●リプレイ本文
時の流れというものは残酷なもので、色々なものを奪う。若さや情熱、時には記憶さえも奪い去ることもあろう。だが時が流れる事が全て悪いことであるとも限らない。時間を置けくことで初めて見えてくる真理もあるだろう。
それは前島主であるカミラの日記に書かれていた最後の言葉だった。
「確認なんですけど、このフォークランド近海に石油が出ることをセシリーさんはカミラさんから聞いたのですよね?」
誰が一番初めに石油を発見したのか、それはここ数日間警察に詰めていたエレナ・クルック(
ga4247)の頭によぎった最大の疑問だった。ケイン・ノリト(
ga4461)からの差し入れであるファークランド煎餅をかじりながら、既に数ファイルに渡っていた調査報告書を眺めていた時にふと頭を浮かんだその疑問を、エレナは直ぐにセシリーにぶつけることにした。
「間違いないわ。他に知っているのは恐らく貴方達とライアズ、あとは前回の事件の犯人達くらいだと思いますよ」
セシリーはここ数日、暇を見つけては警察に顔を出してくれていた。本来なら自分同様に警察に詰めてもらうことがエレナの希望ではあったが、それではその間の島の行政が滞ってしまうという大きな問題もあった。代わりにライアズが顔を出してくれることもあったが、ニコチンが切れるたびに外に出るのが彼の最大の欠点だった。
「ではカミラさんは誰から聞いたのか聞いた事がありますか?」
この質問にセシリーは小首を傾げた。そのまましばらく悩んでいたが、小さく首を振って否定する。
「言われれば聞いてないですね。ですが嘘を言う人ではありませんので、何かしら証拠はあったと思いますよ」
「ですが私が報告書を見る限り証拠らしいものは見当たらなかったです。何か心当たりはありますか?」
「どうでしょう‥‥確かにマメな人でしたので何か残しているかもしれませんが」
彼女の母であり元島主であるカミラの家は、彼女が殺害された時に当然警察が調べている。被害者の唯一の家族であったセシリーも調査に立ち会っていたが、証拠らしきものを発見したと聞いた記憶はない。エレナの言うように調査書に記載されていないのも仕方の無いことだろう。だが一方で几帳面である母親が石油に関する証拠を何も残さなかったことはセシリーも疑問に感じていたことだった。
「ちなみにカミラさんは地質学等に通じていたということは?」
エレナが質問を変える。証拠が残っていないのは、全て頭の中に証拠を叩き込んでいたのではないかとも考えられたからである。だがそれについてはすぐにセシリーは否定する。
「恐らく無いですね。見ての通りこの島には大学はありません。母は生まれてからこの島を出たという話を聞いたことがありませんので、大学に通ったことも専門的な知識を身につけていたと言うことも無いと思います」
「そうですか」
エレナは小首を傾げた。セシリーが言うように、この島に大学らしきものをエレナは見たことは無かった。仮に立てたとしても教授や生徒の確保、資金的な問題から苦労するだろう。
「となると、島の外の誰かに連絡を取った可能性が高いわけですよね」
「そうなりますね」
「島を出るための方法は飛行機か船以外に方法はあります?」
「見ての通り島国ですからね。陸路の可能性はありませんし」
陸路は無い、それは誰の目から見ても明らかだった。だが空路と海路だけかと言われれば、単純にその二つに割り切ることも難しそうだというのがエレナの感想だった。そう結論付けるとエレナは軽く伸びをして席を立った。
「他のみなさんにも連絡をお願いします。私も聞き込みに入りますから」
「了解、よろしくお願いしますね」
セシリーは彼女に手を振って見送り、港で聞き込みをしているホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、空港で聞き込みを続けるケイン、ネットで調査を続ける須佐 武流(
ga1461)へと伝えるのだった。
一方東島へと向かっていたUNKNOWN(
