●リプレイ本文
「今度こそ彼は死んでくれるでしょう。何せ未だによくわかっていないエルドラドだとかいう新国家に向かわせたわけですから」
「言葉には気をつけたほうが良いかと思いますよ、専務。誰がどこにいるのか分かったもんじゃありませんからね」
「おっと、これは失礼。そういえば前回もあの3人に見つかりかけましたな。あのようながさつな子供達が将来の社長の姿だとすると、嘆かわしい限りです」
ファルマー商会会議室で同商会の三人の幹部は会議を開いていた。とはいえ何か特定の議題があるわけではない、近況報告のようなものである。まだ日が高い時間にもかかわらずワインを飲みながらの会合だった。
「そこまでにしておきましょう、お二方とも。私達は誉れ高きファルマー商会三幹部、社員達の見本となるべき存在です。子供や出戻りの同行を逐一気にする必要はないのです」
「ですな」「ですね」
一番上座に座る男の声に呼応するように、二人が言葉を返す。その後しばらく、会議室では笑い声が木霊していた。
「バグアに占領されたメキシコや中米の国々を迂回するとなると、可能性は太平洋か?」
孤児院へと向かう高速艇の中で、真田 一(
ga0039)は地図を広げながら考えていた。
「だがブラジルも競合地域となっている場所は少なくない。加えてハンスはエルドラドの場所の詳細も知らないということだったな」
「らしいな」
顎に手を当てつつホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、先日行ったばかりの彼国のことを思い出していた。
「あの、すみません」
重い空気の中で狭間 久志(
ga9021)が小さく手を挙げて発言を求めた。
「どうしました?」
狭間に気づいた赤霧・連(
ga0668)が、武器をタクト、もとい教鞭代わりに振るい狭間の発言を許す。すると挟間は身体を小さくして尋ねた。
「さっきから話がでている『エルドラド』ってどんな場所なんでしょう? 僕、今回初めての任務で‥‥」
緊張しているのか怖いのか、妙におどおどしながら尋ねる狭間。それを見ていた赤霧は、二三度小さく頷いて解説を始める。
「エルドラドって言うのはですね、アマゾン西部に出来た小国で、着物マニアが集まったところなのですよ。来客に着物を着せて慣れない正座を強要するという酷い国なのです。分かりましたか?」
自分の解説の出来に満足いったのだろう、赤霧は極上の笑みを浮かべて狭間を見つめる。しかし赤霧の説明に納得行っていないのか、狭間は愛想笑いをするしかなかった。
「でも着物マニアの国が何故それほど危険なのですか? 確かに着物や正座を強要するのはどうかと思いますけど」
「一言で言えば思想だな」
同じくエルドラドに進入した経験のあるUNKNOWN(
ga4276)が答える。
「着物や正座というのは目くらましに過ぎん。あの国はそういった突拍子のないことを繰り返しながら、何かを狙っている」
「何かというと‥‥バグアと手を組むとか、そういう類のことでしょうか?」
石動 小夜子(
ga0121)が思わず口を挟むが、UNKNOWNは小さく首を振る。そしてホアキンにも意見を求めるが、彼もまた即答はしかねた。
「単純に考えれば、そういう可能性は否定できない。だがバグアと手を組む事で何かメリットがあるのかと言われれば、俺は素直に首を縦に振ることはできない」
「同意だな」
UNKNOWNも答える。
「この戦い、UPCかバグアのどちらかが倒れなければ決着をつけることはできないだろう。だが現状では、どちらが勝つとも言えん。無論冷静な目で見ればバグアのほうが有利だろう。だがUPC、そして俺達もむざむざやられるつもりはない」
「そうだな」
声を張り上げて答えたのは白・羅辰(
ga8878)だった。
「エルドラドがどんな国かはよくわかんなかったけどよ。やられたらやりかえす、ただそれだけだ」
腕に力を入れて、白は力瘤を作ってみせる。そして豪快に笑うのだった。
「‥‥そうだな」
ホアキンはそう呟いて、その場を締めた。それは自分の気持ちに整理をつけるための言葉でもあった。
前回エルドラドに行った際、ホアキンには二つの疑問を感じていた。一つは彼国何を考えているのか不明だったという危険性、もう一つは手を抜いていたのではないかという可能性である。特に後者、ホアキンに何か根拠があるわけではない。ただそのような可能性を否定できないというだけである。
逡巡するホアキンの様子に気づいたのか、UNKNOWNはホアキンに煙草を差し出した。しかしホアキンはそれを断り、ただ地図を眺めているのだった。
その後、能力者達は二手に分かれた。一つはアマゾンへと向かう現地班、もう一つはハンスの痕跡を追う追跡班である。追跡班はアメリカ南部で高速艇を降りる。メンバーはUNKNOWN、白、狭間。特にUNKNOWNはファルマー商会に関する情報を集めるためにアメリカに残ることを選んでいる。
