●リプレイ本文
「どうだった?」
「無理だな。せめてUPCに協力を仰がなければ、役所は動きそうに無い」
カジノ会場脇に設置された控え室で龍深城・我斬(
ga8283)は、役所へと行っていた藤田あやこ(
ga0204)とUNKNOWN(
ga4276)を迎え入れた。相変わらず煙草を咥えて喫煙できるかを確認しているUNKNOWN、その隣で藤田はわずかばかり表情を曇らせ肩を落としている。
「俺達は所詮傭兵だからな」
「所詮なんていうものじゃないですよ。私達の働きはUPCも認めているんですから」
うずたかく詰まれた電話帳の山から見つけた灰皿をUNKNOWNに渡しながら、藤田が答える。
「それに藤田さんがジョディーさんの同僚の人を当たっているはずでしょう。彼女に期待しましょう」
「そうだな」
立ち上る紫煙を見つめつつ、UNKNOWNが相槌を打つ。彼の視線の先、紫煙の向こうにある窓の外では大きな雲が空に浮かんでいる。一瞬その雲の向こうにヘルメットワームが潜んでいるのではないかという幻影に捉われたUNKNOWNだったが、すぐに思い直した。
「それじゃ、俺はコーヒーでも入れてくるか」
「私が行こうか?」
藤田が龍深神に尋ねるが、彼は手で制した。
「電話帳ばかり見つめているのも疲れたんだ。気分転換をさせてくれ」
苦笑を浮かべつつ、龍深神は控え室を後にした。
その日は比較的天気が良かった。雲は多かったが空が見えなくなるほどではない、そして暑いわけでもない、過ごしやすい一日だった。天気につられてかカジノ会場にも多くの人が押し寄せていた。マッターホルン社の開く大規模作戦のカジノは基本本来カジノを行っているロッキーグループのカジノ場間借りして行われていた。ロッキーグループとマッターホルン社の重役同士が旧知の仲であるために実現したことらしい。
当初ロッキーグループの人間は大規模作戦をテーマにした賭け「UPCvsバグア」の存在を煙たがっていた。賭けの内容が不謹慎であるからである。勿論収益の大半はKV等を開発しているドローム社に送られるわけだが、だからといって素直に納得できるというわけでは無いらしい。だが今では「UPCvsバグア」を目当てに来た客がついでにお金を落とすことも多くなり、かなり受け入れられるようになっている。今回能力者の相談所として提供された控え室も交通の便を考慮してカジノの一室に設けられている。また足としてマッターホルン社の公用車を二台も貸してもらっていた。車の色が白というのがUNKNOWNのあまり気に入らなかったようだったが、さすがに文句を言うことは無かった。
だが今回の一連の動きの中で、赤霧・連(
ga0668)は不穏とも思えるものを感じていた。マッターホルン社から預かった臨時の社員証を届けるためにカジノ会場へと向かう車中、様々な思いが去来していた。UPCが敗北すれば人は二つの敗北を一日に受けることになる、客はその時多少なりUPCへの不の感情を抱くことになるだろう。もしそれが仕組まれたものだとしたら‥‥
「考えすぎですよネ」
そう彼女は結論付けている。藤田や桜井 唯子(
ga8759)、皆城 乙姫(
gb0047)に相談しても同じ言葉を返してもらっている。だがまだ何か胸騒ぎがするのか、調べずにはいられなかった。
「でも何とかなりますよネ」
自分自身に言い聞かせるように語る赤霧、やがて車はカジノ会場へと到着する。そして会場に着いた赤霧を待っていたのは皆城からの報告だった。
「ジュディーさんの居場所、分かりました」
「彼女は今、アルバータ州北部の小さな町に住んでいるそうです。幸せそうですが、特にお金が入ったという話はありませんでした」
「あら、私の見込み違い?」
赤霧は控え室に入ると、電話を受けている藤田のそばでUNKNOWN、龍深神、そして病院を巡っていたはずの使人風棄(
ga9514)が聞き耳を立てるように注意深くまだマッターホルン社にいる皆城からの電話に藤田がちょっと残念そうに答える。
「かもしれないなぁ。だがマッターホルン社関連の銀行でお金が流れているという事はなかっただけ、まだ調査は続けるさ」
「一応こちらも別の可能性も探っておくわね」
乙姫から電話を変わった桜子の言葉に答えながら、藤田はいくつか可能性を考慮していた。最近何かと騒がしいエルドラド、ジェノバで小規模ながら騒ぎを起こしたC.O.S、だがそれらを繋ぐ線は未だに見えてこない。
「とりあえず色々回ってみるのがいいんじゃないか〜? ここで話しているだけでは何か解決できそうな気もしないし、言って何か得られれば儲け物じゃないか〜?」
「そうだな」
使人の提案を受け入れる形で赤霧、龍深神、使人、皆城はジュディーの家へ、残る能力者はプログラムの確認のために残ることにした。
「ジュディー? 姉なら今いませんよ」
「ではどこに?」
