●リプレイ本文
●act1
日暮れも近い時刻。学校も放課となり、特に部活動もしていない学生は各々帰路に就いていた。
通りを歩く一人の女子学生。天羽 恵(
gc6280)だ。
ふと、路地裏の方で何かがちらりと見えた。少し覗きこんで、ハッと息をのみ、携帯電話を取り出す。震えた声を押し隠すことなんてなかった。
「お願い、すぐ来て‥‥」
友人を呼び出す。きっと、良いように取り計らってくれるだろう。
待ち人が来る前に、通りかかった者があった。和泉譜琶(
gc1967)、学生。
「どうかしたのですか?」
ガードレールに寄りかかり、ほんの少し青ざめた顔でじっと路地裏の方を見つめ続ける少女を、不思議に思ったのだろう。和泉は天羽に声をかけた。彼女は、答えない。その視線から、そこに何かあることは確かなようだが‥‥。
見た方が早い。和泉は天羽から目を離し、路地裏に踏みこんだ。
ゴゥンゴゥンと唸るエアコンの室外機。その陰に――。
「キャァァァアアアア――!!」
ナイフが腹に突き立った女性が倒れていた。
●act2
天羽の呼びだした友人が到着するより、騒ぎを聞きつけた周囲の人間が集まる方が早かった。
「ど、どうしたんですか?」
買い物に出ていた大学生、鏑木 硯(
ga0280)が死体に気づく。と、どさりとビニール袋が手から離れた。さらにビニールに包まれた生魚がでろりと顔を出す。
「まさか、ここはオリエント急行の車内だなんて事は無いよな」
ミステリ作家、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)。執筆に詰まり、気分転換の散歩の最中に遭遇。
額に薄く冷や汗が浮かぶ。
「由じゃないからね? ‥‥こんなこと、出来るわけない‥‥」
南桐 由(
gb8174)は、アニメグッズ及び同人グッズ販売店、アニマイトへ寄った帰り。その手提げバッグの中身は、決して他人には見せられないことだろう。
そこへようやく、天羽の呼びだした三日科 優子(
gc4996)の到着。
「け、恵、いったいどうしたん?」
「そこよ。見れば分か――」
「ひいぃぃぃぃ!」
天羽が言い終える前に全てを見てしまい、三日科は情けない悲鳴を上げた。相変わらず、と呟き、天羽はため息を吐く。
人は続々と集まる。美容師、リャーン・アンドレセン(
ga5248)もその一人だ。
「彼女が殺害された!? 一体何が‥‥」
死者は、彼女の常連客。間柄は親しく、この日もこの死者はリャーンの店を訪れていた。これから、うきうきとどこかへ出かけようとしていたのに。
問いかけても、死体は答えない。
そしてあと二人。
「‥‥殺人事件ですか!? まさか、なんと惨い」
「なんだ、事件か?」
通りすがりの八葉 白夜(
gc3296)。そして酔っ払いの龍零鳳(
ga2816)。
以上が、現場に集まった一般人である。
この事件、犯人はいったい誰なのか。間もなく、論の幕が開かれる。
●act3
「硬直具合から、死後二時間だな‥‥」
「その時間は部屋で本を読んでいましたね。特に怪しい人影も‥‥」
鑑識、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)の検死により、被害者の死亡時刻が割り出される。八葉がすぐさま自分のアリバイを主張し、それは他所から証人が現れることで確証を得た。
調査によると、鏑木は推定犯行時刻に授業はなく、和泉の、また天羽や三日科の通う学校も、この日は学校で行われる行事が近いということがあり、その時間帯に学校から出ることも許されていた。
リャーンもその時間は休憩時間中。だが、彼女の同僚が、リャーンが店内にいたと証言しているため実行犯としての容疑者からは外れる。
