タイトル:【SL】虎馬銘菓試食会マスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/20 22:44

●オープニング本文


 トラウマメイカー。そう呼ばれるお菓子屋があった。
 その名も、「虎馬銘菓」である。ちなみに読みは「こまめいか」なのであるが、そのまま素直に読まれないのには、想像に難くない理由があった。
 以下、虎馬銘菓で実際にお菓子を買った人々の声である。

「俺は羊羹を買ったんだ。小倉羊羹だぜ。でもな、見た目は普通の羊羹なのに、食ったら山葵の味がしたんだ! くぅ、涙が出てきたぜ」(男性/学生)
「私は最中を買ったのよ。噂に聞いていたから半分に割ってみたら、中身は餡子だったわ。でも実際に食べたら納豆の味がしたのよ! 粘ってたわよ、ものすごくねっばねばだったのよ!」(女性/OL)

 このように、虎馬銘菓はある意味で大評判となっている。
 その店長、練馬虎雄。いったいどんな製法でお菓子を作っているのか。それは、彼と彼の雇う職人にしか、分からない。
 さて、虎雄は目前に迫ったあるイベントのためにと、用意していたものがあった。
「さぁ、バレンタインが迫ってきたぞということで、うちの店でも、それに合わせてチョコを販売したいと思う」
 用意されたのは三種類のチョコレート菓子。銘菓店なのに、という突っ込みは、野暮だ。
「まずこれは、名付けてチョコ大福。餡の代わりにチョコ(のような何か)を詰め込んだ一品だ」
 皿の上にちょこんと乗る大福は、やや大ぶりで確かにパッと見普通の大福のように見える。
「そしてチョコどら焼き。やっぱり餡の代わりにチョコ(っぽいもの)を挟んである」
 なるほど、確かに見た目はどら焼きのようだ。
「最後はこれ。チョコ羊羹。チョコ(かもしれないもの)を練り込んで作ってあるんだ」
 色が色だけに、どこから見ても普通の羊羹である。
「しかし困った。様々な事情から、この三つのうち、どれか一つしか販売できないんだ。そこで、諸君の出番、というわけだよ」
 そう、傭兵がこうして集められたのは、そういうわけなのだ。
 要は、試食会。これらを試食し、実際に販売するものを選んでほしい、というもの。
 練馬虎雄。傭兵を勘違いしてやいないだろうか。

●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
高梨 未来(gc3837
19歳・♀・GD
桃代 龍牙(gc4290
32歳・♂・CA
グリフィス(gc5609
20歳・♂・JG
マリンチェ・ピアソラ(gc6303
15歳・♀・EP
メルセス・アン(gc6380
27歳・♀・CA

●リプレイ本文

●虎馬銘菓事前評価
 本報告書が、依頼を受けた諸君の手元へ届く、また本部に掲載される頃には既にバレンタインは終わっているであろう。しかし本報告書の扱う依頼はバレンタイン前に遂行されたものである、と前置きするものである。

 さて、この度虎馬銘菓へやってきた傭兵達なのだが、店の評価を知る者、知らない者とで大別される。
「‥‥ここのお店、怪しい噂をたくさん聞いたけど‥‥大丈夫なのか?」
 知る者、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)。自身、菓子作りを趣味とするだけあり、下調べはばっちり。この銘菓店への怪しい噂もリサーチ済みのようだ。
 えぇ、大丈夫じゃありませんとも。怪我したその体に染みすぎないことを切に祈る。ともあれその辺は後ほどゆっくりと。
「虎馬銘菓、どっかで見たことある気がするけど、気のせいかな?」
 名のみ知る者、桃代 龍牙(gc4290)。半ば甘味の情報収集を趣味とする彼だが、情報を集め過ぎて個々の情報に深くはない様子。記憶に名前は引っかかるものの、肝心のどんな店だったかまでは思い出せないようだ。
 そのままでいた方が絶対に幸せだった。筆者はそう主張したいものであるが、やはりそれも後に譲ることとする。
「‥‥もしかして、とんでもないところに来てしまったのではないだろうか」
 知ってしまった者、メルセス・アン(gc6380)。不幸にもユーリや桃代の呟きが耳に入ってしまったために、抱えなくても良かった不安が胸に宿ってしまった。可哀そうに。
 以上3名が、知る者に含まれる面々である。その恐怖と不安を胸に、是非戦々恐々としながら試食に当たっていただきたい。
「お菓子さんの食べ放題と聞いて♪」
 知らない者、高梨 未来(gc3837)。筆者からそんな貴女に贈る言葉はこれしかあるまい。
 いや、ちょっと違うよお嬢さん。
「楽しいお仕事で嬉しいナ」
 やはり知らない者、ラウル・カミーユ(ga7242)。えぇ、楽しいお仕事になるとイーデスネ。
「お菓子の試食なら楽しそうだな」
「試食って事は、一番乗りよね? 楽しみ♪」
 グリフィス(gc5609)、マリンチェ・ピアソラ(gc6303)もやはり知らない者。
 皆お菓子の試食を楽しみにしてきたのね。あぁ、可哀そうに。
 知らない者、というより、知ろうとしない者もいる。旭(ga6764)がそうだ。
 何かを試す、とりわけ楽しそうだと思えることに関しては下調べしない。その方が新鮮な驚きを味わえるというもの。そう、新鮮な、驚きを。

