●リプレイ本文
空は青い、だが実際は青一色とは限らない。夜になれば黒に染まり、夕方には赤く染まる。だが多くの人々はその事実を知りつつ、それでも空を青だと言う。青い時間が長いと言うこともあるのだろうが同時に、それだけ青い空が象徴的だというのだろう。
「ブリジット・アスター、年齢不詳となっているが三十代だと思われる。幼くして父親を亡くし母親手一つで育てられた。その後成長、出産をしたらしいが、旦那も子供もいるという話は聞いたことが無い」
カナダオタワUPC北中央軍本部兵舎自販機前、行き交う多くの人に紛れながら三人の男が会合していた。UNKNOWN(
ga4276)とホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、そしてUPC所属の軍人トーマス=藤原である。三人はトーマスの奢りで不味いコーヒーを味わっていた。
「死んだのか?」
UNKNOWNが問うが、トーマスは狐につままれたような表情をしている。そこで改めて言い直す。
「その旦那と子供だ」
「ああ、それか」
トーマスは軽く首を横に振った。
「残念ながら、そこまでは調べきれていない。だが行方不明になって以来人間不信に近い形になっていることは間違いないな。その後少佐は軍に志願、ここの指揮官であるヴァレッタ・オリム中将と会合した。それ以降彼女は中将に心酔、模倣するようになったという。そこで自分の心を封じ込めるために一番良いモデルが中将だったんだろうな」
「成る程、多少見えてきた」
三人が話していることは間違いなく当人であるブリジットに聞かれては問題になるものだった。そこで現在は周防 誠(
ga7131)がブリジットを問い詰めている事で時間を稼いでいる。汚れ役ではあったが周防は喜んで引き受けてくれていた。以前の依頼でも感じていたことなのであろうが、ブリジットを心底好きになれないらしい。今回も何故召喚対象であるジェームス・シンプソンが必要なのか、何故攻略の鍵となりえるのかという疑問をぶつけたいという思いがあるらしい。エレナ・クルック(
ga4247)に至っては解任要求までしたいと言い出していたが、さすがにそこまでは無理だろうと周防がなだめすかしている。
「ところで例の写真の少年については何か分かっただろうか?」
ホアキンが尋ねた。依頼の際に受け取った写真である、ホアキンにも見覚えがある少年だった。そこで念のため確認を取ってもらっていた。本来ブリジットの部下であるトーマスはこんな情報を漏らしていいわけではない、現に彼女の部下は口の堅いもので固められていた。だが父親の件もあり、トーマスだけはブリジットに反感を抱いている。逆に言えばブリジットもトーマスをマークしているのは間違いなかった。
「あの少年だな。残念だが君達の言うロイという少年で間違いないだろう、ブリジットの実家の方で保護されているらしい」
「保護で間違いないのか?」
少し眉を動かしホアキンが問い直す、それに対しトーマスはしばらく目を閉じ考える様子を見せた。
「軟禁と保護の違いは捕らえられている者の考え方次第だと思う。そこまでは調べきれん」
「成る程、そうだな。失礼した」
それで満足したのか、ホアキンはコーヒーを口に含んだ。上手いと言える代物ではないが、多少疲れがとれたような気がした。一人の職員が通りかかる。男の職員だ、身長の割りに体つきが細い。一見優男にみえる男性だった。男はトーマスに一瞥してコーヒーを買うと、そのまま去っていった。
「ところでだ‥‥」
先ほどの男に警戒してか、UNKNOWNが声を潜めて尋ねてくる。
「あの女に対して有効なカードはないのか?」
「今は無い」
トーマスが即答する。
「今は、と言うことは作ろうと思えばできるわけか」
「卑怯な方法を使えばいくらでも」
「君も父親に似てきたな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
一度窓の外に視線を運ぶトーマス、天気があまりよくないのか、一雨来そうな気配だった。そして呟く。
「無いのならば作ればいい」
「作れるものなのか?」
「作れると思うぜ」
トーマスは答える。
「少佐は良くも悪くも中将を尊敬し、敬愛している。だから五大湖解放線と同じことをしてやればいいのさ」
「具体的には?」
「君達傭兵の力を甘く見ている。一応認めてはいるが、過小評価していることに間違いは無い。そこにつけ込む余地がある」
思わずUNKNOWNは唸った。現UPC北中央軍指揮官であるヴィレッタ・オリム中将も五大湖解放線までは傭兵どころか、自分の軍以外をほとんど信じていなかったという。だが解放戦での傭兵の働きを認め、軍服の使用を許したと言われていた。つまり中将を尊敬する立場であるブリジット・アスター少佐も少なからず似たようなところがあるということだ。
「それにこのエルドラドの戦いは五大湖解放戦のやり直しみたいなものだからな」
トーマスは言う。
「五大湖解放戦では、多くの資金、人材を投入した。その最たるものがユニヴァースナイトだ。だがそこまでして完全勝利とはいかなかった。アメリカは最大の国である、最強の国であるという自信、心の拠り所を失ったわけだ」
「つまりアメリカ人の誇りを取り戻すための戦いだと?」
