●リプレイ本文
●号令
「とうとうこの日が来てしまったのであります」
エミタの後継者月面攻略軍母艦を預かる美空・桃2(
gb9509)は、誰にともなく呟いた。
クローン技術により生まれた大量の美空の名を持つ彼女らは、その兵員不足を補うためにと随所へ配属されていた。
中でも優秀な出来だった桃2は、こうして重要な役目を担っている。クローン故、寿命は確かに短いものの、安定した力を発揮し続けることが出来るのは利点だ。それに、どうやら代々知識をある程度引き継げるようでもある。
今の彼女は、ちょっとしたデータベースのようになっているのだろう。
「皆の帰るところは預かるのであります。思う存分戦ってこいなのであります」
既に先を行く部隊の攻撃は始まっているが、桃2は改めて、大きく号令を発した。
「その平和ボケした魂を重力の渦に引っ張り込んでやる!!」
慌ただしくメットを被り、試作品をふんだんに取り付けたドレッドノートES・キャノンに乗り込んだカイト(
gc2342)は、エッグの取り付けを待った。
エッグ自体はほんの十数秒で装着される。ドレッドノートはすぐさまカタパルトへと移動された。
「無茶ですよカイトさん、まだ満足なテストも出来ていないんですよ!」
発進直前。カイトの機体に整備士が通信を入れた。
ほとんど開発者の趣味で作られたような新兵器。そんなものがごってり載せられた機体をいきなり実戦に用いるのは、やはり不安なものだろう。
「違う、俺はカズマだ。カズマは、魂の名だ!」
「知りませんよ、というか、話を――」
「カズマ、ドレッドノートES・キャノン、出るぞ!」
整備士の忠告も聞かず、黒塗りの卵が暗黒の宇宙へ飛び出していった。
「ここからでも地球は見えますね〜。早く帰りたいですよ〜」
カタパルトの射出口から、月を隔てて地球を望むことが出来る。遥か時の彼方、先祖達の旅立った地球。
八尾師 命(
gb9785)のそんな言葉は、彼女の連れてきた目に見えぬ先祖が発したものなのかもしれない。
機体と同じく白にカラーリングされたエッグが、青い地球を目指すように弾き出された。
●開戦
「あれは数世紀前にきたという『バグア』か、な?」
月面基地のモニターに映し出された侵略者を目にした黒衣の研究者は、帽子を軽く押さえて、もはや歴史上の存在となった現実味のない異星人を連想した。
この人物を指す呼び名は、二つある。
研究者としてのコードネーム、Noli me tangere――ノリメタンゲレ、私に触れるな、の名。
そしてもう一つは、彼の醸し出すミステリアスな雰囲気から、周囲がこっそりと呼ぶ名。UNKNOWN(
ga4276)だ。
彼の携わるプロジェクト‥‥。深宇宙探査用の宇宙船や、作業用GKの開発が主なそれが成就されるには、順調にいったとしてもあと十年はかかるだろう。
「――いや、違うな。通信で使われている言葉は地球圏の言語形態だ」
それは、攻めてきた方から直接送り込まれた通信により、はっきりした。
『我が祖先達を踏み台として使い捨て、その大罪を顧みることもなく、ぬくぬくと緑なる星で惰眠を貪ってきた重力に魂を引かれし蒙昧なる者共よ。
今こそ裁きを受ける受ける時が来たのだ!