数時間後、能力者達はジュディーの家に到着していた。移動費はマッターホルン社が全額支給というわけにはいかなかったが、今回のカジノで一儲けできそうなUNKNOWNが多少補助してくれている。そして彼等彼女等を待っていたのはキャサリンと名乗る女性、彼女曰くジュディーの妹だった。子守をしているらしく、彼女の腕の中ではまだ生後一年満たないくらいだろうか、まだ性別が判断できない赤子が眠っている。赤子を興味深げに見つめる赤霧、するとそれを抱えるキャサリンは右手の薬指にしか指輪をしていない事が気づいた。
「姉なら海外旅行の最中です。どのような御用件ですか?」
「実は‥‥」
自己紹介を兼ね、皆城は簡単にこれまでの経緯を説明した。マッターホルン社でのカジノの話、そのカジノでプログラムが誤作動している話、そのため不明が起こる可能性、それらをかいつまんで話した。当初は半信半疑で聞いていたキャサリンだったが、赤霧が社員証を見せると納得してくれたらしい。
「‥‥というわけでジュディーさんに一度見てもらいたいのです」
「成程、話は分かりました」
皆城は敢えてジュディーが不正をしている可能性については触れなかった。一つはキャサリンから心当たりがないかそれとなく聞き出すため、この時期に海外に行くことができるほどに余裕があると判断してのことである。そしてもう一つはキャサリンが共犯であるという可能性だ。何らかの方法で能力者が来ることを知り、ジュディーを海外に逃がした可能性も考えられないわけではない。少なくとも使人は後者である事を望んでいた。
「ですが姉はいません、それに退職した身です。姉に頼るというのは筋違いではないでしょうか?」
「まぁその意見は最もなんですけどな」
龍深神が口を挟む。
「だが会社の方も手が離せないらしい。そのあたりの事情を考慮して‥‥」
「それは分かりました。しかしそれでも例を尽くすべきではないでしょうか?」
感情的に言い返すキャサリン、龍深神の言葉を打ち消すように声を荒げる。するとその興奮を感じたのだろうか赤子が泣き出してしまった。
「すみませんが、今日はお引取り願います」
子供をあやしながらキャサリンは能力者達に冷たく言い放った。何か言葉を返したかった使人ではあったが、まだキャサリンが何を隠しているのか判断できない。キャサリンが子供をなだめる様子を目に収めつつ、能力者達はジュディーの家を後にした。
「あの子、似てませんでしたね」
家を後にして、皆城は呟いた。
「ほむ。ですがジュディーさんの子供じゃないのでしょうか? 姉の子供といえば三等身離れているわけだし、あまり似てなくても仕方ないと思いますよ」
「でも多少は似るものでしょう?」
自分で否定しておきながらも、赤霧は少なからず疑問を抱えていた。一つは右手にしかはめられていなかった指輪である。恐らく未婚なのだろう、だがそれにしては子供の扱いに慣れているような印象もあった。もう一つの疑問は、右手の指輪が結構細工のしっかりしたものだったということだ。決め付ける事はできないものの、ジュディーから口止め料として貰った可能性も否定できない。しばらく考えてみた赤霧ではあったが、それでも答えが出ることはなかった。
「一度状況を整理してみよう。カジノの様子も気になるところだ」
「そうだね〜」
龍深神の提案を受け入れ、能力者達はマッターホルン社に連絡をとる。電話をとってくれたのは桜子だった。
「こちらは順調だな。プログラムは完全には復帰して無いみたいだけど、藤田とUNKNOWNがどれぐらいの損害が出るのかは計算できたらしいぜ」
マッターホルン社はヨーロッパ攻防戦をUPCの勝利と判断した。そしてUPC完全勝利を祝ってという名目で、掛け金に多少色をつけることを決定、そこで客の損害分を補う事にした。客の中にこの判断に異を唱える者はおらず、換金はスムーズに進んでいるということだった。
「意図的にバグアの券を大量購入した奴もいたが、今は特に動きは見せてない。とりあえず換金作業まで済めばマッターホルン社も手は空くだろうし、あたし達のお役目は終了ってとこかな」
「そうですか、それは安心しました」
言葉の上では皆城は安心したという言葉を使った。しかしその心情はあまり納得行く結果が得られたというには別のものが渦巻いている。そんな感情が言葉に感染したのだろうか、桜子が聞き返してきた。
「あんまり安心した、って口調じゃないな。何かあったのか?」
「ジュディーさんが海外旅行に行っているとかで、捕まらなかったのです」
「うーん、なるほどな」
考えているのか、電話はしばし沈黙が続く。そして次に出てきた言葉は妥協だった。
「気持ちは分かるけど、後はマッターホルン社に任せた方がいいんじゃないか? 妹の、キャサリンだっけ、彼女も会社の人間が来るべきだと言ったんだろう?」
「ですね」
「だったらまず会社の人間に行かせればいい。それでも話がつかなかったときは、またあたし達が手伝ってやればいいだけのことさ」
「それもそうですね」
皆城はその場にいる赤霧、龍深神、使人の顔を見回す。使人は戦闘が出来なかったためか、まだ物足りない表情を浮かべていたものの皆城の視線に対し静かに頷く。そして皆城は電話の受話器を下ろしたのだった。