「過激な言い方をすれば聖戦だな。あのブリジット・アスター少佐からはそんなものを感じる。どんな手段を使おうとしても勝つ、そんな印象だな」
「確かにそういった印象はあるな」
UNKNOWNは頷く。何故今になって開戦したのか、少しわかった気がした。今まで開戦しなかったのではなく、開戦したくて仕方なかったんだろう。
一方その頃、問題のジェームス・シンプソンの元では、石動 小夜子(
ga0121)、赤霧・連(
ga0668)、エレナの女性三人が子供達と一緒に遊んでいた。子供達の方ももう慣れているのか、逆に能力者達をからかう姿も見られるようになっていた。だがやはり体力が違う、遊びつかれた子供達は思い思いに疲れて眠ってしまっていた。
全員で子供達を寝室へと運び、一段落入れたところでジェームスが本題を切り出す。
「久しぶりの顔もあるな。だが俺は今回君達を雇った覚えは無い、一体何が用件だ?」
三人を自室まで案内し、ジェームス・シンプソンは尋ねる。
「実はUPCから召喚の命令が来ているのです」
石動が言うと、ジェームスは特に驚いた様子も見せずに答える。
「そんなところだと予想はついていた。だが俺はもう軍人ではない、軍の命令に従う義務も無い。俺は子供の世話を第一に考えたいのだ」
「その事は重々承知しているつもりです、ですが‥‥」
「ですが、どうした?」
「いや、何でもありません」
石動は写真の事を一瞬頭に浮かべ、そして消し去った。元々卑怯なことはしたくない、そんな気持ちをもって臨んだこの依頼だったが、ホアキンが調べたところ、やはり写真に映っていた少年はロイであることが判明したからである。写真のことに関して口にしたくないというのは赤霧やエレナも同様だった。言えば軍の命令に応じてくれるだろう、だがやはり言うべきではない、言ってはいけない、そんな思いをこうして対峙する事で三人はより一層深めていた。
「そういえば日本には、木の又から人が生まれるという伝承があるらしいな」
「ほむ?」
ジェームスが何かを思いついたかのようにそんな事を言い出す。余りに唐突な質問に赤霧は納得とも疑問とも取れない擬音を発した。
「そんな話、誰から聞いたのです?」
「昔の部下からだ。何故か君を見てそんな事を思い出した」
「私がそんな人に見えます?」
「いや、勿論そんなつもりは無い。だが本当に木の又から生まれてきたのなら、どれだけ気が楽になる子供が増えるだろうかと思ってね。彼等彼女等はいつか大きくなる、そして自分には親がいたという現実を知るだろう。その時、自分が大きくなる前に人が死んだという現実にどう考えるだろうと心配することがある」
「心配性さんナンデスネ?」
「‥‥心配性ナンデスヨ。すまない、俺がやるべきことじゃないな」
「そんなことないですよ、やるべきことなんて自分で決めちゃいけないと思います」
「確かにそうかもしれないな」
そう言うと、ジェームスは視線を床に落とした。そこにはどことなく人の顔に見える染みがついていた。
「ちなみに子供達の方なら宛てがあるんです。サンライズ孤児院って場所なんですけど、理事長さんも保育士さんもいい人ですよ」
心が揺れていると判断したエレナはUNKNOWNからの情報でジェームスの気持ちを後押しする。
「君達は何のために生きる?」
僅かに顔を上げジェームスが尋ねる。それを聞いた三人は三様の答えを出した。
「帰るべき場所があるから、でしょうか」
「まだ楽しい事がありそうだからですね」
「私に出来る事を見つけたいです」
意見は違うが、三人の顔には自信の色が伺えた。恐らく自分でも納得していないであろう依頼をもってきつつも、まだ社会に絶望したわけでも、腐っているわけでもない。そう判断したジェームスは立ち上がった。
「では、命令に従うとしよう。君達の顔を立てるためにもな」
「ありがとうございます」
反射的に深々と頭を下げる石動、だがエレナがあることに気づいた。
「そのハンドガン、持って行くんです?」
「一応だ。こういったものは常に携帯しておかないと、いざという時に使えない」
「確かに‥‥そうですね」
そう答えながらもエレナは一抹の不安を感じていた。
「心配するな。世の中を作るのは若者だ、老兵は障害を排除するために存在するのだよ」
「‥‥」
ジェームスはエレナから聞いたサンライズ孤児院へ連絡を入れる。
「出発準備まで手伝ってもらえるか?」
「もちろんです」
元気よく答える三人にジェームスは白い歯を見せた。
「本当にジェームスさんは一人の兵として召喚したのですね?」
「くどい」
かなりの時間をかけ、周防はブリジットを話をしていた。しかし時間がないのか、ブリジットは周防を邪険に扱い始める。
「わざわざ呼ぶ必要が見つけられません」
「それを君に教える必要はない」
「それでは納得できません」
「納得してもらおうとは思っていない」
対峙する二人。周防の方が身長が高いため、ブリジットは見上げる必要があった。それが更にブリジットの神経を逆撫でさせている。
「本物のジャックか判断してもらうためだ」
吐き捨てるようにブリジットは言う。
「影武者を用意している可能性がある。その判断役としてジェームスを呼んだ」
「‥‥なるほど。返答ありがとうございます」
確かにその可能性はある。だが同時に嘘の可能性もある。だが今はどちらか判断できなかった周防は引くしかない。しかし精神的に風上に立つためにも微笑を浮かべながら退室する周防だった。