せいぜい、貴様等のその呪われた血を恨むが良い』
月面基地の、あるいはGKのコクピット内スピーカーから、威勢の良い男の声が響く。
『我が名はヒョウエ・サカキ! 我が祖、榊 兵衛(
ga0388)の名にして、偉大なる戦士の証。貴様等、呪われた血を受け継ぐ者共を滅ぼす者だ!』
それは、若干の訛りはあるものの、確かに地球人の言葉だ。
過去、地球に侵略してきたバグアは、地球人や異星人の体を乗っ取り、その知識さえも吸収して言葉の壁を乗り越えていたようだが、口ぶりからして、今回の敵は、どうにもそうは思えない。
断定するには早いが。
「何にせよ計画を邪魔されては、困る」
ふ、と不敵に口端を引き延ばし、彼はコートを翻した。
「私の機体を。あぁ、対空砲火は‥‥そうだね、月面軍には月引力圏に入ってからの方がいいと伝えてくれ」
そしてここに、運命に隔てられた少女が一人。
美空(
gb1906)だ。
彼女は、クローン人間。不足する兵員を補充するために生み出される存在。
そう、あの少女と同じく‥‥。
「地球は誰にも渡さないのであります」
そして彼女もまたデータベース。なんとなく分かるのだ。攻めてきているのが誰なのか、そこに、誰がいるのか。誰がいると予測されるのか。
彼女に、それをどうこうと感じるだけの感情は、あるのだろうか。発した言葉は、酷く単調なまま。
量産型のGKが銃器を構えなおす。そのまま、後に続くGKが、降下してくる敵を見据えた。
「傲慢な地球人よ! 贖罪の時だ!」
真っ先に突っ込んでくるESのパイロットは堺・清四郎(
gb3564)。強襲型ES「桜花」と呼ばれるその機体に身を包み、単身、基地へと突撃した。
それを、美空らが十字砲火で迎え撃つ。
「抜けてやる!」
その機体の性質上、なんとしても基地へ一撃浴びせたい。堺は加速用のアクセルをグッと踏みこんだ。
ブースターが火線を引き、桜花がぐんと加速する。
瞬間。
「ガハ――ッ」
強襲用にと搭載されたブースターの加速力は凄まじい。
一気に襲いかかるGに、堺の内臓が悲鳴を上げる。
逆流する胃液を強引に飲みこみ、なお、加速する。
「どうやら無重力用だな。脚が弱いようだ、脚を潰すといい」
ノリメタンゲレが、研究者として様々な試みを詰め込んだGK・UNKNOWNを駆りだす。
そしてその挙動から素早く敵機の特性を見抜き、指示を出した。
「戦闘空域に到達。これより戦闘を開始する」
エッグをパージしたヘイル(
gc4085)の愛機アルシエラは武器を構え、後続へ指示を出す。
しかし、内心穏やかではなかった。
宣戦布告も一切しなかったことに対する罪悪感。これは、卑怯ではないか、という疑問。
何より、これで自分たちが侵略者となってしまうこと。
アルシエラに搭載されたAIセリアは、何も答えてくれない。
「アーちゃんたちのご先祖様を追い出した報いを受ける時だよ」
追従するアーク・ウイング(
gb4432)のやる気も十分だ。
専用のカスタマイズをしているものの、その程度は他に比べればやや控えめ。その代わり、搭載しているミサイルの量では右に出る者はいなかった。
「‥‥エミタの後継者、か、15代前のご先祖様が地球追放されたと習ったけど‥‥」
迎え撃つは、バグア戦争時の傭兵、三枝 雄二(
ga9107)の子孫、三枝 ユウヒチ。
「関係ないね。俺は、スターゲイザーの調子を見るだけだ」
さらに、ヒューイ・焔(
ga8434)。色々と突っ込みどころのある機体名だが、そこに込められた熱意は本物だ。
様々な新技術が盛り込まれた試作機‥‥。ヒューイは、そのテストパイロットとして月へ上がってきたばかりだった。
そしてここに、あらゆる技術の盛り込まれた大量の試作機、様々な思惑、願い、想いが交錯した、エミタの後継者による月面基地攻略作戦が開始された。
●Emita Successores
「やらせん! カツナリ!!」
ヒョウエは愛機を駆り、堺の桜花を半ば無理やりその場から引き離した。
