タイトル:【El】宣戦布告マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/09 02:40

●オープニング本文


 西暦二千八年六月、UPC北中央軍本部、エルドラド対策の責任者であるマックス・ギルバート大佐は思案に暮れていた。横には息子のトーマス=藤原がいたが沈黙を守っている。そして二人の視線の先にあるものは、手付かずのまま氷が溶けてしまった三つのアイスティーだった。

 話は数日前まで遡る。ラストホープで過去の依頼を確認してきた大佐を待っていたのは一本の電話だった。相手の名前はジャック=スナイプ、アマゾン西部にエルドラドという新国家をつくり君主となった男である。何の用なのか、マックスは考えた。思いつきそうな事は先日能力者を派遣し破壊したろ過装置に関して、だが考えても仕方ないと思い直し、マックスは電話を受け取った。
 ジャックの要望は非公式で会談をしたいというものだった。腹を割って話をしたいということらしい。信じられるわけが無い、それがマックスの印象だった。そこで半分冗談のつもりで、マックスは会談場所をUPC北中央軍にある自室を会談場所に指定する。するとジャックは意外なことに、その提案を受け入れる。ただし条件として、撮影、録音等記録には残さないことが提案された。マックスはその提案を飲むことにした。
 マックスとしては圧倒的に有利な提案だと感じていた。会談場所が自室というだけではない、記録に残さなくとも記憶には残る。その記憶を誰かに話してはいけないという提案は出されていない。証拠能力は薄いが、十分だとマックスは考えていた。それにUPC本部に乗り込んでまでしたいというジャックの話が気になったからだった。念のため信憑性を高めるために息子の同伴を提案すると、ジャックも他二名の同行を求める。これでUPC側二名、エルドラド側三名での非公式会談の実現が決定した。

「宇宙開発ですよ」
 話は数時間前まで戻る。ジャックはハンター、ボマーという二名の腹心を連れて北中央軍に来訪した。ろ過装置の話、大規模作戦の話と続き、ジャックは今後について話を切り出した。
「バグアの本拠地は空に浮かぶ赤い月だと言われています。そうなると最終的には人類は宇宙に出ねばなりません。しかし私達は宇宙に出る手段を持っていないのが現状です」
「確かにそうですな」
 マックスは適当に相槌を打った。確かに最終的には宇宙に上がる必要はあるだろう、しかし今は各地で頻発するバグアとの抗争に終止符を打つことが先決だと彼は考えていた。それに宇宙開発といっても、正直案が無いというのが彼の本音でもあった。仮にスペースシャトルが使用可能だったとしても、十分数のKVを宇宙に上げるためには何往復する必要があるのか考えたくも無いことだった。ユニヴァースナイトを使うという方法もあるが、あの質量を宇宙に上げるためにはマスドライバーの類が必要だろう。どちらにしても今は不可能、マックスはそう試算する。
 だがジャックは可能だと断言した。出された飲み物に手をつけることなく熱弁を振るう。
「今私達エルドラドは軌道エレベーターの開発に着手しています」
「軌道エレベーターだと‥‥本気か?」
「勿論本気です。つまらない冗談を言うためにわざわざ来たのではありませんから」
 軌道エレベーターを作るにはいくつか条件がある。一つは立地、次に資金、最後に技術者である。それら全てが揃わない限り作成することは不可能である。何かのブラフなのかとマックスはいぶかしんだ。しかしジャックはマックスの様子を気にすることなく話を続ける。
「私は以前からUPCのやり方に疑問を持っています。五大湖解放戦、ヨーロッパ攻防戦、そして各地で起こる小競り合いへの援助、確かに悪いことでは無いでしょう。その場の人は助かりますからね。ですがそれは一時凌ぎ、この戦争は長引けば資金資源ともに不利な人類側の敗北は必至です」
「随分悲観的な考えだな」
「現実的、といってもらいたいものですね」
 ジャックのコップに入った氷が小さく音を立てる。そこで会談は終了となった。

「どう感じた?」
 時間は現在に戻る。マックスはトーマスに感想を求めた。
「一理ある。確かにバグアの本拠地が叩けるのなら有効だろう」
「そうだな、叩けたらの話だがな」
 ジャックは軌道エレベーターが作れると断言した。完成すれば確かに赤い月にも攻撃できるようになるだろう。しかし人工衛星が押さえられている今、バグアがそんなものの開発を許すはずがない。導き出される答えは、ジャックがバグアと通じている事を暗に認めたのではないかという事だった。特にジャックはヨーロッパ攻防戦でファームライドの乗員と参加したと見られている、バグアと結託していると考えた方が自然だった。そして今回の真の訪問目的は、軌道エレベーターを作ってやるからエルドラドに手を出すなということなのだろう。
「面白い」
 今まで思案顔だったマックスは、立ち上がり不敵に笑った。
「ならば後で奪い取るのみ」
 こうしてエルドラド攻略戦が水面下で開始された。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

