タイトル:【孤児院】ハンスの決意マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/16 17:07

●オープニング本文


 西暦二千八年六月、ハンスは自分の勤め先であるファルマー商会を相手取り、裁判を起こすことを決意した。最終的な目標は本来彼の父の起こした会社である同商会を取り戻すことであるが、その前にハンスの命を奪うような任務、五大湖解放戦中に被災地訪問、エルドラドへの潜入を言い渡したファルマー商会の実質的トップ三幹部を退陣させることである。そして婚約者であるジャスミンの営むサンライズ孤児院の出身者であり、現在三幹部の元にいるハーリー、サムソン、トム、通称ハムサンドの三人を救うことが先決だった。

「大丈夫なんでしょうか」
「‥‥だがやらなければならない」
 ジャスミンが懸念している問題は、競合地域であるこの町で裁判が正当に行われるのかという心配だった。司法について詳しいとはいえない彼女だったが、警察も正当に機能しているとはいえない。同じ公共機関である裁判所が然るべき裁きを下してくれるか、ジャスミンは不安だったのだ。
 一方ハンスはジャスミンとは違い、自信を覗かせていた。今まで何度も助けられた能力者になれた事もその一つである。そしてもう一つ、ここ半年あまりの経験を通じて一つの責任を感じるようにもなっていた。
「俺も能力者になったんだ。それに一人の男として守るべきものは守りたい」
 幸いハンスの手元には、彼をシカゴそしてエルドラドへと向かわせた指令書が残っている。日付も入っているため重要な証拠となるだろう。だがまだ不安を感じるジャスミンは、ULTに依頼を出すのだった。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
水理 和奏(ga1500
13歳・♀・AA
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN

●リプレイ本文

「では双方の弁護人、前に」
 裁判長が二人の弁護士を自分の席に呼び寄せる。一人は髪を整髪材でまとめた黒スーツの男、眼鏡の奥の瞳には絶対的な自信を覗かせていた。もう一人はまだ真新しい紺スーツの女、まだ経験が少ないのか裁判長の言葉に右往左往している。
「それでは二回目の選定を始めます」
 裁判長が小さな木製の箱を取り出した。上には直径十センチ程の穴が空いている。裁判長はその中に一つずつ番号の書かれた玉を弁護士の二人に見せながら箱の中に入れていく。その様子を弁護士はつぶさに眺めていた。
 スーツ男がファルマー商会、新人女がハンス達の依頼した弁護士だった。

「まずはモーリス先生に当たろうと思う」
 それは三日前の事だった。レティ・クリムゾン(ga8679)がいくらかの前金と引き換えに用意したセーフハウスに、能力者達はハンスは呼びだしていた。これからの作戦を練るためである。そして弁護士の事に話が及ぶと、ハンスはファルマー商会顧問弁護士であるモーリス・オールターの名を上げた。
「子供の頃からお世話になっていてね。家の方にも何度か遊びに行った事があるんだ」
 ハンスによると、モーリス・オールターという人物は中々優秀な弁護士らしい。「良い弁護士は、悪しき隣人」と揶揄されていたアメリカの裁判において、経済的制裁よりボランティア活動や公園の掃除など人道的制裁を求める人として一部から注目を浴びているという事だった。
「人材としては悪くない」
 ハンスの話を聞き終え、UNKNOWN(ga4276)は感想を漏らす。
「だが三幹部が真っ先に手を打つ相手でもありそうだな」
「えっ」
 ハンスはどこか間の抜けた声を上げる。全く予想していなかったのだろう、顔には驚きの色が浮かんでいた。
「立場を考えてみるといい。顧問弁護士ということはファルマー商会についても詳しいのだろう? それにハンス、そのモーリスという弁護士は三幹部も真っ先に思い浮かべそうな相手だと思わないか?」
「確かに‥‥そうですけど‥‥」
 やがてハンスの顔は白くなっていた。UNKNOWNも言い過ぎたと感じたのか口をつぐむ。しかし本心ではまだ言い足りないと感じていた。
「確認してこよう」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が席を立つ。静かに目礼するUNKNOWN、すがる様な瞳で見るハンス。そして半日後彼が調べて来た事はモーリス・オールターは既に引退し、去年カナダの大学を卒業したばかり娘モーリス・クリスが父の後を継いでいるということだった。