「この様子だと、この中の誰かが犯人である可能性が高いな。その証拠については、機密のために公開は出来ないが」
死体は然るべき施設へと運ばれ、代わりにチョークで人型が書かれた。
「なななな、なんでウチがこんな事に巻き込まれないといけないん。うううウチはちゃうよぉ!」
犯人はこの中にいる。お決まりの言葉にダバダバと涙を流してユーリの袖を引っ張ったのは三日科だ。
「ウチな、これでも高校生探偵やねん。自称やけど。だからウチちゃうよ、ウチちゃうよぉ!」
「探偵か。奇遇だな、我も探偵だ。情報収集なら、任せてもらおう」
そう言い、龍はここに集った一同をぐるりと見回した。さて、誰を調査しようか。と。
今日中に犯人を見つけられないと、何かの拍子に逃げられてしまう可能性もある。あまり時間をかけてもいられない。
丁度、バッグを隠すように持っている南桐が目についた。
「汝、そのバッグの中身は?」
「由‥‥なにも‥‥隠してないよ」
そう言って後ずさったのだから、なお怪しい。
「何も隠していないなら、見せられるだろう?」
「すまないな、見せてもらうよ」
ぶんぶんと頭を振る南桐だったが、捜査に必要なものがあるかもしれない。ユーリが警察の権限で迫ると、本当に必要のないものだから中身については口外しないことを条件に、南桐はバッグを差し出した。
「こ、これは‥‥!」
赤面。すぐにバッグを閉じ、ユーリは慌てて持ち主へ返した。
一つ大きな咳払い。
「とりあえず、これは事件には関係ない!」
そう言われると余計に気になる。が、しかし関係ないという以上今調べるのも時間の無駄だ。
ともかく、犯人はこの中にいる。それはどうも間違いないらしい。
ならば。
「なぁ、被害者のはナイフ刺さっておるんよな? つまり、相手に気が付かれる前に殺したか、普通に出会っても警戒されない外見やったっちゅーことやないやろか?」
探偵を自称した三日科は、すぐさま動き出した。
先ほどのビビりようは本物だったようで、まともなことを言っている割に現場の方を見ようとはしない。
「ということは犯人はリャーンね。さっき自分で言っていたもの、被害者と親しかった、と」
そう推理したのはアンジェリナだ。リャーンは目の色を変えてすぐに反論する。
「何故だ! 私のアリバイなら、ほぼ証明されたようなものだ。それに私には動機が――」
「それより先に自分のアリバイについて述べるところが怪しいな」
「な――っ!」
アンジェリナは反論の隙を与えない。
「それにあなたが彼女と親しかったことを示す証拠は何一つない。逆に、親しかったとしても、それはあなたに動機が生まれる可能性もあったことを示す。さぁ、どうなの?」
「待ちな。確かに時間は惜しいが、そこまで急ぐこともねぇ。もう少し考えてみようや」
一気に追い詰めようとしたアンジェリナを龍が制す。
ふん、と鼻を鳴らした彼女が引きさがる。
議論を続けよう。続けた龍に、今度は和泉が口を挟んだ。
「あは、探偵なら、ここにもう一人いますよー。あ、警官さん、こういうのはあれですよ、カツ丼! もちろん、警官さんのおごりで!」
「え、え‥‥?」
困惑するユーリを他所に、またアンジェリナが嗤った。
「ふむ、では聞かせてもらおう。あなたの推理を」
推理だなんて。和泉は苦笑する。
まだ証拠も何も出揃っていないのだ。
が、推論ならば、言える。
「怪しいのは四人。まず、バッグを必死に隠そうとする南桐さん」
「‥‥由、これはプライベートなものだから、見せたくないだけなんだけど‥‥」
「バッグが関係ないことは、俺が保証しよう」