「放せヒョウエ! 俺は地球人類に裁きの鉄槌を下すんだ!」
脚を蜂の巣にされた桜花で、堺はなおも攻め立てようと暴れる。
だが、これでまともな戦闘は無理だ。ヒョウエはそう冷静に判断していた。
「引くんだ。いきなり突出しすぎた。いくら強襲用だからといって、無茶が過ぎる」
ガクリ、と桜花の肢体が垂れる。
やれやれ、とようやく一息ついたヒョウエだが、愛機カツナリに桜花の手がそっと添えられ、注意を再び堺へ向けた。
「なら、一つだけ、どうしてもやらねばならないことがある。俺の秘密兵器だ」
「秘密兵器‥‥?」
呟き、ピンときた。桜花には、確かとんでもないものが搭載されていた、と。
「全機、絶好の機会なのであります。あの二機へ火力を集中させるのであります」
美空の率いるGK部隊が手に持つマシンガンの一斉銃撃を開始する。
ぐっと押し出すようにしてヒョウエのカツナリを離れさせた堺は、桜花の背に取り付けた巨大な砲身を構えた。
「おぉ、流石に、あれを止めるのは大変そう、だ。仕方あるまい、引く、よ」
ノリメタンゲレは危機を察知するや、UNKNOWNを一度その場から離れさせた。
合わせて、美空も撤退を開始する。
「我々は数世紀待ったのだ!」
堺が高らかに叫ぶ。
「命を掛けて祖国のために戦い謂れのない汚名を着せられ地球外に追放された祖先たち!」
バックパックから巨大な弾頭が、砲身に装填される。
「宇宙という過酷な環境でも我々を生み育ててくれた先人たちのためにも!」
最終安全装置が解除され、桜花のモニターでロックオンカーソルが収束する。
「地球よ! 我らは帰ってきたぞぉ!」
その砲身から放たれるのは、G4弾頭。着弾と同時にドーム状の光が広がり、いくつもの施設、GKさらに、堺自身をも巻き込み、やがて収まった。
「馬鹿が‥‥」
散った戦友に軽く目を伏せ、ヒョウエはひとまずその場を引いた。
「その平和ボケした魂を重力の渦に引っ張り込んでやる!!」
ドレッドノートを駆るカイ――カズマは、エッグをパージするや新兵器の一つ、ブラックホール砲をいきなりぶっ放した。
設定距離に到達した特殊な弾は強力な磁場を発生させ、周囲のGKといわずESといわず、あらゆるものを引きずり込んで押しつぶした。
「ここからなら、月の重力の影響も受けないだろうしなぁ!!」
その射程を活かし、カズマは得意になって装填が済み次第目に付いた敵へとブラックホール砲を放つ。
「それでは戦闘開始しますよ〜。皆様幸運を〜」
脇では八尾師が目標をしっかり見据えてミサイルを放つ。
あらかた周囲が片付いたと判断した二人は、敵基地へ向かって機を進めた。
だが。
「かかったな!」
デブリから飛び出した一体のGKが、その手に握ったサーベルを振り下ろした。
「チッ!? 寄るんじゃねぇ!! 接近戦は苦手なんだよ!!!」
ドレッドノートの肩に刃が叩きつけられるが、それに搭載された新兵器の一つ、いわゆるバリアが弾いた。
しかし、ブラックホール砲の連射によりドレッドノートのエネルギーパックは限界を迎えつつあった。
「援護しますね〜」
それに気づかず、八尾師はショットガンで敵機を狙う。
だが敵の腕がいいのか、思うように当たらない。
「ちっ、ちょこまかと‥‥。着弾距離最短、セット!」
しびれを切らしたカズマが、ブラックホール砲を構えた。
「あわわ、逃げますよ〜」
危険。おっとりした八尾師にも、分かった。
今すぐ逃げねば、あの磁場に巻き込まれてぺちゃんこだろう。
一気に加速しての離脱を図るが、しかし、敵が追ってくる。
「な、なんでこっちに来るんですか〜?」
「馬鹿め、もらった!!」
カズマが照準を合わせる。
ドレッドノートの指が、トリガーに力を込める。
「や、やめてください〜!」
半泣きになり、八尾師が振り向いてショットガンを放った。
錯乱状態での一撃。それが、ドレッドノートに直撃する。
「な、何ッ!? ぶ、ブラックホールが――うわぁぁぁ!!!」