ga4276)も一つの情報を入手していた。クルイドオイル社に関する情報だった。前回の事件の犯人であるロウファとクルイドオイル社の関係者が歩いているのを見たことがあるというものだった。同じ頃クラーク・エアハルト(
ga4961)も酒場で一つの情報を仕入れている。東島の出入業者が二人組みの客にセシリーの近況など聞かれたというのだ。顔までは覚えていないと言うが、スーツ姿であることは間違いないという。二人は東島の酒場で合流、お互いの情報を交換した後にセシリーの近況を聞かれたという出入業者を尋ねることにした。
だがその道中、二人はあまり快くない視線を感じていた。しかも一つではなく複数である。
「UNKNOWN殿‥‥」
声を潜めてクラークが尋ねる。
「自分達は警戒されているのでしょうか?」
「だろうな」
煙草の灰を携帯灰皿に落としながらUNKNOWNは答える。
「前の事件の時に聞いた話だが、東島は元々閉鎖的な社会らしい。余所者が入ることは好まれないのだろう」
「なるほど」
改めて周囲に気を配るクラーク。視線の数は相変わらずだが、よくよく注意してみると危険人物に対する警戒の中に早く帰れという呪いに近いものが混ざっているように感じられた。
「あまり周りを気にしない方が良い。シャーマンが信じられている場所だ、呪われるぞ」
「自分は呪いなんて信じませんよ。それに前回の事件でも協力者だったグレイは、どちらかと言えば呪いを信じているタイプには見えませんでした」
「閉鎖的な東島でも閉鎖具合には個人差があるということだろうな」
二人が懸念していることは、閉鎖社会では情報収集がしにくいということだった。下手に首を突っ込めば怪しまれ、かえって警戒心を煽ることになる。更にはこちらが嗅ぎ回っていることも対象に知られる結果になりかねない。だが同時に利点もある。一度入り込んでしまえば、余程のことが無い限り排除されることはないということである。
「まずは協力者になりそうな人物を探すことですね」
「そうだな」
一番適切なのは、セシリーの元海賊仲間だと二人は判断していた。今では連絡のつかなくなった者も少なくないらしいが、何人かはこの東島にいるらしい。年齢は彼女とそう変わらないということだったため、外見年齢は二十代後半から四十代までに限られる。
「夕方に一度合流しよう。夜間徘徊には危険な香りがする」
「バグア、キメラ退治なら夜間でも問題ないのですけどね」
場の雰囲気を和ませつつ、二人は別々の道を歩き始めた。
チリに何かあるらしい、クルイドオイル社の調査に当たりネットに潜伏していた須佐が見つけたのはその程度の情報に過ぎなかった。らしいとしか言えなかったのは、クルイドオイル社について掲示板程度の書き込みしか存在しなかったからである。だが逆説的にいくつか分かったこともあった。一つ目にクルイドオイルの名前はフォークランドでは知られていないこと、二つ目にホームページが存在しないということである。バグアとの戦闘状態にあるこの情勢で全ての会社がホームページを持っているわけではないが、それほど大きな会社ではないことだけは間違いないだろうと須佐は考えていた。
そこで須佐はネットでの捜索を打ち切り、フォークランド煎餅を手土産に警察を訪問。嫌がる署長を拝み倒して偽造身分書を作ってもらい、ホアキン、ケインと合流後チリへと飛ぶのだった。
数日後、能力者達は警察署に会した。島主であるセシリーに署長ライアズも同席している。能力者達の持ち寄った意見を総合すると、やはりクルイドオイルは怪しいという結論に達していた。
「まず見てもらいたいものがあります」
エレナが取り出したのは赤い表紙の大学ノート程の厚さしかない一冊の本だった。
「それは母の?」
「カミラさんの料理レシピですね」
始め数ページを読み上げるエレナ。卵黄二個に牛乳二百cc、そこに砂糖大さじ一杯を入れてかき混ぜる‥‥そんな調子でノートは書かれていた。一体それが何なのか、そんな視線を投げかけるセシリーにカミラはページを広げて見せた。