ユーリの擁護に遭い、ふむ、と和泉が唸る。南桐を指名した理由は本当にそこだけだったのか、和泉は次の指名へと移った。
「それから、発言の少ない鏑木さん」
「え、俺!?」
「ふふ、どうせ余計なことを言ってボロを出さないようにと黙っているのでしょー?」
「そんなこと‥‥ない、と思います」
何故か自信のなさそうな態度にニヤリと笑んだ和泉が、鏑木にビシリと指を突き付けた。
「その態度! 全てが分かりました。犯人は――」
「ちょっと待ちぃ」
待ったをかけたのは三日科だ。
「そらまだ早いわ。他の二人について聞かせてもろてからのがええんちゃう?」
まぁ、と呟き、和泉は手を引っ込めてごほんと咳払い。
「他の二人は、天羽さんと、ずばり、三日科さんです!」
「あら、私?」
「うううウチちゃうわ!」
「お二人は同じ学校。それにご友人だとか。つまり、互いに示し合わせておけば、二人そろってアリバイを作ることが出来るのです!」
「どうでしょう」
顎に手を当てて口を開いたのは八葉。空を見つめ、ふ、と息を吐く。
「それを言ったら、私のアリバイも同じ理由で崩れる。証人というもの全てを排除しては、辿り着ける真実にも、辿り着けません」
「しかし、彼女らの場合は互いに容疑者候補。仮に、一方がクロだったとして、友人だからと嘘の証言で互いのアリバイをでっちあげる可能性も、ある」
「なるほど、じゃあ、二人が犯人ということですか?」
「ミステリ小説では白けるパターンだがな」
アンジェリナの展開した論に、鏑木が同意する。
「け、警官さん、調査資料見せてや!」
身の危険を感じ、三日科がユーリの袖を引っ張る。
まぁ、探偵を自称するのだし、構わないだろう。ユーリは警察が聞いて回った証言や証拠などをまとめた手帳を三日科に見せてやった。ただし、あまり情報を開示しすぎると上司に怒られる可能性もあるので、一人の人物の項目に限る、という条件付きで。
目を落とし、ふむと頷いた三日科が顔を上げた。
「ウチのことは言わん。けどやっぱり、恵はシロや。間違いない。ここにまとめられた証言、ウチのもんは抜きにしても、どう考えたってアリバイが完璧や」
「あら、そうなの?」
ふ、と天羽が笑む。
「では、我も見せてもらおう。酔いどれの龍と言や、ちょっとは有名なつもりなのでな」
同じ条件で、龍も手帳を見せてもらう。もちろん、見せてもらうページは三日科とは違うが。
「待って。‥‥由を、調べて。犯人がこの中にいるのなら、ピンポイントで狙っていくより、確実なシロを割り出した方が‥‥」
口を挟んだ南桐に、しかし龍は首を振った。
「そういうのは信用出来なくてな」
パラ、とページがめくられる。そして、結果。
「‥‥アンジェリナ。汝は、シロだ。これは間違いないだろう。あらゆる証言がそう物語っている」
「ほう‥‥?」
「じゃあ、犯人候補は探偵さんである人やほぼ確実にシロが決まった人以外。シロである確証が持てる人でもないと、手帳は見せないだろうから‥‥。えと、和泉さん、南桐さん、あと俺。‥‥俺も候補だって!? どどどどうしよう!」
口元をゆがめるアンジェリナの横で、鏑木が頭を抱える。その取り乱しようは、どことなく将来を心配させるものがある。
「嘘や」
唐突に挟みこまれる三日科の一言。
「恵のページを見たというんは、嘘や。ちょっと、カマかけてみただけや。もし恵が犯人なら、あんな安心したような表情はせん。拍子抜けするはずや」
「じ、じゃあ、一体誰を?」
鏑木の相の手。
「ずばり由、あんたや!」
ビシッと音が鳴るほどの勢いで突きつけられる指。
冷や汗を流し、南桐が仰け反る。
「あんたこそが犯人や。間違いないで」
「‥‥帰りたいんだけど」
ふ、と目を逸らして南桐が呟く。
