
25歳・♂・FT

●リプレイ本文

「みんなは軍隊は武器を手に戦う強い組織だと思っているだろう。だけど、軍隊って言うのは1つだけ苦手だ。それは生産って奴。軍隊じゃあ物が作れないんだ」
「何もわたくし達に物資を差し出せとは申しません。苦境にめげずに日々の生活を営んでください。農地で作物を実らせ、工場で必要な物資を加工する。これもある意味で立派な闘いと思いますわ」
 自衛隊出身である緑川安則(ga4773)の軍隊側から見た視点、そして緑川とは違いかつては文民だった水無月 魔諭邏(ga4928)の一市民から見た視点。バグアという共通目標が無ければ出会うことの無く、そして運命を捻じ曲げられた二人の意見は、ある種奇妙なほど一致していた。そしてその二人の意見の一致はシェルターに一つの一体感を作り出していた。
 理由はそれだけではない。能力者になる前にキメラに喧嘩を売り、手痛く返り討ちにされたという大山田 敬(ga1759)のエピソード、水無月に代弁してもらわなければ誤解されかねないグラハルト・ミルズ(ga6737)の人間臭さ、一緒にトレーニングをしようというどこかのジムのインストラクターのような増田 大五郎(ga6752)の呼びかけ。そのどれもが市民と能力者との距離を縮めていた。
「しかしそれじゃ結局俺達は今、何もするべきじゃないということなのか、いや、ないということなのでしょうか?」
 青年がグラハルトの視線を気にしながら質問をぶつける。よほど怖かったのか、言葉がおかしくなっていることに気がついていない。だが青年の質問は的を射ている。
 能力者達の出した一つの答えは街の復興、しかしこれは街を取り戻した後でしか行えないことである。これならまだ身体を鍛えるという増田の意見が建設的とも言える。だが能力者達は、これに対しても答えを用意していた。
「では被災者の支援と救護活動というのはどうでしょう? 戦闘による被災者の救護作業です。戦闘をしている私達では彼等の心の傷を癒す事は難しいでしょう。また被災者の支援に手を回せる程の人員も削減出来ないのが現状かと思われます」
「あとはキメラの目撃情報に代表される通報だネー。なにもスパイもどきをやれというつもりはない、目で見て明らかにわかる敵を報告してもらいたいのだよ」
 一つの共通目標があれば、人々の間に自然と一体感が生まれる。達成感や使命感が生まれてくるからだ。明言は避けるものの鳳 湊(ga0109)、獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)が出した提案は思わず市民から感嘆の声が漏れるほどだった。どうやら戦いは回避できそうだとソード(ga6675)も溜飲を下げる。
「戦いは俺たちに任せときなって。後には街の復興っていうアンタ達の戦いが待ってる。そん時は任せたぜ」
 このまま無事終わると誰もが思った、市民も能力者達の多くもだ。だが一部の能力者、獄門と大山田だけはデジャヴに襲われていた。ソードの語る間に大山田はユイリーの元へ、獄門はシェルター出入り口へと移動を開始。そして全てが終わろうとしたとき、一人の女が姿を現したのだった。

 それは別段変わった様子のない、普通の女性だった。強いて特徴を上げれば、服が多少汚れていることぐらいだろうか。だがそれは誰も同じことだろう、シャワーを浴びたい、洗い立ての服が着たい、そんな人間の最低限ともいえる望みさえ満足にかなえられない状況なのだ。だが彼女を見たユイリーは思わず声を上げた。
「あぁ、あなたは先日の‥‥」
「その節ではお世話になりました」
 彼女は以前ユイリーが提案した五大湖解放戦嘆願書の代表者会議で顔を出した、代表者代理の女性だった。

 五大湖解放戦は元々能力者達の投票結果を反映する形で行われた。そしてここシカゴが大規模作戦の一つに選ばれたわけだが、その背後では、このシカゴで大規模作戦が行われるよう市民の一部が嘆願書を出している。実際に投票権のあると思われる能力者達を呼び、ユイリー自らが手渡した。
 だが当時、五大湖が本当に選ばれる保障は無かった。慎重を期すために呼ばれた能力者達は市民の中から代表者を選抜、選ばれない可能性も考慮して説明をしたのだった。そしてその場に居合わせたのがユイリー、そして今現れた女性だった。

