●リプレイ本文
「ショーン君に依頼を受けました。少し付き合っていただけますか」
デトロイト付近に設けられた屯所にて、国谷 真彼(
ga2331)がカインに声を掛けていた。鳴神 伊織(
ga0421)も国谷の隣でカインの顔色を窺っている。
見知らぬ人物の登場に戸惑いを見せるカイン。しばらく二人の顔を交互に見つめていたが、やがて一度小さく頷き食堂へと歩き始めた。
「それで何の様だ? 依頼という事だったが」
忙しく動き回る人の群れの中で、周囲を気にしながら席に着くカイン。一方国谷と鳴神は特に周囲を気にすることも無くカインの前の席に座り、食堂へと向かう途中で合流した暁・N・リトヴァク(
ga6931)は壁に背を預けて国谷、鳴神そしてカインの様子を眺めていた。
「シェーンさんの事、ご存知ですよね?」
まだ警戒の色の見えるカインの誤解を解くために、鳴神はまず依頼人のショーンの事を話題に上げた。
「友人思いのいい人ですね」
「いい‥‥と言えるかどうかは分からないが、話の分かる人間だ。親しくさせてもらってる。彼に用ならここにはいないぞ」
「いや、用があるのはあんたの方だ。俺達はシェーンからあんたの手伝いを頼まれたんだ」
壁の反動を利用して壁から離れる暁、そのまま見下すような形でカインに答える。
「シェーンはあんたの事を心配しているんだよ」
「いつ死ぬかということか? それならあいつも俺も、それにあんた達も大して変わらないと思うが」
見上げた状態のまま答えるカイン、お互いの立ち位置のせいか自然と口調が厳しくなっている。
「だがそのシェーンは前線に出た。あんたとどっちが死にやすいかは一目瞭然だと思うが」
「あいつが前線に? いくらUPC正規軍でも、新兵同然の整備兵を前線に出すような無謀なことはするはずがないだろう」
両手を挙げて誇張気味に態度を示すカイン、だがその様子を暁、そして鳴神、国谷は悲哀の目で見るしかできなかった。
「‥‥違うのか?」
「残念ですが、昨日前線に出て行かれました」
質問に答える形で、国谷が事実のみを伝える。
「何故?」
「ユニヴァースナイトが堕ちたからです。動けないままでは敵の標的となる」
「だがあいつはまだ‥‥」
「新兵だという言い訳は通じません。UPCは私達も雇っている、それだけ人材不足であるはずです。カイン君、君もその一人のはずでしょう?」
「‥‥そう、だったな」
苦虫を噛み潰したような顔を見せるカイン。顔を手で覆っては一度大きく息を吐き、テーブルの染みを眺めている。
「別に亡くなった訳ではありませんよ。あなたもご存知のようにショーンさんは整備兵、銃器を持って前線に立つわけではありません」
「‥‥それはそうだが」
鳴神の言葉にカインが顔を上げる。
「あんた達に何かを依頼したというのは、アイツは死を覚悟したんじゃないのか?」
「ではショーンさんから受けた依頼内容をお伝えしましょう」
カインはやっと鳴神を正面に見据えた。
その頃整備室では、赤霧・連(
ga0668)が周囲の様子を窺っていた。目的の整備士、ミッシェルを探すためである。
「ミッシェルさんいませんか〜?」
呼んでは見たものの返事はない。作戦前ということで何処か殺気立っている様子さえも醸しだしていた。
「ん〜このままじゃ困っちゃいますね」
整備員の戦いは作戦前と言われている。飛び交う怒号、鳴り響く機械音、働く者達はオイルの汚れを気にする様子もなく、そして手を休める暇もなく整備に没頭していた。
「少しくらい話を聞いてもいいのにね」
始めは暁も整備室に居たわけだが、整備室の状況を見てカインが来たほうが早いと判断し食堂の方へと向かった。暁達が本当にカインを連れてこられるかまだ不明だが、少なくともその前に彼女に本命がいるのかは聞きだす必要がある。
「ミッシェルさん、いませんか〜?」
再び声をかける赤霧、すると眉間に皺を寄せた女性が右手に握ったスパナを左手に打ち付けながら赤霧の方へと向かって歩いてくる。そして赤霧の前で立ち止まり、手にしていたスパナを彼女の眼前に突きつけた。
「五月蝿いよ、あんた。これ以上邪魔するのならオイル風呂の刑にするよ」
「あなたと一緒なら入ってもいいですよ」
スパナを突きつけられたまま笑う赤霧、すると呆れたのか女性も盛大に笑い始めた。
