タイトル:【COS】残された者マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/04 19:31

●オープニング本文


「今だから話すが、本当はこれは狂言だったんだ。君達の仕事を進行具合の検討、マリオンの仕事振りの確認、そして君達の中にまだ亡命する可能性のあるものがいることを調査するためなんだ」
「それならこんな方法をとる必要はなかったはず。他にもやりようが‥‥」
 物陰に身を隠しつつ、マリオンは輸送隊のリーダーだったトニーという男と話をしていた。武装していたトニーを始めとする輸送隊も今はナタリー以下社員達と機械や机の陰に身を隠し、身を隠している。ナタリー研究所はいつしか戦場となっていた。

 西暦二千八年八月、ドローム社のナタリー研究所調査の名目で行われていた狂言行為は失敗に終わった。輸送隊を演じていた調査隊の中にジョン・マクスウェルに対し恨みを持つものがいたからである。名前はリック・ハミルトン(三十八)、性格は真面目で仕事も堅実にこなす人物だった。だがその真面目な性格ゆえか人に騙されることも多く、今までにも痛手を受けたことがあるという。だが本人は「それで騙した人の心が晴れるのならいいんじゃない?」と笑顔で交わしていた。
「同僚としては最高だった。ちょっとした冗談にも必ず引っかかってくれたから、皆の遊び相手になってくれたんだ。孤児の子供を拾ったという噂を聞いたが、その影響もあるのかもしれない」
「その子供の行方は?」
「そこまでは知らん。能力者適性があったとか噂は聞いたことがあったがな」
 マリオンは再び顔だけを出し、リックの様子を観察する。輸送隊という仕事のせいか体格がよく、焼けた肌も大きな目も短くまとめられた髪も本来なら健康的に見えるのだろう。だが今は所々についた返り血が、殺人鬼である現実を思い起こさせている。加えて規則的に刻まれる足音、忘れた頃に響く銃声、唯一白い目の中で別の生命体のように踊る瞳が恐怖を引き起こしている。トニーは自分達では対応できないと判断、ドローム社に連絡をとる。そしてドローム社からULTへと依頼がされたのだった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
優(ga8480
23歳・♀・DF
神無月 るな(ga9580
16歳・♀・SN
天(ga9852
25歳・♂・AA
諸葛 杏(gb0975
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

 その日研究所の屋上には、二匹の小鳥が止まっていた。番の鳥なのだろう、寄り添うようにして互いに鳴いていた。鳴くことで意思の疎通を図っているのだろう。だがどんな事を話しているのか、それは人間には分からない事である。