●虎馬銘菓試食会 大福の変
「やぁ、よく来てくれた。早速試食会といこうじゃないか」
 練馬虎雄。この虎馬銘菓の店主が、今年のバレンタインにと用意した品の1品目、チョコ大福を人数分持って現れる。見た目はごく普通の大福。強いて言えば、若干黒い。きっとチョコが入っているためだろう。
 今回試食するのは全部で3品であるが、どうやら1品ずつ順番に出てくるようである。これは、全部を出して自由に試食してもらったのでは様々な品の感想が一気に漏れる可能性を考慮し、意見をまとめやすくしようという店主の簡単な工夫であった。
「一番乗りは俺だ!」
 試食一番乗りは、グリフィス。続いてマリンチェ。試食前の勢いそのままにもさっと一口。
 反応は‥‥、
「‥‥‥‥ゲァッ!?」
 沈黙。そこから徐々に肩がブルブルと震えだし、崩れ落ちた。とっさにミックスジュースを口に含むグリフィス。
 これで落ちついたのなら、幸せ者だ。
「ーーーーー!!!!!!!」
 マリンチェの方は口を押さえて厨房へ猛烈ダッシュだ。直後聞こえる水音。厨房の水道を借りたのだろう。
「あたし‥‥い‥‥今なら火を吹ける気がするわ‥‥」
 ガバガバと水を飲みながらそう漏らす彼女は、その後5分経っても戻ってくることはなかった。合掌。
「だ、大丈夫かな」
 マリンチェが駆けていくのを目で追いながら大福を一口でまるごといったのはラウル。実に果敢であるが、こんな言葉を聞いたことがあるだろうか。
 勇気と蛮勇は、違う。
「‥‥‥‥!!」
 無言で突っ伏しゴロゴロとその場を転げまわるラウル。あぁ、世の中って無情なのね。
「お茶、お茶大盛りで下サイっ!!」
 辛い物が大の苦手な様子。先のマリンチェの反応からも分かる通り、この大福、激辛なのだ。
「あ、お茶ね。はいどうぞ」
 にこっと笑んで店主虎雄が熱々の茶を差し出す。
 辛さを紛らわすためグッと含んだ彼の反応は、想像に難くないだろう。
「アッ――――!!」
 強く、生きてください。
 その時、同じく床を転げまわる者がいた。
「ブ――ッ、ゲホッ、アァガハッ」
 ユーリ・ヴェルトライゼン。あまりの辛さに悶絶、口内だけに留まらず、喉や胃までも、何本もの針で刺されたような痛みに立ちあがることも出来ない。
 バタバタともがいて、やがてふと動きが止まる。
 流石に不安になった店主虎雄。顔を覗きこんで安否を確認する。
「‥‥止め刺されるかと思った‥‥」
 女性もうらやむ雪の肌を真っ赤に染め、こぼれる涙と唾液を拭う気力もなく、彼はそう呻いていた。
「っ!?」
 ☆(◎△× )!?!
 思わずそんな表情になって口を押さえた高梨。恐るべき激辛。随分昔の少女漫画のように、目から星が飛び出す。しかし彼女も女の子。思わず吐き出してしまうような、下品な自体には至らなかったものの、
「蹲るどころの話ではないです‥‥」
 だそうで。
「なんだ、意外とフツーなのだな」
 周囲の反応に戦慄を覚えながら、メルセスが大福を手に取る。見た目に、問題はない。何か特別なものが見つかると思ったが、そういう様子もなさそうだ。
「新作の試食とか、難しいことは分からないが正直な意見を言わせて貰うよ」
 そう言いながら、メルセスと同じタイミングで桃代が大福を口に含む。
 彼、桃代の反応は先にマリンチェがあと一歩で到達できなかった、ソレだった。
「がぁぁ――ッ!」
 ぐつぐつと煮えたぎるものが腹からこみ上げ、開口した瞬間、今まで人類が会得し得なかったものを発揮した。
 ファイアブレス。
 ファンタジーゲームなどでドラゴンがよく使う、あれだ。
「みず? ってかねぇ!」
 用意しておいた水に手を伸ばすも、そこにあるはずのものが、ない。
「ぷは‥‥ゼェゼェ‥‥なんだ‥‥これ‥‥は」
 犯人はメルセス。危うく彼女もファイアブレスを習得するところだったようだ。
 未だヒリヒリとする口を押さえぐらつくメルセス。だが本当にやばいのは、桃代の方だったようで、彼は厨房へ猛烈にダッシュしていった。
 その中にあって最も平静でいられたのは旭。
「でもこれは、お酒と一緒にならおいしく食べられそうだね」
 笑顔で、熱いお茶を口に含む。と、そこだけ記せば彼が超絶辛党のようであるが、彼の全身から噴き出るおびただしい量の汗を見れば、理性が繋ぎとめたギリギリの反応だったことが知れるであろう。

