●リプレイ本文
●そのキメラ、逃走
ICに陣取っていたキメラは、ギラリと目を光らせた。遠くより聞こえるエンジン音。耳をひくひくさせて、辺りの様子を窺う。
「初めての依頼‥‥みんなに迷惑をかけない様に一生懸命頑張るぞ‥‥」
バイクにまたがり、呟くようにして自らに喝を入れたイレース(
gc4531)はハンドルを捻って速度を増した。
「新人でも、出来ることはあります!」
そんな彼女の呟きを聞いたのか、そうでないのか。セラフィム・トリニティ(
gc4440)が、同じくAUKVを加速させる。
視界には、既に撃破対象となるキメラが見えている。それは相手にとっても同じだった。
地鳴りのするような咆哮を上げたと思いきや、キメラはくるりと反転。高速道路を逃走しだした。
「見えたッ!彼奴がバグア・キメラ・チーター!バ・グ・キ・バグキ・チーィッター♪でござるか!」
キメラに謎の略称をつけたフェリア(
ga9011)のテンションは、高い。購入してから1年弱。今まで全く使う機会のなかったバイクを乗り回す機会をようやく得られたのだ。気合は十分である。
次々とICを抜け、高速道路へと入る傭兵達。キメラの速度は恐ろしく、その時点で互いの距離は大きく離されていた。
「速さ自慢らしいけど‥‥ドラグーンの方が速いって事を知りなさい!」
セラフィムが叫び、さらに加速する。
「好き勝手やった挙句やり逃げたぁ、いただけねぇ野朗だ。ツケはキッチリ払ってもらうぜ、クソッタレ!」
同じくドラグーンのエリノア・ライスター(
gb8926)が叫び、先を行くセラフィムを追い越した。
「調子はイイ。ドローム製にしちゃ、まぁまぁ悪くねぇ!」
先日リリースされたばかりのAUKV「アスタロト」はなかなかの性能を発揮しているようである。
「あ‥‥、ま、待ってください!」
置いてきぼりを食らった安原 小鳥(
gc4826)もバイクのハンドルを捻った。イレースもそれに続く。
彼女らがキメラの後ろにつくが、しかし、そこから先へ抜けることが出来ない。
「抜けなきゃ、ならないのに‥‥」
イレースの手に汗が滲む。複数名でキメラを追い抜き、反転して、後続と挟み撃ちにする作戦が採用された以上、ここで手間取るわけにはいかなかった。
「‥‥触れるものを傷つけて、走り続ける獣ですか。‥‥嫌でも走って頂きますよ‥‥地獄までね」
峰閠 薫(
gc4591)がAUKV「ミカエル」の速度を上げ、キメラの背後につけた。その間に安原、エリノアがキメラの横へ並んだ。
「さぁ、DN−01「リンドヴルム」、あなたに魂を吹き込んであげましょう」
猛烈な勢いで差を詰めてきたのは雨守 時雨(
gc4868)だ。ハンドルを片手でしっかりと握りしめ、SMG「ターミネーター」を構える。
その様子を見た安原も、小銃「WI−01」を取り出した。
二丁の銃が、一斉に火を吹く。
放たれた弾丸はキメラの背を掠り、一瞬スピードが緩んだ。
「おっと!?」
「フレンドリーファイヤなんて洒落にならんですぞー!?」
真後ろにいた峰閠とフェリアが、急に失速したキメラが眼の前に迫ったことで慌ててハンドルを切った。峰閠は転倒こそしなかったものの、バランスを立て直すために一度停車する。大きく出遅れた。対し、フェリアはやや不安定になりながらも速度を保っている。
だがキメラが走り続けている以上、止まっているわけにもいかない。セラフィム、エリノア、安原、イレースの四名はキメラを追い抜く。好機と見たエリノアは、ブーストを起動させてさらに飛び抜けていった。
「タリホー♪戦闘開始ね」
唯一車を持ち出したマリオン・コーダンテ(
ga8411)が追いつく。バイクに比べて車体大きい車では、ICを抜けるのに少々手間がかかっていた。
「こーいう時って右ハンドル車はありがたいわね」
日本製の車、インデースは右ハンドル。マリオンは右利きなため、キメラの左側に並ぶことで楽に射撃が出来た。
足元に銃弾が食い込み、キメラが回避のために踊る。
「貴様が傷付けてきた人々の痛み、その毛皮で思い知るがいいッ!」
そこへ突撃をかけたのは、フェリアだ。バイクにくくりつけた名刀「国士無双」が閃く。
刃がキメラの肉を裂いた。しかし。
「ぬおぉぉおお!?」
「フェリアさん!」
その距離は、零。キメラも黙ってやられることはなく、切り口から血を撒きながらフェリアへと体当たりをしかける。転倒しかけたフェリア。片足を踏ん張り、バイクでコンパスのようにぐるりと円を描くことで最悪の事態は免れた。
彼女と並走していた雨守が思わずスピードを緩める。が、状況を判断すると「ここは何とかしますんで、お願いします」と叫ぶように呼びかけ、また速度を上げていった。
「皆、準備はいい?」
一度攻撃を中断し、車にセットした無線機へと声をかけるマリオン。エリノアが「バッチリだ!」と答えたのを確認し、再びハンドガンでキメラを牽制する。
疾走するキメラ。しかしその先では、4名の傭兵が待ち構えていた。
一歩前へと歩み出るエリノア。アーマー形態となったそのAUKVがバチバチとパルスを走らせ、手に握られた超機械「トルネード」が振り上げられる。
