タイトル:【El】錯綜する思惑1マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/25 00:54

●オープニング本文


 日の光の届かない地下空洞の中で二人の人間が言葉を交わしていた。
「UPCには連絡しておいたわ。それで肝心のジャックは?」
「今いつもの奴がカウンセリングしている。結果は聞くまでも無いと思うがな」
「薄情な人ね、一応ジャックを慕って来たんでしょう?」
「好きにやらせてもらえると聞いたからだ。だが実際は制限だらけで何も出来やしない、正直飽き飽きしているところだ」
「仕方ないわ。彼、なんだかんだ言っても人間だもの」
「おいおい俺も人間だぞ? そしてお前も人間じゃないか」
「私? 私は楽しければそれでいいの。相手がバグアであろうと、人間であろうと、ね」
「俺も大して変わらん。ただ人間の方が倒しやすい、それだけだな」

 西暦二千八年八月、UPC北中央軍に一本の電話が入る。エルドラドに関する内部告発の電話だった。
「ジャック=スナイプとその他の官僚に溝が出来始めているわ」
 電話の相手は女性だった。
「先日UPCが奇襲しかけてきたでしょ? その後の対応で君主のジャックと他の官僚の意見が食い違っているの」
「ちょ‥‥ちょっとお待ちくださいね」
 電話の主が言い終わる前に、UPCはエルドラド担当責任者であるブリジット・アスターへと繋いだ。しばらくの時間をおいて、ブリジットが電話に出る。
「内部告発ありがたく思う。だが君の言うことが本当だと言う証拠はあるのかね?」
「あら‥‥私、信じられてないのね。折角の貴重な情報なのに」
「以前、君のような者にかき乱された事がありましてね。生憎情報をそのまま受け入れるわけにはいかないのです」
「何か色々と複雑なのねぇ」
 他人事のように電話の相手は言う。ブリジットはその声に思わず奥歯を噛み締めた。
「‥‥それで君の言う貴重な情報とは何かね?」
 ブリジットには一つの確信があった。電話の相手がかつて、特に五大湖解放戦前後において情報撹乱を行っていたゴーストという名のスパイであるということだ。自分が楽しむためなら人類側でもバグア側にもつくという、非常に飼い慣らし難い性質の女性と言われている。以前もこのような情報提供、いわゆるタレこみの電話があったという。
「先日、そちらが奇襲しかけてきたでしょう? あれのせいでこっちも混乱してね、何か手を打つべきだと議論が白熱しているの」
「それはそうでしょうね」
 折角攻撃を仕掛けたのだ。多少なりとも結果を出してもらわなければ、攻撃を仕掛けた意味が無い。混乱という言葉にブリジットは僅かに頬を緩ませた。
「UPCへの対応でジャックとその他官僚の意見に食い違いが出始めているっていう話はさっきもしたわね。具体的には多くの官僚が報復をすべきと主張している中で、君主のジャックは専守防衛に務めるべきだと言っているの」
「専守防衛?」
 思わず噴出しそうになる思いをブリジットは辛うじて押さえ込んだ。ジャックという人物がこの期に及んでまだ専守防衛を唱えるなど、甘い人物だとは考えていなかったからである。だがすぐに頭を切り替える、ゴーストが嘘をついている可能性があるということである。だが今は嘘をついていないという仮説の元で話を聞くことにした。
「ジャックは言ったわ。自分の国を作り、国民を持ち、人々を守ろうとして初めて人間と言うものの存在を知った、とね」
「随分と人を殺しておいて、ムシのいいことを言いますね」
「私も思います。ですがジャックは本気らしいですよ」
 電話の主は言う。ジャックはエルドラド建国に当たり、バグアに援助を求めたと。そしてバグア側から提示された条件が死亡後の能力者の肉体提供、特にジャック本人の肉体だった。ジャックはその条件を承諾、そしてその保障として、バグアからの精神的束縛を受けたということらしい。
「精神的束縛っていうのは私も良くわからないんだけど、そのせいで逆に人間らしくなったみたいよ」
「信じられないわね」
 思わずそんな言葉がブリジットの口を突いて出た。バグアが洗脳らしき特技を持つことは既に確認されているが、精神的に何か枷をかけるということは聞いたことがなかったからだ。だがよくよく考えれば、それほど難しいことでもないように思われた。だが一度自分の吐いた言葉を訂正するのも何となく気に食わなかったため、信じられないというスタンスを貫くことにした。
「だいたい君の言うこと全てが信じられない。作り話ではないのかね?」
「だったら証人を提供しましょうか?」
「証人? 私も知っている人だろうか」
「ジョン・マクスウェルってわかる?」
「‥‥!」
「ご存知のようでありがたいわ」
 ジョン・マクスウェル。元ドローム社社員でありながら、エルドラドへと亡命した人間である。顔が割れている分、こちらも確認がしやすい。また捕まえてドローム社へと差し出せば恩が売れるというものである。人質にしては十分だった。
「なるほど信じましょう。では会見場所はどこで?」
「中部の砂漠地帯で」
 こうして会見が開かれることになった。