「リックさん」
 ゆっくりと一歩ずつ近寄りながら諸葛 杏(gb0975)は周防 誠(ga7131)と天(ga9852)に抑えられた犯人、リックに動機を尋ねていた。既に照明は壊され、所内は闇で覆われている。だがリックの目だけはまだはっきりと光を放っていた。狂気の光である。隙あらば襲い掛かる、絶対的な不利な状況であるにもかかわらずリックの目は未だに攻撃を止めようとはしなかった。うつ伏せで押さえつけられていながらも、いつの間にか手に入れたガドリングガンを諸葛に向けるために、周防、天両名を払いのけようとしている。襲い掛かってくる可能性も考慮して、優(ga8480)も諸葛の隣に控えている。そして残るドクター・ウェスト(ga0241)、終夜・無月(ga3084)、南雲 莞爾(ga4272)、神無月 るな(ga9580)の四名は、今までリックに監禁状態にされていた研究員の介抱に当たっている。突入作戦は成功だった。
「あなたは何がしたかったのですか?」
 諸葛が問いかける。
「元々は優秀な社員だったと聞いています。無遅刻無欠勤、勤務態度は真面目、今は孤児院の子供を引き取って育てているんでしょう? 何故そんなあなたがこのような真似を?」
「何という程でもない‥‥ただ許せなくなった、それだけ」
 それがリックの答えだった。
「許せない?」
「ジョンが‥‥今ものうのうと生き延びていることが、だ」
 正面玄関の割れたガラスの隙間から、砂交じりの風が引き込む。リック自身が割ったガラスだった。陽動班が目に見える範囲に居ながら武器一つとろうとしない事に苛立った彼が、手に持っていたマシンガンの弾を吐き出した結果である。ほぼ無防備で立っていた陽動班であったが、リックが攻めて来る可能性を考慮していなかったわけではない。ドクターはポリカーボネイトで弾を防ぎ、周防は持ち前の直感で回避していた。最前衛を務めていた天の注意があったことも事実である。同時にガラスそのものが強化ガラスであり、多くの弾丸を押さえ込んでいたというのも事実だった。だが壊せないものほど、破壊衝動に駆られた人物にとって神経を逆撫でするものはない。リックは備品であるパイプ椅子なども使ってガラスを破壊、結果として正面玄関の破壊に成功する。だがそれは潜入班が所内に侵入するには十分すぎる時間だった。
「何故残った社員が地獄のような苦しみを感じ、当の本人であるジョンがのうのうと生き延びることができるのだ‥‥俺はそれが許せなかったのだ」
「ですが‥‥」
「何が違う!」
 より一層大きくリックは抵抗を見せる。不意を突かれた形になった周防と天ではあったが、さすがに大の大人二人を跳ね除けるほどの力はリックには無かった。今でこそ狂人であるリックであるが、本来は真面目だけがとりえの普通の社員に過ぎないのである。
「答えろ。何故ジョンが生き延び、俺達は非難されなければならない! 俺は子供に何を伝えてやればいい! お前達は俺ではなく、ジョンを捕まえるべきではないのか!!」
「‥‥ジョンは捕まりました」
 奥の暗闇から声が届く。遅れて終夜が姿を現した。研究所員であるポールに肩を貸しながら、ゆっくりと歩いてくる。
「元ドローム社社員ジョン・マクスウェルは‥‥先日身柄を確保しました。今頃オタワのUPC北中央軍本部にいると‥‥思います」
「身柄を、確保だと?」
 リックの目が暗闇の中でゆっくりと奥に立つ終夜へと向かう。着ていたであろう作業着が、返り血のためか黒ずんでしまっている。反撃避けのために潰した暗闇の中で、リックの目だけが不気味に動く。だが終夜も腹に怪我をしたポールを抱えるためか、腰の辺りを血を汚していた。ドクター・ウェストが応急処置を施しているが、まだ一人で歩けるほどではないらしい。
「彼は自ら進んで捕まりにいったのです」
 諸葛が口を挟んだ。
「私も報告書に目を通したに過ぎませんが、彼は自分からUPCに捕まることを望んだそうです」
「何のためにっ!」
 リックの視線が再び諸葛の方に向く。目は血走り、血管は浮かび上がっているようにも見える。だが諸葛は視線をそらさずに正面から見据えた。
「技術の保存のためと聞いています。人類が生き残るためにも、バグアと取引するためにも技術の保存は必要だからと言っているそうです。エルドラドで建造中の軌道エレベーター、あれを残してくれることも条件の一つと聞いています」
「本当なのか?」
 リックが終夜の方へと首だけを向ける。
「‥‥本当です」
 リックの姿は傍から見ても分かるほど落胆していった。泣いているようにも笑っているようにも見えるほどに声をあげた。暗闇の中、道化のようにも見えるその様子を能力者達は誰も笑うことなく、むしろ侘しげに見つめていた。
「何て自分勝手な野郎なんだ‥‥俺はあんな奴のために‥‥」
 泣いているようにも聞こえる声が、所内に響く。リックを押さえていた周防と天も、明らかに抵抗する力が弱まっていることを感じていた。そして諸葛の防護に回っていた優も、密かに溜飲を落とす。どことなく流れる緩んだ空気、それを引き裂いたのはヒステリーにも近い女性の声だった。
「あんな奴って、あなたが言う資格はあるの?」
 現れたのはナタリーだった。両足とも撃たれているのか、左半身を神無月に支えられるような体勢になっている。後ろには南雲もドクターも付いてきている。
「大丈夫なのです?」
 心持押さえ気味のトーンで周防が後ろの二人に問いかけてくる。
「彼女のたっての希望だ。俺達に止める権利はない」
 南雲が短く答えた。そして場を沈黙が支配する中でナタリーが話しかける。
「あなただって、自分勝手な事をしているという自覚は無いの?」
「俺が?」
「あなたは今何をしてるの?」
 リックは自分を見つめる。そして改めて自分の立たされた立場を見つめなおした。周囲には八名の能力者、二名の重傷者、手にはマシンガンが握られている。自分達で持ってきたものではない、研究用に運ばれてきたものだ。同時に自分が奪ったもの‥‥それを邪魔しようとしたポールを排除したものでもあった。
「ジョンの増長を許したのは確かに私達かもしれない。それが罪と言うのなら、私達はその罰を受けましょう。そして、今私は第二のジョンに成りかけている貴方を許すわけには行かない」
 ナタリーが唯一自由であった右手を使って、懐から拳銃を取り出した。随分小型の拳銃、支える神無月はそう思っていた。相当年季が入っているものだった。少なくとも今ショップに並んでいるものではない。恐らくはエミタも埋め込まれていないものだろう。ナタリーはそれをリックに向けた。だがそれを制するものがいた。ドクターである。
「今の時代、銃は人に向けるものじゃないと思うんだよね〜」
「ならば貴方はジョンのような人を許すというのですか? それとも時代が悪いとでも言い逃れしますか?」
「違うね。我輩が言いたいのは、あくまで研究所だと言うことだよ。我輩も私設ながらも研究所を構えている身として、所内を争いの場とはしたくないのだ。それにエミタ武器は人に向ける物ではないからね〜」
「これにはエミタは内蔵されていません!」
「だけど君はここでこれからもエミタ武器を作るのだろう。人の血に染まった手で武器を作り続けるなのかね?」
「‥‥」
「私も専門じゃないから詳しいことはいえないけど」
 横から神無月も口を挟む。
「魔が差すことは誰でも有ると思うの」
「でもそれじゃ‥‥」
「それが人間でしょう?」
「‥‥そうですね」
 改めて前を見るナタリー、よく見るとリックの前には天が立ちはだかっていた。
「俺の前では誰も殺させはしない」
「殺すより、生きている事に意味があるでしょう?」
 周防も言葉を挟む。
「‥‥」
 ナタリーは拳銃を取り落とした。そして同時に気を失った。

 数日後、ナタリーは意識を取り戻した。幸か不幸か開発途中であったC.O.Sは今回の事件のおかげで予定より早く完成、能力者達の意見もあってナタリー研究所は続投が決定したということだった。