●リプレイ本文
「ジョンと言ったかな? 今日亡命予定の人」
アマゾン西部に位置する新国家エルドラド、その最奥地下にある執務室で君主ジャック=スナイプは一人の女性と会っていた。
引き締まった身体、必要なところだけ脂肪のついた女スパイ、ゴーストである。
「ジョン・マクスウェルね。なかなか話の分かる人よ」
ゴーストはジョンを評する。それを聞いたジャックは口元を僅かにほころばせた。
「ということはそいつも異邦人というわけか。探せばいるものだな」
「それだけ世界が歪んでいるって事でしょう?」
ゴーストが天を見上げる。しかしそこにあったのは空ではなく、錆びた鉄のような赤色の土だった。
その日は夜明け前から不気味な雰囲気があった。空には雲が重くのしかかり、太陽が一向に姿を現さない。夜明け前なのだから太陽が出ていないのはある意味当然ではあったが、まったく姿を現そうとする気配さえ感じられなかった。
「嫌な感じですね」
寂しくなった作業場から空を見上げつつ、藤田あやこ(ga0204)が呟いた。
「こんな天気見ると、何故か無性に戦争してるんだと実感しちまうよ」
いつのまにか藤田の隣には工場長のアランが座り込んでいた。手にはジョンの残した領収書と手紙がある。
「ジョンの奴、『もうここには夢がない』だそうだ。何を言っているのかよく分からんが、今思えば昔から何を考えているのかわからなかったな」
アランが藤田に手紙を差し出す。だが彼女は寂しそうな顔で首を横に振った。
「それはあなたへの手紙、私が読む資格は無いわ。それに‥‥」
一つ呼吸をおく藤田。顔をアランのほうに向けて笑顔を作ると、言葉を続けた。
「みんなを出迎える準備をしなきゃ、ね」
そう言うと藤田はセーラー服を翻し、作業場を後にする。それからしばらく作業場には、アランのむせび泣く声が響いていた。
「空中給油可能な給油機を要請する。長距離飛行の可能性が高いですからね」
藤田が次の準備へと移る数時間前、アランはその時はまだ、かろうじて神経をつないでいた。ジョンを調査をする佐伯 (
ga5657)を手伝い、給油機を要請する篠崎 公司(
ga2413)とクラーク・エアハルト(
ga4961)の命に従い各工場へと連絡。休む間もなくひたすら動き回っている。思わず三島玲奈(
ga3848)が「気合入ってるね」と評したほどだった。だがアランはどこかぎこちなく笑うだけだった。
「給油機は手配しました。しかし常に給油できるわけではありませんから、気をつけてください」
KVに乗り込む能力者達に、アランが大声で注意を喚起。その後、機作業場から機体が離陸するのを見守っている。恐らく全機体が飛び立つのを見守るつもりなのだろう、飛び立っていくKVを一機一機目で追っている。その様子をモニター越しに見ていた佐伯は、妙にいたたまれない気持ちになっていた。
「アランさん、大丈夫やろか?」
幸いと言うべきか、滑走路が使えるようになるまでにしばらく時間がかかる。佐伯は今回チームを組むことになった緋沼 京夜(
ga6138)に通信を開いていた。
「さっき調査に手伝ってもらいましたけど、なんか無理しとるようにも見えましてな」
「かもしれないな」
緋沼がモニターにアランを映し出すと、そこにはまるで今日一日で数歳分老け込んだようにも見える男が立っていた。
「だけど、これが戦争ってやつなんだよ」
緋沼は、自分の気持ちをそう締めくくった。本当なら芸人魂を持つ者として、気のきいた言葉でもかけるべきなのだろう。だが彼は同時に元軍人でもある。冗談を言ってお茶を濁す気にはなれなかった。
「暗殺、諜報、扇動、裏切り‥‥それが、戦争っていうやつなんだ」
「気持ちよくはないですなぁ」
大きく息を吐きながら言葉を紡ぐ佐伯。そして彼の心情を代弁するかのように、空は依然暗く包まれている。一方、緋沼も空を見上げていた。「戦争が悪い」とは言ったものの、本当にそうなのか自分の中では断言することが出来なかった。戦争がなければ今回のような造反も起こらなかったであろう。だが戦争がなければ能力者として、そしてパティシエとしての自分はいなかったかもしれない。そう考えると緋沼の心境は複雑だった。