●参加者一覧

漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
高坂聖(ga4517
20歳・♂・ER
荒巻 美琴(ga4863
21歳・♀・PN
魔神・瑛(ga8407
19歳・♂・DF

●リプレイ本文

 砂漠には雨が降らないと思われがちだが、まったく雨が降らない場所は少ない。そのわずかな雨を求めて、多くの生物がいまや遅しと待ち構えていると言われている。トーマスは会見場所へと向かう車中でそんな話を思い出していた。
「どうした、大将?」
 車の運転をしている魔神・瑛(ga8407)が隣に座るトーマスに話しかける。
「外見てても、もうしばらく様子は変わらないぜ」
 魔神はUPCから借りてきた地図を頭に思い浮かべる。それによると目的地であるモーテルまだ百キロあまりあることになる。あと1時間は赤土と岩の世界が広がっているらしい。
「それとも何か面白いものでも見えるのかい?」
「いや、この辺は昔訓練が来たことがあってな。それをちょっと思い出してた」
 とっさに出た言葉はそんな詰まらないものだった。父親であるマックスならどう答えただろうか、もっとウィットに富んだ答えもできたのではないか、彼はそんな事を考えながら改めて窓の外の景色を眺めた。
「大佐は‥‥お元気ですか?」
 不意に後部座席に座っていた終夜・無月(ga3084)が声をかけてくる。トーマスはしばらく無視するかのように外を見続け、そして首を傾げ、目を閉じ、溜息を一つ吐いて答える。
「元気だ、憎たらしい程にな」
「‥‥壁は高いですか?」
「壁か、確かに高い壁だな」
 右手に大きな岩が姿を現す。KVでやっと壊せるような巨大な岩だった。車は一瞬にしてその岩の脇を通り抜ける。トーマスはそれをしばらく目で追いかけていた。
「ずいぶん大きな岩だったね」
 後部座席から荒巻 美琴(ga4863)が声をかける。
「ボクの何倍もありそうだったよ。あんな上から狙われたら辛そうだね」
「狙われる事は無い。斬が下見に行ってるし、俺も見回る。だまし討ちなんかはさせないさ」
 この場にいない漸 王零(ga2930)の分も含めて魔神が答える。
「でも水分補給だけは気をつけてね」
 高坂聖(ga4517)が後部座席から注意を促す。
「怠ると集中力と注意力が散漫になるわ。始めは気のせい程度にしか感じなくても確実に身体を蝕むから注意してね」
「大丈夫だ。モーテルの方にも連絡を入れて、水は用意してもらっている。外で待機する人も受け取っておいてくれ」
「了解」
 そして約一時間後、車はモーテルに到着したのだった。  

「元大佐からの伝言だ。『この一件は個人の思惑が絡まっている。ブリジット、ゴースト、ジョンおそらくそれぞれ別のことを考えている。無論私も三人とは違うことを考えているだろう。その先に何か待っているのかは正直分からない。君達の望む未来とは限らない。だが自分達で未来を切り開いて欲しい』ということだ」
 指定されたモーテルに先に到着したトーマスと能力者達だった。前日の内に到着していた漸とも合流を果たし、まもなく始まるであろう会合に向けて最終確認を行うことにした。そしてトーマスが切り出した言葉は父親であり元大佐であるマックス・ギルバートからの伝言だった。
「俺達軍人は軍規というものにある、仕事だからな。だが君達傭兵には縛られるものがない自由な立場の人間だ。依頼であっても成功条件さえ満たせば過程は特に問われない。特にブリジット少佐は結果に執着する」
「そうなのですか?」
 終夜が問うと、トーマスは小さく頷く。
「結果さえ出せれば、あの人は基本的に過程に口出しをしない。例外は俺くらいだろう」
 魔神はブリジットから出された依頼を思い出していた。出された依頼は全部で三つ、内一つはマックスの動向を探るという依頼である。ブリジットがトーマスを信じていない証拠なのだろう。
「正直彼女が好きになれない人もいるだろう。だが世の中あんな人間もいるということだ、付き合い方を覚えてもらえるとありがたい」
「‥‥ですね」
 高坂が呟く。彼女としてもブリジットは正直好きになれない人物だった、傭兵を見下している雰囲気があるためである。だが自分よりトーマスの方がブリジットとは付き合いが長い。加えて彼は軍規に縛られている。トーマスが言われたからといってブリジットに従おうというつもりにはなれなかったが、多少考えてみようかという気持ちになったのも事実だった。
「ところで‥‥」
 一通り話が終わったところで、新巻が尋ねる。
「敵の妨害工作とかは大丈夫でした?」
「それは心配ない」
 斬が言う。
「俺はあまり動けなかったが、別働隊も付いていたはずだ。まともに動けた可能性は少ない」
「あまり動けなかった?」
 高坂が聞き返す。懸念していた脱水症状が起こったのかと心配したのだが、斬ははっきりと否定した。
「向こうもこちらが何かしら仕掛けていないかということに気にしている様子だった。おかげで互いににらみ合うことになったわけだ」
 そういう斬の顔には誇らしさも後悔も浮かんではいなかった。やるべき事はやった、ただそれだけという表情だった。
「向こうが先に到着していた可能性はあるので、一応別働隊には確認してもらった。妨害工作から盗聴器の類まで一切無いことを保障するぞ」
「お疲れ様です」
 感謝と労いの言葉をかけるトーマス。そしてそれから終夜の意見を採用し、ジョンに聞き出す内容の打ち合わせに入ったのだった。