「気に入った、後五分待ってな」
「ということはあなたがミッシェルさん?」
「人を探すつもりなら、顔ぐらい調べておくことをお勧めしとくよ」
そう言葉を残して、ミッシェルは再び奥へと戻っていった。
「それで私に何の用?」
きっちり五分後、ミッシェルは赤霧の下へと戻ってきた。今度はさすがにスパナを手にしてはいないが、手持ち無沙汰なのか左手を右手に打ち付けている。
「やっぱりオイル風呂入りたくなった?」
「本当にオイル風呂入らなきゃだめなのですネ」
「ははは、冗談なのですヨ」
白い歯を見せて笑うミッシェル、余程楽しかったのか肩まで上下に揺れている。
「気に入ったよアンタ。何か用があるって言ってたね、だったら何か飲み物持ってこよう」
「あ、ありがとうございます」
多少予定が狂いはしたが、どうやら話を聞き出せる状態にまで持ち込ませそうな状況になった事に一安心する赤霧。後は整備士の話などを交えながらミッシェルの交友関係を聞き出せば当面の任務完了‥‥そんなことを赤霧が考えていると、前方から歩いてくる暁の姿を見つけた。
「‥‥ミッシェルさん?」
「どした?」
赤霧の女の勘があまりよろしくないことを告げていた。
「どこに行くのですか?」
「食堂に決まってるだろ? 他にどこがある」
「ほむ。それもそうですネ」
だが前方から暁が来ると言う事は、近くにカインがいる可能性もある。その前に任務は達成しなければならない。
「ミッシェルさん、あの‥‥」
「今度はどした?」
「どんなお茶が好きですか?」
意図的に歩くスピードを遅くして、ミッシェルの動きを鈍らせる赤霧。そして話題を振りつつも、さりげなく暁に目配せをする。
「このご時勢贅沢は言えないよ。昔はオイルみたいにドロッドロのコーヒー飲んでたけど、今じゃ手に入りにくいからね」
「確かに手に入らないものは望めないですネ。今は我慢の時期ですし」
「そうそう、高望みは良くないって事」
「だったら男性に対しても高望みはしないのですか?」
「そっちも我慢の時期かな、ははは」
相変わらず肩を揺らして笑うミッシェル。その傍らで赤霧は違う意味で微笑んでいた。
その頃食堂では暁が整備室へ偵察に向かい、鳴神と国谷が一応の説得を試みていた。
「私達は何もあなたに告白を強要するつもりはない。だが言わずに後悔するよりは、言って後悔した方が良いとは思う」
「‥‥それは一般論だ」
「小さな心残りが、やがて大きな悔いに繋がることもあります。ショーン君はそれを知っているのでしょう」
「‥‥余計なおせっかいだ」
依頼人からの話から分かってはいたことだったが、カインは非常に奥手な人間であった。かといって恋愛を強制することに意味も無い、依頼人であるシェーンの気持ちと自分達のもっている感想をカインにぶつけるしかなかった。
「おせっかいができるほどの『親友』はそれほどいませんよ」
そこに暁が戻ってくる。勝負の時は近かった。
暁が戻ってきてから二分足らず、赤霧が一人の女性に連れられて食堂に姿を現した。上はタンクトップ、下は作業服という活動的な服装、全体的には女性らしい体型ながらも一回り大きい腕の筋肉、そして何よりわずかながらも立ち上るオイルの匂いが整備士であることを証明していた。
「彼女が、例のだろ?」
確認するように尋ねる暁。だがカインは緊張しているのか目が泳いでおり、まともに答えることもできない状態だった。
「不安要素は減らすべきだ」
暁が手を出してカインをが立つのを手伝う。そして最後に軽く背中を押してあげると、カインは千鳥足でそのままミッシェルにぶつかってしまった。
「ん? アンタ、どうした? 今オイル臭いからあんまり近付いて欲しくないんだけど?」
計算があったのかどうかは不明だが、カインは会話をする絶好の機会を得ていた。ミッシェルの背後では、赤霧が両手を握り締めてガンバレ〜の念を送っている。
能力者達四人の期待を一身に背負い、カインの放った第一声を放つ。
「このオイルの匂い良いですね」
思わずうなだれる赤霧、だがミッシェルの反応は予想外だった。
「アンタもオイル風呂入りたいかい? この子も入りたがってるし、今度準備しとくよ」
意外な展開に、今度は赤霧が目を泳がせる番だった。