「ここで能力者の皆様が話をしてくださると聞きまして‥‥」
 一瞬時間が止まったような感覚を感じたのか、女性はとりあえず一番近い場所にいた人物、獄門に話しかけた。
「もう終わってしまいましたか?」
「‥‥終わってはいないネー」
 顔は女性の方に向けたまま、視線は他の能力者を探していた。助けを求めるためではない、事実を確認するためだ。
 獄門を始め多くの能力者達は語るべきことを語った。口では上手く説明できずに身体で、他人の口を借りて説明するものもいた。だが確かに終わってはいない。何故この女性はこの微妙とも絶妙とも言えるタイミングで現れたのか。
 そしてもう一つ、何故この女性はここで能力者が話をしていることを知っているのか。
 一番妥当と思われるものはユイリーが話した可能性、次にあるのは能力者の誰かが話した可能性。だがシカゴ到着後すぐにこの場所へ移動した能力者達が話をできる機会はない、となると自然とユイリーが話した可能性が高くなる。だがユイリーのそばへと移動していた大山田が見る限り、彼女にもおかしな行動は無かった。
 しばし場に沈黙が流れる。今登場した女性を受け入れるのか、排斥するのか。
 そして観衆である市民の間に不安の声が上がり始める。それを察知し、緑川が話を再開した。
「ではあなたのために掻い摘んで説明しよう。戦闘集団零→∞駐屯地所属の緑川安則だ‥‥」
 多少のざわめきはあったものの、話は再開と共に場は落ち着きを取り戻し始めた。しかし問題の女性が扇動者である可能性を考慮し、大山田は彼女をマークすることにした。
 
「みんなは軍隊は武器を手に戦う強い組織だと思っているだろう。だけど、軍隊って言うのは1つだけ苦手だ。それは生産って奴。軍隊じゃあ物が作れないんだ」
「何もわたくし達に物資を差し出せとは申しません。苦境にめげずに日々の生活を営んでください。農地で作物を実らせ、工場で必要な物資を加工する。これもある意味で立派な闘いと思いますわ」
 再び説明が終盤に差し掛かる。流石に二回目となって説明が口が軽くなっている緑川、水無月。一方エピソードの方は二度目で感動が薄くなってしまっていたが、それでも観衆の市民は話してくれた大山田に拍手が送られる。そして相変わらず口下手なグラハルトが水無月に弁護してもらう形で説明した上で、続いて鳳と獄門が実際に活動する方法として救援支援と草の根レベルでの諜報活動を提案。そこで問題の女性が動いた。
「キメラを見かけたら報告。それは分かりましたが、敵はキメラだけではないと聞いています。他のを見つけたらどうしたらいいのでしょう?」
「‥‥他というと何か変なものを見たことがあるのかネー?」
 バグアの戦力はキメラだけではない、実際に被害にあっているシカゴの市民の中には他のものを見たことも多いだろう。
 だがキメラ以外にどのようなものがいるのか、能力者達が話すわけにはいかなかった。話せば興味を持つものがいる、そう考えた獄門は質問を質問で返し、相手の出方を見ることにした。
 またUPCもまだ知らない情報がある可能性も考慮して、緑川やソード、グラハルドも女性の動向に注目する。そんな中、女性は視線に臆することなく答える。
「現代戦争は情報戦という話を聞いたことがあります。それが今回の戦争でも適応されているのか‥‥」
「分からないです。今はそれしかいえません」
 水無月が女性の声を遮るように答えた。これ以上話させれば面倒なことになると感じたからだ。そしてフォローするように緑川が続ける。
「軍隊でも下の方では全ての戦況が見えているわけではないのだ」
 それは事実である。全ての情報が戦う者全てにまで伝わっていれば時に混乱を起こす。またどこからか情報漏えいの危険性も否定できない。適切な処置なのだろう。
 だが『分からない』という言葉は時に、隠蔽ではないかという疑惑を起こす。そして今も、話を聞いていた一部の人間が不満を感じて始めている。その様子を見た上で女性は
「無理な事聞いて申し訳ありません」
 そう答えて、以後一切口を開かなかった。おかげで説明会は無事終了したわけだが、大山田は彼女の姿を忘れないよう記憶することにした。