●リプレイ本文
「我が刃は天穹を穿ち断斬らん!!」
「「天狼」」
耳を塞ぎたくなるほどの爆音を鳴らしながら、強化型バイパーが四散する。漸 王零(
ga2930)と終夜・無月(
ga3084)のコンビネーション技、天狼によるものだった。今まで数多くのワーム、ヘルメットワームを葬ってきた技である。相手が強化されたバイパーであろうと大した違いも無く撃破することに成功、違いがあるとすれば乗り手がバグアではなく純粋な人間というだけであった。
「仮に仕事だったとしても、自分ならやりたくないですけどね」
ゴーストから連絡を受けた後でも、周防 誠(
ga7131)は心の奥底で拭いきれない感情を抱えていた。理解できないというわけではない、今目の前にいるのはエルドラドの兵士であり、仮にも自分は敵なのである。死ぬ気で相手が向かってきているのは分かっているのだが、
納得できないというに近い感情を抱えたまま戦っていた。
「余り悠長にはできないですよ?」
レティ・クリムゾン(
ga8679)が注意を促す。
「ファームライドが来ると予想して、ブリジット少佐は突撃を見送っています。ですが防衛ラインが薄くなったと考えれば突入しかねないです」
ブリジット率いるUPC北、南中央混成軍はまだエルドラド上空東五十キロ付近で待機している。偵察として能力者達が借り出され、今こうして奮闘しているのであった。
ブリジットが本格的に攻勢に出ない理由のひとつにファームライドがある。ステルス機能のある同機体は単機ながらも状況を一変させる可能性がある。そしてブリジットにその危険性を植えつけたのはレティであった。
「エルドラドの民間人を少しでも多く助けたい。傭兵だけで軍施設等を破壊してみせるから進軍は少しだけ待って貰えないか? 此処まで来た以上、戦闘は不可避だ。だが、軍が戦闘を開始しては民間人に多くの被害が出る。それに彼等に覚悟を決めさせてもしまうだろう。徹底抗戦派さえ黙らせれば、投降する者も多いと思う。以前に感謝していると言った私達を信じては貰えないか?」
どこまで信じてもらえているのか不明であるが、まだブリジットが突撃をかけてくる様子は無い。その間に能力者達は今回の依頼人でもあるゴーストとの合流に成功、今はエレナ・クルック(
ga4247)が市民代表であるというユイリーを捜索に出かけている。発見次第篠原 悠(
ga1826)、UNKNOWN(
ga4276)と合流、終夜もゴーストの元に向かうということだった。
一方、藤田あやこ(
ga0204)は単独で現指揮官であるアンドリューへの面会を求めていたが、時間が取れないとけんもほろろに面会を断られる。ただ年齢の割に子供がいないことがアンドリューの子供に拘る理由であるということだけはゴーストから聞き出していた。
「他人の夜の生活に首を挟むのは野暮だから、私も詳しくは知らないけどね」
それ以上はゴーストも何も知らないらしく、言葉を濁した。何か煮え切らないものを感じつつも藤田も防衛の方に回る。
「私も貴方達を案内した後は撹乱に回るわ」
ゴーストの背後には赤く塗装された強化型バイパーが置かれている。
「それは、ファームライドを模して作っているのかね?」
「一応ね、UPCの撹乱をする予定。時間稼ぎくらいは出来ると思う」
「無理はせんどいてな。あんたとは色々あったけど、馬が合いそうな気がするんや」
「奇遇ね、私もよ」
そんな話をしているところでエレナがユイリーを連れて戻ってくる。
「我侭言ってすみません」
「大丈夫よ、ただし彼女の命は貴方が守ってあげてね」
「分かりました」
能力者達の後ろではジェームス・シンプソン(gz0060)が瞑想していた。もう六十を迎えた老人であるが、悟りを開くための修行僧のような雰囲気を終夜は感じていた。
歩く事数分、エルドラドの地下洞窟で能力者達は無事ジャックとの対面を果たしていた。途中で引き返したゴーストに代わり、ジャックの側近であるハンターとボマーが引率してくれてのことだった。十畳ほどの空間に机とベッドしか置かれていない。敵総大将の私室、加えて火薬や機器類に精通しているボマーがいることから罠を警戒していた能力者であったが、ジャックはそのベッドの上で上半身だけを起こしていた。
「やつれましたね」
それが終夜の第一印象だった。元々白かった肌がより一層白く、透けて見えそうになっている。バグアの手によるものなのか、先天的にこういった体質なのかは不明だが、今のジャックを見て数ヶ月前のカリスマ性を見出すことはできなかった。現にユイリーはエレナの背中に隠れるようにして恐る恐るジャックの姿を見ている。
「そうですね。こんな状況になって初めて死というものを実感できたような気がします」
「簡単には死なせへんで」
篠原が言葉を挟む。
「まだ死んでもらったら困るんや。あんたがやって来た事、最後まできっちりケリつけてもらわんとな。大義名分振りかざしたんなら、自分のケツくらい自分で拭きや。人の命はそんなに軽くない。あんたに惚れ込んで動いた人間は、あんたの言う事しか聞かんのやからね」
篠原はユイリーに視線を投げた。それに気付いたユイリーはどう対応していいものか悩んだ挙句、小さく頷く。
「――生きろ。お前で居られる内は死ぬ事を許さん、よ」
「そのようですね」
ジャックの視線が動く。視線を追う能力者達、そこにいたのはジェームスだった。
「余り時間がありません。貴方達に託したいものがあります」
ジャックがハンターに意味ありげな視線をお送ると、ハンターとボマーは机から書類を取り出し終夜に渡す。そこには入国許可書と書かれていた。
