●リプレイ本文
「私はただ楽しみたいの。人間がどこに行くか、どう生きるのかをね。進化進化って人は声高に叫ぶけど、バグアとの融合も一つの進化だと私は思う。あるいは絶滅するのも一つの道じゃないかしら」
それは今回護衛に扮したゴーストが残した言葉だった。
会議は滞りなく進んでいた。当初懸念されていただまし討ちや仕掛けもない。それどころかジョンの連れてきた護衛は二人だけであった。一人は室内で待機、残る一人は入口で周囲の様子を伺っていた。従業員に扮したキョーコ・クルック(
ga4770)がそれとなく様子を伺うが特に変わった様子は無い。会議場となっている部屋の前でジョン・マクスウェルの護衛である一人の女性がサングラス越しに赤土の大地を眺めている。その姿にどことなく違和感を覚えた篠原 悠(
ga1826)が話しかけた。
「堂々と現れたもんやなぁ」
本来隠れている予定だった篠原が姿を現す。車だけは近くの岩山に隠してあった。代わりにレティ・クリムゾン(
ga8679)の愛車であるシザーリオだけが姿を現している。焼けるようなボンネットが辺りに太陽光を反射している。
「あんた、ゴーストやろ?」
一度顔を舐めるように見回して、篠原は護衛に話しかける。
「いくら化粧しても、この距離じゃ誤魔化せんよ?」
「そうよね。私も嫌な予感がしてたわ」
そう言うと、護衛はサングラスを外した。そこにはやはり見覚えのある顔があった。
「久しぶりね」
その言葉を聞くや否や、篠原は小銃「S−01」を引き抜こうとする。背後ではレティやホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、紫東 織(
gb1607)も武器を構える。だがそれに気付いたゴーストは軽く微笑み、平然と近づいていった。
「そう構えないでよ、私だって今日は争いに来たんじゃないんだから」
「だったら何のつもりなん? そんな変装までして」
「護衛よ、もちろん」
平然と答えるゴースト、肩からかけられたホルスターには銃が収められているが、取る様子も見せない。逆に降伏するように両手を挙げている。
「ジョンが付き合ってほしいって言うからね」
入り口の方に視線を投げる篠原、釣られるようにキョーコも入り口に視線を向ける。するとそこには会議を終えたトーマスとジョンが姿を現したのだった。
「条件だ。彼女を解放してくれ」
姿を現すとトーマスは周囲の状況を確認、ジョン捕縛班に告げた。
「ジョンの身柄を確保する代わりに、彼女の身柄は解放するというのが条件だ」
「‥‥」
目の前にいた篠原が疑いの眼差しを向ける。だがその視線をトーマスは目だけで嗜めた。
「言いたいことは分かる。だが今は自重してくれ」
口でそう言いつつ、インカムでは別の命令を告げる。
「ゴーストには難民誘導を任せた。もし動かないときは背後から撃ってかまわないが今は生かしておいてくれ」
ほぼ同時に下された二つの命令を、能力者達はすぐには理解することが出来なかった。
帰りの車へと乗り込む前、トーマスはまだ疑いの目を向けている能力者達に告げた。
「ゴーストも同行していると聞いたのは会合が終了してからだ。正直だまし討ちに近い感じがしないでもなかったが、一度口にした約束は守らねばならん」
「‥‥」
トーマスの弁に能力者一同は無言で疑いの視線を向けた。そこでトーマスは更に弁明を続ける。
「代わりに一つ条件を取り付けた。今後出てくるであろうエルドラド難民救出の援助だ。エルドラドを破壊するためには外部からだけではなく内部からも破壊しなくてはならない、俺はそう考えている。だが内部から破壊するためには今ひとつ手ごまが足りない。それを彼女にやってもらおうと思う」
「信頼できるの?」
まだ疑いの眼差しを向けつつレティが尋ねる。手には自分の愛車であるシザーリオのキーが握られていたが、まだエンジンをかけるつもりはないのか暑い直射日光の降り注ぐ大地の上で直立不動の構えをとっていた。多少なりとも自信を伺わせる言葉を期待したレティではあったが、返ってきたトーマスの言葉は正直自信はないという非常に消極的なものであった。
