●リプレイ本文
夏といえば人々を連想するのだろう。灼熱の太陽、真っ白な砂浜、どこまでも続く地平線、そんな平和的なものを連想する人も少なくは無いだろう。しかしバグアは四季を問わず攻め立ててくる。夏の高温は容赦なく人々の体力を奪い、掻く汗は水分を消費する。食料は腐敗し、時に異臭を放つ。少なくとも戦闘には向いているとはいえない季節だった。
「まさかと思いますが‥‥」
そう前置きした上で、クラーク・エアハルト(
ga4961)は感想を口にした。
「ジャックは死人を喰らったのでしょうか?」
「‥‥どうでしょう?」
「可能性はありますけどね」
クラークの言葉に緋室 神音(
ga3576)と赤霧・連(
ga0668)がそれぞれ違った感想を口にする。しかし表情はどちらも冴えてはいない。普段笑顔を絶やさない赤霧も感情を誤魔化すように、UPC北中央軍から借りてきた訓練犬とコミュニケーションをとっていた。犬の方もまだ実践になれていないのだろう、死体探しよりも赤霧の方に興味を示している。UPC北中央軍の説明によると、訓練犬の数もそうだが調教師の数も追いついていないというのが一つの原因と言うことだった。
「‥‥確かに可能性に過ぎませんね。すみません」
「別に謝る必要は無いですよ」
「確かにそうなんですけどね」
何となくクラークは謝った。謝ったほうがいいと感じていた。自分の意見が間違っていると感じたわけではない、現にジャックを乗せたトラックはこの周辺へと滑り落ちた事は聞き込みに行ったホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)と周防 誠(
ga7131)が確認している。飢えた狼となったジャックが、この家で食料を要求したことは想像に難くないことだった。だがそれでも謝罪したのは場の空気を汚したことに他ならない。
「ですが殺人が行われたことだけは間違いないでしょうね」
「でしょうね」
室内では足跡だけをマーキングした上で一度掃除し、ルミノール液が撒かれていた。血液反応を見るための試験薬である。本来なら有効なこの試験薬であるが問題点がないわけでもない。その一つが血液量までは確認できないということだ。三人が撒いたルミノール液は床は勿論、壁や一部の天井までも発光を示していたからのである。
「ジャックは何がしたかったのでしょう?」
「食料を要求し、抵抗されたところを殺害っていうのが一般的じゃないかしら?」
クラークの不意とも言える問いに、緋室は敢えて一般的という言葉を使った。今目の前にある異常な光景を見て、ジャックのとった行動が一般的かどうか彼女自身も判断に困るところがあったからである。
「赤霧さんはどう思う?」
「私ですか? ほむ」
緋室は同じ問いを赤霧に向けた。突然名前を呼ばれて素っ頓狂な声を上げる赤霧、しばらく指を口に当てて考える仕草を見せるとやがて口を開いた。
「多分大佐は息子さんに父さんと呼ばれたいと思いますよ」
「‥‥」
「‥‥」
それが場を紛らわせるために彼女の放った冗談だと理解されるまで、数分の時間を要したと言う。
一方裏山の方では、終夜・無月(
ga3084)、エレナ・クルック(
ga4247)、美海(
ga7630)の三人が四体の白骨死体を発見していた。大きさ的に大人二体、子供二体と見て間違いない、それが三人の総意だった。
「見つかりましたね」
「そうですね。半信半疑でしたが」
実際あるかもしれない、そんな好奇心とも恐怖心とも言える複雑な感情に駆られながら捜索をしていた三人だったが、いざ死体を前にすると何となくやるせない気持ちに囚われていた。それぞれ頭蓋骨や肋骨、手や足の指などに穴があいていたり無くなっていたりと完全な骨とはいえなかった。それがより三人に現実というものを突きつけていた。
「思ったよりあっさり見つかりましたね」
どこか拍子抜けした感じで美海は話す。だが終夜は答えない、エレナは調子を合わせるように「そうね」と軽く微笑むのみだった。
三人が裏山を調査中に見つけたのは、一輪の向日葵だった。緑に生い茂る草木の中で、その向日葵の黄色は良く映えていた。掘る場所が特定できる要因のなかった三人は、試しに掘ってみましょうというエレナの意見を尊重するように掘ることを決定。一体目の死体が見つかると事態が変化する。そして勢いのままに近くに埋まっていた残る三体も発見したのだった。