●虎馬銘菓試食会 どら焼きの変
 恐怖の激辛大福の試食から10分の休憩の後、続いて出されたのはチョコどら焼きと銘打たれた、どら焼きのような何か。
 先の件もあり、試食会参加者一同、警戒レベルはMAXだ。
「どうしたのかな、試食しないのかな?」
 しないのかな? ではない。出来るか、こんなもん。
 いや、しかし勇者はいたのだ。
「チョコさんがはみ出てて、美味しそうです♪」
 マジですか、高梨さん。
 が、筆者の突っ込みも制止も、過去の、別の場所までは届かない。ハムッと一気にいった高梨さん。さぁ、どんな反応を示したかというと、
「ほあ〜♪♪♪」
 とほっぺを押さえる。
「ちょっと甘過ぎな気もしますけど、美味しいのです」
 どうやら、甘いようだ。
 これを見て少しは安心した面々。順々にどら焼きを手にしてゆく。
「あれ、旨いかも、この甘さがなんとも言えず?」
 桃代さん、その感想が、舌の麻痺によるものでないことを切に祈る。
「うまい! うますぎる!」
「ん? 普通に美味しいじゃん。僕、これ好きー♪」
 さらにグリフィス、ラウルからもなかなかに好評。甘さは無敵だとでもいうのか。
「あー‥‥うん‥‥でもまあ‥‥辛かったりよりは‥‥マシ、なのかなぁ‥‥?」
 だが、そうでもなかった。先ほどの大福がよほど強烈だったのだろう。マリンチェの舌は、もはや味覚が正常に働いていないに違いない。
 味の感想に自信がなさそうなのが、その根拠として十分だろう。
 一方、こみ上げる胃酸と格闘しつつ悶絶する者もいた。
「‥‥甘いにも、限度ってものがあると思うぞ?」
 怪我も忘れるような甘ったるさ。脳みそまで麻痺しそうな感覚にまたもダウンするユーリ。
「あっ‥‥」
 先の大福での無理が祟ったか。その笑顔を顔面に張り付けたままばったりと倒れた旭。完全に気を失っている。南無‥‥。
 膝からがっくりいったのは、彼らだけでない。
「ぐ‥‥ぅ‥‥」
 メルセス。彼女もまた、涙を飲んでの試食となってしまった。
「私は‥‥私は何故、今『地獄』にいるのだ‥‥?」
 哀れそんな呟きへの答えなど、誰も持ち合わせていない。