「遠い所からよくいらっしゃいました」
「いえいえ、こちらこそ私達の呼びかけに答えていただきありがとうございます」
 八畳程の室内に七名の男女が集う。椅子に座っているのが二名、トーマスとジョン・マクスウェル。そしてトーマス側の護衛が四名、ジョン側の護衛が一名だった。護衛一名というジョンの対応に多少面食らった能力者達ではあったが、斬だけは驚いた表情を見せない。昨日も見た顔だったからだ。
「それで今回の会合の真意はどこにあるのでしょう?」
 始めに切り出したのはトーマスだった。
「この会合は正直俺達UPC側にしかメリットが感じられない。あなた達はこの会合に何を望んでいるのだ?」
「ふむ」
 一呼吸おいてジョンは語る。
「まず理解しておいて貰いたい。これは私の意見であり、私達の意見ではない」
「つまりあなたの独断だと?」
「そう考えてもらって構わない」
 その言葉を確認して、トーマスは能力者達の顔を見回す。外でに車中に控えている魔神だけは反応できないものの、他の四人の同意をとった上でトーマスがジョンを促した。
「私の望みは技術の温存です」
 ジョンは言う。
「人類は無限の可能性を持っています。エルドラドもひとつの可能性です。今開発されている軌道エレベーターがいい例でしょう。エルドラドにある技術を今後の人類の技術躍進のために残しておきたいのです」
「‥‥嘘臭い」
「酷い言い方ですね」
「現実的な話だ」
 居住まいを正し、トーマスは答えた。
「俺の私見だが、軌道エレベーターというのは地上から宇宙に送るだけのものなのか? 俺には宇宙、特にバグア星から地上にバグア達を送り込むために作っているようにも見える」
「考えすぎですよ」
 ジョンは笑っているが、終夜は思わずトーマスの顔を見返した。初めて聞いた話だからである。
「すみません‥‥」
 終夜が会話に割って入る。
「軌道エレベーターは‥‥本当にバグア星から地上へと使うことが可能なので?」
「理論上は可能だろうな」
 斬が答える。
「エレベーターなんだから、一方通行では不便だ」
「そうですね」
 高坂は同意しつつも首を傾げている。
「でも本当にできるんです?」
 視線はジョンに向けられる。だがジョンは従業員に出された水を口にするだけだった。
「お答え願えますか?」
「私は起動エレベーターの担当ではありませんので」
「ご存じないと?」
「無限の可能性があると考えてもらいたいですね」
「‥‥」
 ジョンの要求は技術の確保と護衛二人の解放だった。軌道エレベーターを始めとする現段階では問題のある技術でも、使い方次第では有意義に使えるというのが彼の言い分である。
「ドローム社を始めとするKV技術も戦争の賜物ですからね」
 そして要求の代償として自分一人の身柄を拘束して構わないということだった。
「ならば‥‥こちらの質問には答えてもらいましょう」
「出来る限りは」
 ジョンは終夜の質問に答えた。エルドラドの現在戦力はKV三十機程に歩兵二百程。市民は既に混乱し、鎮圧のために軍が出動していると言うことだった。主な原因は君主であるジャックが表に姿を現さなくなったことであり、彼が表舞台に出てこなくなった原因はゴーストの言う様に精神分裂の様相を呈しているからだという。

 そこで会議は終了した。トーマスは魔神に背後の守りを任せ、ジョンを別働隊の元へと運ぶのだった。