「理事長からもモーリス・オールターの名前は聞いていた。だからこそハンスから彼の名前が上がった時には悪い予感しかしなかった」
 ホアキンの言葉を思い出しながら、狭間 久志(ga9021)は州の地方裁判所第二控え室で備品のパイプ椅子に腰を下ろし、今回の敵と思われる三幹部について考えていた。隣では南雲 莞爾(ga4272)も同様にパイプ椅子に座り、入口のドアを眺めている。二人が待っているのはモーリス・クリスだった。
「私にやらせてください」
 それが今回の弁護の話を持っていった時の彼女の反応だった。正直経験不足の新人には荷が重い、能力者の中にはそんな声もあった。だがそれ程選択肢に余裕が無いというのも事実だった。戦争のため弁護士の絶対数が減ったというのもある。それとは別に話さえ聞いてもらえない事が多かった。誰も口にはしなかったが、ファルマー商会が手を回しているのだと考えていた。そして残された選択肢がモーリス・オースターの娘であり弟子であるモーリス・クリスだった。 
 現在彼女は陪審員の選定作業に立ち会っている。陪審員がふさわしい人物なのかどうかを確認するための作業である。今件の裁判長であるリチャード・マクゴナガル判事は穏健で知られる人ではあったが、判事としての経歴は長い。自然と多くの事件と接しており、多くの関係者と顔見知りになっている。またファルマー商会側の弁護士であるダグラス・スミスについてもモーリスより経験が豊富であることは確実だった。最近目立った行動を起こさない三幹部が動き出す可能性も無いではなかったが、選定作業に立ち会えるのは弁護人のみ。二人は控え室で待つしかなかった。
「嫌な予感がする」南雲は言う。
「三幹部の動きが静か過ぎる気がしないか」
「確かにな」
 南雲が言わんとしている事は狭間も感じている事だった。依頼当初には何度か事故に見えそうな襲撃があった。ハンスだけではなく、クリスが狙われる事もあった。その度に白鐘剣一郎(ga0184)、水理 和奏(ga1500)が身体を張って阻止している。だが昨日今日と音沙汰が無い。油断を誘っているとも考えられるが、ただならぬ緊張感と不安感を二人は感じていた。
「どう思う?」
 自分と同じ感想を持っていると確信しながら、狭間は南雲に問いかけた。しかし彼の答えは「何かあると見るべきだろう」という無難なものにとどまっていた。

 大きな動きが無いまま日時は過ぎる。いつしか時間は依頼最終日となっていた。陪審員の選定も既に三回目になっている。何でも選ばれた人が既に避難あるいは他界しており、中々規定の十二人揃わないというのが理由だった。
「ハンスに手を出せないから、陪審員に手を出しているのだろうな」
 御影・朔夜(ga0240)はそう言うが、それを証明する証拠は無い。そして調べる時間的余裕も無い。こちらの油断を誘っている可能性もあるため迂闊にも動けない。
「表面上は上手くいっている。私達は私達のやれることをすればいい」
 レティは言う。
「問題は裁判に勝つこと。ここで負ければ何も残らない」
「ですが‥‥」
「負ければ全てを失う。能力者になったからといって過信してはいけない」
 ハンスには根拠の無い自信がある。それは白鐘やホアキン、南雲等も感じていたことだった。能力者は確かに一般人の限界を超えた能力を有している。だがそれは何の努力もせずに得られるものでもなければ、何でもできるという程万能なものでもない。そんなに万能なものなら、バグアはすでに滅んでいるはずである。今でも三幹部の狙いが判明していないのがいい例だった。 
 三幹部の狙いが完全に分かっていないわけではない。最終的な目的は裁判での勝利なのだろう。示談で済ませようという意思は見られない、現に陪審員選定まで向こうの弁護士であるダグラスがハンス達に接触してくることは無かった。だがそれだけに不気味な雰囲気が漂っている。そこで今後の方針として決まったことは水理がモーリス・オークナーを訪問する事だった。
 何故オークナーが引退したのか、その理由は娘のクリスもわからないという。ある日突然引退を宣言したということだった。当然弁護士協会など複数場所から問い合わせがあったそうだが、その度に彼は「娘が後を継ぐから心配するな」と言ったらしい。もちろん三幹部によって引退を余儀なくされたという可能性もある、だがホアキンが洗って見たもののそれらしきものは見つからなかった。
 水理が選ばれたのは、オークナーが子供好きという事に他ならない。油断を誘えるだろうという考えもあった。結果としてオークナーは水理に一つのヒントを与える。「相手が本当にされたく無いものを考えなさい」というものだった。しばらくは何を指しているのか分からなかった水理だったが、彼女とともにハンスの警備に当たっていた白鐘、そして御影と相談している内に一つの考えが浮かぶ。正直余り考えたくはない可能性だった。