「もう準備してありましたか。手間が省けます」
「ハンターとボマーが手伝ってくれましたので」
終夜に許可書を渡したハンター達は、そのままベッドの傍に腰を下ろした。
「ユイリー、貴方はよくやってくれました。これからは自由に生きてください」
「‥‥はい」
言葉にならない程の小声でユイリーは答える。心配そうに肩を抱きかかえるエレナ、すると今まで堪えていたものが溢れ出したのだろう、ユイリーは涙を流した。
「この書類、確かに受け取りました。代わりにこちらからも要望があります」
「何でしょう」
「あなたの死体を作ってもらいます。UPCにはあなたが死んだと思わせておきたいのです」
ジャックに化粧を施し死んだように見せかける。それが能力者達の意見だった。
「時間がありません。早速作業に移らせてもらいます」
「お断りします」
終夜の言葉に反応したのはジャックではなくハンターだった。
「私が化粧します。あなた達にこの人は触らせない」
「あんた‥‥いや、なんでもないわ」
惚れているんやな、そう言おうとして篠原は思いとどまった。先程のゴーストではないが、他人の事に不用意に触れてはいけないと考えたからである。
「時間があまりありません、手短にお願いします」
一応の断りを入れた上で、能力者達はハンターの作業を見守ることにした。
「よく出来ていますよ」
数分後、ハンターの手により死に化粧が完成する。エレナが言うように、それは見事な死に化粧だった。
「やったことあるから」
ハンターは答える。それはどこか皮肉にも聞こえる響きが含まれていた。
「写真を撮らせてもらおう。UPCに証拠として提出するためのな」
「分かりました」
ジャックはもう口を開かない。化粧崩れを心配してのことなのか、ただ能力者達の壁に阻まれたジェームスのみを見つめている。
「さて、ではここから脱出しましょう。立てますか?」
外に促す終夜、だがそれを妨害するように地響きが起こる。遅れて藤田、漸、周防、レティの妨害班が姿を現す。
「UPCが総攻撃をしかけてきたわ。ここもまもなく崩れます」
藤田が言う。
「それとアンドリューさんに連絡を。ゴーストさんも撃墜されました」
「ゴーストが?」
耳を疑う藤原、だが漸は改めて答える。
「撃墜された。それがUPCに突入させるきっかけを与えることになった」
漸が言うには、赤いバイパーを確認したUPC兵達が功を急いで突撃を開始。単機突入していたゴーストは逃げ場を失って撃墜されたということだった。
「まずは逃げますよ。こんなところにいては生き埋めになりますから」
「ですね」
周防の言葉に続いて終夜が改めて脱出を促す。しかしジャック達は動かなかった。
「悪いわね、そんなことはさせない」
ハンターは剣を取り出す。刃渡り8cm程の短刀だ。
「今頃戦うつもりか?」
「残念」
ハンターはそれを天井へと投げる。すると呼応するかのように洞窟が崩壊を始めた。
「私達は貴方達のように表の世界には出られなかった人間。司法取引をしてまで生き延びるつもりもなければ、飼い殺されるつもりもない」
「ふざけるな」
吼えたのはジェームスだった。
「お前達には生きてもらう。生きて詫びてもらう、俺の子として」
一同耳を疑った。ジェームスに子供がいたという話は聞いた事が無い。
「‥‥やはり貴方が本当の父ですか?」
「知らん。だが私にはかつて戦場で愛した女性がいた。子供を身籠り、戦火に巻き込まれて死亡したと聞いていた。その罪滅ぼしとして孤児院を始めたわけだが、私は妻とその子供を忘れたことは無かった」
「今そんな言っている場合ですか?」
気持ちは理解を示しつつも、レティが強引にジェームスを連れ出そうとする。だが無駄とも思える程鍛えられた老兵の身体が動くことは無い。またエレナもまだ状況の把握が追いつかないユイリーを抱えて連れ出さなければならなかった。
「最後だから言うのでしょう」
ジャックは答える。
「私もジェームスという名前に聞き覚えがあります」
そんな話をしている内にも、岩が落ち完全に入口を塞ぐ。それがジャックとジェームスを確認できた最後となった。
脱出した能力者達、そこで待っていたのはジャックの姿をしたゴーストとブリジット・アスターだった。
「影武者を用意しているとは思いませんでした。ですが貴方達が本物を見つけたのですね?」
「‥‥」
ここで写真を提出しなければ一般人にも手を出しかねない。そう考えたUNKNOWNは、しばしの逡巡の後写真を差し出した。それに納得したのかブリジットは全軍を撤退させる。
「これで良かったのだろうか?」
「難しいな。ファームライドでも見つかればまだ良かっただろうが、なんとも言えん」
漸はそう答えるが能力者達は全員無事であり、ユイリーも何とか脱出している。エレナはユイリーに労いの声をかけた。
「大丈夫でしたか?」
「何とか」
息絶え絶えに答えるユイリー、そして出発前から考えていた一つのアイディアをユイリーに打ち明ける。
「まだエルドラドを救う方法があるにはあります‥‥確実にとは言えませんけど‥‥」
一拍おいてユイリーが続ける。
「ユイリーさん、エルドラド引き継ぎませんか? まだファームライドもアンドリューさんも見つかって無いみたいですからしばらく騒がしいと思いますけど」
「私ですか? 無理ですよ」
「でもユイリーさんが一番適任だと思いますよ?」
「‥‥」
悩んだ結果、ユイリーは考える時間が欲しいというに留まる。その間にUPCによりエルドラドの捜索が行われたが、ファームライドもアンドリューもジャック達の死体も見つかる事は無かった。