「ですが気になったこともあるのです。このノート、一見料理レシピみたいですがイラストは全くないのですよ。それでちょっと読み方を換えてみました」
そう前置きして、エレナは再び朗読を開始する。
「十月四日、晴れ、クルイドオイル社社員と名乗る男が家を訪れる。島の命運を握る重要な話らしい。だがそんな与太話を聞いている暇は無いので帰ってもらった。十月五日、曇り、再び昨日の男が現れた。どうやらただの与太話ではないらしい。話を聞こうと思ったが、人気の無いところで話をしたいという。そんな事ができるわけがない。早々に帰ってもらった。十月六日、雨、三度例の男が現れた。話を聞く気は無いとこちらが切り出したところ、変な写真を一枚くれただけで帰っていった。何なのだろう」
そこまで読み上げ、エレナは一度顔を上げた。
「私の読み方が正しければですけど、多分これ日記だと思います」
誰も否定はしなかった。逆にUNKNOWNとクラークはエレナの意見に賛成した。
「最後に出た写真だが、恐らく地質調査の写真だと思われる。俺達の調査で一人の男がクルイドオイル社の人間と会っていたことが分かった」
須佐から借りた写真の一枚をUNKNOWNが取り出した。
「ゲイリー・ダウナー、三十三歳。セシリー、貴方の海賊仲間で天気や潮の流れを読むことを得意としたらしいな」
「間違いないわ、当時は髭なんか生やしてなかったけど」
セシリーの答えを聞いた上でクラークが続ける。
「彼に会ってきました。どうやら海賊時代の経験を元に今では気象予報士になっていますよ。大学で気象を始め、流体力学や地質学も勉強したそうです。なんでも航海に役立つだろうからということでした」
「相変わらず生真面目なのね」
セシリー、ライアズが二人揃って苦笑を浮かべる。どうやらゲイリーは二人の知っている性格のままらしい。
「ですが問題があります。先ほど報告したようにゲイリー殿は大学で地質学も勉強していました。奨学金も受け取っていたいたらしいのですがそれだけでは当然足りません。アルバイトをやっていたらしいのです」
「それがクルイドオイル社?」
クラークは静かに頷いた。
「どうやら彼にとってクルイドオイル社はかなり身近な存在だったようです」
そう結論付けて、報告を終了した。
最後にチリへと飛んだ須佐、ホアキン、ケインが報告に入る。
「問題のクルイドオイル社だが、現在はUPCから査察を受け営業停止中でした」
「営業停止?」
「親バグア国家とも取引をしている可能性があったからです」
ホアキンが答える。
「厳密には親バグア国家というわけではないようですが、まぁ似たようなものです。取引先として動き出したのはエルドラドという国、そして取引を求めてきたのがジョン・マクスウェルという人間です」
ホアキンはジョンについて説明した。おそらく港の人間に描いてもらったのだろう、似顔絵も持っていた。
ジョン・マクスウェル、年齢三十四、元ドローム社社員であり本社と研究室の連絡役として各地を駆け巡ってきた男である。休まない男と言う異名を誇っていたが、今ではアマゾン西部の新国家エルドラドに亡命。行動範囲を世界に広げたと言う。
「そしてもう一人知っておいてもらい人物がいます」
続いてケインが紹介したのはゴーストという人間だった。だがこちらはジョンと違い、似顔絵はなかった。名前だけが一人歩きし、本当の姿はわからないらしい。
ゴースト、年齢不詳。五大湖解放千前後を中心に活動した女スパイ、現在でもエルドラド内でくすぶっているUPCへの不信感は彼女が煽ったものではないかとも言われている。変装を得意とし、性別を問わず変わる事が出来るという。
「ここでこんな名前が出てくるとはな」
「だが予想通りともいえる」
調査報告会終了後、署長の隣にある喫煙室でUNKNOWNとホアキンは小さく笑った。今まで分からなかったエルドラドの実情が判明してきたからである。
「もうすぐエルドラドも決着がつくということだろう。黄金郷なぞこの世には存在しない」
ついに見えてきた敵の尻尾に不敵に笑う二人だった。