携えたブラックホール砲の暴発。
さらに、限界を迎えたエネルギーパックの暴走。
その場で発生した、巨大な磁場。中心で、最期にくぐもった声を上げながらカズマは金属の壁に押しつぶされた。
何とか切り抜けた八尾師。彼女はメットの中で何度もごめんなさいと呟き、敵を振り切って次の戦場へと向かった。
「セリア、索敵と周辺情報の把握を頼む。戦線に穴が開いたら俺達で埋めるぞ」
ヘイルがアークを伴い、飛ぶ。
「アーちゃんはいつでもいけるよ」
搭載したミサイルの発射管が正常に開閉することを確認し、モニターに目標を映した。
ぐ、とアルシエラが減速する。アークはそのまま前進を続け、月面基地にミサイルの照準を合わせた。
『‥‥エネミー確認。E1、E2、E3に設定。ミサイル射程内まで230』
アルシエラのAIセリアが敵の位置を割り出した。
「E3をメインターゲットに。―――では、エンゲージ!」
その結果を周囲に送信しつつ、ヘイルがミサイルを発射する。
アークもそれに続いた。
「へっ、食らうか!」
ヒューイの駆るスターゲイザーが、降り注ぐ弾幕を掻い潜り突撃した。それというのも、スターゲイザーに備わった人工知能∞のナビゲートによるものだ。
だが。
先に堺が窮地に陥ったのと、同じだ。宇宙空間での、ブースターを多用した回避運動の連続。加えて、パイロットのヒューイは、無重力空間での実戦経験が、ない。
「ぐ、うぅぅうううう!」
全方向から襲いかかる強烈なGに、体を突き抜けるような、しかし鈍い痛みにヒューイが苦悶を漏らす。
堪らず速度を落としたところへ、ここぞとばかりにアークがありったけのミサイルを撃ちこんだ。
「ヒューイ!」
とっさに三枝がビームライフルのトリガーを引く。吐きだされた光線がミサイルの一発に当たると、次々に誘爆を引き起こした。
「だぁぁぁッ!?」
眼球の潰れるような痛みと共に、爆風にスターゲイザーが吹き飛んだ。
三枝も、それを追うように後退する。
『今が好機であります。一気に攻めるでありますよ』
桃2の指揮する母艦が最前線に到着した。
「各員、生きているな? これより、総攻撃を仕掛ける。堺の仇を取るぞ!」
髪色などは先祖のそれとだいぶ変わってしまったが、しかし脈々と受け継がれた日本人としての魂にかけ、愛槍を引っ提げたカツナリを駆り、ヒョウエが隊の者と共に重力圏で戦闘を繰り広げている。
『総員、突撃であります!』
無重力空間で戦っていたES達も、この号令により一斉に月面基地への突撃を開始した。
●Gaia Keepers
「雨の海に。周囲の山脈も使おう」
敵が再び降りてくる。
が、敵も馬鹿ではない。いきなり守りの堅い基地の真上から攻めてくるようなことはしないだろう。それに、そんなところから攻めかかれば、地表に落ちてお陀仏だ。とすれば、付近に降り立ち、そこから攻めてくると考えられる。
基地を通して展開中の戦力へ通達したノリメタンゲレは、愛機UNKNOWNを媒介にさらに指示を出していった。
「了解であります! 全機、弾幕を形成して降下地点を誘導してやるのであります!」
美空の率いる隊が、マシンガンを上空へ放つ。
これでは上手く近づけない。やむを得ず、無数のESが雨の海と呼ばれる盆地に降り立つ。
外壁に囲まれたこの地では、外側にいた方が有利だ。
さらに、そこには先に堺が撃ち込んだG4弾頭による巨大なクレーターが出来ており、下手にそこへ落ちようものならあっという間に蜂の巣だろう。
「指示に従って降りてきたはいいが‥‥」
先立って着地したヒョウエは、位置の悪さに奥歯を噛んだ。
下手をすれば、囲まれる。いや、既に囲まれつつある。
かといってここからすぐに飛び上がれば格好の的。
「死地になるぞ。各員、腹を括れ。増援がくるまで耐えるぞ!」
隊員を励まし、ヒョウエはカツナリに愛用の槍をしっかりと握らせた。
おうと応じた隊員を引き連れ、敵基地のある方へと突撃を開始する。
「往生際が悪ィんだよ!