「ほう、言い訳しないか」
ギラと目を光らせたのはリャーン。
被害者と親しかっただけあって、その仇をとりたい、犯人を見つけたいという気持ちは人一倍だ。
特に南桐の反応はない。
「あの、譜琶さん、探偵さんには手帳を見せてくれるようですし、あなたも見せてもらってはどうでしょう」
「残念だけど、流石にこれ以上見せたら怒られてしまうな」
鏑木が提案したが、ユーリはバツが悪そうに頭を掻いた。
「まぁ、私が探偵さんだっていうのは、嘘ですからねー」
「えぇ!?」
和泉の暴露(というほどでもないが)に、一々鏑木が驚く。
「しかし、はたして本当に南桐が犯人だろうか」
「どういうことでしょう?」
異を唱えたアンジェリナに、天羽が先を促す。
「仮に、南桐がこの事件が関与していたとして、彼女が実行犯であると断定するには、早い」
「確かに、この事件には共犯者がいた可能性は十分ありえる」
ユーリが補足する。
くく、と笑ったのは三日科だ。
「そうかもしれんな。実際、ウチが見たのは由でもないねん。今度こそ正真正銘、ウチが見たのは硯のページや。結果はシロやった。いや、シロでなくとも、そうやって揺さぶりをかけるつもりやってん」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げたのは龍だ。
「二転三転して、そうころころ言い分が変わっては信用出来るものも、出来ないだろう」
至極尤もだ。
それでも、三日科は強気に出る。
「いや、それでも南桐が犯人や。まず、共犯者がいたとしたら、それは‥‥」
視線が和泉に向けられる。最初に探偵だ、などと言っておきながら、あっさり引き下がった。そして、滅茶苦茶な論の展開。場をひっかきまわし、論をあらぬ方向へ持っていこうと考えていた可能性が高い。
それに対し、異論を唱える人物は特にいなかった。
「ウチを探偵だと信じるなら、シロの可能性が極端に低い人物。つまりふわ、由、恵。でもさっきの反応から、恵はクロとは思えないんや。そして、ふわは実行犯やなさそうや」
三日科を探偵だと信じる、ならば。
「‥‥由は、信じないよ」
「当然やろ」
「悪いが、私も信じない。むしろ、三日科が天羽を庇っている。そうも見える」
論に載らなかったのは、指名された南桐と、アンジェリナ。
「天羽か、南桐。二人に一人ですか」
八葉が顎をつまむ。
「とりあえず、今日は一人を署へ連れて行き、詳しく調べる。誰を連れていくべきか、選んでもらいたい。場合により、数日間拘束、そのまま逮捕になるだろうけどな」
●act4
南桐、アンジェリナが天羽を指名したのに対し、他の面々はそろって南桐を指名した。
「‥‥いいですよ‥‥由を逮捕しても‥‥時間の無駄‥‥」
パトカーに乗せられてゆく南桐は、笑っていた。自信に満ち、全てを嘲笑うかのように。
「これで、終わったんですね‥‥なんだか、可哀相な人‥‥」
その様子を見ながら、天羽が呟く。
誰かが呆けたように、あぁ、と漏らした。
天羽が去ってゆく。その後を、和泉がそっと追った。
「あの、もしかして‥‥」
「ありがとう、助かったわ」
にや、と、天羽の口元が吊りあがる。
「本当に可哀相‥‥冤罪なのにね」
やっぱり、と和泉は呟く。
「市民の皆さんの民意で、捕まってしまったのですから仕方がありませんよねぇ」
二人のクロは、夕暮れと共に姿を消した。彼女らの勝利と共に。
●act5
「以上が、今回のゲームの結果だ。探偵だったのは龍に三日科。クロは天羽、共犯者が和泉だった。結果は、シロ側の敗北。なかなか面白かったな。機会があれば次もやるか」
報告書をまとめながら、ランクは一人呟いていた。
「カツ丼十人前、五千Cか‥‥」