「ゴーストの言葉を信じるなら、彼女は楽しい方につく。だからこそどちらにもつかず、どちらからとも信じられない。だが彼女は現にエルドラドに近いほうについている。彼女を信じるに足る理由がエルドラドにはあるということだ」
一体何が言いたいのだ、そんな視線を感じつつトーマスは更に続ける。
「しかしエルドラドも情勢不安定だと言う、となるとゴーストはUPCにつながりを持とうとするだろう。今回は働いてくれると俺は思う」
周囲には既にゴーストの姿は無かった。トーマスが話し始めるよりも早く、ジョンの乗ってきた車でこの場を後にしている。そのためかトーマスもインカムを通さずに直接話している。
「エルドラドも内部分裂状態にあるという。彼女としてもUPCに恩を売りたいということだと思った」
「‥‥あなたの考えは分かった」
一呼吸置いてホアキンが話しかける。手はジョンを借りたロープで手首を拘束しつつ、耳はトーマスのほうを向けている。
「あのような輩が世の中を滅ぼす。今回はあなたの言うとおり上手く手伝ってくれるかもしれない、だが次回裏切る可能性もある。そのような輩に俺は背中を預けたいとは思わない」
「‥‥ならば背後から撃ってもらってかまわない」
ホアキンが手の動きを止まる。そして両手でジョンを力任せに封じつつトーマスの方に視線を向ける。
「本気で言っているのか?」
「本気だ。使えない人物だと考えれば背後から撃ってもらって構わない、それが戦争と言うものだと俺は思う。相手がゴーストでも俺でもブリジットでもな」
「そこまでの覚悟があるのなら‥‥今回は信じよう」
口ではそう言いつつもまだ割り切れない部分があるのか、ホアキンはジョンの手首を縛り上げると篠原の車の後部座席に自分もろともジョンを押し込んだ。そして何も言わなくなったホアキンの代わりに紫東が静かに問いかける。
「‥‥その発言、不敬罪とかに問われないか」
声だけは静かであったが紫東の声にはどこか脅迫めいた響きが含まれていた。だがトーマスは笑って答える。
「軍に身体は売っても心まで売っているわけではない。俺は元大佐を超えることが目標であって、ブリジットに心から忠誠を誓うつもりはない」
「いいのか?」
「逆に聞くが、君達はあの少佐に忠誠を誓いたいか?」
その場に居た誰もが苦笑した。言った本人さえも照れ笑いのような表情を浮かべている。
「ここだから言うけど、誓いたくは無いわね」
普段着へと着替えなおしたキョーコが答える。
「でもそんな考えしてると本当に後ろから狙われるよ。今回の私みたいに従業員に敵が扮している可能性だってあるんだから」
「その時はその時だ」
「まだ若いのね、でも嫌いじゃないわ」
トーマスの答えに満足したのか、キョーコは車へと乗り込む。そしてこれまでのやり取りを眺めていた篠原が口を開いた。
「面白い人やな、あんたは」
「面白いと言われたのは初めてだな」
篠原の冗談とも本音とも両方にとれる言葉に、トーマスは真顔で答えた。
「ただ少佐のやり方では救われない人間もいるという感じているだけだ。かといっても元大佐のやり方が生ぬるいという上層部の意見がわからないでもない‥‥」
「だからゴーストを見逃すん?」
篠原の問いにトーマスは空を見上げた。
「どうしてもエルドラド攻略戦を成功させたい。それが大佐の願いでもあると思う」
「なるほどな」
篠原が車に乗り込みエンジンをかける。後部座席に座るホアキンとジョンも一瞥し、トーマスの乗車を促す。背後ではレティが篠原に倣う形で車に乗り込み、その脇を別働隊であるトーマス護衛班の車が通り抜ける。
「行くよ、ここでつったっとる暇ないんやろ」
「そうだな」
車は一面赤い土と岩の大地を抜け、一路UPC北中央軍本部のあるオタワへと向かって走り出した。