●リプレイ本文
「遠いところすまなかったな」
アマゾン奥地までやってきた能力者に対し、今回の依頼人であるグレムソン=クルーソーは労をねぎらった。
黒く焼けた肌に程よくついた筋肉、そして独特の足運びが依頼人を只者ではないということを証明していた。
しかしそれでも能力者にはなれなかった。皮肉なものだ、と彩里(
ga1595)は感じていた。
戦うべく努力をしてきて、いざというときに力になれない。一言で言えば運がなかったということなのだろうが、それで納得できる問題でもないと感じていた。
「能力者以外キメラには有効打は与えられないと言われているが、実際のところはどうなんだ?」
グレムソンが尋ねる。おそらくわずかな希望を抱えているのだろう。エリス・セプテンバー(
ga1824)がはっきりと首を横に振った。
「そうか」
どこか寂しげにグレムソンは言う。
「だが俺達にはできんこともある。その辺りを伝えられればと思っている」
九条・命(
ga0148)が言うと、グレムソンも多少安心したようだった。
「おまえら、道場破りだ」
門下生に対し、グレムソンは能力者達をそう紹介した。
「キメラみたいに一捻りしてやるってよ」
門下生の士気が低いことはすでに分かっている。だから能力者達を誇張して呼んでいるわけだが、門下生達は一度能力者達の顔を見るとほとんどの者はすぐに顔を背けた。
「‥‥これほどとはな」
工藤 悠介(
ga1236)が思わずそんな感想を漏らした。そして近くでミット打ちをしていた門下生を掴まえて、事情を聞いてみることにした。
「何故バグア達と直接戦う事に拘る?」
「愚問だな」
尋ねられた門下生は工藤を一瞥すると再びミット打ちを再開した。
「親を殺された。俺の顔にも一生物の傷が残った。拘っちゃ悪いか?」
工藤が門下生の顔を観察すると、額のところに大きな傷跡がある。おそらく事実なのだろう。
しかし、その門下生の出すミットを叩く音は今にも消え入りそうだった。
「‥‥そんなものなのか?」
「‥‥」
工藤が尋ねるが額に傷のある門下生はもう振り向こうとさえしなかった。
「‥‥そんなものなのか?」
問い返す工藤。見かねた別の門下生が工藤を止めに入った。
「ここじゃ誰しも一度は心に傷を負った人間が集まっている。そして今まで自分の心の拠り所を柔術に求め励んできた人間だ。悪くは言わないで貰いたい」
「あんたは?」
工藤が問うと、男は主将だと答えた。
「ここで主将を務めさせていただいているロベルトだ。皆を代表して言おう、帰ってくれ」
「‥‥無理な願いだ」
九条が二人の間に割って入った。
「俺の目にはお前が戦わずして負けを認めようとしているとしか見えん。主将というからには相応に腕にも覚えがあるのだろう?」
「挑発のつもりか?」
冷静にロベルトは答えた。
「悪いが能力者相手に戦いを挑むつもりは無いよ。惨めになるだけだからね」
「今のあなたの姿の方が惨めじゃなくって?」
ナレイン・フェルド(
ga0506)がロベルトに問う。
「女子供にまで戦わせて、あなたは何をやるつもりなのよ」
ナレインの隣では琴乃音 いちか(
ga1911)も立っていた。琴乃音は能力者であることに違いは無いが、外見は気の弱そうな女の子に見える。またナレイン自身も能力者には見えない外見の持ち主だ。
「能力者といっても基本的に人間であることに変わりは無い」
九条は自分の力の源であるESE、覚醒について全てを話した。
「ただ制限時間の中だけ多少強くなるだけだ」
能力者達の説得もあって、門下生は多少やる気を出したらしい。特に制限時間というところに興味引かれたようだ。
そこで模擬戦を行う事となった。しかし能力者の門下生では随分と戦う土俵が違う、そこで両者ともに全く別のもの、旗取りで戦うことになった。
「ルールの最終確認をします。時間は九十分の五対五、急所への攻撃は禁止、場外は五分のペナルティ、あとは何でもありです」
三枝 銀河(
ga0123)が主将に確認を求める。
「基本はヴァーリトゥードでいいんだな?」
「その方がそちらも納得するでしょう?」
三枝は答えると、どこかからいやみな声が聞こえる。
「ペイント弾だけ大量に抱えて銃を持ってくるのを忘れるようなスナイパーには負けん」
これを聞いた月森 花(
ga0053)は顔を真っ赤にして抗議した。
「今回はたまたまなんだよ」
問題の模擬戦の舞台だが、三枝は当初砂丘を考えていた。しかし生憎道場付近にそれらしき場所は存在しなかった。