そこへ到達したのはエミタの後継者ではなく、ヒューイだった。
吹き飛ばされた方向に修正をかけ、真っ先に月面基地の救援にと駆けつけたのだ。
雨の海に向かい、可変型銃剣リーパーをレーザー砲へと変形させ、撃ち込む。
光の雨に、何体かのESが倒れ伏した。
「怯むな!」
ヒョウエが叫ぶ。
進む先には、美空の率いるクローン部隊。
「当然だ。この程度で死んだりはせん!」
通信と共に、背後からスターゲイザーに何かが組み付いた。
ヒューイが忌々しげに舌打ちする。
それは、桜花だった。ところどころ表面は焦げ付いているが、確かにあのG4弾頭をぶっ放した、堺の愛機だ。
「堺か、生きていたか!」
「あれほど凶悪なものを装備しておいて、桜花にその衝撃を緩和出来ないわけがないだろう」
歓声を上げたヒョウエに、堺はニタリと笑った。
そして、スターゲイザーへトドメを刺さんとサーベルを振り上げる。
「侵略者がァ!」
ものに引っ掛けて使うためのアンカーダガーを後ろ向きに発射。桜花の左肩が吹き飛んだ。
その隙にスターゲイザーが脱出する。
「侵略者? 違うな! 取り返しに来ただけだ!」
右腕だけでしっかとサーベルを握り、桜花が追う。
「我らは偽りの平和の生贄とされた過去の亡霊だ! 我等は地球を取り戻してみせる!」
「させるかってんだよ! 帰れ!」
リーパーを分子振動カッターへ変形させ、応戦。
突き出されたサーベルを払い、突き入れようと試みる。
が、払われた勢いをそのままにぐるりと機体を回転させ、堺は豪快に蹴りを放った。
「落ちてくるか、ならば、もらった!」
ミサイルポッドの照準を合わせるヒョウエ。が、その足元をマシンガンの弾が襲う。
「せっかくの試作機を、壊させないであります」
美空の一撃だった。
これでは、好機にも関わらず身動きが取れない。
ヒョウエは堺の無事を祈りながら、自らの隊を前進させてゆく。
「宇宙にはな! 水が、空気が、食料が、娯楽が! 何もない! その苛酷な環境へ勝手な理由で放り出した連中に復讐して何が悪い!? 取り戻そうとして何が悪い!? 答えろおおおぉぉ!!」
鬼のような形相で、堺がヒューイに迫る。
無我夢中でスターゲイザーがレーザー砲を放つ。桜花が頭部を失った。
「たかがメインカメラ、墜ちろ!」
「ロングレンジミサイルスタンバイ‥‥アターク!」
桜花が大爆発に見舞われる。
一瞬何があったのか。宙でコントロールを持ち直したヒューイが爆煙の向こうに目を凝らすと、そこにいたのはダブルイーグル。三枝 ユウヒチだ。
「危なかったな、ヒューイ」
放ったマイクロミサイルで、スターゲイザーの危機を救ったのだ。
命拾いしたヒューイが、小さく息を吐く。
「堺! くっ、今度こそ‥‥」
戦友を失った。今度こそ間違いなく失った。
ヒョウエの瞳に怒気が宿る。
『サカキ隊長! 横からも敵が――』
カツナリに隊員から通信が入る。そして、直後に途切れてしまった。
ぐいと振り返ってみれば、外壁の上から数機のGKがマシンガンを放ち、撤退していくところだった。
『こ、後方からも! だぁぁぁ――』
そして、陣の後ろでも同じような光景が繰り広げられているようだった。
ゲリラ戦法。美空のクローン部隊が得意とする戦法だった。まして、この地形。好都合だ。
不利な地形、不利な戦況。ヒョウエは、遂に死を覚悟した。
「全機、突撃するぞ。全力でだ。続け!」
ブースターの出力を全開に、カツナリが駆ける。それに残り少ないESが続いた。
「だから、させねぇってんだよ!」
スターゲイザーがカツナリへアンカーダガーを射出。その肩に引っ掛けた。
そして巻き取りによる急接近。
分子振動カッターが閃く。ヒョウエを機体の向きを変えることでその攻撃を逸らした。
「ふむ、計画にはひとまず支障はなさそう、だ。後はなんとかなるだろう。だが‥‥」
戦場からやや離れ、ノリメタンゲレがモニターに捉えた映像に目を走らせる。
「親父殿‥‥。いや、私は私の道を」
UNKNOWNは、格納庫へと消えていった。
「野郎ども、にぎやかしてやれなのであります」
桃2が戦艦による前線の押し上げを行い、ES部隊が次々に月へと降下していった。
「あわわ、大分数が減ってますね〜」
八尾師がそう言ったのは、もちろん敵数ではない。味方の数がほとんどなくなっていたのだ。
「攻めきれないかもしれないけど、やれるだけやっちゃうよ」
そう言って、上空からアークが狙撃ライフルでGKを狙う。視界は開けている。が、そうやすやすとやらせてはくれない。