無駄足になる可能性も少なくはないが、何かしら手がかりが見つかればそれでもいいという考えでもあった。
「何かしら証拠が見つかればいいですね。とりあえず人を探しましょう」
高速艇を見送った後で歩き出す能力者達、するとすぐに何かしらの影に遭遇する。
「運がいいな、早速話をきいてみようぜ」
近づいて接触を試みようとする白、だが進もうとする白の肩をUNKNOWNが掴んでとめる。
「よく見ろ」
近づいてくる影、それは人の姿をしていなかった。
数時間後、アマゾンへと向かった現地班は最寄のUPCの基地で途方に暮れていた。当初ジープでアマゾンに入ることを予定していた一行であったが、基地側が傭兵に貸すのを渋ったからである。
「ならばせめて何かしらの連絡手段を貸して欲しい」
そう頼んだのは真田だった。KVが無補給でアメリカからアマゾンまで行くのは難しい。故にどこかで最低一度は補給しているはずである。アメリカ本土内で補給をしている可能性もあるが、南米で補給した可能性がないわけでもない。加えてハンスの機体はノーマーキングのS−01、逆に目立つはずだった。そこで連絡を頼むと、UPCの方が気を利かせてくれたらしく多くの場所に連絡してくれるということだった。
「どのルートを通ったのかはまだ分からないが、ベレーン、マカパーこの二都市を中心に目撃情報を集めたい」
「その程度なら手伝ってやろう」
ジープを断った責任を感じているのか、受付をしていた軍人は真田の申し出を快諾。すぐに連絡をとり始めてくれる。だが三十分は経っただろうか、軍人からは一向に吉報がもたらされることはない。しびれを切らして自らの足で調査に乗り出そうとする一行、だがそこで軍人が彼等彼女等を呼び止めた。アメリカ南部へと降り立った追跡班から連絡が入ったということだ。
「‥‥というわけで、ハンスは撃墜されていたみたいです」
「運がよかったのでしょうね」
狭間からの報告に、思わず言葉を漏らす真田。それを見たハンスも力なく失笑を浮かべていた。横では赤い髪の女性も笑っている。能力者達は今、テキサスの郊外で独自の研究を行うランドール親娘の家を訪れていた。
見知らぬ影に遭遇した追跡班だったが、その影の標的は追跡班の三人ではなく撃墜され消耗していたハンスだった。息はあったものの撃墜の衝撃かコックピットが開かず、軽い酸欠状態を引き起こしていた。加えて偵察にきていたのであろうキメラ達が数匹、辺りを囲んでいたらしい。白が見たのもその一つだった。
「‥‥そこを助けてくれたのがアンジェラ=ランドールさんというわけです。馬に乗って来てくれたんです」
狭間が紹介を兼ねて、これまでのいきさつを説明する。多少の緊張もあるのか相手の顔色を伺いつつの紹介だったが、赤い髪の女性、アンジェラは笑顔を浮かべて軽く一礼をした。
「KVが撃墜されたという話を聞いて駆けつけたんだけど、大丈夫そうで良かったです」
「そうですね」
ハンスの話によると、KVに乗ったまではよかったが南米に渡る手段までは考えていなかったらしい。海の上を通れば比較的安全なわけだが、撃墜されれば溺れる可能性もある。そこで躊躇していたところを、背後から撃墜されたということらしい。
「不幸中の幸いだったな」
別室でアンジェラの父ニック=ランドールから話を聞き終え、UNKNOWNがハンスの元に姿を現す。
「俺達だけではKVを運ぶこともできなかったからな」
アンジェラが馬小屋を見ると、辺りに馬の鳴き声が響いた。
「ところで、これからどうするつもりだ」
KVが撃墜されてしまったため、ハンスには当然帰る手段がない。尋ねたホアキンはもう一つの意味を込めて尋ねたわけだが、ハンスは両方の意味を理解していた。
「ファルマー商会の三幹部だが、随分あくどいことを考えているらしいな」
UNKNOWNが口を挟む。
「ニックから聞いた話では、ドローム社と取って代わるのが最終目標らしい。そのためにいろいろと画策していたようだな」
ニックの話によると、彼の研究資金提供者である元ドローム社の社員であるジョン・マクスウェルが三幹部と面識が有ったらしい。しかしジョンはエルドラドに亡命した人物、ソースがソースなだけにどこまで信用できるのかは不明だったため、UNKNOWNは漠然とだけ話すことにしていた。すると意を決したようにハンスは話し始める。
「一つ考えがあるんです。聞いてもらえますか?」
一度唾を飲み込んでハンスは言葉を紡いだ。
「聞きますよ」
石動が答えると、ハンスが話し始める。
「多分俺、幹部の人たちに死んでいると思われていると思うんです。だからこれから秘密裏に動こうかと‥‥。父が作った会社が役員とはいえ他人に好き勝手されるのは気持ちよくはないし、ジェニファーにもこれ以上迷惑かけたくないんだ。それに俺も能力者なら皆さんみたいに戦おうかと思って」
ハンスの顔は何かを悟ったかのように晴れやかだった。だがその顔を真田は神妙な顔で眺めるしかなかった。