「未読メッセージが一件あります」
 UPC北中央軍の私室に戻ったマックス・ギルバートはPCを立ち上げる。立ち上げたばかりのメーラーが新着メールの存在を伝える。差出人は北中央軍司令官、だがマックスはそれを読むことなく削除した。
「いいのですか、大佐?」
「何がだ?」
「先程のメールは司令官からのものでしょう? それを読まずに削除とは」
「読まなくても内容は分かってる。心配いらん」
 息子のトーマス=藤原が慌てて復元しようとするが、既にゴミ箱からも削除されている。不安そうな視線を父親に向けるトーマスだったが、肝心の大佐は特に気にした様子もなくクローゼットを開き私服を取り出している。
「どのような内容か聞かせて貰ってもよろしいですか?」
「‥‥エルドラド問題の早期解決だ。UPCでは頭の痛い問題なんだよ」
 その話はトーマスも聞いたことがあった。UPCのやり方を手ぬるいと批判し一般市民を扇動するエルドラドに対して、UPC内の評価はすこぶる悪い。「いつまで存在を許すのか」という過激な意見も存在する。だが批判対象が責任者であるマックスにまで及んでいるというのは初耳だった。
「ならば一気に制圧してしまえばいいのではないですか? エルドラドの戦力はエミタのメンテナンス不足の問題もあってがた落ち、今ならジャングルに展開しているUPC南中央軍の総攻撃で叩き潰せます」
「‥‥叩き潰すだけならな」
「それに何か問題が?」
「武力だけでは、そこにいる二千人の市民の心は解放できんのだよ」
 シャワーを浴びてくる、そう言葉を残してトーマスは自室を後にする。その間トーマスはメールの復元を試みるが、KV以外の機械にあまり明るくない彼は結局復元することが出来なかった。


「助けに来たわ。希望者は早く乗って」
 周囲がほのかに赤く染まり始める頃、大佐の依頼に従ってエルドラドに向かっていた能力者達は無事センサーの破壊に成功していた。陸路班が一個、水路班が一個の計二個である。あとどれぐらいのセンサーが設置されているのかは不明であったが、出入りするだけなら十分な広さに思えた。現に今、藤田あやこ(ga0204)はセンサーの作っていたであろう結界内に侵入を果たし、同時に市民を五名程携えた形で結界外への脱出に成功している。
「この人達をお願いね」
 水路班である藤田達は突入時に使用し隠しておいたゴムボートの掘り起こしにかかっていた。彼等彼女等以前に掘り起こした形跡は無い、つまりボートは元の場所に隠されているはずだった。それを掘り起こして脱出にも使おう、それだけである。だが藤田はその前に一つ、軌道エレベーターというものを自分の目で確認しておきたかった。それでセンサー破壊時に遭遇した市民三人をキョーコ・クルック(ga4770)に任せ、道中で加工してきた爆薬入りの瓶を取り出した。
「何をするつもりなんです?」
 市民の一人が不安そうな顔でキョーコを、そしてホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)、周防 誠(ga7131)の顔色を伺う。三人ともどこか青ざめたような表情を浮かべている。体調が悪いのだろうかとキョーコは心配したがどうやら違うらしい。三人の心配の種は、これから藤田だ行おうとしていることだった。
「軌道エレベーターを破壊するんだそうです。もちろん完全に破壊はでしょうけど、動力系を多少いじってやれば開発は遅らせることができるだろうというのが彼女の見解みたいですよ」
「それとも貴方達ならもっと有効な方法知ってる?」
 キョーコの問いに市民達は顔を見合わせた。そして首を振り、また顔を見合わせ、一人がゆっくりと口を開いた。
「軌道エレベーターを壊すんですか?」
「壊すとまでは言っていない。どんなものか自分で調べてみたいんだ、彼女は」
 ホアキンは言うが市民達は心配そうな表情を浮かべている。そしまた顔を見合わせては一人、また一人とボートから降りていった。
「すみませんが、私達は貴方達と御一緒することはできないようです」
「‥‥何か気に障ることでも言っただろうか? それなら謝罪するが」
「いえ、多分貴方達のやっていることは間違いではないと思います」
「だったら‥‥」
「でも私達はあれを壊して欲しくは無いのです」
 三人は当初エルドラドから脱出できるものなら出たいということで藤田に同行した。軌道エレベーターの開発は結構急ピッチで行われているらしく、全市民が何らかの形で開発に駆り出されている。しかしそれは同時にそれなりに過酷な労働を強いられることにもなり、嫌気が差している者もいるらしい。三人もその口だった。だが破壊するという話を聞き、三人は歩を止めた。「多少なりとも自分が携わった作品である、それを他人に壊されたくは無い」そう三人は理由を説明する。
「だったら尋ねたいんだけど、あれは本当に軌道エレベーターなの?」
「どういう意味です?」
「実は大型兵器かとも思って、ね」
「‥‥」
 市民は誰も口を開かなかった。顔には自信の無さが見え隠れしている、恐らく自分達の作っているものが本当に軌道エレベーターであるという自信がもてなかったのだろう。だがそれでも去ろうとする市民に、ホアキンは一つ質問を投げかけた。
「君達は黄金郷を信じているのか?」
「‥‥信じてはいません」
 僅かに考えてから三人は声をそろえたように同時に答えた。
「では何故戻る?」
「少なくとも最低限文化的な生活が保障されていますから」
 それ以上ホアキンは何も言わなかった。市民から懐かしいマテ茶の香りを感じたからであった。