「能力者も万能ではないということだ」
 その日の夜、能力者達はハンスとクリスを再び呼び出した。自分達が話し合ったことを二人、特にハンスに聞かせるためである。
「ファルマー商会、厳密には三幹部の狙いは恐らくあたし達の期限切れだと思う」
 自信なさげに水理が言う。それが三人の達した結論だった。
「今回だけじゃないけど、ハンスさんやジェニファーさんが出した依頼は全てULTを経由してラストホープにある本部で公表されているんだ。今ハンスさん達を護衛しているのが能力者であることを調べるのはそれほど難しいことじゃないと思う」
「加えてULTでは依頼期間も公表されている。恐らく三幹部はそれを待っているのだろう」
 白鐘が補足する。悔しいだろう、顔の筋肉が強張っている。奥歯をかみ締めている様子が傍から見ても分かるようだった。だが一方で御影はいつも通り達観した様子を見せている。
「向こうの手口は分かった。あとはハンス、お前がやり返してやればいい」
「僕が? 皆さんは手伝ってくれるんじゃないんですか?」
「さっき水理が説明したはずだ。今日が依頼最終日、違うか?」
「いえ、確かにそうですけど‥‥」
「ならば俺達が動けるのは今日までだ」
 それは能力者全員で決めたことだった。
 
 始めから今日で依頼を終えることに意見が一致したわけではなかった。むしろ大きく対立した。それでも意見が一致したのは、このまま護衛を続けていても三幹部は引き伸ばし作業を続けるだろうという懸念があったからだ。既に陪審員の選定は明日で三回目となる。背後関係が見えてきた今、これまで二回も三幹部が何らかの形で関与していると見るべきだろうというのが全員の意見だ。となるとこのまま護衛を続けていても三幹部は陪審員選定を引き伸ばし、ハンス達は能力者達に依頼料という経済的負担を強いることになる。それは能力者達にとっても喜ばしくは無かった。

「能力者って‥‥本当に万能じゃないんですね」
 話を聞い終えた後、ハンスは天井を仰いだ。妙な脱力感が彼を襲う。このまままぶたを閉じれば、ぐっすり眠れるような気がした。
「僕は何を期待していたのでしょう」
「平和を期待したんだ」
 UNKNOWNが答える。
「お前はお前の望む平和を期待した。そのために俺達がいる、違うか?」
「‥‥そうですね」
 ハンスの脳裏に浮かぶのは、ジャスミンとジェニファーそしてハムサンドや他の孤児院の子供達と一緒に食卓を囲む絵だった。今ではその中に父や母の姿があれば、と思うようになっている。それを実現させる手段として能力者の力が存在する。言われてみればその通りの事だった。
「ただ闇雲に力を使えばいいという問題でもない。今回お前はそれを学んだ、そうだな」
 ハンスは静かに頷いた。その様子を確認してホアキンが話す。
「ULTに事情は話し、依頼終了日は改竄してもらった。これで三幹部は依頼延長を頼んだと考えるはずだ。あとはその間準備を万全に整えればいい」
 それは同時に平常時なら自分の身は自分で守れというメッセージでもある。

 そして依頼終了から数日後、裁判は無事開始されたということだった。