「ちょっといい?」
思わず黙り込んでしまっていた二人の通信に、三島が口を挟んだ。どうやらいつの間にか、通信が全員に入っていたらしい。
「緋沼さんの言う事も理解できるけど、私は何だか気持ち悪いよ。戦争、戦争ってその言葉で全てを片付けているみたいでさ。別に嘘と思ってるわけじゃないんだけど、何ていうのかなぁ、何が悪いのかはっきりしてもらいたいんだよ」
音声のみの通信だったが、言葉の端々に間延びした感じがある。三島も心中複雑なのだろう。
「難しい事はよく分からないんだけどさ、私達は平和のために戦ってる。そうじゃないとね、やりきれないんだよ」
「‥‥ゲームならどこかにラスボスがどこかにいるはずなんですけどね」
三島の言葉に答えたのは伊藤 毅(
ga2610)だった。
「倒したら世界は平和に包まれたっていうハッピーエンドを期待しているのですが、どこにも姿を出してくれませんしね」
今のところブライトンが敵の大御所であることは間違いなさそうだが、全体を統括しているかは不明である。ブライトンを倒せば何かしら影響を与えられるはずだが、それでバグアが終わるとは限らない。
「まぁラスボスが今出てこられても困るけどな。っとそろそろ出番だ」
緋沼が茶々を入れる。それは同時に出撃の合図でもあった。
そして今、能力者達は先行する機体を捕えていた。当初の予定通りにK(キング)、Q(クィーン)の部隊へと隊列を変え反応を包囲に入る。だが問題があった、敵の数が足りないのである。
「UNKNOWN接近。全部で五機、残りは先行していると思われるわ」
用件のみを語る緋霧 絢(
ga3668)、これは敵への盗聴対策でもある。だがあまり悠長な事を言っていられない事態に陥りつつあった。
依頼人であるアランから聞いて話では試作型バイパーは全部で十機、にもかかわらず今レーダーが捉えているのは半数の五機しかいない。
「半数はエルドラドに届けようという考えでしょうか」
十機いるのなら、半数を犠牲にしてでも半数は届ける。それがクラークの考えだった。
「合理的と言えば合理的なんでしょうが、捨て駒にしているみたいで好きにはなれませんね」
だが一方で鈴葉・シロウ(
ga4772)はこの状況を楽しんでいる。
「ジョンさんもやりますね〜単なる造反と思っていましたが、ちゃんと作戦も考えてある。さすがですね」
その一方で篠崎は何も語らない。質とモラルは三流以下と考えていた相手ではあったが、能力だけはある程度認めている。ここで手を打った以上、まだ何か手があると考えたからである。
そして、その予想はすぐに現実のものとなった。緋霧から連絡が入る。
「試作型バイパーの先五キロの地点まで、メキシコとの国境が迫ってきている」
先行している五機の行方は依然不明だが、残り五機はメキシコ上空を通過するつもりなのだろう。速度を落とすことなく前進している。
「本気なの?」
三島の心配を他所に、突き進んでいる試作機。しかしメキシコはバグアの占領地域であり、いかに試作機とはいえ、たかがKV十機では進入する事は自殺行為であるはずだった。アランに手配してもらった補給機も常には補給できないと言われている。メキシコでの補給は恐らく不可能だろう。
「あの五機を撃破しよう」
伊藤が宣言する。捕獲する余裕もジョンがいるか確認する暇も最早残されてはいなかった。
「私はエルドラド軍需大臣の娘です。兵器開発をしたいのであれば、我々には貴公等を迎え入れる用意ができています。君達を陥れるような者もいなせん、最良の環境を約束しましょう」