「墓標だったのかな」
エレナが呟いた。
「だったと思いますよ」
美海が同意する。その隣で終夜は真夏の太陽の光を浴びている向日葵の花弁にそっと手を伸ばした。
「こんな時代にも花は咲くのですね」
「‥‥ですね」
「何のために花は咲くのでしょう?」
「‥‥なんででしょうね」
「子孫繁栄のためではないでしょうか?」
美海が答えるが、何か違うことは本人も感じていた。そんな事を考えているところにホアキンと周防が顔を出す。何事かと思ってみれば、二人の後ろには一人の老人が立っていた。見たこともない人物だった。身長はそれほど高くない、全体的に小柄な印象を与える男性だった。手には向日葵が握られている恐らく東欧系の血を引いているのだろう、そんな事をエレナは勝手に想像していた。
「掘り起こされましたか」
老人は言う。しかし責めているような口調ではなく、ただ淡々と事実を述べている、そんな口調だった。
「聞き込みをしていると、最近ここを尋ねてきた老人がいたと聞きましてね。探しているとちょうど会ったんですよ」
「ここに用事があるということでご同行願った」
周防に続いてホアキンが答える。
「さてご老体、理由を話してもらえるか?」
「ちょっと待っておくれ。その前にやっておきたい事が出来た」
老人はそう言うと、死体を再び穴に戻し始めた。自分達の苦労が水泡に帰す、そんな事を考えつつも終夜達も手伝うのだった。
埋葬を終え、老人は能力者の後ろについて行くようにして歩いていた。屋敷の方では赤霧、緋室、クラークが能力者達の到着を待っている。自分達の家というわけではなく、勝手に触るわけにはいかないため結局全員は立ったままで老人の話を聞くことになった。
「日陰というだけでも随分楽になりますね」
周防が雰囲気を和ませるために話し始めた。意図を汲み取ったのか、ホアキンと赤霧が同意を示す。
「そうだな、夏山は見た目的にも暑さを連想させる」
「お肌にも良くありませんしね」
何となく視線を合わせる二人、そして視線を老人の方へと向けた。
「週に一度くらいでしょうか、貴方とよく似た特徴の人がこの家に来ていることが確認されています。貴方ですね」
周防が言うと、老人は小さく頷いた。
「私はスネジャ・ソノヴァビッチ、元郵便配達員です」
男は言う。そして胸ポケットを探り、一通の手紙を取り出した。
「先日、私の元に手紙が届きました。この場所に花を届けてくれ、というものです。お金も同封されていました」
「拝見しても?」
「どうぞ」
ホアキンが手紙を受け取る。確かにソノヴァビッチの言うように、この家の裏山に花を届けるように指示がされていた。そして特筆すべきは誰かの直筆の手紙だった。
「花の種類までは指定されていなかったのだな」
「まぁですが、初めてこの家を訪れた時、大体悟りました。それでできればその季節らしい花をと思いまして」
「なるほど」
そう小さく答えると、ホアキンはもう一つ言葉を加えた。
「この手紙、しばらく預かってもいいだろうか?」
「どうぞ」
ホアキンがそう提案してくることを悟っていたのだろう、ソノヴァビッチはさほど迷った様子も無く答えた。了承を得た上でホアキンは手紙を赤霧から順に手紙を回す。
「貴方はこれからどうするのです?」
確認した手紙を緋室へと回し、赤霧が尋ねる。手紙には確かに死体の位置が書かれていた。この手紙の主が一家を殺害した犯人であることは明確とも言える。となれば今目の前にいる老人は本来警察に届け出る義務があるのではないか? ここでそれを指摘するべきなのか?
そんなことを考えているとソノヴァビッチは赤霧に小さな笑みを浮かべている。哀しみに満ちた笑顔だった。
「私はね、今まで多くの人の死体を見てきた。誰にも供養されず、無残に放置された死体です。それに比べれば、こうして埋葬されているだけいいのではないでしょうか」
ソノヴァビッチは語る。赤霧もそれ以上問うことは無かった。
そして手紙の筆跡がジャックのものだと判明するには、それ程時間はかからなかった。