●リプレイ本文
赤と青の絵の具を混ぜれば、紫の絵の具が完成する。誰が発見したのかは不明だが、二色の絵の具から全く別の絵の具が完成するというのは世紀的な大発見だったのだろうか。
「その手紙、受け取れません」
ちらほらと人が伺えるエルドラドの入国管理局の前で、手紙の受取人であるユイリー・サノヴァビッチは手紙の受け取りを拒絶した。理由は読まなくとも中身が分かるからというものだった。
「どうせ故郷に帰って来いとかお見合いしろとか言う内容ですから」
「‥‥そうですか」
行き交う人の波を気にせずユイリーは大声を上げた。多少は顔が知られているのか、中には足を止める人が見られる。だがユイリーは特に気にした様子は無かった。むしろ手紙を差し出していた終夜・無月(
ga3084)の方が周囲の目を気にしていた。そして頑として手紙を受け取ろうとしないユイリーの態度に、終夜は一度手紙を懐へと戻す。
「せめて理由を聞かせてもらえないだろうか?」
随行してきたUNKNOWN(
ga4276)が声をかける。熱帯雨林であるエルドラドの中でも黒にまとめた私服は、浮いた存在だった。
「これが君の父親であるスネジャのものからであることは、私が証明しよう。それでも読むことさえできないというのだろうか?」
「むしろ父からということが気に入りません」
依頼人であるスリジャからは本人証明として、郵便局員時代に使っていたタイピンが添えられていた。いくつか所持しているものの中でもスリジャが最も愛用していたものらしく、ユイリーも見覚えがあるものだった。だがだからこそユイリーは受け取ることを頑なに拒否するようになっていた。
「父は私をいつまでも子供扱いします。全て自分の思うようにならなければ気がすまない昔の人です。だから私は父の元から出てきたんです」
「今でもそうとは‥‥限らないでしょう?」
終夜がフォローするが、ユイリーは首を振るばかりだった。
「失礼ですが、私は二十年以上も父と暮らしています。貴方達よりは詳しいつもりです。父と私の事に首を挟まないでください。そんなことよりも今はここエルドラドをどう立て直すかの急務だと思いませんか?」
ユイリーは改めて周囲を見せ付けた。そこからははっきりと爆撃の跡が見えた。木々は焼かれ、家は壊され、土の積まれた墓が見える。先日行われた奇襲作戦の跡なのだろう。
「私はこのような作戦を敢行したUPCを許せません。彼等は対バグアを声高に叫びつつも、実質は情報を操作することで目障りな人間を弾圧しているのです。見てください、この墓の数を。これらは私達一般人の同胞の墓です。中にはまだ生まれて間もない赤子や妊婦もいました。彼等のやっていることは虐待行為です」
「‥‥」
エレナ・クルック(
ga4247)は改めて周囲の情景に目をやると、それはとても奇異な光景に見えた。このように即席の墓が並ぶ光景は、それほど珍しいものではない。激戦区と言われる地域では今も増え続けているのだろう。だがここの墓は他の地域と比べて多少意味合いが違う。バグアによってではなく、人類によって殺された人の墓だからである。
「‥‥守れなかったのですか?」
エレナが静かに言葉を発した。
「何とか回避する方法は無かったのですか? 人類同士の戦いに身を投じたつもりはないのですが」
「私もありませんよ」
ユイリーがヒステリックに答えた。
「でもこのバグアとの戦いの裏で、誰かが金儲けを企んでいるのは間違いないんです。それもバグアだけではなく人類も絡んでいる気がします。でなければ私達は‥‥私達は殺される必要は無かった!!」
「そこまでに‥‥しておいたほうがいいです」
終夜がユイリーの口を塞ぎ、UNKNOWNが周囲の様子を伺う。別段変わった動きは無い、だが妙に不穏な空気が流れていることだけは間違いなかった。
「一旦場所を変えましょう」
何が起こったのか把握できなかったユイリーではあったが、自分に何らかのミスがあることを感じたのだろう、素直についていくことにした。
その後手紙を渡しに向かった三名の能力者とユイリーは、北東から潜入を果たした周防 誠(
ga7131)、神無月 るな(
ga9580)、天(
ga9852)、パディ(
ga9639)の四名と合流。途中一度UNKNOWNが市井調査に出かけたが、その後市内外れにあるユイリーの借家へと向かうことにした。
「何も無いところですが‥‥」
台所に姿を消したユイリーは、しばらくしてティーポットといくつかのコーヒーカップを抱えて戻ってくる。その間にUNKNOWNも追いつき、脱出方法の最終確認を行っていたエレナ達も一度休息を挟むことにした。
「これはマテ茶?」
「結構南部からの人がいらっしゃるんですよ」
ユイリーはポットからカップに茶を注ぎ分ける。まだ慣れていないのか多少ぎこちなさの残る手つきだった。
「ちょうどいい。私が買ってきたこの饅頭に合うかもしれない」
そう言ってUNKNOWNが包みを取り出す。そこには若草色の和菓子が十個ほど納められていた。
「こんな状況でも店をやっている場所があった。運が良かったというべきだろうな」
「ですね。初めて口にしましたが、ほのかな香りがいいです」
エレナが素直な感想を口にしつつ、隣に座るパディに同意を求める。だが彼女は困ったような表情を見せるばかりで特に感想を述べなかった。