●虎馬銘菓 羊羹の変
 メルセスが言ったように、人によっては地獄とも言えるようなこの依頼。
 次に出されたこの羊羹。激甘だったどら焼きをさほど苦もなく食べれた面々にとっては若干の期待も出来たのだが、そうでない人間にとっては何とかして試食を回避したいところである。
(このままでは私は死んでしまう‥‥!)
 そして、それを実行に移したのは、他でもないメルセスだった。
「‥‥ちょっと用を思い出した」
 まさかの逃走。虎馬銘菓の出入り口に立ったかと思ったら、次の瞬間にはその場から消えていたのである。誰かが追う隙も、追いかけるような気力を持ち合わせている人間も、なかったのだ。

 さて、改めて羊羹の試食だ。
 先に手を伸ばしたのはラウル。
 ここまでくると、最早諦めの境地である。
「‥‥ビタミンC!? あ、いや僕何言ってるんだか、ちょと待って、ってすっぱいってばぁぁぁ!!」
 絶叫するのも無理はない。恐るべき酸味。梅干しも真っ青なすっぱさに、ラウル撃沈。ガシガシと柱に額を打ち付け、どうにか舌を這う不愉快な味を忘れようとするが、なかなかそうもいかない。
「すっぱい‥‥ような気がするんだけど‥‥良く判らないな」
 ユーリの舌はもはや稼働を停止してしまったようだ。ラウルが素直な反応を示さざるを得なかったほど強烈な味を、ほんのうっすらとしか感じ取れなくなってしまったようだ。可哀そうに。
「‥‥」
 さぁ、今まで笑顔で食べ続けた旭。どうにか意識を取り戻したようで、無言のまま羊羹をパクリ。
 いつの間にか笑顔が消えている。凍りついた表情のまま、無心に羊羹を口へ。
 そして全てを食べ終えた時。
 メルセスが開け放したままだったドアから、人の眼には捉えられない速度で飛び出していった。
 遂に耐えられなくなったか。アーメン。
「アッ――!!」
 形容しがたい叫び声を上げてぶっ倒れるグリフィス。あの旭でさえも逃げ出したのだ。当然だろう。
「にょー!?!?!」
 やはり奇声を上げたのは高梨。先のどら焼きは美味しくいただけただけに、その差が激しく、ショックが倍、いやそれ以上。涙まで溜めて可哀そうに‥‥。
「‥‥うん、間違いなくすっぱい?」
 桃代さん、それは問題です。大問題なんです。
 桃代さん? 桃代さーん!?
 駄目だ、感覚まで麻痺してやがる。
「‥‥‥‥〜〜〜!!!!」
 誰もがおかしな反応を示す中、まともなリアクションを期待するのも野暮な話。
 当たり前のように、マリンチェも声にならない叫びをあげようにも、しかし、口が開かない。
 酸味。ある意味、辛さよりも強敵だったのかもしれない。

●虎馬銘菓試食会 投票
 逃走したメルセスを旭が連れ戻しようやく煉獄の試食会は終了。バレンタインに何を販売するかの投票へと移った。
「多数決で決めようと思う。今回最も票を集めたのは‥‥チョコどら焼きだ」
「ど こ が チ ョ コ だ !」
 甘味に悶絶した面々が声をそろえて訴えた。が、練馬虎雄にしてみればそれこそ褒め言葉。うんうんと嬉しそうに頷いているところが憎らしい。
 今回どら焼きが選ばれたのはそれも当然のことで、一部の超甘党にとっては美味しくいただけるからだった。
 だがこの中にあって、1人だけ別のものに票を入れた者があった。
「辛いので脂肪燃焼効果が期待できたりして、ひょっとしたらこの時期にはヒットできるかも?」
 そんな理由で大福に票を入れたのが、旭だった。
 確かに甘いものといえば、特に女性にはそのカロリーが気になるところ。この激辛大福なら、噴き出る汗でカロリーを燃やし、ダイエット効果も期待出来るかもしれないが‥‥。
 旭以外、一同声をそろえてこう主張した。
「ん な わ け あ る か !」

 ちなみに、実際このチョコどら焼きが販売される際には「めるてぃどら焼き」と名付けられた。これは桃代の考案したもので、その殺人的な甘さに脳までとろける、という意味が込められている(と筆者は推測する)。
 実際これは売れたのかというと、売れた。
 虎馬銘菓はトラウマメイカー。
 世の中には、意外にトラウマを欲する人間は多いものである。
 この店がある街では、バレンタインに合わせて嫌いな相手に上げるもの、としてめるてぃどら焼きが活躍したということを、試食会参加者達は知らない。