 一方陸路班は赤霧・連(ga0668)とUNKNOWN(ga4276)がその様子を、隠密潜行で気配を消しつつ双眼鏡で眺めていた。本当は残るレティ・クリムゾン(ga8679)、終夜・無月(ga3084)がセンサー以外にも罠がしかけられていないかを確認している間に敵が来ないかを確認するためであったが、水路班の動向の変化を目ざとく見つけた赤霧がUNKNOWNに示唆したためである。周囲に新たな敵の姿が無く暇だったから、というのも一つの理由だった。
 赤霧やUNKNOWNの位置から水路班や市民の音声までは確認できない。無線で呼び出せば何か教えてくれるだろうが、それもためらわれた。二人がはっきりと確認できたものは、市民が水路班の掘り起こしたボートから遠ざかっていくことだけだった。
「何かあったか?」
 背後からレティが話しかける。UNKNOWNが首だけを後ろに向けて答える。
「多少市民の人心を上手くつかめなくなったようだ」
「そうか。だが戦うのに人心把握がそれほど必要だろうか? 戦いがあるから私達は戦う、少なくとも私はそう感じているのだが」
「私達傭兵は、だな」
 UNKNOWNの代わりに赤霧は背後に控えるジーザリオを指差した。そこには赤霧のリュックが、その中には私物である銃の他、大佐から借りてきた強化ロープなどがまとめられている。
「私達は大佐やULTがあるから戦えます。そして大佐が裏でみんなをまとめてくれているからですよ」
 赤霧は説明を続ける。自分が音大生であること、基本的に人を疑いたくないということ、そして自分がマックス大佐のような地位には向かないことも付け加えた。
「軍の偉いさんになると人付き合いも大変だと思いますよ? 更に上の司令官さんとか、ドローム社とかの重役さんとかですね。そういう人ともうまくやっていくためにも人心把握は必要だと思うのです」
 最後に「奥さんとは上手くいってないみたいですけど」と付け加えて、赤霧は小さく微笑んだ。
「それとこれを渡しておこう」
 UNKNOWNが一輪の花を加工したコサージュを手渡す。白い大輪の花だった。
「アマゾンリリー、本来はブライダルブーケに使われる花だ。この季節の花ではなかったと記憶していたが、たまたま見つけたので一輪拝借させてもらった」
「そんな花なら新婚のキョーコさんに渡せば?」
「彼女の分も用意してある。それに私は君も彼女のように笑ってもらいたいのだよ」
「‥‥」
 しばらく考え、レティはコサージュを受け取った。
「車に飾っておくわ」
 そんな一部始終を眺めつつ、一人終夜は無線を手にしていた。先程の水路班で起こった問題を確認するためである。彼の頭の中では最悪のシナリオ、市民が軍に通報する、という展開まで予想しての行動だったが、無線を受けた周防はその可能性は低いだろうと答えた。
「絶対に無いってわけじゃないですけど、通報される可能性は薄いと自分は思いますよ」
 無線越しに伝わってくる口調はいつもの周防のものだった。口だけではなく、本当に通報されないと考えていることが終夜にも分かった。
「随分自信ありそうですね‥‥」
「自信って程じゃないですよ。ただ自分も何度かここには足を運んでいます。でも何と言うか‥‥先程の三人は自分の行動に疑問を感じているみたいでしたよ」
「疑問?」
「与えられた自由と自ら勝ち取った自由の狭間に立っている、そんな感じです」
「あまり明確とはいえない表現だな」
「自分でもそう思います」
 今度は僅かな笑い声が混ざる。それは自虐にも自嘲にも聞こえる笑い声だった。
 

「この一年、KVの新製品が何種類できたか分かるか?」
 シャワーから戻ってきた大佐がトーマスに尋ねた。
「十くらい?」
「改良型を入れて二十二だ」
「‥‥多いね」
「お前にはその程度の感覚しかないか。私には異常にしか見えん」
「異常?」
「バグア到来以前、私は近い未来に変形できる戦闘機なぞが開発できるとは思っていなかった。それがS−01、R−01が完成、そしてこの一年で、二十二種もの機体が完成。武器やオプションパーツも多数存在する」
「確かにそうですね」
「だがそんな恩恵に預かれるものは軍や能力者だけだ。一般人がこの事態をどんな数奇な目で見ているのか、私はしばしば疑問に思う」
「何が言いたいのです?」
「バグア襲来から既に十年以上戦闘が繰り広げられている、もう抵抗を諦めた人も少なくないだろう。そんな人達を責める権利は私達には無い。では、今地球上で最も安全なところといえばどこだろうか?」
「‥‥エルドラド?」
「あとは親バグア国家だろうな。後々は戦渦に巻き込まれると思われるが、それはあくまで可能性の問題であり未来の問題だ。今エルドラドに住む人々にとってそこは、紛れも無い黄金郷なのだと考えているのだろうね」
 その後大佐に司令官から召喚令状が届いたのは間も無くのことだった。