「だったらサッカー場‥‥」
「待った」
エリスが三枝を止めた。
「わざわざサッカー場を借りる必要はないでしょう。こちらとしては広ければどこでもいいのだから、向こうが納得してくれる場所の方がいいと思いますよ」
「それもそうか」
三枝も納得した。
「どこかそれなりに広い場所はないでしょうか? できれば障害物などがあったほうがいいのですが」
エリスが尋ねると、スキンヘッドの門下生がエリスを睨んだ。
「余裕ってやつなのか? 気に入らないんだが」
「そんなつもりはありません」
エリスも睨み返す。収集のつきそうにない事態に主将が提案した。
「それならば私達のランニングコースを案内しよう」
案内された先は荒地だった。いくつかトタンなどが放置されている。
「ここは?」
彩里が尋ねると、準備運動に入っている主将が顔を合わせずに答えた。
「かつてのスラムだ。今は無人だがな」
「どういうことかしら?」
「逃げたんだよ」
別の大柄な門下生が答えた。
「スラムの奴らは命惜しさに逃げたんだよ」
ナレインが呆れたように一括した。
「貴方にそんなことを言う権利は無いんじゃないの? 私には貴方の方が偉いとは思えないけど?」
相手を凍りつかせるような冷たい視線で門下生を見つめるナレイン。しかしその門下生は何も言い返さなかった。
その後、しばらく作戦タイムということで時間を置いて模擬戦は開始された。
開始早々、能力者達は全員覚醒。一人彩里だけ人格が替わったかのように雄たけびを上げたが、特に誰も気にしなかった。厳密には気にしていない振りをしていた。
一方、道場側は誰一人旗には向かわなかった。一人ずつ自分の相手を定め、自分と相手の間合いを計っていた。
月森は琴乃音から銃を借りての参戦となった。
工藤が昔の建物だと思われる屋根の部分まで運んでくれたが、完全につけられていた。
「いきなり?」
工藤が前に出て門下生二人を引き止め、月森が後ろから援護に入る。
「‥‥先ほどの門下生か」
工藤を襲う門下生の一人は先ほど工藤に質問された、額に傷のある者だった。
その頃、ナレインは大柄の門下生と対峙していた。
「あら?」
あまり驚いた様子もなく、ナレインは先ほどと同じく冷たい視線を送ると、門下生は怒り出した。
「能力者だからと言って調子に乗るなよ」
「能力者になれなかったからって腐らないでよ」
さも当然のようにナレインは言う。男は一気に距離を詰め、タックルを仕掛けてきた。
「私は足癖悪いの」
男の顔にはナレインの足が埋まっていた。
「感情的になってどうするのよ」
そして九条の前には主将が立っていた。
「主将自らのお出ましか」
「覚醒の事を教えていただいた礼だ。全力を尽くさせてもらう」
「その方が俺もありがたい」
「では行かせて貰おう」
そして九十分後、審判を努めた三枝の合図とともに模擬戦は終了。
結果は引き分けだったが、能力者も門下生も疲れ果てていた。
「まるで旗取りじゃなかったね、恥ずかしかったし」
しみじみと感想を漏らす彩里。当初は予定通り相手から距離をとって上手く投げていたものの、覚醒が切れると相手の方が上手だった。
「でも良いんじゃない? それが方向性の違いだとあたしは思うわ」
エリスは借り物の道着を返し、相手と握手を交わしていた。他にも工藤と対戦相手だった門下生も互いの健闘を称えて握手を交わしている。
一方、彩里の対戦相手だった門下生は琴乃音の治療を受けていた。
「そうですよう、私達は覚醒が切れちゃうと普通の人間ですからね。っと、他に怪我はありませんか?」
忙しそうに治療に励む琴乃音。すまなそうに小銃を返しに来た月森の相手もできないようだった。またナレインは試合後化粧直し向かったらしく姿を見せていない。
一方で主将のロベルトは模擬戦を振り返っていた。
「どうやら長時間使用不可能というのは本当らしいな」
「もって三十分というところなのだな」
「時間に関してはその時の状況や個人差がありますけどね」
九条と三枝がそれぞれ意見を述べた。
「短期決戦という程でもないが、敵が長期戦を挑んでくれば必然的に俺達の不利だ」
「あとは圧倒的な物量ですね」
「ふむ‥‥」
しばらく考えた後、主将は二人に握手を求めてきた。
「いい経験になった。礼を言う」
「こちらもだ。もし戦えなくなろうと、技を教えることはできる。そして自分の教えたものの中に戦えるものが出るかもしれないし、教えた技で生き延びれる者がでる事もある」
「ひょっとしたらグレムソンさんは始めから気付いていたかもしれませんけどね」