能力者達の選択した方法は逃走者に対する呼びかけだった。佐伯と藤田の調査によれば、ジョン以外に逃亡したドローム社社員はいない。短時間での調査であったため完璧な調査とは言いにくいが、ジョンが独自に集めてきた者だと思われる。だとすればジョン同様兵器開発に興味を示してもおかしくはない。そこまで考えた上で、三島が賭けに出る。軍需大臣の娘と自らを偽ったのだ。それらしく見せるために、残る二人の説得役である佐伯と緋沼は雲の中に姿を隠している。加えて伊藤とクラークが三島のバイパーの後ろに控え、VIPであるように演出していた。
同時にこの呼びかけは時間稼ぎでもある。最悪敵占領地域に飛び込む可能性も考慮して、Q部隊の三人は補給を受けに戻っていた。
「KVを操る以上、貴方達も能力者とお見受けしました。それならば与えられた力を有効に使うべき、そうではないでしょうか?」
エルドラド君主であるジャック=スナイプを真似する形で、大臣の娘らしく呼びかける三島。しばらく相手の出方を見ていたが動く気配はない。
「こちらエルドラド空軍第831飛行隊だ。上から君たちを本国にお連れしろと言われている」
伊藤が言葉を加える。
「うまくいった?」
心の中でガッツポーズをとる三島、少なくとも足を止めるという意味では作戦は成功といえる。後は相手が投降してくれれば万々歳‥‥ではあったが、試作機はホーミングミサイルを以って返事にかえたのだった。
「時間稼ぎが出来ただけ良しとしましょうか。ゴールドマン2、攻撃に移る」
高分子レーザー砲を放ちながら、クラークが一気に肉薄する。それに追随する形で伊藤と三島が左右に展開、デルタ隊形を採る。
「今の貴様はただのKVの運び屋だよ」
「その試作機の技術で、どれだけの人が助かるか考えた事はあるのか」
攻撃のタイミングを合わせつつ、罵声を浴びせる佐伯と緋沼。僅かでも反応を見せれば何かしらの手がかりになると判断し、残った五機の動きに神経を尖らせた。だが反応があったのは動きではない、五機の内の一機から通信が入ってきたのだ。
「この試作機の技術で人が助かる? 馬鹿を言うな。KVは人殺しの道具だ、人を救うことは出来ん。現にお前達は俺を殺そうとしているではないか」
それはジョンとは似ても似つかない、野太い男の声だった。
「外れか」
思わず舌打ちをする緋沼。だが外れと分かった以上、遠慮する必要がなくなったのも事実だった。
「KVが人殺しの道具になるかどうかは使い方次第だ。そして俺は人を救うために使ってみせる」
話は終わりとばかりにKA−01にアグレッシブフォースをのせて緋沼が発射。回避を試みる試作機、だが一機だけは回避使用ともせず直撃を受ける。そしてKA−01の光の海が消えると同時に、再び野太い通信が入ってきた。
「素晴らしい攻撃だ。だが君はどうやって攻撃したか理解しているのかね?」
「何が言いたい」
思わず声を荒げる緋沼、すると声の主は待ってましたとばかりに饒舌になった。
「君は自分の意思でKVを動かしていない、エミタによって動かされているんだ。KVの技術で人を救う? そんなのおこがましい限りだよ。能力者はエミタ無しでは生きられない、寄生虫なのさ」
「貴様‥‥」
緋沼が突撃を仕掛ける。無謀な行動だとは思っていなかった。標的は一機のみ、他四機はK部隊が押さえている。加えて緋沼は佐伯が援護してくれると信じていた。
「お前だけは許さない」
ソードウィングを展開、そのまま直進、敵に動きはない。
当たる。
だが彼の翼が衝撃を感じることは無かった。試作機がいた場所には何もいない、代わりに三機のKV、Q部隊がそれぞれ武器を構えていた。
「三流以下の戯言に耳を貸す必要はない」
先程の通信を聞いていたのであろう、篠崎は通信内容を戯言と切って捨てた。
「弱者が不意打ちするために挑発するのはよくある手口じゃない」
鈴葉も篠崎に同意する。そして二人に諭されるように、緋沼はまだ戦っているK部隊へと加勢に向かう。だが、佐伯と緋霧は自分の埋め込まれたエミタの位置を確かめるようになぞっていたのだった。
数日後エルドラド軍需大臣アンドリューは、待望の元気娘を手に入れられず落胆していたということだった。