「喰らいやがれッ!!シュツルゥムヴィントォォオ!!」
キメラを取り囲むように竜巻が発生。この機に乗じ、他の3名も一斉に火力を集中させた。
弾幕に苦しむキメラ。イレースのハンドガンから放たれた弾はキメラの肩へと突き刺さり、セラフィムの弾丸がその片目を潰した。
それも、エリノアのトルネードと、安原の小銃によりキメラの動きが大幅に制限されていたからこそだろう。
傷ついたキメラ。勝利は目前のように思われた。
●そのキメラ、反転
「峰閠様、聞こえますか? キメラが反転いたしました。迎撃をお願いいたします」
猛攻を抜けだしたキメラはその場を反転、元きた道を逃走し始めた。これを見た安原は、またがったままだったバイクのハンドルを握り、誰よりも早く飛び出していた。
「シフトチェンジ。これより当班が迎撃態勢に入ります」
峰閠の返事が帰ってくる。
聞き届けたマリオンはギアを素早く切り替え、華麗なUターンを見せた。エリノアが口笛を吹いて感嘆する。
高速道路を疾駆するインデース。安原に並ぶと同時に、マリオンが再びハンドガンでキメラを牽制した。
キメラが失速する。決まったか、と誰もがほくそ笑んだ瞬間だった。
「‥‥!?」
ぐっと姿勢を低くしたかと思うと、そのキメラは跳躍していた。着地したその先は、マリオンの駆るインデースのボンネットだ。
ギラリと光る爪。いかに傭兵が用いるものとはいえ、車ではキメラの一撃には、耐えられないだろう。
車体をぐらぐらと揺らし、マリオンはキメラを振り落とそうと試みる。しかしキメラはしつこくしがみついていた。
嫌な汗が背中を伝う。早くなんとかせねば、キメラにやられるのはもちろん、前が見えず何かに激突する可能性だってあるのだ。
「さて、悪戯が過ぎたようですね」
突如、静かな声が聞こえた気がした。
「その代価ここで払って頂きましょうか」
同時に、キメラが吹き飛ばされた。
インデースが走る横を、リンドヴルムが走り抜ける。
すれ違い様、雨守がキメラを撃ち落としたのだ。
九死に一生を得た。マリオンは一つ息を吐くと大声を上げる。その辺で用意しようと思っていた無線機が手に入らなかったのだから仕方がない。
「ちょっと、あたしまで撃っちゃったらどうするつもり?」
「すみません、夢中で」
互いに苦笑交じりの言葉が交わされた。
「まだ起き上ってきます!」
セラフィムが叫ぶ。
「しつけぇな!」
距離を詰めたエリノアがAUKVをアーマー形態にし、再びトルネードを放った。飛びずさったところへイレースが銃撃し、安原、セラフィムがその足を狙う。
苦悶の咆哮を上げて、キメラが身をよじった。
「‥‥さあ、悪役は退場です。大人しく肉塊に還りましょう」
追いついてきた峰閠が駄目押しとばかりにフリージアの弾丸を叩きこむ。その身に食い込む弾が、キメラの命を確実に削る。
まさに、虫の息。残った片目も、流れる血によってほとんど見えていないことだろう。
それでもキメラは、その毛皮を朱に染めて、立ち上がる。肢体を震わせながらも、まだ、立ち向かおうと。
「う‥‥っ」
思わず安原とセラフィムが目を逸らした。お嬢様として生きてきた彼女らにとって、血だるまとなりつつもまだ立ち向かおうとするキメラの姿は、見るに堪えないものだったろう。
その様子をちらと見た峰閠。ならば自分が、とばかりにフリージアを構える。
――そこへ。
「役者はまだそろっておりませんぞぉぉおおお!」
エンジン音をけたたましく響かせ、猛烈な勢いで迫る幼女があった。
名を、フェリア。国士無双の兵なり。
バイクにくくりつけられた国士無双。そして、その手に握られたもう一本の国士無双が光る。
立ちはだかるキメラは、ボロボロながらもフェリアを見据えていた。そして、駆けだす。
すれ違い様。空を裂く爪。閃く刃。
フェリアはバイクから投げ出され、キメラはどうと倒れた。
「‥‥!」
とっさに大地を蹴ったイレースが、少女を受け止める。
もはやキメラは立ち上がってこない。今度こそ、キメラの息の根は止まったのだ。
●戦いの後に
「‥‥与えられた力を振い、その使命に従う事でしか価値を証明出来ない、獣‥‥」
チョーカーにつけられた千切れた鎖を握りしめ、峰閠は呟く。今回のキメラに、何か思うところがあるのだろう。しかし小さく頭を振り、鎖から手を離した。
「皆さん、本当に‥‥ありがとうございました。その、仇を、とってくれて‥‥」
己が仇を討つといきり立っていた若者が、どこか悔しげに礼を述べた。
「仇なんざ知ったことか」
くさくさした表情の若者に、これでもかとめんどくさそうな顔をして見せ、エリノアが言う。
「キメラならブッ倒すだけだ。だが、テメーはしっかり生きろ。それが残された奴の義務だ。粗末にすんなよ」
が、すぐ表情を崩し、若者の胸を叩く。
一瞬瞳が揺れた若者だが、しかし、返事はしっかりと、力強いものだった。
「ともあれ、初戦としてはこんなところですかね」
「‥‥うん」
雨守、イレースが初めての依頼を振りかえっていた。
今後傭兵として活動していく上で、今回の経験は貴重なものとなっていくだろう。
彼らは、武器を握った己の手をしばらく眺めていた。