宙域に展開していたGK隊がこれ以上は進ませまいと仕掛けてきたのだ。
「意外に早いな‥‥」
ミサイルを展開し、ヘイルがセリアに次々と敵位置を割り出させるが、追いつかない。
「優勢、だが、どこかで習ったような動きをしやがる、ついでに動きに積極性がない‥‥」
ESを攻める部隊に合流した三枝が、敵の戦い方を見てふと気づいた。
月面にまで降り立ったのは、精鋭がいるとはいえ、少数。本気で月面の攻略に当たっているとは到底思えない。
「まさか‥‥?」
三枝は急いで基地との通信を開いた。
そしてレーダーの索敵範囲を広げ、敵の様子を見てもらう。
出た結果は、予想した通りだった。
「やっぱり、こっちは陽動、本命は‥‥!!」
地球。別のルートを通り、地球に直接降下しようという敵部隊を発見したのだ。
だが、敵の数も減った。優位に立っている。
ならば。
「所属の者は続け。敵別働隊を叩く!」
やらない手は、ない。
三枝の隊が戦列を離れ、別働隊の足止めへと向かった。
「そ、そっちは通行止めです〜」
慌てて八尾師がミサイルを発射しようと試みるが、GK部隊に邪魔され、狙いが定まらない。
そうこうしているうちに、三枝はあっという間にミサイルの射程を離れていった。
「‥‥ミッション失敗であります。全軍撤退であります」
別働隊の存在が知られ、抜けられた時点で作戦は失敗。
後は、敵にこれ以上の追跡をさせないようにしつつ撤退するしか、ない。
しかし桃2の顔に、ほんの少し、安堵が見えたのは誰かの幻視だったのだろうか。
「セリア、ありったけ敵をロックだ」
『承知いたしました』
アルシエラのモニターにロックオンカーソルが次々点灯していく。
「アーちゃんだってやっちゃうよ」
ミサイルを撃ち尽くしていたアークは、長距離ライフルをロックせずに放ってゆく。
こうしてエミタの後継者は弾幕を形成しつつ後退していった。
「まだ、まだだ!」
しかし、諦めていない男がいた。
ヒョウエ・サカキだ。未だ月面に留まる彼の隊は、ほぼ全滅。だが最後の一兵ともなろうとも、彼は戦い続ける。それが先祖に対する報いであり、自分自身に対するケジメだ。
「終わらせてやるってんだよ!」
正面から対峙するは、ヒューイ。一機討ちの構えだ。
余計な小細工など不要。
カツナリの槍とスターゲイザーのカッター。互いの金属が激しくぶつかり合う。
スターゲイザーのカッターは、分子振動式。すぐに引いていなかったら、カツナリの槍はあっさりと矛先が斬られていただろう。
「やっかいな。ならば!」
槍を両手に持ち、柄を押し付けるようにカツナリが突撃する。
とっさにガントレットで受け止めたスターゲイザーへ、ひざ蹴りを叩きこむ。
「今であります!」
互いの距離が空いたことを確認した美空が、クローン部隊へ指示を飛ばす。
四方八方から降り注ぐ弾の雨。
直撃を受けた膝がスパークした。
「やめろ、やめろォ! こいつは俺の獲物だ!」
ヒューイが怒鳴る。
「ふっ、そう甘いことを言っていては、勝てるものも勝てないのであります」
そう言いながらも、美空は銃撃をやめさせた。
先ほど自分が言っていたように、試作機を失うわけにはいかない。このままでは、自ら敵の盾となりかねないヒューイの様子に、そうするしか方法がなかった。
「‥‥なんということは、ない。これで決着だ。いくぞ地球人!」
どう見てももはや限界。そんな状態のカツナリは、しかし立ちあがる。何世紀も、バグア戦争の時代よりもずっと昔、そのESと同名の猛将がいたという。
鬼日向。
そう、呼ばれていた。
朱塗りの槍を構え、鬼日向カツナリが突進する。
「GKはガイアキーパー。地球の守手だ。いくぞ侵略者ァ!」
カッターを閃かせ、スターゲイザーが飛びかかる。
勝敗は、分からない。
どちらが勝ったのか、など。
「ここまできてしまっては、試作機は諦めるしかないのであります」
互いの刃が交差すると同時に、クローン部隊が一斉に二機を砲撃、共に滅したからであった。
●空と大地の境界へ
「私だ。既にそちらも、知っているだろう。厄介なことになりそう、だ。が、後は頼むよ」
通信を切ったノリメタンゲレは、煙草に火をつけた。
敵の真の狙いがこちらでない以上、後は地上に任せるべきだろう。
余計なお世話かもしれないが、そう連絡を入れておいた。
別働隊の足止めへ向かったヘイルから、ある程度の戦果が報告されている。今のことを気にしても、仕方ない。
「さて、計画を進めねば。ここでは終われないから、ね」
帽子を少し深く被り、彼は自室へと歩いて行った。
コツ、コツ、と、靴音を鳴らしながら。