「ところでフォークランドには行かれないのですか? それなりに興味もたれている方もいるみたいですが」
周防が助け舟代わりに一つ質問をぶつけた。だがその質問のせいでユイリーの顔が傍から見ても分かるほど不機嫌に歪んでいった。
「何故フォークランドにいく必要があるのです?」
「えっ‥‥」
思わず周防の口から驚きの声がこぼれた。周防だけではない、エレナからもパディからも同様の声が聞こえる。だがUNKNOWNだけは平然としていた。
「先程饅頭屋で話を聞いてみた。四十代くらいの中年の夫婦が営んでいたが、フォークランドには興味が無いそうだ。折角店がもてたのに何故行く必要があるのですかと逆に問われた」
「‥‥他にもそういう人はいらっしゃるのですか?」
何となく答えに気付いておきながらも終夜が尋ねる。そして返って来た答えは予想通りのものであった。
「私は市民代表として、誰かが残ると言っている以上残るべきだと考えています」
「本気ですか?」
「冗談だと思いますか?」
神無月の問いに真顔で答えるユイリー。神無月としては予想していた答えでは合ったが、実際に聞かされると心の響くものであった。フォークランドに行っていないことは能力者達にとって幸運なことではあったが、それでも容易な依頼ではないことを改めて思い知らされた。
そこで終夜はスネジャから渡されたもう一通の手紙を取り出す。UNKNOWNからの助言もあって、最終手段として渡されたものである。
「あなたがスネジャさんと手紙を受け取りたがらない事も、フォークランドに行こうとはしないことも予想されていました。そこで一通の手紙を預かっています」
「君が二十年来一緒に暮らしているのと同様に、スネジャの方も同じ時間を共有していたわけだ。ある程度思考が読まれるのも当然だな」
「‥‥」
ユイリーは抵抗することは無かった。天からの言葉が聞いたのか、父親からの手紙ということで何か感じるところはあったのか、とにかく聞く気になっていた。それを確認して終夜が手紙を開く。
この手紙が開かれているということは、ユイリー、君はエルドラドに心残りがあるということなのだろう。もう俺は何も言わない、ならばその地で自分のやれることを探すがいい。
君はエミタ適性が無いことを悔やんでいた事を、俺は昨日の事の様に覚えている。だが俺はエミタ適性が無いことを悔やんではいない、むしろ喜んだよ。わが娘が戦場に行かずに済むと知ったからね。でも君は俺の思惑を他所にシカゴへ、エルドラドへと進んで戦場に身を投じた。バグアは人類全体の敵であって、私一人だけ安穏と暮らす気にはなれない。今でもユイリーが残した置手紙を私は金庫にしまっているよ。自分でも不甲斐ないとは自覚しているつもりなのだがね。
そういえば先日、三人組の客から依頼を受けた。夫と妻そして子供という組合せではあったが、どこか余所余所しさを感じる三人だった。本当は家族なのではないかもしれない、そんなことを俺は感じたが、特に口に出すことはしなかった。向こうも口に出すことは無かった。彼等は俺に花の輸送を頼んでいった、場所はアメリカ西部、小さな町だ。そこにある奥屋敷の裏手の墓に、できるだけ大きな花をささげて欲しいということだった。彼等の故郷なのかと思ったが、そうではないらしい。ただ自分達の原点だという事だった。具体的に何があったのかは聞いてはいない。ひょっとしたら初めて殺害した相手なのかもしれない、殺人者は現場に戻ると言うからね。だが俺は別の事を考えた。帰る場所があるっていうものはいいものなのだな、と。
ユイリー、君の帰る場所はエルドラドなのか? ならば無理に帰って来る必要は無い。思う存分戦って来い。そして無理ならば故郷へ戻ってくればいい。俺達の先祖もユーゴスラビアからの移民、一度は故郷を捨てた人間だ。自分の未来は自分で切り拓くといい。
読み上げた上で終夜は二通の手紙をユイリーに差し出した。今度はユイリーも素直に受け取り、開封する。中から出てきたのはブラジルからの乗船券だった。
「ここまで来る途中街を見させてもらったが、正直酷い有様だった。UPCや俺と同じ能力者がやったのかと思うと正直眩暈さえする。だが、ここが今後一番手を入れる場所だと思わないでもない」
天が素直な感想を漏らした。
「どうすればいいのか、自分の好きにしたらいいよ。俺達は手紙を渡すように言われただけ、帰って来るように命じられたわけじゃないしね」
「多分命令することも無いと思います」
周防と神無月も自分の意見を述べた。隣ではパディがこくこくと首を縦に振っている。それらを踏まえた上でユイリーの残した
「‥‥私、残ります。まだやらなければならない気がしますので」
「そうですか」
エレナが言葉を漏らした。またここで会うかもしれないという喜びと、死んでしまうかもしれないという哀しみの混ざり合った声だった。その横でUNKNOWNが一歩前に進み出る。
「ならば一つ頼みがある、コイツを君主に届けて欲しい。今公に顔を出さなくなったと聞いたが、君なら会えるかもしれないのでな」
「お預かりします」
潜入という入国法であったためユイリーの見送りは無かった。だがまた再会できると信じて、能力者達はエルドラドを後にしたのだった。